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大震災後のメンタルヘルスと心のケア

黒木 俊秀(国立病院機構肥前精神医療センター臨床研究部長、医師養成研修センター長)

2011年6月 1日掲載
医療支援の規模も史上最大

東日本大震災が与えた被害の全貌は未だ明らかになっていませんが、我が国の戦後最大級の規模となるのは間違いありません。同時に、被災者に対する支援の規模も歴史に残るものになると思われます。

医療面における支援に限ってみましても、震災が発生した3月11日のうちに全国の主要な病院から災害派遣医療チーム(Disaster Medical Assistance Team; 通称DMAT[ディーマット])が被災地に急行しました。DMATは、災害発生後の急性期(おおむね48時間以内)に活動できる機動性を持った専門的なトレーニングを受けた医療チームであり、被災者の命を一人でも多く救うことを目的としています。

DMATの活動は亜急性期の医療支援へと引き継がれ、自治体、医師会、学会等々、関係諸団体の要請を受けて数多くの医療従事者が東北地方をめざしました。しかしながら、今回の被災地は東北から関東の広い範囲に分布しており、そのうえ津波の被害が大きかった沿岸部の被災地では、そこに到達する交通や通信の手段も寸断されていました。そのために、支援に必要な医薬品はもちろん、移動用の自動車、燃料、食料、衛星電話(多くの被災地で携帯電話が不通となりました)などの装備を自前で揃える「自己完結型」の支援が求められたのです。そうした点でも過去最大の自然災害であった阪神淡路大震災(1995年)の際の支援の規模を今回の震災は上回っています。

一般の医療支援とともに、いわゆる心のケアの必要性が比較的早い時期から強調されました。現地の精神保健関係者の要請を受けて震災発生の翌週には各地から精神科医や臨床心理士より構成される心のケアチームが被災地を訪れています。私の病院も震災発生の一週間後には宮城県に心のケアチームを派遣しました。今回の支援活動では、メーリングリスト等を通じて関係者は互いに情報を共有し、各チームの活動が整然とコーディネートされているように見えます。心のケアのノウハウに関するマニュアルもウェブ上に多数公開されています(稿末の参考文献に主なものを挙げています)。

こうした大災害の被災者に対する心のケアの重要性が我が国で広く認識されるようになったのは、阪神淡路大震災以降のことですが、実はそれ以前に長崎県雲仙普賢岳噴火(1991年)と北海道南西沖(奥尻島)地震(1993年)の際に、既に被災者の心理面のストレスに関心が集まっていました。我が国の災害時のメンタルヘルス活動の体制は、この時期に急速に確立されたものです。2005年に発生した新潟中越地震でも心のケアの支援活動は大きな注目を集めました。今回の震災被災者に対する支援活動でも、そのときの経験が大いに役立っています。


災害がもたらす心理的影響

そもそも今回のような巨大な自然災害は、被災者の心理状態にどのような影響を与えるのでしょうか。

実は、災害がもたらす心理的影響には、被災した直後にみられる急性の障害から、かなり後になって問題化する長期的な影響まで様々なものがあります(表1)。それゆえ、震災発生直後から現在まで行われてきたような短期的な支援のみならず、中・長期的な観点に立って予防と対策を講じる必要があるのです。

表1 災害ストレスに伴う精神医学的問題
災害後の時間経過 精神症状
数時間~数日 急性ストレス反応 錯乱、恐慌状態、
不安緊張、解離症状、
無気力
数週間~数カ月 うつ病、心身症 悲嘆、抑うつ、不眠、
身体化症状
数週間~数年 適応障害、
心的外傷後ストレス
障害(PTSD)
アルコール依存症、
フラッシュバック、
反応の鈍化、過敏

まず被災した直後には、恐怖と不安のために混乱し、著しいパニックに陥る急性ストレス反応がみられます。時に呆然自失となって、自己の感情の動きがリアルに感じられなくなったり、周囲の刺激にも反応できなくなったりします。これが解離症状で、生命の危険に遭遇した動物がみせる仮死に喩えられます。しかし、こうした心理的な反応は、突然起きた異常な状況に対する正常な反応なのです。

一方、被災直後の間もない時期は、避難所生活や物資の不足などによるストレスがひどく高まる反面、被災者間の連帯意識も生まれ、互いを大切に思い、結束して復興に向けて努力しようというポジティブな気運が共有されます。しかしながら、災害から数週間も経つと、さすがに疲労や緊張がつのり、将来への不安や無力感も強くなってきます。インフラの回復に重きが置かれる地域の復興と被災者個々人の回復にはズレがあります。被災の程度やその回復にも個人差があり、格差が生まれます。そのため、一部の被災者は孤独感にさいなまれるようになります。したがって、東日本大震災の被災者に対する心のケアは、いよいよこれからが正念場を迎えるだろうと私は考えます。

今回の津波の被害では、多くの人たちが家族や友人を亡くすとともに、故郷そのものを一瞬にして失うという、あまりに熾烈な喪失体験を経験しています。それがどれほど深い悲しみと抑うつを伴うものか、正直、被災していない者たちの想像を超えています。しかし、被災者が抱える不安や抑うつは、意外なほど言葉となっては語られないものです。むしろ、不眠、食欲不振、耳鳴り、頭痛、肩凝りなど、様々な体の症状となってしばしば現れます。血圧が高くなる、胃・十二指腸潰瘍が悪化する、血糖値が上がるなど、心理的ストレスから体の病気が悪化することも少なくありません。

さらに災害より数年以上を経てもなお痛手から立ち直れない人々もいます。災害を契機に職を失い経済的に困窮したり、あるいは転職や転居にともなって生活環境が大きく変わったりしたために、新しい環境に適応できない人々は少なくありません。ことに高齢者や障害者などの社会的弱者は、適応能力が乏しいものです。被災した地域にはアルコール依存症患者が増えることもよく知られています。時間が経つにつれて、心理的な問題はいくつも重なり合い、何が災害の傷跡なのかも次第に曖昧になってゆくといいます。

災害時の恐ろしい記憶が、突然、リアルに思い起こされるのがフラッシュバック体験です。悪夢として再体験されることもあります。災害から長期間経ているにもかかわらず、こうした症状がなお持続しているのが、心的外傷後ストレス障害(Post-traumatic stress disorder; PTSD)です。PTSDになった人は、その他にも災害を思い起こさせるような状況を避けたり、物事に対する反応が鈍くなる傾向があって、何ごとにも消極的になります。その一方で、過敏で苛立ちやすく、どこかピリピリしています。一時も警戒を怠ることができないので、常に脳が異常に覚醒した状態にあると言ってよいと思います。

幼い子どもはとくに強いストレスに敏感であり、それをうまく発散することができませんので、短期間の影響のみならず、PTSDをはじめ長期に持続する心理的異常を被るリスクが高いといえます。被災からかなり時間が経っても「親と一緒でなかったり、灯りがついていないと寝床に入れない」「家族や友人と一緒でないと不安そう」などの不安症状や、「ひどく甘えて、わがままを言うことがある」といった退行も観察されます。資料1(※)に、今回の震災被災地で心のケアチームが子どもを持つ被災者に配布している「子どもに現れやすいストレス反応」のチェックリストと対策を掲載しています(※日本児童青年精神医学会のホームページをご参照ください)。

幼児を抱えるお母さん自身が強いストレスを感じている場合も少なくなく、そうした母親の不安が子どもの精神状態にも反映されやすいものです。したがって、子どもの心のケアは、母親に対する心のケアとペアで行われる必要があります。被災地の保育所や学校では、母親や保育士、教員を対象とした子どもの心のケアの学習会(心理的教育)が有意義です。


心のケアとは何か

そもそも震災被災者に対する心のケアとはどのようなことをするのでしょうか。まず、それは通常の医療や心理臨床のアプローチとは大きく異なっていることを強調しておきたいと思います。

心のケアとは何かを考えるとき、私はPTSDの概念を提唱した高名な米国のロバート・リフトン博士が、震災後の神戸に招かれて講演した際に披露した譬え話を思い出します。リフトン博士は、広島原爆被爆者の心理の研究にも先鞭を付けた人です。

彼は、二羽の鳥の会話を漫画に描いて、心のケアの本質を説明しました。それは、一方の鳥が「今日、私は心に傷を負った」と言うと、片方の鳥が「おむすびを食べなさい」と答えるというものだったのです。

リフトン博士の喩えは、災害被災者に必要な心のケアとは、とくに被災後間もない時期には、専門家が特殊な心理療法やカウンセリングを行うことではなくて、温かい食事や柔らかな寝具、あるいは静かで落ち着ける居場所を提供するといった常識的な援助であることを意味しています。より日常の生活に根ざした実際的な問題解決や現実的な判断が求められるのです。復興期にあっては、被災者の住居や就労などの生活基盤が確保され、これから先の生活の不安が少しずつ解消されてゆくことが、心のケアの前提になります。

このように、心のケアの方法とは、必ずしも専門的な心理学的知識や技術を提供するものではありません。だいたい、心のケアの看板を掲げて待っていても、わざわざ相談に訪れて悩みを語る被災者はほとんどいません。地域の文化的な風土とも関係しますが、正面から心のケアを唱えられても拒みたくなる被災者の心情も理解しておかなければなりません。そもそも被災者は心身ともに全身疲れ切っているのですから、精神と身体を切り離して別々にケアすることが得策とは思えません(先に述べたように、心理的ストレスは身体化しやすいのです)。

そこで支援の専門家は、自ら被災した人々が居住する地域に赴き、メンタルヘルスの具体的なニーズを掘り起こすアウトリーチを心がけます。その際、もともと地域で支援者の役割を担ってきた地元の保健師やソーシャルワーカーとの連携が極めて重要になります。無論、地域の支援者も被災者であることがほとんどですので、彼らに対する心理的な支援にも留意しておく必要があります。今後は、被災した地域の文化や特性に根ざしたメンタルヘルスの啓発活動や行政側の心のケアを供給する体制の整備などが大切になってくると思われます。

先のリフトン博士の譬え話は、結局、心のケアとは心の傷を「治す」ことではなく、心の傷を負った人を「支える」ことを示唆しています。東日本大震災で傷ついた多くの人々を支えようとする人たちにとって、この「教育と医学」の緊急企画が少しでも役立つことを願ってやみません。


[参考文献](以下の文献は、現在、リンク先より無償でダウンロードすることが可能です)

1)金吉晴(編)『心的トラウマの理解とケア(第二版)』じほう、2007年
 http://www.japan-medicine.com/jiho/zasshi/35433/index.html
2)アメリカ国立子どもトラウマティックストレス・ネットワーク、アメリカ国立PTSDセンター「サイコロジカル・ファーストエイド実施の手引き(第二版)」兵庫県こころのケアセンター、2009年
 http://www.j-hits.org/psychological/
3)中井久夫『災害がほんとうに襲った時―阪神淡路大震災50日間の記録』みすず書房、2011年
 http://homepage2.nifty.com/jyuseiran/shin/shin01.html
4)日本児童青年精神医学会・災害対策委員会「被災した子どもの支援をする方々へ―急性期の心理的なサポートについて」独立行政法人精神・神経医療研究センター東北地方太平洋沖地震メンタルヘルス情報サイト、2011年
 http://www.ncnp.go.jp/pdf/mental_info_childs_02.pdf

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「教育と医学」2011年5月号より転載いたしました。
筆者プロフィール
黒木 俊秀(国立病院機構肥前精神医療センター臨床研究部長、医師養成研修センター長)

国立病院機構肥前精神医療センター臨床研究部長、医師養成研修センター長。精神科医師。九州大学医学部卒業。佐賀医科大学講師、九州大学大学院医学研究院精神病態医学分野准教授などを経て現職。著書に『語り・物語・精神療法』(共編著、日本評論社、2004年)、『現代うつ病の臨床』(共編著、創元社、2009年)、訳書に『DSM‐V研究行動計画』(共訳、みすず書房、2008年)など。
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