はじめに
子どもとメディア研究室では、子どもを取り巻くメディア環境の変化を観察しながら、新しいメディアを子どもがどのように用いているかについて、1995年から研究しています。
周知のように、日本では1990年代後半から、パソコンなどのIT機器が急速に家庭に普及するようになりました。これに伴い、子どもの頃からデジタルメディアに親しむ「デジタル・ネイティブ」が現れます。「デジタル・ネイティブ」とは、1990年代後半に中高生だった世代、つまり1980年前後に生まれた人たちを上限とし、それ以降の世代を含む広い概念です。ただ、一口に「デジタル・ネイティブ」といっても、属する世代によって、メディアの用い方やメディアに対する感覚などが異なります。これには、インターネットの高速回線、PHSや携帯電話、さらにはスマートフォン(以下、スマホ)やタブレットなど、新しいIT機器が次々に現れて一般化し、コミュニケーションのとり方が変わっていくことと、密接なかかわりがあると考えられます。
そこで2014年度は、近年のスマホやタブレットの普及によって、子どものメディアの用い方とコミュニケーションのとり方とが具体的にどのように変わっているのかを把握するための研究に、慶應義塾大学経済学部の武山政直教授、および武山教授の研究室で学ぶ大学生の皆さんと共同で取り組みました。私のレポートでは、同年度に行われたいくつかの研究のうち、高校生を対象にしたインターネット・コミュニティ(以下、ネット・コミュニティ)に関する研究を中心に考察します。
【2013年度の振り返り①】
大きな変化が起きている?
今回の研究は、2013年度にやはり武山教授の研究室とともに取り組んだ、中高生のデジタルメディアの利用実態に関する研究を踏まえて行われました。そこで、2013年度の研究を振り返っておきましょう。
首都圏の中高生20人を対象に、スマホやタブレットをどのように用いているかについて、インタビューなどによる調査を実施しました。調査は、武山教授の研究室に属する大学生の皆さんにお願いしました。大学生であれば、中高生のすぐ上の世代であり、デジタルメディアに対する感覚の世代間の相違が精緻に把握できるからです。大学生は調査を通して、中高生のデジタルメディアの使い方に、自分たちの世代とのかなり大きなギャップを感じていました。例えば、LINEなどのインスタントメッセンジャーアプリによって教師と気軽に会話をしたり勉強の相談をしたりする生徒や、クラスの友だちと一緒にスマホのゲームアプリに夢中になり、休み時間などのスキマ時間を見つけてはアプリを起動させて遊ぶ生徒に対して、「自分たちの中学・高校時代とは全く違う」という印象を抱いたようです。
スマホやタブレットは、かつての携帯電話と異なり、パソコンと同等かそれ以上の機能と性能をもともと備えていますし、手軽に導入できるアプリケーションによって、利便性を高めることもできます。それでいて、常に持ち歩き、使いたい時にすぐに使えるわけですから、モバイルに特化したコミュニケーション・ツールとして、新しい使い方がどんどん現れるのも無理はありません。その結果、大学生が、自分たちとわずか3~5歳しか年齢の変わらない中高生のデジタルメディアとの接し方に対して、大きなギャップを感じるような状況が生まれたと考えられます。これは、子どもとメディア研究室がこれまでに観察してきた約20年の変化のうちでも、ひときわ大きな変化なのではないかと感じました。
【2013年度の振り返り②】
「クラスの呪縛」の中の子ども
2013年度の調査結果を分析すると、調査に参加した中高生からは、インターネット上でのやりとりとリアルな場でのやりとりとに、差を感じなくなっていることが見えてきました。また、現在はインスタントメッセンジャーアプリなどによって、リアルタイムでの情報共有が、場所や時間を問わずに行えるようになっています。すると、中高生は、学校での人間関係、特にクラス内での人間関係を、生活のすべてに持ち込むことになります。これを「クラスの呪縛」とする指摘も、調査にあたった大学生からなされました。
「クラスの呪縛」という現象からは、インターネットの用い方が変化していることも読み取れます。インターネットは、従来、時間や空間の制約から解放され、異なる世代の人たちや遠く離れた土地に住む人たちと交流できる、つまり多様な他者と自分とのつながりを増やすツールとして使われてきました。ところが、現在の中高生では、クラスという、小さな閉じられたコミュニティの人間関係を濃密にする方向に、インターネットが使われる傾向があるわけです。
ネット・コミュニティの実験のねらい
子どものインターネット利用に対しては、インターネット上で知らない人とつながることの危険性などが以前から指摘されています。ただ、小さな頃からスマホやタブレットに接している世代では、インターネットによって閉鎖的な人間関係に縛られかねないという新たな危険性が加わりつつあるのではないでしょうか。
多様な人たちとつながり、自分の世界を広げられるというインターネットの可能性は、子どもにしっかり伝えていく必要があると思います。そのための方法として、掲示板、地域ポータル・サイトなどに代表される、不特定多数の人が集まるネット・コミュニティを活用できないだろうかと、私は考えました。
冒頭でご紹介したように、デジタル機器に子どもの頃から親しむ「デジタル・ネイティブ」の上限は、1980年前後に生まれた人たちです。インターネットは、彼らが高校生や大学生だった頃に普及しました。私は1971年生まれですから、既に大人になった頃にインターネットに出会い、不特定多数の人が集まるネット・コミュニティから多くの恩恵を受けてきました。例えば、私がインターネットを使い始めた頃は、無数の掲示板がインターネット上に存在しました。多くの掲示板に匿名で参加した私は、さまざまな人たちと議論することによって、自分の視野が広がったと感じています。つまり、世代や居住地域、あるいは興味のもち方や知識の量などにかかわらず、人々と交流し、新たな気づきが得られる場として、ネット・コミュニティが存在したのです。これは、私だけでなく、「デジタル・ネイティブ」の上のほうの世代にも共通する感覚ではないでしょうか。
近年のネット・コミュニティは、ファンクラブやゲーム同好会などのように、ある分野に熱烈な関心と豊富な知識をもつ少数の人たち、いわばマニアが強く結びつく場として利用されています。別の言葉でいえば、多様性を排除するような場としての存在になってしまっているのです。これについては、運営コストの問題など、複数の要因に分けて分析することが可能です。ただ、いずれにせよ、方法の問題だと私は思っていました。場をどのように設定するか次第で、不特定多数の人が参加し意見を交換するネット・コミュニティを再生させられるはずだ、と。
多様な人たちが広く交流するネット・コミュニティを、現在の子どもが参加しやすいような形で設定すれば、子どもが「クラスの呪縛」から自由になり、価値観や視野を広げられる環境が生まれるのではないか。そうした仮説のもと、今回の研究では、かつてあったようなネット・コミュニティを実験的につくり、高校生に参加してもらうことにしました。今回は、中学生の場合、スマホでのコミュニティの利用が学校で許可されていない場合が多いという理由から、中高生の中でも高校生にターゲットを絞りました。この研究を通して、高校生のコミュニケーションのとり方にどのような変化が起きているのかを、2013年度の研究よりさらにはっきりと浮かび上がらせることにもつながると考えました。
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