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【フィンランド】伸び伸び遊ぶ子どもたち ― 夫婦での育児を支えるワーク・ライフ・バランス ― フィンランドの家庭訪問調査より(園・家庭での「学びに向かう力」各国事情⑥)

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<本連載について>
近年、国際的に乳幼児教育への関心が高まっています。チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)の運営を支援するベネッセ教育総合研究所(BERD)では、好奇心、協調性、自己主張、自己統制、がんばる力などの非認知的なスキルを「学びに向かう力」と称し、幼児期から育てたい生涯にわたって必要な力ととらえ、日本国内において縦断的な研究を行ってきました。(詳しくはこちら

この度、ベネッセ教育総合研究所では、「学びに向かう力(非認知的スキル)」が幼児期にどのように育まれ、それを育む環境はどのようになっているのかについての大規模な国際調査を実施いたします。それに先駆けて、2016年から2017年にかけて、アジア、ヨーロッパの国々の幼児教育施設や家庭を訪問し、親子の生活実態や、「学びに向かう力」の育成に対する園や家庭での試みを見てきました。

研究員の目から見た、各国の幼児教育の現状、親子の様子や、子どもへの関わりなどについて、本コーナーで連載します。なお本連載で紹介する園や家庭の事例は、あくまで今回の訪問調査で見聞きした取り組みの紹介であることを、予めご承知おきください。

「森と湖の国」フィンランド。筆者たち、ベネッセ教育総合研究所とチャイルド・リサーチ・ネットの研究チームが訪れた1月のヘルシンキでは、木々は葉を落とし、湖は凍てついていました。暖かいと言われる日でも、最高気温は摂氏0度。しかし、室内はとても暖かく、半袖でも過ごせるくらいでした。3日間の短い滞在で、筆者たちは、保育所2施設、ネウボラ2施設と、年長児をもつ家庭を3軒、訪問しました。家庭訪問調査では、幼児の日常生活や、家庭での教育・知育の様子、小学校入学に向けた準備状況などを、母親にインタビューしました。本稿では、家庭訪問調査の内容についてお伝えします。

保育所訪問については、第5回フィンランドの幼児教育~保育園と小学校をつなぐエシコウル
ネウボラ訪問については、「日本版ネウボラ」導入への課題とは その2~フィンランド「ネウボラ」視察より~
をご参照ください。

1.雪の中でも伸び伸び遊ぶ子どもたち。焦らない小学校入学準備

ヴァンター(Vantaa)市は、ヘルシンキ市から電車で約20分の距離にある街です。都市開発により、新興住宅の建設が進み、子育て世代のファミリーの流入が増えています。筆者たちが訪れた3軒の家族も、新しいタウンハウスに住んでいました。訪問に指定された時間は、夕方。冬季のため、薄暗くなり始めた中、雪を踏みしめながら、筆者たちは、家々を訪ねました。今回の研究プロジェクトは、小学校入学前までに育んでおくべき幼児期に必要な力の発達を調べる調査なので、家庭訪問調査は、各国の条件を揃え、「年長児」をもつ家庭を対象としました。フィンランドは就学年齢が7歳なので、6歳~7歳の子どものいる家庭を訪ねました。

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写真1.タウンハウス外観

ドアを開けると、ご夫婦と子どもたちが、そろって迎えてくれました。夕方に指定されたわけは、フィンランドでは3歳~5歳の子どもをもつ女性の80%が働いているため、子どもたちも保育所に通っているからです *1。フィンランドは、日本と比較して、男女ともに週の労働時間が少ないため *2、既に父親も帰宅しており、インタビューに同席したり、子どもたちの面倒をみていました。

玄関には、スキーウエアのような防寒具と長靴を置くコーナーがありました。家の中の様子で、印象的だったのは、どの家庭も、大人の空間と子どもの空間を部屋できっちりと区切っていることです。リビングルームには、上海や成都での家庭訪問調査で見られたような子ども向けの学習用ポスター類は一切貼られておらず、おもちゃ類も置いてありませんでした。北欧らしい、白を基調にしたナチュラルなインテリア、間接照明の柔らかな明かりがこぼれるリビングルームは、どこもすっきりと片付いていました。一方、子ども部屋は、思い切り、子どもらしいインテリアで、わくわくするような空間に仕上げられていました。

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写真2.家庭内の様子
  スキーの時に食べるという伝統的なパンを頂きながらインタビュー

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写真3.女の子の部屋  写真4.女の子の部屋

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写真5.男の子の部屋

今回、筆者がフィンランドでぜひ見たいと思っていたものがあります。それは、「レイキモッキ(Leikkimökki)」と呼ばれる、子どもの家。庭にレイキモッキを建て、子どもたちは、友達を呼んで遊びます。夏は中で寝たりもするそうです。タウンハウス(集合住宅)では、共有スペースに、住民共有のレイキモッキを建てるところもあるそうです。2軒目に訪れた家の庭に、念願のレイキモッキがありました。おじいちゃんが、孫たちのために建ててくれた愛情あふれる手作りの家でした。内部は、子どもが十分立てる程度の高さがあり、ミニチュアの家具やままごとセットがありました。

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写真6.レイキモッキ(子どもの家)

今回訪問した家庭の子どもたちは、平日は16時頃まで保育所で過ごし、母親か父親が迎えに行きます。子どもたちは、一旦、帰宅した後、きょうだいや友人と遊んだり、習い事に出かけるそうです。習い事は、アイスホッケー、フィギュアスケート、サッカー、水泳、ピアノ、バレエなどが、子どもたちに人気があるとのことです。学習教室や塾は、フィンランドでは存在しないそうですが、親たちからも、塾で学習するというニーズはみられませんでした。筆者たちが訪れた時も、外はもう真っ暗でしたが、子どもたちは、スキーウエアのような防寒具を着込んで、雪が積もる庭に、元気いっぱいに駆けだして行きました。

都市圏でも、いたるところに森や湖がありました。休日は、家族で森に出かけて、ベリーやキノコを採ったり、湖で泳いだり、自宅で映画を見て過ごすことが多いそうです。地域の子ども向けイベントに行き、親子で工作・工芸に参加することもあるそうです。長い夏休みは、複数の家族で、キャンピングカーで湖に出かけて過ごすという家庭もありました。

フィンランドは、2003年のPISA(OECDが3年ごとに加盟国の15歳を対象に実施する国際的な学習到達度調査)で読解力や科学的リテラシーが第一位となり、現在も、ヨーロッパ諸国の中では、高い順位を誇っています。文字・数等の認知的スキルは、家庭ではどのように育まれているのでしょうか。小学校入学に備えてどのような準備をしているかたずねたところ、どの母親からも、学習面の準備ではなく、子どもが自分で通学できるようにすること、一緒に通学できる友達を探すこと、通学中の親子での連絡方法を考えること、という回答がありました。上海・成都の母親のように、小学校入学後に向けての先取り学習や、学習習慣をつけるトレーニングはさせていませんでした。幼児期から小学校へのスムーズな接続・準備は、「エシコウル」と呼ばれるプレスクールに任せているようです(小学校入学前の1年間通う。教育費は無償で、就園率は9割以上)。母親は、子どもたちは、「エシコウル」で、必要なことは学んでいると、「エシコウル」を評価していました。

とはいえ、家庭学習は皆無ではなく、子どもたちの関心に応じて、アルファベット表を準備したり、タブレットやスマートフォンに学習アプリをダウンロードしたりはしていました。どの家でも子どもたちは、タブレットやスマートフォンをいじっていました。幼児期からの電子メディアの使用について、母親は、良いアプリも増えてきており、子どもたちは電子メディアのある時代に生きていくのだからと、一概に否定的ではありませんでした。

非認知的スキルの育みについてたずねると、母親たちは、「他者への思いやりをもつこと」(協調性)や「自分の気持ちや考えを人に伝えること」(自己主張)、「マナーを守ること」(自己抑制)を共通して重視していると答えました。非認知的スキルの育みは、意識して行っているわけではなく、家庭生活の中で、自然に身に付けさせていると答えました。

3軒の家庭訪問調査を通して、家族で行動し、自然の中で、遊びを通して、運動も情操もまんべんなく育む、伸び伸びと「焦らない」育て方をしている姿が、浮かび上がってきました。

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写真7.タブレットでアルファベットに触れる。

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写真8.文字に関心をもった子どものために、
絵の好きな母親が油彩で描いたアルファベット表。

フィンランドには、「ネウボラ(neuvola)」 という妊娠期~就学前の子どもをもつ家族を対象にした、地域の健診・相談支援の拠点があります。妊娠してから、生まれた子どもが小学校に入学するまで、ネウボラで、かかりつけの保健師による健診・相談を受けることができます。子育てについての相談先や情報源についてたずねたところ、どの母親も、この「ネウボラ」と答えました。妊娠・出産・育児期を通して一貫した相談システムがあり、家族の心身の健康面について、かかりつけのスタッフに無料で相談ができるということ、そして、そこが母親にとって、欠かすことのできない場所になっていることが素晴らしいと感じました。「ネウボラ」と関連行政部門は連携しており、子どもの心身の発達上の問題、虐待やDVなど家族間の問題、経済的な問題などが発見された場合、「ネウボラ」は、関連の行政機関へつなぐ役割を果たします。「ネウボラ」は、子育て期の母親・父親をサポートするだけでなく、子どもの問題を早期発見し、スムーズな学習への移行の土台をつくっています。

2.真の男女同権、夫婦で子育てがかなうワーク・ライフ・バランス

筆者がこの度、家庭訪問調査をして、もっとも印象的だったことは、夫婦がともに働き、意識面でも行動面でも、夫婦が平等に家庭の運営を担っている姿でした。インタビューやプレテストにも、夫婦で相談しながら答えていました。母親がインタビューに答えている間は、父親は子どもの相手をしたり、習い事に送迎したり、軽食を作って出してくれ、食べ終わった皿を片付け・・・、と育児・家事にいそしんでいました。父親も、子どものことをよく分かってインタビューに答えていました。

インタビューでは、家事・育児の分担についてもたずねましたが、母親は、「状況に応じて、出来る方が取り組む」、「互いに得意なことを担当する」、「夫婦は平等であり、押し付けられているとか、無理やりやらされているなどと思ったことがない」と答えました。

少子化・共働き化が進む日本では、共働き家庭を対象にしたさまざまな両立支援策を講じていますが、家事・育児への男女共同参画意識は、まだまだ北欧諸国より低いことが、政府の調査からうかがわれます(図1)。引用したデータは、フィンランドではなく、同じ北欧のスウェーデンのケースですが、男女ともに9割以上が、「妻も夫も同じように行う」と回答しており、日本とは、30ポイント近く差があります。

図1.

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Association for Finnish Workが2014年にフィンランドで実施し、2016年に発表した調査でも、家事(部屋の掃除、洗濯、食事づくり、片付け、買い物)は、7割~9割が「夫婦の両方が行う」と回答しています *3

渡部(2011)によると、フィンランドの子育て支援は、日本のように少子化対策が目的ではなく、仕事と育児に関する男女平等な社会づくりと、児童福祉の推進を目指しているそうです。育児支援制度は、母親のみならず、父親も対象であり、育児休業後の復職は保証され、自治体は、父母が希望すれば必ず保育サービスを受けられるようにする義務があります。この度の家庭訪問調査を通して、夫婦がともに、真から男女平等意識をもち、実践していることを実感しましたが、こうした意識、価値観は、歴史の中で培われ、国の基本方針に至るまで、徹底されているのです。

また、働きかたの面からも、日本に比べて残業が少なく *4、ワーク・ライフ・バランスが整っているフィンランドでは、夫婦で子育てができることもあり、訪問した家庭でも、祖父母や外部のサポートを得ることはほとんどないとのことでした。「祖父母のサポートを受けるのは、ほんの時たま、記念日に夫婦二人でデートをする時くらい」という回答でした。

一方、フィンランドは離婚率も高く(2015年では、婚姻数24,708件に対して、離婚数13,939件) *5、ひとり親家庭(子どもをもつ全世帯に占めるひとり親世帯の比率は10%)や、再婚でのステップファミリー、事実婚の家庭(法律婚によらない子どもの比率40.8%)など、多様な家族の形態があります *6。法律では、「子どもの権利」として、両親が別れた後も子どもの養育に協力し合うことは求められており、子どもは、両親の家を一定期間ごとに行ったり来たりして生活するケースもあるそうです。本研究プロジェクトでは、調査対象国で共通の調査票を設計しましたが、フィンランドを調査対象とすることで、家族の定義、家族の実態の設問の設計には工夫が必要となりました。

電車やバスで移動するなかで、他国籍・他人種の住民が多く乗り込んでくる駅がありました。フィンランドでは、地域によっては、国外からの移民が増加しており、社会保障や税徴収、教育サービスの提供など、公的サービスの部分で、さまざまな問題が起こっているそうです。夫婦や家族の形も多様、さらに、民族も多様性を増す社会の中で、権利と平等の問題を解決しながら、北欧型の社会保障制度・福祉制度を存続させていく姿には、少子化の進む将来の日本への示唆となる部分が多くあるのではないかと感じました。

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写真9.子どもについてのアンケートは夫婦で相談しながら回答。母親は、3人の子どもを育てながら、自身も保健師として、ネウボラで働いている。もっと幅広く妊産婦への支援ができるように、助産師の資格も取ったそうだ。

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写真10.小学校で障がい児教育に携わっている母親。

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写真11.バリバリと働くキャリアウーマンの母親。筆者たちに、日本の共働き家族のことを矢継ぎ早に質問してきた。2人の娘たちには、自分のように好きな仕事を見つけて自立した強い女性になってほしいと願っている。


この文章は、下村有子様に吟味をいただきました。この場を借りて感謝申し上げます。


【参考文献・資料】
筆者プロフィール
Seiko_Mochida.jpg持田 聖子(ベネッセ教育総合研究所次世代育成研究室 研究員)

妊娠・出産期から乳幼児をもつ家族を対象とした調査・研究を担当。主な調査は、「妊娠出産子育て基本調査」「未妊レポート─子どもを持つことについて」など。
生活者としての視点で、人が家族を持ち、役割が増えていくなかでの意識・生活の変容と環境による影響について調査・研究を行っている。
2016年より、幼児期の「学びに向かう力」と家庭教育についての国際調査に携わっている。
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