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【イギリス(イングランド)】 イングランドのECEC (第5回ECEC研究会講演録①)

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4歳児の就学準備教育が一般化

イギリスのECECについて紹介する前に、イギリスの政治状況に触れておきましょう。イギリスは、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4か国から成る連合王国です。国ごとに独自の施策が行われ、ECECにおいてもそれぞれ制度が異なります。今回の講演では、主にイングランドのECECについてお話しします。

最初に、イングランドの教育制度の概要をご説明します。

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イングランドでは、のちほど詳しく見るように、0歳から5歳になるまでを乳幼児基礎段階と位置づけ、この発達段階にある子どもを対象にECECを行っています。

イングランドのECECには、古くから二つの対立関係が存在していました。一つは、「ケア(養護)」対「教育」です。現在は、包括的に扱われていますが、日本と同じくイングランドでも、「ケアは保育所、教育は幼稚園」というような考え方が一般的でした。もう一つの対立関係は、日本ではなじみの薄い概念ですが、「公費維持の施設」対「私営施設」です。「公費維持の施設」とは、公立及び宗教立の施設のことです。宗教立施設というと、日本では私立のミッションスクールなどをイメージしがちですが、国教をもつイングランドでは、公費によって維持されている宗教立の学校(無償)が少なくありません。

次に、義務教育について見ていきます。国定カリキュラムでは、満5歳から16歳までの11年間が義務教育段階に位置づけられます。ただ、18歳までは継続教育(有給の職業訓練を含む)が行われるため、義務教育期間は事実上13年間と言ってもよいかもしれません。

保護者は学校を選ぶことができますが、地域の公費維持学校は比較的小規模校が多く、規模に応じて定員が決まっています。学校では、在校生の兄弟姉妹の有無、自宅から学校までの距離を優先的に考慮し、その年の入学者を決めます。近年は移民が増えていることもあり、大都市圏では各校の学力に大きな差が見られます。これは、教育言語である英語の能力に関係するところが大きいと思われます。学力差により、人気校と不人気校とがはっきり分かれます。人気校の周辺は、不動産価格や家賃が高騰する現象も見られます。

イングランドでは満5歳から義務教育を受けるようになるのですから、日本と比べると早期就学ということになります。しかも、近年ではほとんどの4歳児が、小学校での学習が始まる前の1年間、レセプション学級と呼ばれるクラスで就学準備として読み書きや計算を習っています。つまり、事実上は4歳就学が一般化しているということです。ただ、レセプション学級を経た段階でも、全児童のうち4分の1は小学校教育を受ける準備ができていないという分析結果があります。

就学前の子どもが学校で毎日数時間を過ごすことも

ここからは、イングランドのECECについて詳しく説明しましょう。

イングランドには、1990年代半ばまでECECの全国基準が存在しませんでした。1996年に初めて「Desirable Outcome for Children's Learning: The Next Step(子どもの学習に望まれる成果)」として公費維持学校に適用される基準が発表されて以来、統一カリキュラムの整備が急速に進められました。2008年以降は、全ての事業所で「Early Years Foundation Stage」(EYFS:乳幼児基礎段階、2007年制定)に基づいたECECが行われています。「EYFS」は0歳児から5歳児(小学校入学まで)を対象とする乳幼児期の「学びと発達」、及び「ケア(養護)」に関する指針です。Early yearsは、一般的には初期とか早期のことですが、ECECに関連して用いられるときには「誕生から5歳(学齢に達するまで)」を指します。

2014年版の「EYFS」には、「学びと発達」に関して、7つの領域にわたって、5歳までに到達すべき目標が示されています。ケア(養護)については、安全と福祉に関する基準が示されています。

ECECの形態は、公私を問わず、学校で行われるものと、学校以外で行われるものとに大別されます。学校で行われるECECは、ナーサリースクール、あるいは小学校内のナーサリー・クラスという施設で、2歳以上の子どもに向けて行われています。概ね3時間をひと区切りとするセッション制(午前・午後の2部制をとるところも多い)で、教育に重点が置かれています。就学前の子どもが学校で毎日数時間を過ごすわけです。従来は3歳児以上を対象にしたクラスが一般的でしたが、近年は2歳児向けのプログラムも実施されています。

学校以外で行われるECECは、施設型と家庭型とに分かれます。施設型としては、プレイグループ(保護者等が組織し、公民館や教会のホール等で週3~5回、3時間程度実施)や、日本の保育所に似たナーサリーなどが挙げられます。家庭型には、二種類あります。一つは、チャイルドマインダーによるものです。チャイルドマインダーは、自宅で子どもを預かって世話をします。この形態は近年、日本でも注目されています。もう一つはナニー(養育係)で、子どもの家庭に住み込んだり通勤したりして世話をします。保育者1人が担当する子どもの人数には上限が定められています。

学校、施設型、家庭型(ナニーを除く)のいずれにあってもEYFSの遵守が求められることは、言うまでもありません。

ECECの費用は、1990年代後半から政府によって無償化が進められています。具体的にいうと、年間570時間(通常は1日3時間、週15時間、年間38週)のECECが、現在、無償で提供されています。さらに2016年度からは、就労家庭に限り、無償時間が1日6時間(週30時間)に拡大されます。こうした無償制度は全ての3・4歳児が対象となるほか、低所得家庭を中心に4割程度の2歳児にも適用されつつあります。また、就労家庭に向けては税制による費用の補助・控除(一定限度額までの「負の控除」、すなわち給付の仕組みを伴う)も行われています。

ただ、無償で提供される時間を超えたり、税制によって補助・控除されなかったりする費用は、全額が保護者の個人負担となり、トータルではかなりの高額となる場合があります。日本では保護者の所得に応じた費用負担の仕組みが確立されていますが、イングランドでは収入にかかわらず負担しなければなりません。

アセスメントや事業所の評価によってECECの質を高める

イングランドにはOffice for Standards in Education, Children's Services and Skills(OFSTED、教育水準局)という政府機関があり、学校教育及びECECの質を監査する役割を担っています。優れたECECの実践例も、動画その他で公開しています。動画によって現場における1日の流れを追うと、保育者に求められる行動として、「行動や言葉の発音の手本を示す」「子どもの行動を観察し、解説や評価を与える」「子どもが自分の言葉で伝えきれないことを代弁する」「少し難しい課題を与え、問題解決を支援する」「子どもが楽しめるよう支援する」などが確認できます。

ECECの質を高めるための取り組みを、二つご紹介します。

一つは、OFSTEDによる活動です。OFSTEDは、原則として3年に1回ほどのペースで全ECEC事業者(チャイルドマインダーを含む)を訪問して、事業者を4段階で評価し、結果をWebサイトで公開します。15年ほど前にこの活動が始まってから、イングランドのECEC水準は全体的に上昇しています。

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もう一つの取り組みは、ECEC職資格の標準化・高度化です。これは、2000年代に入ったあたりから検討が進められ、「乳幼児期専門職(Early Years Professional Status)」の試みを経て、2013年に0歳から就学までの乳幼児期のみの教育を担当する「乳幼児期教師」(レベル6)と「乳幼児期教育者」(レベル3)という2種類のECEC資格が新たに導入されました。資格名の後に記された(レベル6)とか(レベル3)というのは、その職業資格の水準を表しています。イギリスの職業資格には、一つ一つにレベルがついていて、高度な職業教育を必要とする資格ほど、数字が大きくなります。レベルは学歴とも対比することができ、レベル6は学部修了に相当します。1人の保育者が担当できる乳幼児の数は、子どもの年齢と保育者の持つ職業資格のレベルによって異なります。


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ECEC職資格の標準化・高度化が行われた背景には、資格の乱造があります。保育者として働く上で有効なECEC関連の資格は2012年で200を超えており、雇用者にとっては混乱の原因となっていました。こうした状況を改善しようと、資格の再編・整備が行われたのです。その成果として、高いレベルの資格を持つ職員がいる施設ほど、OFSTEDの監査結果が高いというデータが得られています。

ECECの評価は、「2歳発達診断」と「EYFSプロフィール(到達度診断)」という二つのアセスメントによって行われます。「2歳発達診断」は文字通り2歳児を対象としたもので、地方当局や各事業所の担当者が保護者と面談し、子どもの状況をレポートにまとめます。

「EYFSプロフィール」は、レセプション学級終了時(EYFSの終わり)に実施され、到達度に関する20項目について診断されます。現在、「EYFSプロフィール」に代えて、「レセプション・ベースライン」の試験的な導入が行なわれています。これはアセスメントの時期をレセプション学級に入った時点へと早めようとする動きです。これについては、保育関係団体やOFSTEDは懸念を表明しています。

包括的家族支援や優先的拡充など、イングランドのECEC政策から学べること

イングランドにおけるECECの発展を見ると、「政府が本気になって取り組むことでECECは変わる」と実感せずにはいられません。それは、イングランドのECECが、1990年代まではヨーロッパ各国のECECに大きく遅れをとっていたからです。

しかし、イングランドのECECは、連合王国の前労働党政権(1997~2010)のもとで、一変しました。当時の首相A・ブレアは教育を最優先課題に挙げ、ECECに関しても量的拡大や安全安心の徹底を進めました。これは、その後の連立政権、現保守党政権(2015~)にも受け継がれています。特に大きかったのは、OFSTEDの監査による質保証制度が整えられたことでしょう。

家族を包括的にとらえ、貧困や社会格差に対応する政策が積極的に展開されたことも、大きな成果を上げてきました。その例としては、各地に設置されたチルドレンズ・センター(保健、その他の家族支援事業を統合した事業所)における保護者の就労支援や、より質の高いECECの提供、言語セラピーの充実などが挙げられます。こうした政府の動きには、日本の今後に役立つ要素がたくさん含まれていると、私は考えます。

日本への示唆は、イングランドのECECの抱える課題からも読み取れます。私が懸念するのは、就学早期化による弊害です。日本でも就学時期を前倒ししようという声が少なくありませんが、私は賛成できません。まだ鉛筆をしっかり持つこともできないにもかかわらず、読み書きを教わらなければならない。そうした状況に置かれれば、子どもは大きなストレスを感じかねないと思うからです。

Children's Worlds Report 2015 には、スペインやドイツ、韓国、イングランドなど15か国の12歳児を対象に行った人生の満足度調査の結果が示されていますが、イングランドは14位でした。このことと、イングランドの就学早期化とには何らかの関係があってもおかしくないと思います。

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参照: Children's Worlds, 2015. "Children's views on their lives and well-being in 15 countries: An initial report on the Children's Worlds survey, 2013-14" Chap. 4, Figure 12: Level of satisfaction with 'life as a whole' by country. より、CRN編集部が和訳・作成


また、さまざまなアセスメントや試験により、ECECの現場が忙殺されている状況も見過ごせません。近年は「投資としてのECEC」という考え方が世界のトレンドになっており、連合王国政府もECECの費用対効果の検証に力を入れています。そのため、現場は子どもの発達に関するデータ収集や分析の場と化し、保育者が子どもとじっくり向き合う時間が減っているように思います。

こうした課題について、日本がイングランドの轍を踏むことがないよう、私たちは今後もECECのあり方について考えていく必要があります。


※この原稿は、第5回ECEC研究会「世界の保育と日本の保育②~4カ国との比較から日本の保育の良さを探る~」の講演録です。

編集協力:(有)ペンダコ

筆者プロフィール
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椨 瑞希子(たぶ みきこ)

聖徳大学大学院教職研究科教授。専門は、幼児教育史、イギリスの教育、比較幼児教育。保育者の保育観や養成、保育の質保証、家庭的保育などに関する国際比較研究にも取り組んでいる。主な著書に、『白梅子ども学講座4 世界の子ども政策から学ぶ』(共著、白梅学園大学子ども学研究所)など。


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