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【ドイツ】新型コロナウイルス感染症に翻弄された2020年ミュンヘン市の保育現場

2020年は、世界中のメディアに新型コロナウイルスに関連する記事が溢れた一年でした。

中国・武漢での出来事を対岸の火事のように思っていたドイツで、自国の対策が叫ばれるようになったのは2月頭ごろです。イタリアでの感染拡大、医療崩壊の様子が伝わってくるにつれ、世間がざわつき始めました。

その後、ドイツでも感染が広がり、政府がロックダウンに踏み切るのは素早かったです。国境が地続きのヨーロッパは、流通と観光の利便さと引き換えに感染症の広がりも早いことが予測されました。3月16日にロックダウンが宣言されると、生活必需品を扱うスーパーを除くすべての商業施設、娯楽施設、学校、保育施設等が閉鎖となりました。

多くの国民が疑心暗鬼に駆られ、わたしも在独30年を過ぎて初めてアジア人であることを理由に差別を受けました。道行く女性に「本当に中国人って不潔なんだから。近寄るんじゃないよ」と冷たい目で見られたほか、アジア系の友人は電車の中で、「コロナー」と大声で叫ばれ指さされたそうです。

ただ、私の周りで差別的態度をとる人たちは主に高齢者であり、普段やりとりのある人たちは比較的若者が多かったことが救いでした。異文化理解教育、ダイバーシティーを保育目標や教育方針として掲げているヨーロッパなので、若者の中にはそれほどの差別意識はなかったのではないかと信じたいところです。

街の様子はというと、ロックダウン前日のスーパーは、戦争でも始まるのではないかという殺伐とした雰囲気でした。ここでも教育の大切さを実感しました。ドイツ人は比較的冷静で思いやりのある行動をとるものなのですが、それでも根拠のない情報に翻弄された市民の買い占め行為により、トイレットペーパーと小麦粉とパスタの棚は空っぽになりました。

日常生活でこのような状況を目撃することとなり、突然ステイホームを強制された子どもたちの不安は相当なものであったと思われます。こうして前例のない都市封鎖(ロックダウン)による保育現場へのコロナの影響が出はじめたのです。

ロックダウン開始からロックダウン緩和(5月上旬)までの保育現場

私は、バイエルン州ミュンヘン市の幼稚園と学童が併設された複合施設に勤務しています。ロックダウンにより全ての保育施設が休園となった中、私たち職員はロックダウン開始の3月16日から、子どものいない園に勤務することとなりました。最初の1か月は、混乱の中登園してくる子どもは一人もいませんでした。

ロックダウン中とはいえ、社会インフラを請け負っている保護者の子どもたちの受け入れは許可されていました。各クラスに該当児童が数名ずつ在籍していたので、登園者ゼロというのは予想外でした。後に聞いたところによると、コロナの正体が全く不明だったことから警戒感が強く、両親2人の時差出勤により家庭内保育でやりくりしていたそうです。

4月の半ばになって、幼稚園児1名と学童1名の姉妹が通園してきました。両親ともに、医療従事者の家庭でした。がらんとした園舎に2人だけの声が響くのはとても不思議な環境でしたが、私たち保育者は保育を担当するチームと、掃除や保育環境を整えるチームに分かれて、1.5メートルのソーシャルディスタンスも保ちながら、業務にあたりました。

また、ロックダウンが緩和される5月の終わりまでは、職員が密になることを避けて、週5日のうち2日までは、交代で在宅勤務が奨励されていました。在宅勤務中は、保育関連の読書、自宅待機中の子どもたちへの手紙作成などをして過ごしました。

子どもたちへの手紙の第1弾は、塗り絵やゲームなどを、第2弾は、新型コロナウイルスについて子どもの視点で描いた絵本を同封しました。そして「みんな幼稚園に来られないから、幼稚園にお手紙を届けてね」という呼びかけに、ほとんどの子どもたちから返信がありました。「早く幼稚園に行きたいよ」「会えるのを楽しみにしているよ」「病気にならないでね」などの文章が添えられたかわいらしい絵が園に届きました。それらを廊下に貼り出して私たち保育者は元気をもらっていました。

ロックダウン緩和(5月上旬)から完全解除(6月中旬)までの保育現場

5月初めに、ロックダウンの緩和がはじまると、少しずつ登園児が増えてきました。この緩和政策を見据えて4月の終わりには教育局より「クラスの人数を通常より少なく抑えるように」という指示があり、5月からは従来と違ったクラス編成が求められました。

私の勤務する園は、全体で2クラス44名がいます。ドイツの園の1クラスあたりの子どもの在籍数は普通25名なのですが、私の園は一昨年より障がい児を受け入れるインクルーシブ園に認可されたため、その分定員が減っています。

コロナ前までは、この44名をオープン保育で預かっていました。子どもたちは登園後どこでだれと遊んでもいいのがオープン保育です。ただし、事務作業などの便宜上、黄色組と青組の2クラスに分けられていました。先生全員で子どもたち全員を保育する方法で、もちろん先生の担当場所もローテーションします。

しかしこの従来の44名を一緒に保育する方法は、接触する人数を抑えなければならないコロナ対策としては、受け入れられませんでした。オープン保育から、クラス単位の保育への180度の転換が求められ、さらに1クラスの人数を抑えるために急遽2クラスから3クラス制にすることとなりました。

本来2クラス用に建てられた園舎なので、3クラス目の教室をどうするかについてまず相談しました。主保育室よりも小さめの副保育室と廊下の積み木コーナーを3クラス目の保育室と取り決めました。場所が狭くて使いにくいというハンデがあるので、ほかの2クラスが16名のところ新設されたオレンジ組は12名と設定しました。

3クラスの子どもや保育者の構成についても一から話し合いで決めました。話し合いをしたのは4月末ですが、ドイツは9月入園なので保育者が園児全員の嗜好や趣味や友人関係についてよく把握していたことが功を奏しました。

まずは、保育者を3チームに振り分けました。自然と仲のいい保育者同士が名乗りをあげることとなり、雰囲気の良いクラス運営にプラスになると思われました。その3チームで、どの子がどこのクラスに所属するかを決めていきました。子ども同士の相性を考慮するのはもちろんですが、保育者と子どもとの関係についても、子どもにとって一番居心地の良い場所となるように考えられました。保育者はプロといっても人間ですので、波長の合う子どももいればそりの合わない子どももいるのは当然です。子どもにとっても、波長の合う保育者により意図を汲んでもらえることは大切なことでしょう。

こうして、3クラス保育がはじまりましたが、5月はじめに10名ほどしか登園者がいなかったため、1クラス3名程度からの保育でした。気をつけたのは、ほかのクラスの子どもたちとの接触を避けることです。トイレや廊下ですれ違わないように、手洗いのときにも、予め誰もいないことを大人が確認してから移動しました。

5月末になって、年長児の登園が許可されると、8割の子どもたちが戻ってきました。今年は年長児の割合が大きい年だったからです*1

人数が増えて、ますます配慮を求められたことは、食事の様式です。コロナ前は、大きいお皿から自分で食べたいだけよそって食べるバイキング方式でした。それが、手袋をした保育者が「たくさん食べる? 少しがいい?」と一人一人に聞いて盛り付ける配膳方法に代わりました。子どもたちが食べ物を取るために動くことはありません。

食事のテーブルについても、4月のはじめには、1.5メートルの距離をとるように気を配っていました。7月になると、教育局からのコロナ指導書の改定により、以前のように普通の距離で座って食事をしてもいいこととなりました。

年長児の恒例であるお泊まり保育は、コロナのために中止になった行事の一つです。そのほか夏祭り、バスを使っての遠足など密となる活動が残念ながら見送られることとなりました。行事は中止となってしまったけれども、思いのほかクラスの中での保育は充実していました。意図をもって気の合う子どもたちを集めた少人数保育は、諍いが少なく、子どものアイデアも出てきて遊びが広がりやすい環境でした。大きいスペースを使ってダイナミックに遊ぶことはできなかったけれども、閉ざされた空間なりに、自分たちで工夫して、集中して遊ぶことができたように見受けられました。

6月中旬のロックダウン解除後の変化

少人数保育の心地よさを満喫していた6月でしたが、ロックダウンの解除に伴い、再度コロナに対応する指導があり、3クラスから2クラスへの移行を求められました。その理由は、運営上の問題が出てきたからです。今までは、ロックダウンのため、保育時間短縮が認められていたので何とか保育者が足りていました。私の園では、通常の保育時間が7時から17時半までのところ、7時から16時に変わっていました。ところがロックダウン解除により通常運営を求められたため、保育者不足の問題が出てきたのです。コロナ対策のため、子どもたちだけではなく保育者のクラス間移動も禁止されています。そのため保育開始の7時から閉園まで、3クラス分である3通りのシフトを組んでいました。時短保育の16時までだと何とか回っていたシフトが、17時半までに延長されると人数が足らず成立しなくなったというわけです。

7月からは、22名×2クラスの体制で、やはり他クラスとの接触を避けての保育となりました。

さらなる変化は保育者のマスク着用が義務付けられたことです。子どもについては引き続きマスクは免除されています。6月までは、店や交通機関でのマスク着用は必須だったけれども、学校と保育施設では表情が見えることが重要視され免除されていました。しかし、とうとう9月に保育施設でもマスク着用が義務付けられました。

ドイツでは、マスクをする習慣は日本のようにありません。コロナ前は日本人旅行者が街中でマスクをしていると、振り返って二度見されるほど稀な光景でした。ところが、コロナ感染拡大によりマスクの着用が叫ばれ、今では色とりどりのマスクが街中に溢れています。

教育局からのマスクの配布は、とてもスピーディでした。ロックダウンがはじまった次の週には、薄めの使い捨てマスクが園に200枚届き、4月には職員1人につき白い布マスク7枚が支給されました。そして、6月にはミュンヘン市章付きのおしゃれマスクとフェイスシールドが届きました。

12月にはいってから配布されたマスクは、上下は布だけれども真ん中が透明なビニールになっているものでした。これは、子どもに保育者の口元が見えるようにという配慮のためですが、実際に使うと滑稽に見えることから、保育者の間では評判がよくありません。

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保育者の口元が見えるマスク

教育局から配布があっても、着用するマスクについての規制は今のところないので、保育者は自分が気に入ったものをそれぞれつけています。クリスマスには、例年保護者からチョコレートやシュトーレンなどのプレゼントをいただくのですが、今年はそれに代わって手作りマスクをたくさんいただきました。

さて、2クラス制の保育に戻り、他クラスとの接触をできるだけ避けるために考えた工夫は、給食やおやつの時間を各クラスでずらすことです。洗面所を使用する時間が重ならないように配慮されています。そして、廊下に設定している子どもたちが大好きな「積み木コーナー」をどのように共有するかを決めました。月曜日から水曜日までは、黄色組が使用し、水曜日の午後にしっかりと消毒したあと、木曜と金曜日には青組が使うようにしました。さらに、園庭の使用については、黄色組が中庭を、青組が裏庭を使うことにより、園庭での接触を回避することにしました。

昨年までは、オープン保育で幼稚園のお部屋や敷地のどこで遊んでもよかった子どもたちにとっては、やや窮屈な園生活になってしまいましたが、どうしてこのような対策をとっているのかを話して、子どもたちにも納得してもらった上で新しい方法を導入しました。同様に、体操や歯磨きの人数が制限されたり、クッキング保育ができなかったりする理由も説明しました。体操の時間が減少した代わりに、お散歩保育を頻繁にする工夫もしています。保育者の新型コロナ対策の話を理解してくれたのか、子ども本来の柔軟な姿勢のためか、取り上げるほどの混乱は起こりませんでした。

一番心配だった慣らし保育

ロックダウンがはじまった3月以降、保護者が園舎内に入れるのはエントランス部分の1メートル×6メートルのエリアのみです。しかも、密を避けるために同時に3名しか入れません。

エントランスに2つの大きな机が置かれて紐がかけられ、進入禁止マークがものものしく張られています。こういうところは何ともドイツらしいです。見た目を少しかわいらしくしようとか、親しみやすくしようという工夫は見られず、実用性重視です。

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エントランスの風景

新型コロナ前は保護者が教室前まで子どもたちと一緒に入り、上靴に履き替えさせたり、トイレに誘導したりするのが普通でした。そして、引き渡し時に子どもの様子や雑談をするのが日常でした。お迎えの時も同様です。しかし保育者と保護者、また保護者同士の接触を最小限にするために、この送迎のプロセスをすべて簡易化せざるをえなくなりました。

保護者が園内に入れないことで一番問題になるのが慣らし保育です。ミュンヘンの公立幼稚園では、慣らし保育に最長6週間かけて慎重に進めます。仕事を持っている母親(父親*2)の場合は、慣らし保育のための休暇が保障されており、平均2週間ほど会社を休んで幼稚園に保育中も待機してくれます。

初日は子どもの様子を見て判断するので、それぞれ対応は異なります。ドイツでは、保育園は3歳未満対象、幼稚園は3歳~6歳が対象です。それぞれの子どもの3歳の誕生日には、必然的に幼稚園に移るために、慣らし保育を始めることとなります。例えば、保育園の経験があり集団生活に慣れていて付き添いの保護者からすんなりと離れられそうな子どもについては、最初から保護者には玄関で待っていてもらいます。そしてその子がどんなに園に馴染んで問題がなくても、初日は2時間ほどで帰宅します。保護者と離れるのが不安な子どもについては、保護者にクラス内に付き添ってもらいます。2日目からは30分、次は1時間、と1人で園にいられる時間を延ばしていきます。付き添いの保護者と離れて不安で泣き出した場合には保育者は気をそらそうと試みがちですが、無理をせず保護者に電話して迎えに来てもらいます。

このように密着型慣らし保育なので、どうなるかと心配していました。結果としては、保育園あがりの新入園児が多かったこともあって、ある程度スムーズに進みました。閉じられた空間でのクラス制保育により、動線が制限されていたことがかえってよかったのかもしれません。また、新型コロナのせいで、登園を控えるという決断をする家庭もあり、登園者数が少ない保育環境も、新入園児が落ち着いて遊ぶことができた一因だと思われます。

3歳児にとっては広い園内で、自分で遊ぶ場所や遊ぶおもちゃを選ばなければならないオープン保育の環境のほうが、まだハードルが高いのかもしれません。オープン保育では慣らし保育を丁寧にする必要があることが、コロナの経験を経て再確認されました。

新型コロナでつながりが薄くなりがちな園と家庭との信頼関係の構築のためには、慣らし保育に該当する子どもの担当保育者を2人決め、保護者との連絡を密にする工夫をしました。そして、週に1回の職員会議では、慣らし保育の経過を職員全員で共有しその子どもをフォローできるようにしました。

実際には、母親が付き添えないことにより子どもの不安が大きく、またコロナでのロックダウンが途中にはいり、慣らし保育をしてはステイホームになるという繰り返しでスムーズにいっていないケースが2例あります。そのようなご家庭とは、「今年は特別なので、6週間といわず長い目で慣らし保育をしていきましょう。楽しく園に通えるようになることが目標です」という共通認識で前に進んでいます。

ウィズコロナの中で

11月下旬にはじまったソフトロックダウンも、12月16日には本格的ロックダウンに移行しました。ソフトロックダウンの時には開いていた学校、保育施設も再度閉鎖となっています。しかしエッセンシャルワーカーの子どもの緊急受け入れをしているため、2クラスそれぞれ6名ほどが登園しています。コロナの収束はまだ先がみえず、当初予定されていた2021年1月10日までの期限はあっさり延長され、1月末までのロックダウンとなった後、さらに2月中旬まで延長されました。

不安定な現状ですが、新しい生活様式に慣れていきながら、保育の現場ではその時その時の最良の方法を模索していくしかないと思っています。

コロナ禍の中でも、悪いことばかりではありません。大切なことが何なのか、必要なものは何かがよく見えるようになったように思われます。無駄な会議や不必要な事柄がそぎ落とされていくのではないかと予感しています。新型コロナ収束後に、子どもたちに安心と安全をつないでいくことができるように、今、目の前の保育を丁寧にしていければと職員一同心がけています。

今週も、ステイホームしている子どもたちに、楽しいお手紙を届ける予定です。

 
  • *1 ドイツでは基本的に異年齢児保育です。年少児、年中児、年長児の割合が決まっていないので、その年によって様々です。
  • *2 今年は慣らし保育に父親が付き添う割合が30パーセントと高かったので、このような表記にしています
筆者プロフィール
yukiko_W_profile.jpg ベルガー有希子

お茶の水女子大学児童学科卒業。ドイツの育児支援センターにスタッフとして12年勤務。現在は幼稚園で先生を務める傍ら、ミュンヘン市教育スポーツ局保育視察担当者として受け入れ業務を兼任。お茶の水女子大学、福岡教育大学などで講師経験多数。
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