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【日本】 触ること、触られること

小西 行郎 (同志社大学赤ちゃん学研究センター 教授)

2009年10月16日掲載

要旨:

ヒトの五感というとき、実は視覚・聴覚・味覚・嗅覚までは、それぞれ特殊な器官によって営まれる感覚ですから、討論の余地はないのですが、5番目の感覚についてはアリストテレスの昔から討論が繰り返され、皮膚にある感覚すなわち触覚がそうであるとされていました。しかしながら、触覚はその定義があいまいであったために5番目の感覚はのちには空腹感や吐き気、めまい、疲労感などのいわゆる内臓感覚や平衡感覚、あるいは皮膚だけでなく、筋肉などの深部組織などの感覚も含めて一般感覚と呼ばれるようになったのです。そして現在日本の生理学では5番目の感覚は体性感覚と呼ばれています。その中に触覚は含まれているのです。単一器官によって営まれる他の4つの感覚とは違って、5番目の感覚は複雑であり、それだけに重要であり、生理学などの分野においてはもっとも新しい研究テーマの一つといわれているのです。しかしながら、育児や保育の現場では最も誤解され、軽視されている問題でもあります。ここではそうしたことを踏まえて「触ること」「触られること」について考えたいと思います。

Keywords;
アクティブタッチ, 乳児, 五感, 保育, 小西 行郎, 幼児教育, 心理学, 新生児, 日本, 発達, 育児, 触覚, 認知, 赤ちゃん
English
※日本の基礎データ

胎動と触覚(自己の認知のために)

受精後7,8週から出現する胎動は自発的な運動であって体全体を動かすだけでなく、指しゃぶりから始まって、手を使って顔や頭、あるいは体中を触るなどの様々な運動が組み合わさったもののように見えます。この時期の赤ちゃんは胎芽と呼ばれ、基本的には大脳はまだ機能していないと考えられます。その時期から動き始める理由はなんでしょうか?

國吉康夫東京大学大学院情報理工学研究科教授らのグループは胎動をシミュレーションすることを研究課題の一つにしていますが、かれらは胎動によって脳が作られるのではないかという大胆な仮説を立てています。脊髄にあるCPG(セントラル・パターン・ジェネレータ)によって引き起こされる運動によって、手を口に触れたり、顔に触ったりすることで、自己の身体を認知する。また、羊水の中で動くためにその圧力を感じることによっても手足を確認するとも考えているのです。同じような意見は発達心理学者のP・ロシャ―博士も考えています。つまり、自発的に動き体に触れることで脳に身体の地図を書き込むのだろうというのです。生理学の本などをみればペンフィールドによって発見された体部再現地図が必ず書かれています。ホムンクルスという小人間像として書かれている場合が多いようですが、こうした地図がいつどのようにして書かれていくのかについての非常に挑戦的な仮説だと思います。ただ、新生児がすでに重力に対する平衡感覚を持っていて、斜めに抱かれると頭を反対側に上げようとしたり、音の聞こえるほうや光の方向へ頭を向けるあるいは目の前に提示されたものに向かって手を伸ばそうとするなどの運動の存在から見て、胎児期に自己の身体認知をある程度していることは事実だと思われます。そのための重要な感覚が触覚といわれています。いわゆる五感の中で最も早期に機能し始めるのが触覚であり、最初に口の周囲それから指先などの順に出現するといわれています。その他の感覚、たとえば視覚や聴覚が24,5週から機能し始めることを考えると、16,7週おおよそ100日あまり、胎児は触覚を頼りに動き回っているといって過言ではないでしょう。


乳児期の触覚

ところで、胎児期に盛んに見られる指しゃぶりなどの手と体の接触行動ですが、これは出生後しばらく見られません。指しゃぶりは生後2か月、手と手を合わせる運動は4か月、そして、手と足を合わせる運動は5か月ごろになります。胎児期にもこうした接触行動は、頭や口から始まり徐々に肩、体へと移り、生まれてくるころには足へと移動してゆくのですが、同じような傾向が乳児期にも見られるのです。ただしこのときに加わる感覚は視覚、つまり、目で体を確認しているように見えるのです。生後3か月の赤ちゃんに自分の足を赤ちゃんがいつも自分の足を見る方向から見た映像と足先のほうから見た映像を見せると、足先のほうから見た映像のほうを長く見たというのです。つまり、3か月の赤ちゃんでも自分の身体を視覚的に認知しているようなのです。こうした現象はまるで最初に触覚で認知した自分の身体を視覚によって再確認するように見えます。こうしたことは物体の認知についても言えるようです。つまり、物の形状や重さあるいは大きさなどはまず触覚を含む体性感覚によって把握されます。生まれてしばらくの乳児は勿論立体視などできないのですから、当然口や手で物に触れてその性情などを把握し、後に視覚的にも認知するようになるのです。そしてその時に重要なのは運動、つまり能動的に動くことで触れている者の認知は一層しやすくなるといわれています。じつはアリストテレスの時代に触覚と言われたものは「触れる」という意味のようだと岩村吉晃氏は著書の中で書いています。そしてそれは現在、重要な研究課題といわれているアクティブタッチに近い感覚のようだとも言われています。物の性状や重さなどは見ただけでは分かりません。触れてみて、持ち上げてみて、わかるのです。つまり運動することつまり能動的に触覚を使うことが認知には重要だというのです。もちろん他の感覚にも、受動的な感覚入力と能動的な感覚入力がありますが、かなり最近まで感覚についての研究は受動的な感覚についてのものが多く、能動的な感覚についての研究は少ないようです。しかし、つかむ、ふれるという行動は乳児にとっては極めて重要な探索活動であり、さわる対象の形状は受動的に触られるより、能動的に触るほうが良いとする見解は多くなっており、生理学や心理学などの重要な研究課題となっているようです。


育児や保育の現場では

こうした研究の影響を受けてでしょうか、育児や保育の現場では新生児期や乳児期に感覚入力が重要だとして「見せること」「聞かせる」ことを強調する育児書などが多いようです。とりわけ、「触る」ことについては、スキンシップなどといって「タッチケアー」や「ベビーマッサージ」などが推奨されています。能動的な感覚入力などについて書かれている育児書などは極めてまれであるといえるでしょう。このことが筆者には気になって仕方がないのです。赤ちゃんは自ら探索行動をし、それを触覚や視覚などによって知覚する。この繰り返しが認知能力を生みだすのです。にもかかわらず、現場では触れること、あるいは口にものを入れることは安全上の問題などから中止されることが多いようです。「汚い」「危ない」といわれて、この重要な探索期に舐めることや噛むことも禁止されがちです。

胎児期の指しゃぶりを考えてみると、胎児期には口こそが「自分」であると思われます。その口に手を入れることによって手を認識し、その手を使って体を認識するという仮説もあながち間違っていないように思えるのです。こうしたことから考えると、今の育児や保育のなかで繰り返されている大人が赤ちゃんや子どもに触れることよりも、赤ちゃんが能動的に触れたり、まねたりすることの重要性が分るのではないでしょうか。

途中失明をされた方の本には触れることの面白さが書かれています。視聴覚が早い情報の処理を受け身的にすることが多いのに比べて、触覚はゆっくり対象物を触れつつ、それが何であるかをじっくり探求するからこそ面白いというのです。健常者にマスクをして触覚体験をしてもらうと、別の世界を認識することができると喜ぶ人が多いようです。情報が入力されたと同時にそれを処理し判断しなければならない視聴覚より、じっくりゆっくり判断する触覚を考え直す必要があるように思います。

最後に、共同研究者であった小児科の伊藤智子先生の研究では、赤ちゃんがお母さんのおっぱいを飲んでいるときに、そっとお母さんのおっぱいに触れていることが確認されました。それも手の甲で、いろいろな講演会でこのことをお母さん方に質問しますと、触れていたことを覚えているお母さんは少なくありませんが、手の掌か甲かについての質問にはほとんど正解者はいません。してやったことは覚えているのにしてもらったことは覚えていないものなのですね。母子の相互作用はほとんどが赤ちゃんから発せられたものであることも含めて、能動的な感覚入力について考え直さなければならない時期に来ているように思います。
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