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【日本】米国の文化人類学者による日本の0~3歳の幼児教育に関する考察

要旨:

文化人類学から分かることは、人類史上、多くの文化圏において、3歳以下の子どものほとんどは日中、母親にではなく、年上の子どもに面倒を見てもらってきた、ということである。一方で、現代の多くの幼児教育の施設では、同年代の子どもと一日の大半を過ごし、異年齢交流をもつ機会はほとんどない。
本稿では、年齢にかかわらず、異年齢交流の機会を子どもたちに与えることの意義を説きたい。日本の保育園での異年齢交流が撮影されたビデオをもとに行われた研究を紹介し、結びに、日本で導入されている幼保一元化政策により、異年齢交流がさらに実現しやすいものとなっている見解を示す。
Keywords: ECEC, 異年齢保育(縦割り教育), 文化人類学, 幼保一元化
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I. 上海での思いがけない出会い

昨年10月、上海で朱家雄先生が中心になり開催した学会に、私は海外から招聘された複数の専門家の1人として参加しました。その数ヶ月前に参加を決めた時、まだテーマが「0〜3歳の幼児教育について」となることは、知りませんでした。テーマについて知った時、自分のこれまでの研究が大体3〜6歳の子どもの保育プログラムについてだったので、自分が何について話せるか、少々不安でした。考えていくうちに、四十数年前の博士課程時代に、文化人類学的に小さな子どもたちを誰が養育するのかを研究した内容について、振り返ることを思いついたのです。そしてこの文化人類学的知識を、日本の保育園で行なった異年齢保育の研究と併せて紹介すればいいと、気付いたのです。本稿は、その産物です。

また、上海の会議での思いがけず嬉しい出来事は、榊原洋一先生とお話しできたことです。以前にもお会いしたことがありましたが、お互いの講演を聴いたことも、じっくりと会話をしたこともありませんでした。最近の脳科学の進展により、子どもの遊びと、知的・社会的な発達との関連性を理解することができる、との榊原先生の講演に、私は興味をそそられ、自分が日本の保育園で行った文化人類学的研究から得た知見からも、腑に落ちるものでした。榊原先生とのやり取りは、ECECという分野が、医学や発達心理学、人類学、社会学、教育学など多分野を横断的に見ることができる、豊かな場であることを思い出させてくれました。小児科医や人類学者の考察は、小さな子どもたちに何ができるか、何が求められているかという、ECEC分野としての理解を広げられるかもしれません。

II. 用語の解説

日本の幼児教育について英語で書くと、米国の幼児教育制度とはぴったりと一致しないので、注意が必要です。100年近くにわたり、日本では主に二つのECEC施設が存在してきました。フルタイムで働いていない親の3~6歳の子どもに、半日保育(通常午前9時~午後2時)を提供する幼稚園、早朝から夕方6時まで、働く親の0~6歳の子どもを預かる保育園。最近では、この2つの施設を統合しようという政府の動きから、第三の施設、認定こども園が追加されました。こども園は、保育園と幼稚園の特徴を併せもち、働く親の0~6歳の子どもを終日預かり、保育と教育の区別がない指導をしています。「幼稚園」は 直訳すると「kindergarten」の意味ですが、英語では「Preschool」や「nursery」と表した方がいいと考えます。米国では、kindergartenは、小学校の初学年(準備年)を指すからです。保育園は、「day care center」といい、米国でも働く親の0~6歳の子どもを終日預かる施設を指します。「こども園」は、文字通り「子どもの庭」という意味ですが、「children's center」と訳しており、米国では、様々な社会階級の親の子どもを預かり、幼保混ざった理念で教えている施設を指します。

III. 3歳以下の子どもが母親と一日中家にいるのがいいことではない理由

多くの国では、3歳以下の子どもを両親以外の人に預けることに対する論議や不安があります。言い換えれば、"現代的な国々"において、子どもが3歳になるまでは、両親ができるだけ長い時間子どもと一緒に過ごした方が良く、そうしなければ、子どもの情緒面、社会面、認知面での発達に有害であると、思われています。「現代的な(modern)」という言葉が国を分類するのに違和感があり、誤解を生む可能性のある言葉であることは、承知しています。それでも使うのは、乳幼児が主に母親に養育されるべきであるという神話が、社会経済的な発展と密接に関係しており、まさに現代社会の病理、あるいは「ポストモダン状況」ともいわれる症状であると考えるからです。国が一定レベルの経済発展をとげると、核家族化が進み、小さな子どもに対して経済的にも感情的にも投資し、密接な親子関係が築かれ、3歳までの子どもは出来る限り母親とともに過ごした方がいいとするような家族構造が出現する、と指摘したいのです。

アメリカでは、多くの保護者、教育者や政策立案者が、3歳以下の子どもを親(主に母親)の元から離しECECプログラムに入れるのは、危険な社会実験であると危惧しています。私はむしろその逆が真実であると言いたいのです。乳幼児が両親のもとだけ、あるいは殆ど両親のもとで育てられるべきだという考えは、最近になって出てきたもので、極端で大胆な考えであり、思慮の足りない社会実験であると言えます。エドワーズ氏とホワイティング氏は著書「Children of Different Worlds(違う世界の子どもたち)」(1988)の中で次のように記しています。「人類史上、多くの文化圏において、3歳以下のほとんどの子どもは、母親や父親ではない者、往々にして祖父母や年上の子どもに世話をしてもらっています」。

農耕社会や新たに工業化している社会においては、健康で若い母親が労働力から外れるわけにいかず、母親以外の者が子どもの面倒を見ています。だいたいそれは、年上の子どもや祖父母であったりします。ところが国民が豊かになると、若い母親は子どもを産んだら仕事を辞めて、母親業に専念する余裕がでてきます。そしてこのような社会では、祖父母はまだ働いており、年上の子どもも学校に通っているので、若い専業主婦である母親は、一人ぼっちで誰の助けも得られないのです。

エドワーズ氏とホワイティング氏は、著書でケニア、インド、米国における3歳以下の子どもの養育について比較しました。驚くことに、米国の中流階級の母親が、一日中家の中で、他の大人と接触することなく過ごし、3カ国の中でもっともストレスを抱え、イライラしているという結果が出ました。エドワーズ氏とホワイティング氏によれば、こうした環境下では、子どもだけでなく、母親にとっても刺激が足りず、孤独で怒りっぽくなってしまい、結果的に子どもに悪影響を与えるリスクがある、としています。

IV. 異年齢保育

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1985年に京都市の小松谷保育園で撮影した映像では、4歳と5歳の女の子たちが子どもを抱っこして階段を数段降り、園庭に連れ出す様子が映っています。1986年、この映像を見たアメリカ人らは、小松谷保育園のヒガシノ副園長に、このような活動について危ないと感じたと話しましたが、子どもたちは小さい子に対しとても慎重で、年上の子どもが小さい子どもと遊ぶ際には、必ずそばで職員が見守っていると言っていました。このような活動は多くの場合、弟や妹のいない年上の子どもにとって、思いやりの心を育み、人が何を必要としているか気が付くようになる機会を与えるという意味で、非常に大切だと、強調していました(1989, p.35)。

1985年の時点では、年上の子どもが年下の子どもの面倒を見ることを管理側も教員もサポートしていましたが、組織的なものではありませんでした。2000年に、同園の5歳児クラスのノガミ先生が、異年齢交流を体系立ったものにしようと、年上の子どもが乳児や幼児クラスの子どもの面倒を交代で見る(当番)制度を作ることにしました。毎日30分間、5歳児クラスから4人が階下の0~2歳児クラスの子どもを、午後のおやつの時間に見るという仕組みでした。年上の子どもたちは年下の子どもと遊ぶだけでなく、お世話をすることを覚えました。着替えをしたり、食べたりするのを手伝い、トイレの使い方も教えてあげたりしていました。

小松谷保育園の当番制による異年齢交流へのアプローチは、その当時の日本の保育園では、あまりみられませんでした。年上の子どもが乳幼児の面倒を当番制でみるというシステムは、小松谷保育園では2年しか実施されなかったものの、その後は従来の決まりのないやり方で、一日の中で、年上の子どもが乳幼児と思いついたときに一緒に遊ぶという形に戻りました。保育園で、正式に異年齢交流として活動することは稀であったかもしれませんが、この活動の背後にある理屈は、日本の幼児教育の専門家や、この映像を見せてインタビュー調査をした多くの教員や園長たちに支持されました。

幼稚園には、3歳以下の子どもがいないため、保育園で行えるような乳幼児との異年齢交流はできません。しかし、小松谷保育園の映像を見た幼稚園の教職員の多くは、幼稚園でも年上の子どもと、より年少のクラスで異年齢交流をするような制度(例えば、一つのプロジェクトを協力して行ったり、年少の子どもたちの「お兄さん・お姉さん」として年上の子どもたちに役割を与える)を導入した、と回答していました。保育園の園長いわく、園では自然に年上の子どもが年下の乳幼児と交わることがよくあり、それまでは当番制度としての異年齢交流は存在しなかったが、筆者らの調査映像を見て、導入しようか検討したい、とのことでした。

V. 思いやり

「Preschool in Three Cultures(3つの文化における幼児教育)」で分かった主な知見は、幼稚園は、比較的新しい社会施設であり、小さな子どもたちが伝統文化の価値観を教わるよう設置されている、本質的には保守的な施設です。現代の社会状況下では消失しかかっているものの、昔は子どもが家族や地域で経験したような社会情動的な複雑さを、幼稚園で代わりに体験できるように求められています。現代の日本の若者の中で、なくなりつつあると危惧されている伝統的な価値観の一つが、「思いやり」、つまり他者の気持ちや望みを理解し、応える気持ち、そしてその能力です。

年上の子どもが年下の子どものお世話をするという、小松谷保育園の革新的な当番制は、古くから長く行われ、最近になって中断された人類の慣習が戻り、子どもの保育の歴史が一周回って戻ったと解釈することもできます。工業化社会では、年上の子どもが年下の子どもをみるという習慣はなくなり、消えゆく経験、忘却された知識となっています。この革命的な小松谷保育園の保育プログラムは、多くの現代社会で失われた文化的理論の大切な形の一つであり、その再発見であるとも捉えられます。

この古いロジックの知恵を、拙著「Preschool in Three Cultures Revisited(再訪:3つの文化における幼児教育施設)」で解説した、オシッコに行くレッスンの映像に見ることができます。保育や、社会性を養うというタスクの中には、完全ではないにせよ、大人よりも5歳児6歳児の方がうまくできることもあるのです。幼児にオシッコの仕方を教えるのは、こうしたタスクの1つです。

撮影した映像の中のワンシーンである下記の写真では、5歳のケンイチ君が2歳のタロウ君に小便器の前で「オシッコしなさい」と言っています。ケンイチ君は、上衣を引き上げるのを忘れないこと、狙ってすること、出終わるまではズボンを引き上げないことなど、一連の具体的な指示を出します。そして最後に、「流すよ」と声をかけて、実践レッスンを終えました。

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このレッスンで見せた、年長者である男の子の理解と思いやりは、眼を見張るものがあります。ケンイチ君が2歳のタロウ君に「全部出た?」と聞いた場面では、完全にタロウ君の気持ちになりきっています。ケンイチ君が、水の流れる音に興奮するジェスチャーを示すことで、タロウ君の新たな体験に対する興味、不安や興奮に共感しているのです。5歳のケンイチ君にとっては、トイレを流す音でワクワクしたり、驚いたり、怖がったりすることはないので、まだその体験が新鮮なタロウ君が慣れるようにと、本当にワクワクしたり驚いたり、怖がったりしているのではなく、演技をしていると考えられます。これこそが、真の思いやりです。

弟や妹のいない子どもが増えている日本のような社会、あるいは兄弟の年が離れているため、1日の大半をバラバラに過ごす子どもが多い、アメリカのような社会では、年の違う子ども同士で交流する機会が昔に比べて減っています。年上のお兄さんにオシッコの仕方を教わる機会のない男の子たちは、大人の女性に小便器の使い方を教わるしかないのです。しかし大人の女性たちは、ケンイチ君のように楽しく教えるのではなく、抵抗を感じながら行い、それほど積極的ではないのです。うまく教えるには、その教科の深い知識と興味がないといけませんから。

VI. 幼保一元化と異年齢保育

幼保一元化の導入を阻むものについて述べた論文で、井本由紀氏は、現在の母親業と幼児教育の議論の歴史は、百年以上も遡り、1899年に公布された「幼稚園保育及設備規程」の中で、以下のように定めている、と述べています。

「保育時間は1日5時間までと定め、親が働く間に幼稚園が子どもを預かるには短すぎる就園時間となるように設定されていた。つまり、当時の文部省が取り入れた新しい概念である『良妻賢母』と連動していた。この良妻賢母とは、女性を専業主婦とすることで、家庭内の労働を性差で分け、育児の責任を母親に転嫁した近代西洋の中産階級の家庭を重視するイデオロギーに、儒教を加えて日本風にした美辞麗句である」(p. 92)。

井本氏のこの見解を読むと、本稿の冒頭の話に引き戻されます。

つまり、母親が乳幼児の主な養育者でなければならないという議論は、約100年前から近代化とともに出てきたものなのです。 ポストモダンの時代に生きる今、日本においても米国や他の経済的発展を遂げている国々と同様に、若い女性が出産後に数年間も仕事を離れるのは、 経済的にも社会的にも意味がありません。終日保育を提供している園を探す親が増えており、幼稚園の就園率は下がり、保育園の就園率が上がっているのです。

こうして、以下の結論に至りました。日本の乳幼児から6歳までの子どもを対象にした、幼保一元化への緩やかな政策転換により、異年齢交流の機会が増えることになるでしょう。 本稿で前述したように、従来3歳以下の子どもが就園できない幼稚園では、4~5歳児が乳児と交わる機会を与えられていません。この2つの幼児教育制度を統合する長期計画が完全に導入されるまで、どのくらいかかるのか、断言するには時期尚早です。しかし、多くの幼稚園が乳幼児を受け入れようとしている最中で、その過程の中で、どのようにして保育と教育を統合するか、苦悩をしている、と最近とある論文で林安希子氏とともに述べました(2017)。今のところ、多くの幼稚園では、3歳以下の子どもと、それ以上の子どもを別の建物の中で、別の職員で対応することが多いようです。それでも、ここに一つの現実的な可能性を見出しています。幼稚園がこども園となることの意味を受け入れていく中で、職員が縦割り教育を促していく機会があることに、気が付いてくれることを祈っています。


参考文献

  • Hayashi, A., & Tobin, J. (2017). Reforming the Japanese preschool system: An ethnographic case study of policy implementation. Education Policy Analysis Archives, 25(101). http://dx.doi.org/10.14507/epaa.25.3213
  • Imoto, Y. (2007). The Japanese Preschool System in Transition, Research in Comparative and International Education, 2 (2), 88-101.
  • Tobin, J., Hsueh, Y., & Karasawa, M. (2009). Preschool in Three Cultures Revisited: China, Japan, and the United States. Chicago: University of Chicago Press.
  • Tobin, J., Wu, D., & Davidson, D. (1989). Preschool in Three Cultures: Japan, China and the United States. New Haven: Yale University Press.
  • Whiting, Beatrice, and Carolyn Edwards. 1988. Children Of Different Worlds. Cambridge, MA: Harvard University Press.
筆者プロフィール
joseph_tobin.jpg ジョセフ・トビン
米国ジョージア大学、幼児教育学教授。シカゴ大学で文化人類学および児童の発達を学び、主に多国間の幼児教育の比較研究を行っている。また、映像を使用した革新的な研究手法でも知られている。著書に「Preschool in Three Cultures: Japan China and the United States (1989)」、「Preschool in Three Cultures Revisited (2009)」、林安希子氏との共著に「Teaching Embodied: Japanese Preschool Teaching as Cultural Practice (2015)」がある。現在の研究プロジェクトは、「Deaf Kindergartens in Three Countries: France, Japan, and the United States(フランス、日本、米国の三か国における聴覚障害児のための幼稚園)」や「The Development of Expertise in Preschool Teachers in Three Cultures: Japan, China, and the United States(日本、中国、米国、3つの文化圏における幼児教育教諭の専門性の向上)」である。
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