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【日本】障害児保育における保育者の熟達化

廣澤 満之(白梅学園大学子ども学部発達臨床学科 准教授)

2020年8月 7日掲載

要旨:

障害児保育において、初任の保育者は子どもへの対応、保護者への対応など、様々な困難を感じます。一方で、その困難は先輩とのインフォーマルな場が与えられることによって、自分の視点が対象化され、それにより新しい視点を得られるといった成長の機会となっていきます。障害をもつ子どもや保護者を多面的に理解できることが、初任保育者の熟達化の到達点と考えられます。

キーワード:

障害児保育、熟達、保育者、園内連携、インフォーマルな場
1.なぜこのテーマなのか

保育の現場では、以前にも増して「専門性」が求められるようになってきました。たとえば、現在の保育所保育指針に「専門性を高めること」が保育士の責務として記述されるようになったことからも分かります。もともと保育士には保育士の専門性があるわけですが、それがより意識されるようになったと言えるでしょう。では、近年特に求められるようになった専門性とはなんでしょうか。たとえば、幼保小連携といったことが話題になると、児童期までの長期的な視点で保育を見直せることが専門性と言えるでしょう。このような、長期的なスパンで現在のニーズを捉える視点などは、保育者が活躍する福祉・教育領域全般で必要となるものでしょう。障害児保育に目を転じると、インクルーシブ保育のあり方といったことは、新たに専門性が問われる課題かもしれません。また、現在の国の方針などを考えると、医療的ケアへに関する知識も、いずれは保育者の「専門性」の一部として入ってくると思われます。

このように専門性は、その時代によって変化していきます。それでは、保育者はそのような専門性をキャリアの中でどのように手に入れているのでしょうか。つまり、保育者はどのように成長するのでしょうか。これについては、これまで多くの研究が積み重ねられています。もっとも大きな成長の要因は、「保育経験年数」であると思われます。これは、至極当たり前のことかもしれません。一方で、実際に保育者養成校の教員をしている私から見ると、「保育経験年数」という要因のみでは説明できないと感じることもあります。多くの研究では、養成校を卒業した時点を0として、そこから何年(つまり、現場経験がどれぐらいか)経った人は、どんな保育をしているのかという検討がなされています。しかし、保育者を目指す学生を見ていると、保育職に就いてからではなく、そもそもそれまで生きてきた20年ほどの人生が、その学生の子どもの捉え方に影響を与えていることがよくわかります。つまり、「保育経験年数」が0の時点よりも前に、すでに保育観のベースがあるのではないかと考えられるのです。残念ながら、この点に踏み込んだ研究はあまり多くはありません。今後、養成教育を考える上でも大切な視点かもしれません。

2.保育者の熟達化とは何か

保育者の専門性の変化を捉える概念として「熟達化」というものがあります。この熟達化という概念は、もともと学習心理学の分野で提唱されたものです。ある特定の領域で経験を積み重ねることによって、豊富な知識や技能を獲得していくことを示します。昔、近所の大工さんが、木材に直線を引くのを見て、その美しさに私自身が魅了されたことを覚えています。墨壺から伸びた壷糸を指で弾いて、一瞬でまっすぐな線を引いていたことを思い出します。「熟達化」とは、このような熟練の技を獲得していくことと考えると理解しやすくなります。

ただ、保育の世界は大工さんの世界とは熟達のスタイルが違うかもしれません。これを考える上では、「適応的熟達者」という概念が分かりやすいです。Hatano et al.(1984)によれば、熟達化には「固定的熟達化」と「適応的熟達化」があるとされています。「固定的熟達化」は、一定のパターンを修得して、課題解決が早くなることです。スーパーのレジ打ちを想像すると良いと思います。経験日数が増えるにつれて、レジ打ちの速度が早く正確になる、などです。一方で、「適応的熟達化」とは、あるパターンを修得した後に、そのパターンを臨機応変に変化させて新たなる課題を解決していくことを示します。保育者が日常の保育の中で行っていることは、後者の「適応的熟達化」であると言えます。

それでは、保育における保育者の熟達化については、どのようなことが分かっているのでしょうか。高濱(2000)は、保育を行う上で保育者が困難を感じる事例を示して、それに対して保育者がどのような回答をするのかについてまとめました。その結果、初心者は子どもを単一の視点で捉える傾向がある一方で、経験が長い保育者はこのクラスだとどうなのか、家庭環境の影響はどうなのかといった複数の視点から捉えていました。また、経験が長くなると、子どもの行動を個人差として捉えていることが明らかになりました。まさに保育者としての「適応的熟達化」の典型的な面なのではないかと考えられます。

このような保育者の熟達化を見ていくことは、いくつかの点で意味のあることです。どのように成長していくのかということが明らかになれば、どのようにリカレント教育(生涯にわたって学習していくこと)を行っていくのかというヒントを得られる可能性があります。また、「保育カンファレンス(保育者が同僚などと子どもについての意見を出し合い幼児理解・実践力を高める会議) はどうあるべきか」ということのヒントにもなります。先の通り、初心者が単一の視点で子どもを捉えているのであれば、熟達者の役割は初心者の視点を広げるために、新たな視点を提供する存在になるべきだということになります。また、そのような視点を広げる機会は、カンファレンスだけではないでしょう。そうであるとするならば、どのような園内の「場」が必要であるのかということを考えるべきでしょう。

3.障害児保育にたずさわる保育者の熟達化

では、障害児保育にたずさわる保育者は、どのように熟達していくのでしょうか。障害児保育にたずさわる保育者は、定型発達の子どもの保育では経験できないこと、もしくは経験しづらいことを経験しています。たとえば、園外の専門機関である児童発達支援センターと連携して対応していく行為などを挙げることができるでしょう。また、障害特性を理解することなどもあります。たとえば、自閉スペクトラム症の子どもの特性として、こだわり行動があります。ミニカーのタイヤをくるくる回し続けることがありますが、このような行動は、保護者にとって理解しづらい行動であるため、保護者の育児負担感を増大させる可能性があります。そのような保護者と、どのようにして一緒に子どもの行動の意味を見つけていくのかといったことは、障害児保育にたずさわる保育者だからこそ得られる経験であると言えます。このような経験は、保育者にとって成長の契機となる経験ではありますが、一方で、適切な対応が分からず困難を抱え込んでいる保育者もいると思われます。

私は、保育者が障害児保育の経験を通してどのように熟達化していくのか、そして、そこから園内の連携の在り方はどうあるべきかを考えたいと思い、調査を行いました。以下は、その調査によって得られた結果をまとめています。

方法: この研究には、11名の保育所保育士や幼稚園教諭に協力していただきました。これらの方はすべて、入職してから5年以内の方でした。①子どもに対する直接的な支援、②保護者への支援、③外部機関との連携、④園内体制、⑤障害児保育に関する一般的知識といった5つの視点から、現在の自分の課題と成長したと考えていることを語ってもらいました。分析の結果は多岐にわたっていますが、本稿では、全体的に言えることといくつかのポイントに絞って述べてみたいと思います。

結果: まず、全体として言えることです。初心者の保育者は、障害児保育の中で様々な迷いをもっていました。それは、関わりたいけれど個別対応できないこと、その子どもの発達課題が分からないといったことでした。また、迷いの中で多くみられたのは、保護者への対応についての迷いでした。子どもの困った行動(保育者が困っている行動)をどのように保護者と共有すれば良いのか、また、その時間と場所がないといったことです。このような迷いというのは、必ずしもネガティブに捉えられるものではありませんでした。園内の様々な人によって会話の中で支えられたり、園外の研修や連携先の専門職から知識を得たりといった支えがありました。この支えがある中で、子どもを理解する自分の視点を改めて考え直していました。私は、これを自分の視点を対象化するという意味で「対象化体験」と名付けました。この対象化する行為、そして、子どもとの関わりを繰り返す中で、子どもや保護者への多面的な理解を獲得し、長期的な視点から考えることの大切さに気づき、自分のクラスだけではなく園全体の保育者になることへと到達していました。以下では、明らかになったことをいくつか具体的に挙げてみたいと思います。

①先輩の力
多くの保育者が迷いながら実践をしていましたが、その中でもっとも大きな支えとなっていたのは、先輩保育者の存在でした。多くの保育者の語りの中に、先輩と相談をする中で、障害をもつ子どもへの関わりを考え直すきっかけが生まれたことが挙げられていました。このこと自体は想定内の結果でした。一方で、同時に挙げられていたのが、先輩に「見守られていた」体験です。これは、先輩から直接アドバイスを受けることではなく、何か困ったことがあったらすぐに相談できる状態がもたらす、気持ちの余裕を示します。保育者たちの語りからは、障害をもつ子どもへの関わり方を手とり足とり教えてくれるような先輩ではなく、「自分が困った時に相談できる先輩の存在が求められている」ことがわかったのです。障害をもつ子どもとの関わりは、保育者にとっても分からないことの連続であるかもしれません。その中で困難を感じること自体は、成長のきっかけではあるのですが、困難のみでは疲弊してしまうと思われます。いつでも相談できる先輩が存在することで、そのような困難は、むしろ成長の機会となっているようでした。ここから分かることは、先輩とはただ教えるだけではなく、初心者に寄り添える人であるべきということになると思われます。

②インフォーマルな時間の大切さ
初心者の保育者が、障害をもつ子どもと関わる中で抱えた困難を解決する場はどこでしょうか。クラス会(クラスの担任や副担任の会議)、職員会議、幼児クラスを受け持つ先生同士の話し合いなど、現場では様々な会、カンファレンスがあります。確かにこのような場で解決することも多々あると思われます。しかし、この研究で明らかになったことは、「初心者の保育者はインフォーマルな場でこそ困難を解決していた」ということです。インフォーマルな場というのは、たとえば、昼食時の休憩室での何気ない会話、保育終了後の掃除の時間(幼稚園の場合)、壁面装飾を作っている時などです。つまり、「会議」ではない場所になります。インフォーマルな場であるからこそ、自分の聞きたいことが聞けるといった語りが多かったのです。フォーマルな場は、初心者の保育者にとって、発言するのはハードルが高い場所であると思います。つまり、自分の考えを述べて、それに対する様々な視点を得るといった「対象化体験」をしづらい場と言えます。もちろん、フォーマルな場で語ることの大切さに言及している保育者もいました。しかし、インフォーマルな場は、いわゆる周りの空気を読んで発言する必要が少ないので、気兼ねすることなく、より自分の迷いを発信しやすいと言えるでしょう。このインフォーマルな場で初心者の保育者が相談しやすい空気を作ることが、園内の連携を強化することにつながると考えています。この研究とは直接関係はないのですが、ある幼稚園教諭と話した時にこのようなことを言っていました。その先生の園では、保育終了後は各先生が自分のクラスの清掃を終えると、自分のクラスで黙々と次の保育の準備をするそうです。仕事が終わるまで、フォーマルな会議がなければ、特に他の先生と話すこともほとんどないそうです。彼女は、「とにかく悩みは自分で解決しないといけない雰囲気なんです」と述べていました。一方で、ある幼稚園では、保育が終わると先生方がお茶とお菓子を囲んで、とにかく子どもたちのことを語り合うということをしています。この時間に同席させていただいたことがありますが、保育者の年齢に関係なく、みんなが子どものことを笑顔で語っていたのが印象的でした。若い先生が困っていることについて話し出すと、年配の先生が私も困っていると同意だけして、その際には何も問題が解決していない場面が印象的でした。これぞ、まさに先輩の見守りであったと思っています。特に、障害児保育は、担当する保育者に特別な困難さがもたらされることがあります。それをフォーマルな場で解決するのではなく、インフォーマルな場で支えることこそが、間接的ではありますが、障害をもつ子どもの支援につながるのではないかと考えています。

③保護者との関係
上記の2つは、障害児保育にのみ当てはまるものとは言えないかもしれませんが、障害児保育にたずさわる保育者にとって、より重要になることと言えるでしょう。上記の2点以外では、保護者との関係を通して自分が成長したことを語った保育者が多くいました。「障害」ということを、保護者と共にどのように理解しあっていくのかについての悩みが多く語られていました。その悩みとして多く挙げられたのは、保護者と話をする時間的制約と場所的制約についてでした。送迎の際の時間だけではじっくりと子どもの発達のことを話すには足らないといったこと、また比較的時間のあるお迎えの時間であったとしても、他の保護者がいる状況では話しづらいといったことが挙げられていました。また、伝える内容として、どうしても子どものポジティブな側面ばかりになってしまい、課題となっていることを共有していくことができないといったことが挙げられていました。子どもの送迎といった短い時間で何を伝えるのかについて、複数の保育者が語っていたのは、先輩の存在でした。特に、複数担任の場合であれば、先輩の保育者と保護者が語り合う姿を見ることが、成長のきっかけとなっていました。また、副担任のいないクラスのひとり担任であったとしても、やはり①や②で挙げられたような気持ちの余裕があると、対応の幅が広がっているようでした。

このような3つのポイント以外にも、数は少ないながら語られた、意外な成長のポイントがありました。たとえば、ある保育者は、担任ではなくフリーの立場を経験できたことが成長に与えた影響が大きいと語っていました。それは、クラスの担任をすると全体を動かすことに注力してしまうが、フリーの立場であれば、障害をもつ子どもとじっくり関わることができるから、それが成長につながったと語っていました。同じ子どもにじっくりと関わる時間をもてたからこそ、その子の分かりにくい言葉や理解しがたい行動が分かるようになったと答えています。そして、その経験があったからこそ、その子の行動が障害としてではなく、その子の特性として見られるようになったと語っていました。多くの保育者が、障害という視点から子どもを見るのではなく、その子の特性として見ることへ視点が転換したことを、初心者の熟達の到達点として語っていますが、このような個別的な関わりを通した経験は豊かな成長の仕方であると思えます。

また、ある保育者は、夕番(保育所での夕方の時間の保育担当)の経験が大きかったと述べています。夕方の時間は、他のクラスの子どもたちと合同で保育を行うことが多いと思います。この保育者は、その時間だからこそ、他のクラスの障害をもつ子どもと積極的に関わったと述べていました。その結果、園内カンファレンスでその子どものことが話題に出た時に、「当事者意識」をもつことができるようになったこと、その子どものことを聞いて、「自分ならこう関わってみようと考えることができた」と述べていました。このように、他のクラスの子どもに対しても、保育者として「当事者意識」をもつようになることも、成長の一つの到達点なのかもしれません。クラスの枠がしっかりしている多くの幼稚園では難しいかもしれませんが、保育所であれば日常的なことでしょう。自分の担当のクラスの子どもではない子どもについて積極的に語ることができるような仕掛けが大切なのかもしれません。

4.最後に

この研究の結果は、障害児保育のみでなく、保育者の熟達化全般に適用できるものであると考えています。しかし、障害児保育であるからこそ経験できることがあるのも事実です。肝心な点は、保育者が抱える様々な迷いが、同僚との間で共有されていくことであると思います。そういった点から、私は「インフォーマルな場を充実させることが、障害をもつ子どもへの間接的な支援になるのではないか」と考えています。幼稚園や保育所を訪問させていただく際に、最初に職員室のお茶とお菓子をついつい確認してしまいます。データをとっていないので推測的な印象論ではありますが、職員室にお茶とお菓子がある園の方が、障害をもった子どものことを園全体で支えようとしているような気がします。どうしても園内での支援が滞ってしまいがちになるのは、一人の先生に責任が負わされているような場合です。お茶とお菓子は、そのような園内連携を図る一つの指標なのかもしれません。

今回の研究で気になった語りがあります。それは、障害をもつ子どもの理解しづらい行動と関わっていく中で、「ああ、こういう意味なのだ」ということが分かるようになってくると、その子どもとの関係性が変化するということでした。この体験は、必ずしも障害児保育だけではなく、それこそ言葉による表現がたどたどしい乳児保育では日常の体験であると思います。この体験をすることで子どもの見え方が変わり、ひいては対応も変化すると思います。障害をもつ子どもへの保育の根本は、子どもへの対応方法を理解するのではなく、こちら側(保育者側)の見方を変えること、保育者が子どもの多様性を実感することであると考えています。この研究でも、子どもや保護者の多様性が見えてきたことが(初心者の)熟達の到達点となっています。障害をもつ子どもを変えるのではなく、まずは、自分の見方を変えるというのが保育の基本であればいいと考えています。

現在、次の研究課題として、「自閉スペクトラム症の子どものこだわり行動を、周囲の支援者はどのように理解していくのか(熟達化)」ということに取り組んでいます。自閉スペクトラム症の子どものこだわり行動は、一見すると意味がなさそうに感じられます。しかし、そこには、子どもなりの意味世界が広がっているはずです。その世界を保育者や保護者がどのように捉えていくのかについて気になっています。保護者がその行動を理解していく過程を保育者が分かったら、その時々に応じて、保護者の視点が多様化していくために保育者がどう支えればよいかが明らかになるかもしれません。そうすれば、保護者支援の一助になるのではないかと考えています。子どもの行動を障害であるからと捉えるのではなく、こちら側がどのように理解「しようとする」のかということが大切であると考えています。

※ 文部科学省 第II部文教施策の動向と展開 第2章生涯学習社会の構築を目指して 第3節学習機会の拡充 2生涯学習時代に向けた大学改革-高等教育へのアクセスの拡大-<リカレント教育>
https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpad199501/hpad199501_2_093.html#k173.1


引用文献

  • Hatano, G., & Inagaki, K. (1984). Two courses of expertise, Research & Clinical Center for Child Development, 82-83(Ann Rpt), 27-36.
  • 高濱裕子. (2000). 保育者の熟達化プロセス:経験年数と事例に対する対応, 発達心理学研究, 11(3), 200-211.

【付記】
この文章は、日本保育学会第69回大会で発表された内容にデータの追加・分析を加えたものを基にしており、学会誌に投稿中であることを付記する。

筆者プロフィール
hirosawa_mitsuyuki.jpg 廣澤 満之(ひろさわ・みつゆき)

白梅学園大学子ども学部発達臨床学科 准教授。
東北大学大学院教育学研究科博士後期課程を修了(教育学博士)、いわき短期大学、目白大学を経て、現在は白梅学園大学子ども学部発達臨床学科にて特別支援教育を教えている。小平市教育委員会、複数の社会福祉法人、キリン福祉財団などで外部委員を務めている。研究は、主として発達障害児の発達支援、障害児と関わる関わり手が子どもの行動をどのように理解するかについて明らかにすることである。現在は、自閉症スペクトラム障害児・者のこだわり行動に着目して、それに関わる関わり手の熟達化過程を明らかにする研究を行っている。臨床活動として、青年期から成人期の発達障害者を対象としたグループ活動を行っている。

※肩書は執筆時のものです

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