CHILD RESEARCH NET

HOME

TOP > 研究室 > 東日本大震災の子ども学:子どもの心のケア > 第1回「放射線と子ども~正しく恐れるための知恵を学ぶ~」研究会:コメンテーターからの発言

このエントリーをはてなブックマークに追加

研究室

Laboratory

第1回「放射線と子ども~正しく恐れるための知恵を学ぶ~」研究会:コメンテーターからの発言

中文
小林 稲葉先生、また眞鍋先生から大変貴重なお話をうかがって勉強になりました。私は実は、昭和天皇の時代の生まれで、戦争も経験したし、広島に原発が落ちて、2週間後に広島の駅を横切って関東まで帰ってきたという経験もあります。そのときに水をガブガブ飲んで、放射能にかなり汚染されたのではないかと思っていました。しかし、ある会合で稲葉先生にお会いしてそのことをお話したら、「先生、広島の原爆の放射性物質は空に飛んじゃってるから心配要りませんよ」と言われて、そうか、そんなものかと思って安心したことがあります。

稲葉先生の放射線コミュニケーターの養成コースに関しては、岩波の「科学」に掲載された「放射線リスクコミュニケーション」という文章を読んで、なるほどなと思いました。アメリカでは相当制度化されているように、私は理解しているのですが、そういうものが日本にも誕生するのは大変いいことだなと思っています。リスクコミュニケーションによって日本の社会のあり方が変わるとしたら、とても意味があると思いました。

ミルクもそうデリケートに心配する必要はないと聞いて安心しました。特に小児科医としては、人工栄養で育てている母親にとって極めて明るいニュースだと思うのです。

今度は母乳の研究もしないといけないですね。これからどのように予防していくのかについても考えなければいけないなと思いながらうかがっておりました。


榊原 私も小林先生と同じようにとても勉強になりました。私は小児科医で、臨床のお医者さんはみんなそうだと思うのですが、どういう治療をするとどのように病気が治るのかとか、こういう食生活をするとこういう病気になりやすいとか言うわけです。例えば、メタボリック症候群になると、糖尿病とか脳血管障害が多くなるので、太り過ぎは改めましょうというときには、データ上で、太っている人は死亡率が高いという事実をもとに言うわけです。

逆に、安全ですというときにはどう言うかというと、全くゼロというのではなくて、この薬を使ったり、こういう治療をした場合に、明らかにそれで得られる益が多い場合に安全だと言います。

例えば、ポリオの予防接種を受けないと、ポリオにほとんどの人がかかるわけです。ところが、受ければそれがほとんどゼロに近くなる。しかし、ほとんどであって、ゼロではないんですね。ポリオの予防接種による副作用はゼロかというと、100万人に何人か出るわけです。そういう絶対ゼロというようなことではないところで動いているのが臨床の医者ですから、私たちには、「絶対」というようなことはない。「この薬は安全ですか」と聞かれれば、「安全です」と答えます。しかし、世界中でその薬は副作用がゼロかといえば、そんなことはないのです。子どもが飲んでも安全だと言われている薬でも、一定の割合で副作用が起こるということを知っています。

今回の放射能についていろいろなデータを見ると、汚染されたことはとても不幸なことで、できるだけ少なくしたほうがいいとしても、今の医学的、臨床的な見地からすると、子どもに被害が及ぶことはまずないだろうと、かなり最初のころから思っていました。ですから、私たちの医師の考え方と多くの国民の方の考え方は少し違うのだなと思いました。そういう意味でも、稲葉先生が大学院で始めるような、リスクについての正しい知識を広めるということが重要だと思いました。

それから、特に子育て中であったり、学校給食でたくさん牛乳を飲んでいる子どもの親御さんにとっては、眞鍋先生のミルクのお話はすごく重要だと思うのです。こういうデータをごらんになってどのように判断するか。科学的なリテラシーといいますか、そういうものを国民全員でつけていくべきだと思いました。

例えば甲状腺がんについては、かなり早い時期から、子どもの甲状腺がんなどの専門家、子どもの内分泌の学会がありますが、きっちりと調査をしていて、増えるということはまずないでしょうと言っている。稲葉先生も同じようなことを言っている。ゼロとは言わないが、心配しなくていいですということを出しているのですが、マスコミを見ると、ほとんど報道しない。どちらかというと「危険だ!」という方を報道してしまう。ですから先ほどのリスクコミュニケーターのような方を必ずマスコミの中に入れて、マスコミが情報を出すときに、どこまで言ったらいいのかをアドバイスしてほしいと思うのです。例えば、常識として、急性被ばくではないときに白血病が1年、2年で起こるというのは考えられないのに、あるマスコミは「そこで働いた人が白血病になった、もしかして」というような誤った情報を流しているということです。

子どもたちに対する影響で言いますと、体の影響以外で、これも稲葉先生がおっしゃっていましたが、心の問題は大きい。親がすごく心配していると、周りの子どももすごく心配する。例えば、ホットスポットが怖いのではないかと親が心配しているのを見ると、子どもも心理的な影響を受ける。このことは大きな問題として見ていかなければいけない。多分、身体的な被害よりも、心理的な被害のほうが大きくなっているのではないかということを、私は心配しています。そういう意味でも、例えば科学的な裏づけのない情報を出すことは、時には心配を増やす方に回ることもあるということをぜひ知っていただきたいと思うのです。

研究会の冒頭に、寺田寅彦さんの「正当にこわがるのはなかなかむつかしい」という言葉が紹介されたのですが、それで思い出したのが、私の好きなチャールズ・ダーウィンの言葉です。"ignorance more frequently begets confidence than does knowledge"。意味は、「知識についてあまり重要視していない人ほど確信的に物事を語るものだ」ということです。知識を知っている人というのは、あまり決定的にこうだと言い切れない。これは稲葉先生の結論と同じなんですね。知識を持っている人というのはあまり確信的に言いません。逆にあまり知識のない人が、絶対危ないとか、絶対安全だというようなことを言って、それが国民の疑惑と不安を増やしているのではないか、ということも今日感じました。


----------------
【第1回「放射線と子ども~正しく恐れるための知恵を学ぶ~」研究会】
1.研究会の4つの方針
2.講演1「放射線による健康被害のとらえ方」(稲葉 俊哉氏)①  
3.講演2「放射性物質の乳製品への影響」(眞鍋 昇氏)①  
4.コメンテーターからの発言
5.フリーディスカッション①   
筆者プロフィール
小林 登(東京大学名誉教授)
小児科医。ベネッセ次世代育成研究所所長。CRN所長。国立小児病院名誉院長。日本子ども学会理事長。1927年東京生まれ。1954年東京大学医学部医学科卒業。医学博士。臨時教育審議会、中央薬事審議会、人口問題審議会等委員、日本小児科学会理事、国際小児科学会会長など多くの政府委員、学会役員を歴任。小児科医として長年にわたり、育児・保育・教育などの問題を総合的にとらえた「子ども学」を提唱。

榊原 洋一 (お茶の水女子大学大学院教授)
小児科医。CRN副所長、お茶の水女子大学大学院教授。日本子ども学会副理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。医学博士。NHKの子育て番組などにコメンテーターとして頻繁に登場。
このエントリーをはてなブックマークに追加

TwitterFacebook

インクルーシブ教育

社会情動的スキル

遊び

メディア

発達障害とは?

研究室カテゴリ

アジアこども学

研究活動

所長ブログ

Dr.榊原洋一の部屋

小林登文庫

PAGE TOP