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【7月】3.11東日本大震災から早くも3ヶ月

小林 登 (CRN 所長、東京大学 名誉教授、国立小児病院 名誉院長)

2011年7月 8日掲載
この6月11日で、3.11の東日本大震災が起こって早くも3ヶ月になった。当日の被災地で亡くなられた方々を追悼する行事など、テレビで報道された映像は、見る人を悲しませた。同時に、この3ヶ月は、特にいろいろな事が起こり、考えさせられる事も多かった。

その中で、菅内閣の不信任案は、否決されたものの、皆さんも一番考えさせられたのではなかろうか。正直なところ、政治家とは何と奇妙な考え方をするものかと思った。誰がやっても大変な時、また菅首相ひとりで全てを決めているわけではないのに、首相の首を据え変えれば、協力するというのはどういう意味だろうか。政治とは、国民のためのものであり、被災者の事をまず考えれば、短時間のうちにやらなければならない事ばかりで、そんな事をしなくても、対応のやり方はいろいろとあると思うのである。首を据え変えるというだけでも、応分の時間はかかることは明らかである。

個人的には、福島原発事故は、地震・津波による予測不可能な自然災害とこれまでは考えていた。しかし、岩波書店の『科学』5月号のシリーズ企画「2011大震災」を読んで驚いた。どうやら異なった意見もいろいろあるようで、ある程度は予測可能だったと言えるのである。今回の地震は、マグニチュード(M)9.0で最大震度7という、日本列島の半分が直接影響を受けた超巨大地震だったというが、世界を見渡すと、1960年代以降のこの50年に、マグニチュード9.0以上の地震は3回も起こっているのである。1960年に起こったチリの地震はM=9.5、1964年のアラスカのはM=9.2であり、2004年のスマトラのはM=9.0であったという。地震大国のわが国に、まさかM=9.0以上の地震はないと断言出来たのだろうか。この事実を真摯に受け止めていたら、何か対応することも出来たに違いないと思う。

高い津波が続いて襲って来る地震を、現在「津波地震」と呼ぶそうであるが、今回が決して初めてではない事も、皆さん御存知の通り。しかも、それは三陸沖北部から房総沖の日本海溝に沿う海域では、過去400年間に3回も起こっていたのである。一番最近では、明治時代の1896年、100年程前であって、死者2万2000人にもなった明治三陸地震である。延宝年間の1677年には、宮城県岩沼から房総にかけて多数の家が流された延宝地震、そして慶長年間の1611年には、岩手県の宮古から福島県の相馬までの海岸沿いの町々に津波が襲い、多数の家屋が流失し、溺死者が多数出た慶長の津波地震が記録されている。この慶長地震では、被害は北海道東部まで及んだという。

しかも、1611年の慶長津波地震の前に、貞観年間の869年にも起こり、その津波による浸水域は、今回の東日本大震災とほぼ同じと言われている。海の砂が津波で運ばれて地上に残った「津波堆積物」の分布で、それが明らかにされたのである。ということは、800~1000年間隔で、仙台平野は大きな地震とそれに続く津波に襲われていたことになる。それを考えれば、想定外とは言えないのではなかろうか。

地震学者が、「原発震災」という考え方を出したのは1997年だそうであるが、原発建設ラッシュが始まったのは1960年代後半、したがって、40年近くたってのことである。それまで、原子力関係の学者なり研究者は、地震列島の海岸線に50基以上の大型発電用原発を並べるという事の危険性に全く気付かなかった事になる。しかも、どうやら充分に検討したという記録もないようである。もしそうだとすれば、政府は勿論の事、東京電力も、如何にずさんな計画で、福島原発を作ったかということになる。1000年近い間隔とは言え、東北地方で起こった津波地震の繰り返しを考えると、今度の「原発地震」は人災だったと言えると思うのであるが。

原発の安全性は、放射性物質を扱う性質上、格別に高くなければならないことは明らかである。しかも、原発の技術は、その歴史が短く、未だ充分に完成したものとは言えない。その上、事故の経験もやっと片手を超えた位で、何が起こるか、どのように対応すべきか、学ぶべき機会は極めて少なかったと言えるのである。それを考えれば、対策は慎重な上にも慎重であるべきだったと言えると思うのである。

わが国の政府がもう少し慎重に検討し、学者・技術者が、調査・研究にもう少し力を入れ、東京電力がもう少し万一のことを考え、お金をかけて対策を実行していたら、福島の「原発震災」は防げていたものと思う。そうすれば、この6月20日からウィーンで開かれているIAEAの総会で、経産大臣の海江田さんも、わが国の科学・技術の力によって、M=9.0の津波地震から福島原発を守りましたと声高々に発表出来、世界各国の代表者から、「流石、日本!」と喚声と拍手を受けたに違いない。

3ヶ月たったこの時に、今何をすべきかを考えると、やはり子ども達の育児・保育・教育のあり方の検討ということになる。それによって、科学・技術の基盤となる「科学する力」を子ども達に如何に育てるかとともに、その力を正しく使う力も育てるには、これからの育児・保育・教育をどうしたら良いかということになる。科学する力には、知性、理性の心が大切であることは当然であるが、正しく使う力には、責任感、共感、正義感、さらには道徳や情動も絡み合った人間性本来の豊かな心が必須である。
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