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【不安障害】第4回 不安障害の原因

榊原 洋一 (CRN所長、お茶の水女子大学副学長)

2015年5月15日掲載
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不安を感じる仕組みは生存に不可欠

これまで不安障害には様々なタイプがあることを述べてきましたが、その共通点は、近未来に起こる危険の強い予感(不安感)と、それに伴う身体症状(動悸、発汗、震え)などです。

できれば不安は感じたくないと多くの人が思っていますが、不安を感じること自体は、生物である人間が生き延びるためにきわめて重要な脳の働きです。山の中で熊にあったり、断崖の上の山道で、何の不安も感じなければ、けがをしたり下手をすると命を落とすことにつながります。では、どのような環境が危険なのでしょうか。人の生活圏の中で危険なことが限られていれば、問題はありません。しかし想像してみればすぐ分かるように、人の生活環境はきわめて多様であり、危険な状況も何万通りもあるでしょう。

では、どのように危険な状況を学習してゆくのでしょうか。

危険を察知する人の脳の働きのうち一部は、生まれつき備わっているいわば反射的なものです。

例えば、歩いていて急にバランスを崩すと、無意識のうちに、転んでも良いように手がでるとともに、胸がドキドキし汗をかきます。これはバランスが急に崩れることに対する生まれつき備わっている反応です。

大きな音や、視界に急に何かが現れた時にも、私たちは不安を感じます。びっくり箱やお化け屋敷は、誰にでも備わった急な環境変化に対する不安反応を利用したものでしょう。急に目の前に何かが現れたときには、とりあえず後ずさりして逃げるのが、生き抜くためには有効だからです。単純ですが、危険につながる環境に共通する出来事です。

不安反応は意識とは独立した自動的反応

私たちの感覚、いわゆる五感は、匂い(嗅覚)を除いて、すべて脳の視床に集められます。五感のうち匂いだけは、後で述べる扁桃体に直接伝わります。また内蔵感覚(痛み、吐き気、空腹感など)は、匂いと同様に、扁桃体と青斑核と呼ばれる所に伝わります。視床に集められた感覚情報は、私たちが感覚を感じる一次感覚野と呼ばれる大脳皮質に伝わり、そこから自動的に視覚、聴覚、触覚などの中枢のある皮質に伝わります。感覚情報はそこで止まらずに、私たちの意識とは関係なしに自動的にさらに扁桃体とその隣の海馬に伝わります。海馬が記憶の中枢であることをご存知の方は多いと思いますが、様々な感覚刺激(経験)は、私たちの過去の記憶と海馬で結びついて、その記憶と関連のある情動(感情)を引き起こします。PTSDはいわばこの海馬での感覚刺激と過去の経験の想起(思い出し)が、異常に強く結びついた状態と言ってよいと思います。

このように、私たちの感覚体験は、私たちの意識に上るだけでなく、いわば自動的(無意識的)に、記憶や自律神経、反射の中枢にリレーされ、時によっては私たちの意識より早く、それらの中枢の反応を引き出しているのです。

つまり、不安とそれに附随する反応は、私たちの意識とは関係なしに機能する自動的な脳の機構による部分が多いのです。

初めて経験する環境に対する不安も、多分に生まれつき備わっている脳の機能によるものです。はいはいを始めたばかりの赤ちゃんを、机と机の間に渡した丈夫なガラス板の上におくと、心拍が早くなり親が呼んでもガラス板をわたろうとはしません。「視覚的断崖」と呼ばれるこの有名な実験は、たとえ高いところから落ちた経験がない赤ちゃんでも、高いところで不安を感じていることを示しています。しかし、何回かガラス板の上をわたる経験をし、それが安全であることが分かると、心拍の増加はなくなります。

このように、不安を感じる機構は自動的なものですが、それは経験によって変化しうるものなのです。

なぜ不安障害は生じるのか

ではなぜ不安障害は生じるのでしょうか。これまでの説明からも分かるように、不安を感じる脳の機能は自動的ですが、また経験によって変化しうるものです。

不安反応は、大きく4つの仕組みによって調節されています。1つは、中脳にある青斑核と呼ばれる部位です。青斑核は、ほぼ脳のすべての部分と神経繊維でつながっており、脳の活性化の程度(覚醒度)を調節しています。青斑核から強く刺激されると、その脳部位はいわば緊張状態になります。2つ目はドーパミンとよばれる物質によって活動する神経回路で、特定の感覚刺激(経験)に対する「感作」を行っています。感作ということばは、アレルギー反応でよく使われます。スギ花粉に感作されると、他の花粉ではなにも起こらなくても、スギの花粉に接触する時だけに、強い反応が起こるのです。不安反応で言うと、犬にかまれた経験のある子どもは、犬に対して「感作」され、犬という特異的な感覚刺激にのみ、強く反応するようになるのです。高所恐怖症の人は、高所に感作されているのです。3つ目は扁桃体による感覚経験(視覚、聴覚など)に含まれる危険の検出と、それを自律神経系に結びつける働きです。山道で熊に出会うと、まず心拍が早くなり、血圧があがります。とっさにとるべき行動は、逃げること、あるいは戦うことですが、心拍や血圧上昇はどちらにも有効な自律神経反応です。そして最後に海馬が、過去の不安につながる体験の記憶と、その思い出しという過程で関わってきます。

不安障害は、青斑核、ドーパミン作動神経回路、扁桃体、海馬という複数の脳機能がいわば異常亢進した状態です。不安障害に多くのタイプがあるのは、これらの複数の脳部位の関わり方の度合いが違うからです。

例えば、PTSDは、海馬での感覚刺激と記憶の強い結びつきが重要な要因になっています。全般性不安障害は、青斑核による脳部位全体の過敏状態、強迫性障害や限局性恐怖症は、ドーパミン系神経回路の亢進状態によって感作された状態といった具合です。

多くの人々では、不安反応がそのまま不安障害とまでならないのは、不安の原因への合理的な反応方法(行動)を学ぶことができるからです。しかし、そうした合理的反応の学び取りに失敗すると、不安障害が生じてくるのです。

幼少時の経験と不安障害

痛みやこれまで経験したことのない刺激に出会うと、赤ちゃんはただ泣き声でそれに反応することしかできません。赤ちゃんは逃げたり戦ったりできないのです。しかし、ほとんどの赤ちゃんのそばには親や保育者がいて、抱き上げたり、優しい声をかけてくれます。自分の周りで何事が起こっているのか赤ちゃんには分かりませんが、泣くという反応に対して、周りの大人が自分を助けてくれることを学習してゆきます。そうした大人が周りにいないと、恐怖心が最終的に安心感で終わるという体験ができないことになります。その結果、例えばさきに述べた青斑核による覚醒状態が続いたり、あるいはドーパミン系の脳回路に感作が起こってしまうと考えられます。

こうした体験は、赤ちゃん時代に限りません。大人になるまで、あるいは大人になっても、最終的に安心感によって完了する不安の経路が、未熟なまま終了することによって、私たちの脳は不安を起こす要因に対して、過敏になったり、過剰に反応してしまうことになるのです。

しかし、すべての不安障害が、周りの大人が子どもの不安体験に不適切に対応したために生じると言っているのではありません。多くの子どもにとっては十分な対応がなされていても、不安障害になる子どもには、なんらかの過敏反応が起こる生まれつきの素因がある場合も多いのです。

不安障害が生じる脳内の機構はきわめて複雑なのです。

筆者プロフィール
report_sakakihara_youichi.jpg榊原 洋一 (CRN所長、お茶の水女子大学副学長)

医学博士。CRN所長、お茶の水女子大学副学長。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめての育児百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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