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研究室

海外にいるお母さん応援プロジェクト-国境のない子産み・子育て支援

河井恵美(エミリオット助産院 助産師)

2015年2月20日掲載

私の運営するエミリオット助産院では、お母さん方が世界中どこにいても安心して妊娠・出産・育児ができるように、インターネットのテレビ電話を利用して、保健指導を提供しています。自身のシンガポールでの経験から、少しでも海外にいるお母さん方の支えになりたいと思い立ち上げた「海外にいるお母さん応援プロジェクト」を、ご紹介したいと思います。

シンガポールでの経験

私が「海外にいるお母さん応援プロジェクト」を始めたのは、シンガポールでの経験がきっかけです。

助産師になって15年程たった時、夫の仕事の関係でシンガポールへ移住しました。そこでも助産師の仕事を続けたいと思い、日系クリニックに勤務しました。しかし、私の考える助産師の仕事ができず、日本人に人気のローカル産婦人科クリニックに移り、2011年-2014年の3年間勤務しました。そのクリニックは日本語が堪能な女医が開業しており、ほとんどの患者が日本人でした。しかし、医師以外のスタッフは日本語を話せず、英語が苦手な患者さん方は、十分なコミュニケーションがとれずに困っていました。外来でも入院中でも言葉の問題で必要な情報が得られず、適切な保健指導が受けられない状態でした。

そんな中で私が勤務を始め、日本人の患者さん、特に妊婦さんへの保健指導や不安の軽減、その他の必要な情報提供を行うようになりました。事務仕事や診察介助、採血等を行わず、患者さんの応対を中心とした、いわば助産師外来のような仕事をしていました。出産・母乳クラスも開催していました。これらを通じて、一人一人の妊婦さんの様々な想いに寄り添い、支援することができたのではないかと思っています。

シンガポールでは、大きな病院の近くにクリニックを開業し、分娩や手術等は病院と提携してそこで行うのが一般的です。開業医は、自分の患者さんの分娩介助や入院管理等を行います。私はクリニックの助産師として、朝に提携病院の分娩室や病室へ行き、分娩進行状態や各処置の説明、乳房のケア、保健指導、簡単な通訳等を行い、精神的なサポートもしていました。退院後は最低1回の電話訪問をするほか、2週間健診や1か月健診時には様々な相談ができるように配慮しました。希望者には有料で家庭訪問や乳房マッサージも行っていました。日本の助産師学校では担当の患者さんが決まっており、その方々を通して妊娠・分娩・産後について学びますが、シンガポールでは分娩介助以外は全ての患者さんと密に接することができたので、全員が受け持ち患者さんのようでした。妊娠・出産・産後を通じて、母親に寄り添い、見守り、広い意味でサポートができたと感じています。それは、私が今まで経験した日本のクリニックでは味わえないものでした。

シンガポールの免許制度上、外国人は分娩介助ができないこと、勤務外の分娩が多かったこと等の事情から、残念ながら分娩中だけはあまりかかわりをもてませんでした。ここでの分娩は計画・無痛分娩を選択する方が多く、陣痛を乗り越えるためのケアというよりは、色々な処置や分娩進行状態の通訳、外国での出産による戸惑いや不安の軽減等の役割が大きいと感じました。時々訪室時に分娩が始まり、呼吸法を一緒にやりながら精神的なサポートができたということもあります。

そんな中で、1度だけ依頼を受けて分娩に付き添ったことがありました。この時の患者さんは、3人目の子どもを出産する自然分娩希望の妊婦さんで、夫の立ち会いも可能でしたが、夫とは別に、一緒にいて腰をさすったり、日本語で呼吸法を指導したりしてほしい、とにかく不安なので一緒にいてほしいと依頼がありました。分娩介助をする助産師としてではなく、エモーショナルサポートに専念できる役割だったのです。これまで看護や助産に関わる様々な処置をせずに産婦にただ寄り添い、エモーショナルサポートに尽くすといった経験はありませんでしたので、妊婦さんやその家族にじっくりと向き合えたその時間は、私にとっても充実した時間でした。順調に分娩は進行し、元気な赤ちゃんが生まれ、その母親や家族にも満足してもらうことができました。

海外にいるお母さん応援プロジェクト

シンガポールでの経験から、海外にいる母親達はなんて不安な毎日を過ごしているのだろうと実感しました。ちょっとした疑問や不安がぬぐえずに戸惑い、育児の知識も本やインターネットに頼るしかない中で、うつ状態になる方もいました。母親達は必死に妊娠・出産を乗り越え、育児を頑張っていました。

事情により2014年7月に私はシンガポールから帰国しました。日本にいても海外で妊娠・出産・子育て中の日本人の方々に何かお手伝いがしたいと思い、間もなくエミリオット助産院を開院し、そのサービスのひとつとして、「海外にいるお母さん応援プロジェクト」を立ち上げました。インターネットのテレビ電話を利用して母親教室や電話相談が受けられるサービスです。日本では、こういった教室や相談のサービスは自治体等を通じて当たり前に受けられるものですが、海外では日本語でこのようなサービスを受けることは大変難しいのです。しかも、私はシンガポール滞在時に、海外であるがために母親が孤立していたり、より不安を抱えて妊娠・出産・子育てをしていたりする現状を目のあたりにしていました。産前産後に日本から親が手伝いに来たとしても、数週間程です。それ以降はほとんど手伝いがありません。このプロジェクトはIT技術が発達し、インターネットによって海外との交信が容易になった今、自分の経験を活かした最大限のサポートだと考えています。ここでは、母乳の相談も受けています。乳房マッサージはできませんが、ある程度は動画で状態を確認でき、授乳姿勢が良いかどうかも判断できます。誰にも相談できずに悩んでいる方を少しでも支援したいと思い行っています。

現在の母親達は日本にいても海外にいても、妊娠・出産・育児に関してインターネットで様々な情報を得ることができます。でも、それが本当に自分にとって有益で正しい情報かを判断することは難しいようです。情報に惑わされて心配しすぎてしまった母親達から、相談を受けることが度々ありました。ですから、当プロジェクトの各母親教室や電話相談では、たくさんの情報をどう捉えて利用するのかということもお話しています。また、迷った時には本当のところはどうなのか、ちょっと話を聞ける窓口があると良いと思うのです。困ったらこの人に聞こうと思う誰かがいることは、どんなにか心強いかしれません。「海外にいるお母さん応援プロジェクト」はそんな存在になりたいと思って立ち上げたものです。

ある日、シンガポールに住む母親から、時間外にテレビ電話の申し込みメールが届いていることに気付きました。その母親は、生後約1か月の赤ちゃんの授乳中の呼吸状態が気になっていたようで、メールの内容から少々パニックになっていることがわかりました。急いで連絡してお話をしたところ、ローカル医師に診せても問題ないの一言で済まされたが、授乳中は呼吸が苦しそうで、やっぱり不安だという内容でした。インターネット電話をビデオ通話に切り替えて確認したり、写真や動画を送ってもらったりして、状態を確認しました。問題のない状態でしたので、大丈夫である理由と観察項目を説明し、母親は少し落ち着きました。お話を聞くと、産後の手伝いはなく、夫は仕事で忙しくてほとんどの家事や育児を母親一人でしているとのことでした。頻回な授乳や不安で睡眠もあまり取れず、だんだんと不安が大きくなったようでした。産後はどんな風に過ごしていたか、心配な想いや、赤ちゃんのために一生懸命にしたこと等、1時間程お話してもらうと気持ちが楽になったようでした。その後も赤ちゃんのことで色々と心配事がある度に、インターネット電話でお話を聞き、現在は随分安定した状態で過ごしているとのことでした。

育児中の母親の多くは、様々な不安を抱きながら過ごしていることが多いのが現状です。自分のペースでは動けず、言葉で訴えることができない赤ちゃんを、慣れない中24時間体制でお世話しています。その中でも、私から見るとほとんどの母親がとても器用に、それも上手にお世話しているのですが、「これで良いのか不安なんです」という声を多く聞きます。そんな時、「それでいいよ」と言ってくれる誰かがいれば、不安は解消されることが多いのです。母親が日々感じていることを吐露し、努力を認め、「それでいいよ」と伝えて頑張りを褒めるだけで、多くの母親は安心でき自信がもてるようになると思います。1人目でも2人目でも、たとえ5人目の赤ちゃんの母親だったとしても、そうすることが母親の育児への自信につながり、私は非常に大切だと思っています。

10年以上も前のことですが、私は青年海外協力隊としてコートジボアールやブルキナファソに赴任し、助産所や診療所に勤務していたことがあります。そこでは、出産する妊婦さんに付き添うのはその母親や親類、地元の産婆等がほとんどでした。アフリカ各国では、2、3世代にも渡って、しかも親戚も一緒に住んでいる家庭がたくさんあります。ある一夫多妻の家庭は、同じ敷地にそれぞれの夫人の家があり、夫は交代で夫人達の家に住み、夫人達が協力し合って子育てをしていました。これらの国には、身近に「それでいいよ」と言ってくれる、迷っている時は「こうしてみるといいかも」とアドバイスしてくれる複数の存在がいるのです。

この「海外にいるお母さん応援プロジェクト」を通して、母親達の想いに寄り添い、支援できることを嬉しく思っています。おそらく約1年後には、私はまた家族でシンガポールか、あるいはそれ以外の国に赴任します。世界中どこにいても、母親達を支える存在になりたいと思い、現在は日本で日々研鑽を積んでいるところです。

筆者プロフィール

河井恵美

助産師・看護師。大学病院勤務を経て、青年海外協力隊に参加。1997年に助産師としてコートジボアール共和国、2002年に看護師としてブルキナファソに赴任。その後も途上国の保健医療に関わりたいと考え、兵庫県立大学看護学研究科国際地域看護学修士課程を修了。2008年に夫の仕事の関係でシンガポールに移住。シンガポールの看護師免許を取得し、産婦人科クリニックに勤務。自身の妊娠・出産・育児もシンガポールで経験。現在、日本でエミリオット助産院を開設し、日本だけでなく、海外に向けてもサービスを展開している。
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