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研究室

諸外国の保育実践・評価から日本の保育を考える(第4回ECEC研究会パネルディスカッション)

2015年5月29日掲載
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司会......榊原洋一(CRN所長・お茶の水女子大学大学院教授)
パネリスト......森 眞理(立教女学院短期大学准教授)、上垣内 伸子(十文字学園女子大学教授)、星 三和子(名古屋芸術大学教授)、周 念麗(中国・華東師範大学教授)、北村 友人(東京大学大学院准教授)

個別の講演の後、5人の講演者に司会の榊原洋一氏を加えた6人によるパネルディスカッションが行われました。イタリアのレッジョ・エミリア市、ピストイア市、ニュージーランド、中国の上海市それぞれの(乳)幼児教育の特徴、日本の幼児教育との共通点や相違点、幼児教育の質を測るための理想的な方法など、個別の講演で提示された論点についての踏み込んだ議論が行われました。

各国、地域の(乳)幼児教育の長所について

榊原 森先生はイタリアのレッジョ・エミリア市、上垣内先生はニュージーランドにおける幼児教育のナショナル・カリキュラム「テ・ファリキ」、星先生はイタリアのピストイア市、それぞれの幼児教育の長所について、あらためてご紹介ください。また、3人の先生方の挙げた長所について、周先生と北村先生にコメントいただきたいと思います。

 一概には言えませんが、レッジョ・エミリア市の乳幼児教育は、子どもの知的好奇心や感性を伸ばすことが多いと思います。私が同市の乳幼児教育を観察していてそう感じますし、同市で乳幼児教育を受け、大人になって再び同市で暮らすようになった人に私がインタビュー調査をしたところ、そうした回答がたくさん得られました。
もっとも、同市の保育者は、子どもに対する同市の乳幼児教育の影響について「分からない」と答えています。子どもは一人ひとり異なるため、「こういう良い影響がある」と無責任に返答するわけにはいかないというわけです。

上垣内 「テ・ファリキ」による幼児教育の長所は、人としての温かさを伸ばせることでしょうか。
ニュージーランドの幼児教育に用いられている「ラーニング・ストーリー」を読むと、どの子どもも保育者の温かいまなざしのもとに育っていると感じます。「ラーニング・ストーリー」が記述するdispositions(学びの構え)とは、「物事に対する肯定的、意欲的なたたずまい」と言い換えることができると、私は考えています。それを尊重する保育者と日々触れ合うことで、子どもは相手を尊重する姿勢が育まれるのでしょう。

 縦断的な研究を行っていないのではっきりとは言えませんが、ピストイア市の乳幼児教育によって、何事にも前向きに取り組む姿勢や好奇心が育まれると思います。また、保育者と小学校教師とのつながりや、園と小学校との協働による取り組みなどによって、幼小連携が促されることもあるでしょう。

 レッジョ・エミリア市の乳幼児教育は、子ども自身の気持ちを尊重し、「取り組んでみたい」という意欲をうまく引き出していると思います。
中国の幼児教育では、従来、子どもが興味をもつかどうかをあまり顧みない集団教学が主流だったので、子どもは受け身になりがちでした。近年は、子どもの自発性を重視し、好奇心を伸ばすような取り組みを行う幼稚園が増えています。これは、同市の乳幼児教育の影響によるものです。

北村 幼児教育の質をいかに測るかという話と関係しますが、優れた幼児教育の実践例に共通する要素の1つとして、バランスが取れていることがあります。
先ほど私の講演でご紹介した、ユネスコによる2014年のフレームワークでは、教育、健康、栄養、親のサポート、貧困、社会的な保護・社会保障といった複数の領域を組み合わせ、幼児教育の質を見取ろうとしています。教育だけ、健康だけというように、特定の領域だけを重視するのではなく、いくつもの領域をまんべんなく見取ること、つまりバランスを取ることが重要だと考えます。
また、星先生が講演でご紹介くださった、子どもにとって落ち着ける空間の整備にピストイア市が力を入れているというお話が印象に残りました。落ち着ける空間をつくることは、日本では幼児教育のほか、学校教育でも重視されています。良い教室とは何かを考えると、にぎやかな教室とは限りません。じっくり物事を考えるためには静かな教室のほうが良いはずですから、落ち着いた空間の整備は子どもの成長に重要な意味をもつでしょう。

比較から得られる日本の幼児教育への示唆

榊原 レッジョ・エミリア市、ニュージーランド、ピストイア市の幼児教育と日本の幼児教育とを比較すると、どのように感じますか?森先生、上垣内先生、星先生お願いします。

 レッジョ・エミリア市の人々は生活を楽しんでいると、私は感じます。例えば、休日の過ごし方です。私の調査では、オペラを見に行くなど、多くの人が休日だからできることをして楽しんでいました。保育者も例外ではありません。
ここには、日常の中に面白いことを見つけて楽しく暮らすという、同市民の伝統的な気質が表れていると思います。子どもの気持ちに寄り添い、その興味・関心をうまく伸ばす乳幼児教育が同市で見事に実現されていることと無関係ではないでしょう。
同市民に共通して見られる、自らの伝統を大切にする姿勢は、日本への示唆に富んでいると思います。日本の文化にも、良いところはたくさんあります。例えば、来日経験があるレッジョ・エミリア市民は、日本家屋の障子や襖などに侘び寂びを見いだし、賞賛します。昔から続いてきた日本の良さに、日本人自身があらためて気づき、楽しみ、尊重していくことが、日本ならではの優れた幼児教育に磨きをかけることにつながるのではないでしょうか。

上垣内 現在の日本では、幼児教育に限らず、ほとんどの教育の現場で、子どもの言葉による表現や意思疎通を重視し、そのための能力を伸ばすことに力を入れています。ただ、日本人は、古来、言わなくても分かる、しぐさや表情から感じ取るといった、いわば惻隠の情を大切にし、思いやりのある社会を築いてきました。これは、日本の良い伝統ですから、近代教育においても大切にすべきだと考えます。情緒の基盤が形成される幼児教育においてはなおさらでしょうか。
もちろん、幼児教育の現場で、「しっかり自分の意見を言いましょう」「友だちの意見を聞きましょう」と子どもに伝えることは重要です。言葉によるコミュニケーション能力は社会で生きるために欠かせない力ですから、しっかり育む必要があります。しかし、ただそれだけに偏るのではなく、もう少し感情のひだに触れるような幼児教育を目指すべきではないでしょうか。
言葉ではっきり伝える力と言外の心の動きを感じ取る力、この2つを同時にいかに伸ばすかが日本の幼児教育の課題だと、私は考えています。

 ピストイア市の乳幼児教育と日本の幼児教育には、幼児教育の独自性の尊重など、共通するところがありますが、相違点もあります。例えば、子どもへの情緒の伝え方です。日本では、「思いやりをもちましょう」「優しくしましょう」というように、言葉で伝えます。一方、ピストイア市では、心地良い空間を整えたり、子どもが友だちの大切さを自然と感じられるような遊びをしたりというように、環境を通して伝えます。
また、ピストイア市では、子どもの言葉のほか、表情や行動、子ども同士の関係などを保育者が詳細に記録し、これを基に保育者同士が話し合います。つまり、一人ひとりの子どもを複数の保育者が包括的に見取る体制ができているのです。子どもの様子を保育者が共有し、それについて意見交換ができますから、より良い幼児教育実践に向けた改善にも取り組みやすくなるでしょう。日本の幼児教育でも参考にしていただきたいと考えます。

認知的・非認知的の両面から子どもを見取ることが必要

榊原 幼児教育の質をいかに測るかという点についても、先生方のお考えをうかがいたいと思います。

 日本の子どもは他者を思いやる優しい心をもち、なおかつ、たくましくて元気です。私たち中国の幼児教育研究者が日本の幼児教育に敬意を抱く理由の1つは、こうした子どもを育てていることにあります。子どもの心身の発達を見取ることは、幼児教育の質を測る重要な軸であると、私は考えます。

北村 情動などの非認知的なスキルをどのように測るかが、今日の幼児教育の世界的な課題だと思います。私が講演でご紹介した、経済学者J・ヘックマンが、非認知的なスキルや潜在能力などを踏まえて子どもを評価する必要があると述べています。これは、上垣内先生が先ほどおっしゃった、惻隠の情といったものの重要性と共通する指摘だと言えるでしょう。
現在、初等教育段階では、認知的なスキルに偏らない評価法を求めて具体的な動きが始まっています。例えば、経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)では、コミュニケーション能力や批判的思考力といった非認知的なスキルも含めた、総合的な学習到達度を測れるように、何か国かでパイロット調査をしています。さらに、これを就学前段階でも行おうとしていますから、認知的なスキルの向上に偏りがちな就学準備のあり方を変えることにもつながると期待しています。

 レッジョ・エミリア市の乳幼児教育では、子どもの認知的な面と非認知的な面とを合わせて見取っていると感じます。その例として、私が同市の乳幼児教育施設の4歳児クラスで目にしたエピソードをご紹介しましょう。
子どもが4~6人ほどのグループになり、自画像を描いていた時のことです。眼鏡をかけた女の子が描き上げた自画像を、同じグループの男の子が見て、「何か変だな」と言いました。これを聞いた保育者が「どこが変なの?」と男の子に尋ねると、男の子は女の子の自画像をじっと見ながら少し考えていましたが、やがて「目が少し小さいみたい」と答えました。「お友達がこう言っているけれど、あなた自身はどう思う?」と保育者に問われた女の子の答えは、「目が小さくても、心の中ではうれしいと思っているの」。すると男の子は、「でも、心の中で思っているだけでは分からないよ」と一言。この言葉を受けて、女の子はじっと考えてから、「もう少し描いてみる」と言い、ふたたび机に向かいました。しばらくして、加筆した女の子の自画像ができあがると、男の子はすぐに見て「素敵になったね」と声をかけ、女の子は「良かった」とうれしそうに答えました。
保育者が子どもに内在するものを尊重し、それによって子どもがお互いへの理解を深めていることが、お分かりいただけると思います。

上垣内 幼児教育においては、認知的な面と非認知的な面とは密接に結びついており、両者を截然 せつぜんとは分けられないのではないでしょうか。今の森先生のお話でも、しっかり考えるという認知的なプロセスを経ることで、子ども同士がしっかり理解し合えるようになるという非認知的な成果が生まれています。
私は、以前、ピストイア市の幼児教育実践を見学した時、子どもが遊びを通して認知的にとても成長し、それが情緒面での成長をも促していること、また、落ち着いた環境という非認知的な面が、認知的な面を刺激することに気づきました。
ニュージーランドの「ラーニング・ストーリー」は、子どもの認知的、非認知的両面の成長を包括的に記述し、可視化しようとしていると、私は考えています。

榊原 子どもの認知的な面と非認知的な面とを分けることが適切かどうかはともかく、どちらか一方に偏ることなく包括的に見ることが重要である。これが、先生方の見解の共通点だと考えられます。また、世界の優れた幼児教育実践と日本の幼児教育実践とに共通点がたくさんあることも、多く指摘されました。会場にいらっしゃる保育者の先生方、ご自分の園での実践を堂々と世界に発信していきましょう!
ありがとうございました。

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パネルディスカッションでは、世界の優れた幼児教育と日本の幼児教育との共通点や相違点が浮き彫りにされたほか、子どもに対する包括的な評価の重要性が強調されました。
さらに、自然を取り入れた遊びを重視することや幼児教育の独自性を尊重することなど、日本の幼児教育の長所について語られる一方、自国の文化に愛着や誇りをもつことの重要性、いわゆる惻隠の情を尊ぶ伝統的な教育を見直すことの意義というように、世界との比較を通した日本の幼児教育への示唆も多く紹介されました。
いずれも、より良い幼児教育とは何かを考える手掛かりとなる論点ですから、今後さらに議論を深めていきたいと考えます。具体的な実践事例は、そのための貴重な資料となります。日本の幼児教育が優れていることは世界の認めるところなので、保育者の皆様には、自らの実践を堂々と発信していただきたいと思います。その1つ1つは、幼児教育に関する国際的な議論を豊かにし、世界中の子どもに還元されるはずです。
CRNは今後も対象国を広げて、ECECに関する研究を進めていく予定です。どうぞご期待ください。

※この原稿は、第4回ECEC研究会「世界の保育と日本の保育~遊びの中に学びを探る~」のパネルディスカッションの記録です。

編集協力:(有)ペンダコ

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