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日本語が話せない子どもたちへの日本語教育について

岐部 公一

2019年11月15日掲載

要旨:

日本は人口減少による人手不足が深刻化している。その人手不足を補うため、外国人の受け入れを進める政策がとられている。外国からの滞在者が増えるのにともない、日本語を母語としない児童・生徒が増えている。日本語が分からないまま授業を受けることは、子どもたちの学習の遅れにつながり、成長の妨げになる。日本語を母語としない児童生徒には支援が必要であるが、心もとない現状である。社会はその支援体制を早急に整える必要がある。

キーワード:
日本語、母語、外国出身者、子ども、日本語教育、ボランティア
はじめに

私は、エンジニア職を退職後、地元龍ヶ崎市のボランティアグループに所属して、日本語が話せない人たちに日本語を教える活動に参加している。このグループは実働メンバー7名で、外国出身者の成人4名と小学校・中学校から依頼された日本語を母語としない児童生徒4名に対し、週1日ないし2日のペースで、原則マンツーマンの日本語指導や学習支援を行っている。日本語を勉強したい人は増加傾向にある。実際、今年の9月から3名、来年の4月から2名と、支援対象児童が順次増える見込みとなっている。指導メンバーの高齢化という事情も重なって、人手が回らなくなりそうなので、日本語ボランティアの養成講座を企画して、メンバーの補充を行おうとしているところである。

私自身はこの活動に参加して5年ほどになる。これまで日本語能力が十分でない成人3名と小学生2名の計5名の日本語学習・学習支援にかかわってきた。わずかこれだけの乏しい経験ではあるが、気になり考えさせられることがあった。

母親たちの不安

現在私は、二人の中国出身女性(AさんとBさん)の日本語学習のお手伝いをさせていただいている。Aさんは10年ほど前に御主人とともに来日され、ご自身も仕事をされている。約5年前から勤め先の理解を得て時間を作り、週1回日本語の勉強をすることにして、私たちのグループに申し込んで来られたのである。努力の甲斐あって、日本語能力検定の2級(N2)に合格することができた。今はさらに1級(N1)を目指して頑張っている。Bさんは日本人のご主人と結婚して、日本に来てもう18年になる。夫と息子がバイリンガルなので、家庭内では中国語が第一言語になった。そのおかげで、Bさん自身は楽だが、日本語はなんとか聞き取れるレベルから少しも上達しないことが、自分自身でふがいないと感じている。それではいけないと一念発起して、日本語を習おうと思ったということである。

AさんもBさんも二人とも、日本語がうまくなりたいという思いは切実で、勉強熱心である。この二人の目下の悩みは、ともに自分のことではなく、それぞれの高校生の息子さんたちのことらしい。大学受験の時期が迫ってきているのを心配されている。更にその後の就職はどうなるのかを考えると、もっと心配になるのだそうだ。そうだねと、思わず首肯してしまう。

Aさんが日本に来たのは息子が4歳半のときだった。幼稚園に通わせるなどしていると、息子は自然と日本語が話せるようになった。やがて地域の小学校に入学した。しかし、その小学校ではいじめにあったので、2年生の時には学校に通わせられないと思い、Aさんは中国に残っている自分の母親に息子を預けることにした。しかし、いつまでも実家に預けてもいられないので、5年生の時に再び日本に呼び寄せて、別の小学校に通わせることにした。その時には日本語を忘れてしまっていたので、学校の勉強に遅れないように、週に4日、塾に通わせた。さらに、中学校からは進学のことを考えて、私立の中高一貫校に通わせた。経済的負担も決して小さいものではない。今では息子の日本語に問題があるようには見えないが、これまでには言語の問題があったせいか、息子が勉強に今一つ集中できないでいるように見えることもあって、将来のことが大変気がかりなのだ。

Bさんの息子は日本で生まれたが、日本人であるご主人は、忙しくて育児にかかわる時間をほとんど取れなかった。もっぱらBさんが中国語で育てたので、最初に話すようになったのは中国語だった。やがて、幼稚園に行き小学校に通うようになると、自然に日本語も話すようになり、小学校に入ると日本語が急に上達したように見えたそうだ。そして、父親と話す時は日本語、母親と話す時は中国語と使い分けるバイリンガルとなった。しかし母親として気になることがある。息子が小さいころに読み聞かせをしてやった本は、中国語のものだったのだ。自分は日本語の本をちゃんとした発音とイントネーションで読めないから、子どもにとって不都合だろうと思ったからだ。そんなことが息子の現在の日本語の読み書き能力に影響していないか心配なのだ。それに、息子の中国語にしても、母親と話すだけでは、読み書きの能力はほとんど覚束ないのだ。バイリンガルと言えば聞こえはよいが、どっちつかずの中途半端なものになっていないか、それも気がかりなのだ。

AさんもBさんも、それぞれに母親として息子の教育に熱心に取り組んだのだけれども、子どもたちが言語の違いを十分克服できているのか確信できないし、その問題のせいで十分な学習レベルに到達できていないのではないかとの不安を抱えており、子どもの将来のことを考えると心配でならないのだ。それに加えて、Aさんの息子は、これからも中国人として日本の社会を生きていかなければならない。筆者はAさんの話を聞いて、今の日本社会がAさんの息子を温かく迎え入れることができる社会であってほしいと切に願わざるを得ない。

Aさんの息子もBさんの息子も日本語の壁に苦労はしたが、とにかく大学を目指すところまでやってきた。彼らのように日本語を母語としない子どもたちにとって、学校で普通に勉強することが容易でないことは、もっと理解されてしかるべきであろう。

子どもたちの苦労

次に、筆者が担当した二人の子どもの例から、言葉の通じない世界で学校に行き勉強する(させられる?)ということがどんなことなのか見てみよう。

S君は当時小学3年生で、二つ下の妹と一緒に中国人の母に連れられて、その2年ほど前に来日した。父親は日本人なので、S君も日本人だ。小学校に上がる前までは母親と中国で暮らしていたので、母語は中国語だ。日本に連れてこられてから塾に行き、小学校に通ううちに言葉を聴きとって、日本人と同じように発音することができるようになった。ただ、その言葉がどんなものを指しているのかわからないことは多い。例えば、「ナミ」と聞いて、「ナミ」とちゃんと言えるけれど、水の揺れ動く波を日本語では「ナミ」と呼ぶことは知らないから、「ナミ」がどんな物かはよく分からないという。実は他にもいろいろなことがよくわからないのだけれど、いちいち気にしてはいられない。とにかく友達と話ができて、遊ぶことができれば問題ないのだから。だから日本語で困っているという気持ちはあまりない。日本語を勉強するということがどういうことなのか、意味が分からない。父親が買ってくれたゲーム機で遊ぶのが一番楽しい。小学校では絵を描く時間が一番好きだ。他の教科はよく分からないから好きじゃない。塾に通って算数や漢字の勉強をしている。塾で宿題のプリントを渡されたら、絶対にやっていかなければならない。だから、勉強ではそれが一番大事。S君は学童保育の時間中に学習支援を受けにくるのだが、塾や学校の宿題プリントしかやろうとしないのだ。筆者は、S君にとって、文章を読んでその意味を理解できるようになることが重要だと判断し、まとまった文章を読む練習をさせたいと考えていたのだが、それはほとんどS君に受け入れられず、児童を指導することの難しさを実感した。定形的で、意味を読み取らなくても空欄を埋められる漢字練習や算数の宿題プリントは日本語学習の教材として適当ではなかったが、やむを得ずS君が持参する宿題プリントを教材にして、可能な限りその問題文を読んで考えたりする練習に努めることとした。S君は3年生が終わると、両親が転居したため、他市の小学校に転校してしまい我々のグループによる支援は終了した。

T君も日本人だが、母親は中国人で日本語がほとんどできない。父親は日本人だが、日中間を行ったり来たりで、とにかく忙しくて育児に時間を掛けていられない。T君は小学6年生になる少し前に日本に連れてこられた。日本語は、来日してから塾に通って勉強中だ。日常の言葉を聞いて理解することは何とかできるようになった。話すことや読み書きはまだよくできない。日本の小学校では、算数を除いて、中国で勉強したことが役に立たない。理科でも中国とは内容がずいぶん違っているし、不確かな日本語力では新しいことを勉強するのは難しい。地理や歴史を扱う社会科はもっと難しい。日本のことを全く知らないからだ。6年生ともなると意見を発表したり、作文や感想文を書いたりと、自分の考えを表現することが多く求められる。不十分な日本語力ではなかなか思うように考えがまとまらないし、表現するのはさらに難しい。テストにしても、問題を理解するだけでずいぶん時間がかかる。筆者には、T君が小学6年生相応の知力を十分もっているように思えたが、日本人の同級生と同じ基準で、同じテスト、授業時の応答状況などで評価されると、実力相応の評価をもらうことができないため、不公平に感じられる。それ以上に問題と思われるのは、言葉のせいで授業についていけないことだ。それはすなわち、新しい知識を吸収し、物事の考え方を学んでゆくことが妨げられていることだ。T君には週1日の学習支援では全然足りないと思った。しかし、急に支援を増やす余裕がなかったし、その年度でT君が小学校を卒業し、その後は本人や家族、進学した中学校からの要請がこなかったため、我々のボランティアグループによる学習支援は終了した。

まとめ:子どもたちには学習支援が欠かせない

AさんやBさんの息子たちも、S君もT君も、本人の意志とは全然関係なく、母語が通じない世界に突然放り込まれてしまったのだ。大人の都合に振り廻されて、不条理な目にあっていると言っていいだろう。子どもはすぐに言葉を覚えるから問題ないというのは思い込みに過ぎず、子どもの学習の遅れから目を背けさせてしまう危険性がある。それぞれの段階で適切な教育が受けられないことは、その子たちの成長を妨げることであるし、それが積み重なっていけばその子たちの将来にかかわる大きな障害となる。日本語が話せない子どもたちは、言葉の壁に阻まれて悪戦苦闘している。そして、子ども自身がその問題を認識しているとは限らない。無意識に抑え込んで元気に振る舞っている子もいることだろう。いきなり言葉の分からない世界に連れてこられることは、子どもにとって実に苦労が多いのだということに思いをはせ、その子たちを温かく見守り支えることが大人の義務であろう。親の都合でそうなったとしても、それは親だけで解決できる問題ではない。親としても、社会の仕組みの中で、やむを得ずそうなったということもあるだろう。どんな対応が必要なのかについては専門家の知恵が必要であるし、社会の教育システムの中で解決しなければならない問題である。個々の児童に対してどんな支援がどれくらい必要なのかを専門的にきちんと把握して、それに見合う支援を手配できる仕組みが社会として必要ではないか。人口減少局面にある日本は、人手不足に直面しており、外国人を受け入れる方向に加速している。折しも日本語の能力が十分ではない外国籍・日本国籍の児童生徒は増加傾向にある。子どもたちが十分な教育を受けられないまま放置され、ドロップアウトすることになれば、大きな社会問題となることであろう。文部科学省の資料によれば、日本語能力が十分でない生徒が100人以上在籍する学校がある一方、最も多いのは1人のみ在籍する学校であるという事実がある。多くの地域では、例外的な問題として過小評価され、見過ごされないとも限らない。総体数は大きいが広く薄く分散している問題の解決には、それぞれの地域の人々の協力が不可欠である。地域の人々と地方自治体と国とが、それぞれの役割を明確にして、地域の学習環境を支える仕組みを強化する必要があると考える次第である。


注: 文部科学省(平成28年3月22日):「参考資料1 日本語能力が十分でない子供たちへの教育について」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/dai35/sankou1.pdf (PDF)
筆者プロフィール
kouichi_kibe.jpg 岐部 公一(きべ・こういち)

1950年大分県生まれ茨城県龍ヶ崎市在住。宇宙開発のエンジニア職を定年退職した後、日本語教師養成講座に通い、その成果を少しでも活用できたらと思い、地域の日本語のボランティアグループに参加して、日本語を勉強したい外国出身者に日本語を教える活動に加わっている。
日本語を教えることは同時に日本語を学ぶことでもある。日本語を外国語として学ぶ人が疑問に感じることについての説明を考えることや、日本語の発音もまた思いのほか複雑なものであり、非母語話者にとってそれなりに難しい要素を持っているということなど、日本語に関して新鮮な発見と驚きを感じることは楽しいことである。
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