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【香港】非中国語話者の子どもたちに対する中国語および社会情動的スキルへの文化配慮型教育アプローチ

要旨:

香港では、家庭で話される言語が中国語ではない非中国語話者(Non-Chinese speaking Students:NCS)の生徒が抱く学習上の困難が懸念されている。NCS生徒のうち、特に南アジア系生徒が学校生活において困難を抱え、また、社会経済的地位(SES)の低い家庭出身の生徒の多くは、中国語が不自由であるがゆえに教育機会を奪われてきた。主要な課題に、NCSの子どもたちの中国語学習支援を行う教員に限界があることが挙げられる。その要因のひとつに、適切な教員研修が行われていないことがある。本稿では、まず幼稚園での教育に焦点を当て、NCSの子どもを支援する上で教員が直面する困難について考察する。また、幼稚園におけるNCS の子どもに対する文化配慮型の指導について考察することで、効果的な教員研修法とカリキュラム立案方法を明らかにする。本考察は幼稚園において、平等で充分に配慮された学習環境を築くための、文化配慮型教育法のベンチマーク化を支援するものである。
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はじめに

香港の住民のうち、外国人の家事ヘルパーを除いた非中国語話者(NCS)は、2016年に全人口の3.6%でしたが、2021年には4.2%に増加しています。そのうち、フィリピン人、インドネシア人、インド人、ネパール人、パキスタン人、タイ人、スリランカ人、バングラデシュ人を含む南アジア系住民が増加を続けており、2016年時の全人口の1.1%から2021年には2%となっています(政府統計処 2018年および2022年)。

香港では南アジア系住民の社会経済的地位(SES)は、他のNCS住民と比べて相対的に低くなっています。2016年の南アジア系住民の貧困率は25.7%で、これは全人口の貧困率より高いものでした。主に単純労働に就業する者が多く、従って月収も低く、SESの低い家庭で暮らしています(政府統計処 2018年)。ここで推察できるのは、家庭のSESが子どもの認知および言語能力の発達に影響を及ぼしている可能性です。SESが低い親は言語学習で子どもを指導する機会がより少なく(Fung, Chung 2020年)、特に外国語学習において顕著です(Chungほか 2017年)。また、言葉の壁が子どもの学業成績や就業機会を妨げていることも研究によって明らかになっています(機会均等委員会 2019年;オックスファム香港ほか 2019年;香港融楽会 2021年)。

南アジア出身者の5分の4以上は、若い世代が香港生まれであるにもかかわらず、中国語を書くことができません(香港特別行政区立法会事務局 2018年)。南アジア系の青少年は低学歴のまま勉学を終えています。学位を取得するために香港の全日制教育機関で学ぶ生徒に関して、南アジア系生徒と生徒全体の格差は、2001年の8.2% から2016年には12.8% と拡大しました(香港特別行政区立法会 事務局 2018年)。子どもたちは家族のSESのせいで、貧困の連鎖から抜けられないでいるのです。

2021年に、民族的に非中国系である58,000人前後の子どもたちが香港の幼稚園、小学校、中等教育機関で学び、そのうち40%が南アジア系です(政府統計処 2022年)。子どもたちの多くが幼稚園の時点で、園への適応、特に中国語学習に困難を覚え始め、NGO団体オックスファム香港らによるNCS幼稚園児の中国語学習に関する調査(2019年)では、子どもたちは中国語の習熟度が低いために学習内容の理解に困難を抱えていることが明らかになりました。非中国語話者の子どもは中国語を学ぶ環境がないため、言語学習が難しいのです。また、学校による支援もないため、中国語を習得するのが困難である傾向がみられ、そのような子どもたちの学習ニーズが見過ごされてきたことも批判されています(機会均等委員会 2019年;香港融楽会 2019年)。

本稿では非中国語話者の子どもたち、特に地元の幼稚園で学んでいる子どもたちを支援する上で学校が抱えている課題を考察するとともに、幼稚園で非中国語話者の子どもたちに教える際は、文化配慮型の方法を取ることで、非中国語話者の子どもたちと中国語を話す子どもたちの双方のニーズに応えることができるということを提案します。また、教員研修とカリキュラム立案の2つの側面に対する提案を行うほか、中国語学習と教育、および、社会情動的スキルに焦点を当てます。

教員研修

多くの教員は適切な教職教育を受けてこなかったため、教室内の文化的多様性に対応する難しさは日に日に増しています。審計署による報告書(2021年)によると、非中国語話者の子どもへの教育に関して教育局は小学校、中学校、特別支援校に必修すべき教員研修を設定しておらず、幼稚園についても同様です。ほとんどの幼稚園教諭は、非中国語話者の園児の支援に必要な専門的知識やスキルを欠いています。最近の研究によると、非中国語話者の園児が多い幼稚園の教員に比べ、非中国語話者の園児の少ない幼稚園の教員は、これら園児の多様なニーズに応えたり、多文化的な要素をカリキュラムや教授法に取り込むのが不得手だとわかりました(Ngほか 2021年)。また、教室内で、非中国語話者の園児と中国語話者の園児でそれぞれ異なる学習ニーズに応えるのも困難だ、と教員は感じています。これらは文化的、言語的に多様な子どもたちを教えるための教員研修が欠けていることを示しています。

文化に配慮した教員研修を受けることによって、教師は教室で非中国語話者の生徒を支援するための適切なスキルと知識を身につけることができます。文化に配慮した教授法においては、文化的に同化させるという視点から、異文化間での相互コミュニケーションを重視するようになってきています(Ng ほか 2019年)。教員研修プログラムの受講後、教師は非中国語話者の子どもに対し、寄り添いながら情熱をもって支援するようになるとともに、非中国語話者の子どもに対し、より適切な教授法を編み出すことができるようになりました(Ngほか 2019年)。

文化配慮型の教育では、子どもたちに知的、社会的、情緒的、政治的な力を与え、自分たちのもつ文化的能力や批判的思考力を高めることを目指しています(Ladson-Billings 1994年)。教室で文化配慮型の教授法が用いられると、子どもたちは「自分たちには居場所があり、いかなる文化的背景をもっていても評価される」と感じるようになります。さらに子どもたちの社会情動的発達にもプラスの影響を与え、知的能力を伸ばすうえでも効果的でした(Hammond 2015)。このように、学んだり教えたりする際に、文化的背景は足かせではなく、強みとなるものとして捉えることができます(Gay 2010年)。教員研修では、文化配慮型教育の方針の下で子ども中心型の学びを推し進めた教育を行い、幼児教育と幼児の発達に対して、文化が及ぼす影響力の重要性を明らかにしていくことが急務です(Chungほか、 2020年; Liewほか 2022年)。

文化配慮型教育を教員研修に組み込むため、学校・園は教員に定期的な研修の場を設けることで文化の多様性に対する意識を喚起し、文化配慮型教育を推し進めるための能力を強化することが求められます。また、教員は非中国語話者の子どもを教える上で効果的な取り組み例を同僚たちと共有し合うこと、さらにこのような教員研修に対する評価を定期的に行うことが推奨されます。加えて学校・園は、教員が政府、大学、NGOといった、外部団体による適切な教員研修に参加できるよう図ることもできます。それらの団体は豊富な関連情報をもっています。

カリキュラム立案

文化配慮型教育で重要な項目のひとつに、カリキュラム立案が挙げられます。カリキュラム立案には、カリキュラムデザインと指導計画が関わっています。学校や教員が、文化配慮型教育に沿ったカリキュラム立案を効果的に行う方法を以下に挙げます。

カリキュラムデザインと指導計画

学校レベル:

  • 学校は、個人の衛生習慣、お祭り、交通手段等、実生活での多様なテーマをカリキュラムに設定します。例えば、テーマに「新年」を取り上げた場合、「多様な文化背景をもつ人々がどのように新年を祝うか」に焦点を当てたカリキュラムが考えられるでしょう。そこで子どもたちは異なる文化圏における伝統、伝説、食べ物、祝祭行事を学ぶことができます。教員は子どもたちが文化の多様性に対して前向きな態度を育めるよう、適切な学習活動をデザインします。
  • 非中国語話者の子どもたちの中国語能力は一様でないため、使われる教材はレベル別とします。例えば、よく使われる教材として童話や絵本がありますが、これらを中国語構文の複雑さに応じたレベル別に準備します。第1レベルは簡単な短文からなる童話集、第2レベルはより豊かな内容をもつ文章からなるもの、第3レベルはさらに複雑で長い文章からなるものです。
  • 学校は非中国語話者の子どもたちの能力、興味、ニーズを鑑み、文化に配慮した環境を整え、彼らにふさわしい遊具セットや学習材など、文化に配慮した教材を準備します。一例として、学校は文化の多様性についての絵本を用意し、子どもたちに関心をもってもらうことが可能です。例えば「パンダ ドウシャの日」というお話は敬意と受容が中心のお話です。子どもたちは、自分たちがお互いに異なっていることを認識する一方、偏見や「自分たち」と「彼ら」に区別して考えないよう、教えられます(Lam 2022)。
  • 学校は、教員が非中国語話者の子どもたちの中国語学習や社会情動的な学びを支援する指導計画を作る際のガイドラインを提供します。ガイドラインの教育目標、学習の焦点、評価は明確かつ文化配慮型教育に沿ったものとなるようにします。
  • 学校は、非中国語話者の子どもたちを教える教員間の協力を推奨します。また、教員、専科教員、多文化教育の補助教員が、学校で文化配慮型教育を築くために高い意欲をもって関わっていくことができるようにします。
  • 学校におけるカリキュラム見直しの方法を設定します。同僚間の授業観察、非中国語話者の子どもたちの作品、中国語学習経験、社会情動的な学びの経験は、それぞれ学期ごとに振り返り、検討されます。教員にはフィードバックや提言がなされ、レビューの結果に応じて、フォローアップ措置が取られます。

教員レベル:

  • 教員は、文化配慮型教育のために適切な知識やスキルを学校で使えるようになります。定期的に自分の教え方を振り返り、同僚たちと分かち合います。
  • 教員は、子ども中心型のアプローチと文化配慮型アプローチを教授法に組み込みます。子ども中心型アプローチとは、子どものニーズ、興味、能力に対応した指導計画を指します。子どもがもっている知識を学習や教育活動に活用することで、子どもたちの興味が増し、学ぶ意欲が出て、成績を上げることにもつながります。子どもたちの生活体験を、学習や学習活動に組み込むことは、認知プロセスのひとつです(Llopart・Esteban-Guitart 2018年)。例えば、インドの民芸の一つであるランゴーリ(砂絵)作りを学びや教育活動に取り入れることは、インドの子どもたちが自分たちの文化をクラスメートと分かち合うことに自信をもつ一助となります。
  • 教員は文化をよく感じ取り、非中国語話者の子どもたちのニーズや感情を理解します。非中国語話者の子どもたちとコミュニケーションを取り、明確な指示を与えることができるようになります。子どもたちに一問一答ではない質問を投げかけ、自分たちの経験や意見を分かち合うよう促します。
  • 教員は子どもたちが独りで問題を解決できるよう十分な時間を与えるとともに、適切な介入を行います。
  • 教員は効果的に教えているかどうかについて、定期的に振り返りをします。非中国語話者の子どもたちを含め、すべての子どもたちの中国語や社会情動的な学びに対して高い期待を寄せ、成長した子どもたちを褒めます。
  • 教員は非中国語話者の子どもたちが効果的に中国語や社会情動的スキルの学習に参加できるよう、さまざまな文化の特徴を活かして学習活動をデザインします。教材は文化に配慮したものとし、時代に合わせて常に更新します。例えば、中国語の単語を表示した絵カードで、子どもたちは感情を見分け、中国語で表現できるようになります。このような絵カードの図柄をデザインする際は、さまざまな文化背景の子どもたちに配慮します*1

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感謝
 
寂しい

指人形は、子どもたちが自分の経験や感情を表現しやすくするための「ごっこ遊び」に頻繁に使われます。指人形をデザインする際は、文化の特徴を考慮します。例えば、下記の指人形はフィリピンの子どもたちと国花です*2

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  • 教員は子どもたちのさまざまな興味を惹くコーナーを作り、中国語学習も含め適切に遊具教材を配置します。例えば、中国語学習用の興味を惹くコーナーを作り、そこでは子どもたちに漢字を作るための正しい部首を探させます。例をあげると、「木」は中国語の部首で「木、木材」を意味します。この部首を別の漢字と組み合わせ、「樹」(樹木)や「果」(果実)などの様々な意味をもつ漢字を作ることができます。
  • 教員は、教室内で子どもたちの中国語能力や社会情動スキルが一様でないことを認識し、子どもたちの反応や興味に応じて活動内容が最適となるよう努めます。また、非中国語話者の子どもたちの学習ニーズに合わせて柔軟にアレンジをすることもできるでしょう。
香港における文化配慮型教育のベンチマーク(CREBM)

学校において、文化配慮型教育のベンチマーク(基準)の設定は、非中国語話者の子どもたちを支援し、学校が平等で配慮の行き届いた学習環境を整備していくためのガイドラインとして不可欠です。香港ジョッキークラブの公益信託資金で創設された「C-for-Chinese@JCプロジェクト」の支援を受けながら、香港教育大学、地元の大学2校、NGO2団体によって共同設立され、CREBMのプロトタイプが発展してきました。同プロジェクトは2022年から5ケ年の予定です。CREBMは、地元の幼稚園で文化配慮型教育が実施されるよう、政策から実践まで推し進めることを目的としており、学校が非中国語話者の子どもたちへの支援をする上で、内省と自己評価をする際の発展的なツールとなっています。政府が定めた幼稚園の成果指標 (教育局 2017年)に合わせ、CREBM は4領域、8分野、11 の成果指標、21の項目から成っています。文化配慮型教育を、学校の発展、教員のプロ意識、学習と指導、家庭と学校のコミュニティの連携に取り入れ、優れた実例で就学前教育分野に貢献します。

おわりに

本稿は、学校側の視点で非中国語話者の子どもたちの学習上の課題を分析しています。文化配慮型教育によって、教員は文化の多様性に対する意識および異なった文化や言語背景をもつ子どもたちへの支援能力を高めることができます。文化配慮型教育は教室での指導はもちろん、全校での取り組みとして不可欠です。学校運営者は教員研修、カリキュラムデザイン、教育計画などさまざまな面で教員と協力し、文化に配慮した視点を通して、これらを実現していくためのイニシアティブをとっていくことが求められます。


  • *1 香港ジョッキークラブ公益信託、香港教育大学、香港理工大学、香港大学、香港クリスチャン・サービス、香港聖公会麥理浩夫人センターにより設立(2022~2026)。幼稚園部門で文化配慮型教育のためのC-for-Chinese@JCに格上げされた(以下C-for-Chinese@JCプロジェクト)。
  • *2 同上
筆者プロフィール
Kevin_Chung.jpg ケビン鍾杰華

香港教育大学児童発達および特殊教育学科主任教授、および児童家庭科学センター長。本機関に参加する前は、香港大学にて教育学部准教授およびプログラム長。研究者となる前は、オーストラリア・シドニーで4年以上にわたり教鞭を執る。
研究および教育活動では、ディスレクシアとその他の学習障害、リテラシー習得、評価と教育指導、社会情動的発達、家族関係、インクルーシブ教育を中心としている。読字困難、読み書き、児童発達学、教育心理学、家族関係に関する150以上の論文を執筆。政府機関や基金による大規模調査研究や学校プロジェクトを担当。PISA 2018等の大規模調査のコンサルタント。政府諸部門やNGOへの提言も行っている。

barbara_Ho.jpg バーバラ何佩琼

香港教育大学の児童家庭科学センターのプロジェクトマネージャー。主にC-for-Chinese@JCプロジェクトに従事。チームへ参加する前は、香港の副学士コースで15年間教鞭を執り、中国の貧困緩和プロジェクトやAIDS予防プロジェクトなど数々のプロジェクトに従事。香港大学で社会学博士号取得。
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