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【韓国】 韓国の保育から見た子どもの育ち -「森の体験」・「生態教育」の中で育む子どもたち- (第5回ECEC研究会講演録②)

金 玟志(聖徳大学短期大学部准教授)

2015年12月 4日掲載
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国家主導のECEC改革により、格差の是正を図る

韓国には、幼稚園とオリニジップ(日本の保育所に近い施設)という2種類のECEC施設があります。幼稚園は教育科学技術部(日本の文部科学省にあたる、学術・文化・教育などにかかわる行政機関)、オリニジップは保健福祉部(日本の厚生労働省にあたる、社会福祉・公衆衛生などにかかわる行政機関)と管轄が分かれています。さらに、幼稚園では教育、オリニジップでは養育(子どもの世話)を中心にと、求められる役割も、従来までは異なっていました。そのため、就学の1年前になるとオリニジップから幼稚園に転園し、小学校での教育に備えるケースが多く見られました。

幼稚園での教育内容は園によって異なり、近年は英語のネイティブ・スピーカーの教諭が英語で授業を行うといった特色のあるカリキュラムを行う園に人気が集中していました。しかし、人気幼稚園は教育費が高いため、低所得層の子どもを通わせることはできず、教育格差につながっていました。そして、ECECの費用負担が大きいことが韓国の少子化を招いていた面もあります。

こうしたことが背景となり、韓国では近年、保護者の所得や幼稚園・オリニジップという施設区分を問わず、すべての子どもに良質なECECを無償で提供しようと、国家主導で大幅な改革が行われています。その代表的な施策が、「ヌリ課程」の導入です。

「ヌリ」は「世の中」という意味の純ハングル語で、「ヌリ課程」は全人教育と創造性育成を二本柱とした幼保一体型カリキュラムです。2012年度に5歳児を対象に始められ、2013年以降は3~5歳児とその対象を広げ、全国の幼稚園とオリニジップで行われるようになりました。韓国の法的義務教育期間は、日本と同じく小・中学校の9年間ですが、3年間のヌリ課程が始まったことにより、実質的には12年間の義務教育が行われるようになったと言えるでしょう。

教育科学技術部はヌリ課程の財政を司り、保育者研修を全国で実施したり、教具や指針書なども支給したりしています。ヌリ課程によるカリキュラムの統合から始まった教育施策は、現在、幼稚園とオリニジップでの子どもの発達状況の評価方法の統合まで試みるようになっています。

全人教育の取り組み「森の体験」「生態教育」

ヌリ課程で行われている活動を、具体的に見ていきましょう。韓国南東部に位置する人口約250万人の都市、テグ市内のイルソン幼稚園での実践例をご紹介します。イルソン幼稚園では、「森の体験」と「生態教育」という2つの活動に力を入れ、子どもの生きる力や自己肯定感、他文化・他世代の人と共生・共存しながら自立する力を育むことを目指しています。ECECの質向上に向けて、園内研修も定期的に行われています。

従来、幼稚園現場ではリテラシーが重視され、読み書きなどの学習に多くの時間が割かれていました。ところがヌリ課程では、子どもが身体を動かして主体的に遊んだり、自然に触れたりできるように、屋外での活動を中心に午前中から3~5時間、ヌリ課程による活動を定めています(図1)。

そこで、イルソン幼稚園でも、「森の体験」をはじめとする屋外での活動として、1日のうち最も多くの時間を充てます(図2)。午前中約3時間は、森や公園に出かけて自然の中でさまざまな遊びをします。森での遊びや探検、動植物観察などを通じて、集中力や探究心、想像力、創意性、社会性などを育もうというわけです。また、小学校での学びにもつながる、物理や化学の実験のような活動も取り入れられています。広い公園で自転車に乗る体験など、子どもが森以外でも達成感を得られるように、活動を工夫しています。

時間 一日の流れ
9:00 / 9:30 ~ 9:30 / 10:00 登園 及び おやつ
9:30 / 10:00 ~ 10:00 / 10:30 瞑想 及び 身体遊び、手先遊び
10:00 / 10:30 ~ 12:00 / 12:30








<言語活動>
文学的な視点からの言葉遊び
絵本読み聞かせ、お話づくり
<体力鍛錬活動>
<表現活動>
楽器に親しむ、劇などの身体表現
お絵描きなどの表現
<散歩・外遊び>
<畑作業・植物観察>
12:00 / 12:30 ~ 13:00 / 13:30 給食 及び 歯磨き
13:10 ~ 14:30


生態美術・デッサン・体育・料理活動・
安全な食べ物・畑作業・多文化教育・
お話会 など
14:30 ~ 15:00 降園
(図1)イルソン幼稚園での1日の生活の流れ

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(図2)森の体験


屋外での活動は天気に左右されず行われます。それは、子どもは雨の日に砂場などで遊ぶことで、晴れの日と違う楽しみ方を見つけたり、気象や自然に対する好奇心を広げたりすると考えられるからです。雨の日の散歩などは行わない、日本の多くの園とは異なっていると思います。

「生態教育」の代表的な活動は、畑での野菜栽培や食育活動です(図3)。子どもが地域の高齢者と一緒に畑仕事をしたり、高齢者からキムチなどの伝統食のつくり方を学び、料理をしたりします。食育活動充実のため、子ども専用の調理室も設けられています。収穫の喜びやさまざまな食材の味を伝え、子どもの表現力や探求心、創意性を伸ばすことが、「生態教育」の目的の1つです。 また、最後に部屋を退室する子どもに照明を消すよう促すなど、節約について教える活動も「生態教育」に位置づけられます。

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(図3)「生態教育」


ECECの質の差をいかに是正するかが、今後の課題

ヌリ課程を実施していく中で、さまざまな課題も浮かび上がっています。日本のECECへの示唆となる内容も含まれているため、ご紹介します。

大きな課題の1つは、幼稚園やオリニジップごとのECECの質がそろっていないことです。先ほどご紹介したイルソン幼稚園は、カリキュラムをきめ細かく展開し、教育科学技術部と保健福祉部が実施した調査で優秀施設に選定されるといった成果を上げています。しかし全国的に見ると、施設による実践レベルには大きな差があります。ECEC施設として国家の認定を受けようと、いわばノルマとして、ヌリ課程のカリキュラムを行う施設もあります。

特にオリニジップでは、幼稚園よりもヌリ課程の実践が難しいと言われています。それは、従来教育より養育に主眼を置いて活動を行ってきたオリニジップでは、教育に対するノウハウが蓄積されていないことが多いからです。

さらに、より根深い要因として、オリニジップで働く保育士の質の問題があります。資格を取得するためには大学または短期大学で学ぶ必要がある幼稚園教諭と異なり、保育士資格は通信教育によっても取得できます。そのため、理論的な知識や保育現場での実践的な学びが不十分なまま資格を取得し、就職する保育士が少なくありません。このような保育士にとっては、幼稚園教諭と同じ水準のヌリ課程を行うことは簡単ではないでしょう。

そこで、カリキュラムだけでなくECECの質も、幼稚園とオリニジップでそろえられるように、幼稚園教諭と保育士の養成システムを何らかの形で統合していくことが必要です。

財政上の問題も見逃せません。ヌリ課程の財政は従来、幼稚園を管轄する行政機関である教育科学技術部が司り、保育者研修を全国で実施したり、教具や指針書なども支給したりしていました。ところが、2015年度からは各地方自治体に委ねられるようになったため、国家基準で統一されていた保育者への研修や教具の支給などに、地方による格差が生じるのではないかと懸念されています。

さらに、ECECの無償化が徹底されていないことも、低所得者の重荷となっています。教育科学技術部でも地方自治体でも、費用を負担するのは1日3~5時間のヌリ課程実施時間のみであり、それ以外の保育時間の費用は保護者が負担する必要があるのです。

最後に、評価システムの課題があります。韓国では、全ての幼稚園とオリニジップに対する国家基準実施評価や、ヌリ課程における子どもの発達状況評価、子ども一人ひとりの観察記録などによってECECの品質が評価され、結果はインターネットで開示されます。情報開示の下で行われていますが、国家基準実施評価を除くと、施設によって評価基準が異なるため、ECECの質が客観的には把握しづらいのです。

ヌリ課程は、「子どもにとって幸せな世の中を実現していく」という目標を掲げて実施されました。子どもが今まで以上に幸福になるためには何をすべきか。これを絶えず考えながら、課題を一つずつ解決していく必要があると考えています。


※この原稿は、第5回ECEC研究会「世界の保育と日本の保育②~4カ国との比較から日本の保育の良さを探る~」の講演録です。

編集協力:(有)ペンダコ

筆者プロフィール

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金 玟志
聖徳大学短期大学部准教授。北区の保育巡回指導員。専門は、保育者の成長、保育者の質を高める園内研修、日韓の保育制度の比較。お茶の水女子大学卒業後、お茶の水女子大学附属幼稚園に勤務。その後、お茶の水女子大学大学院にて修士号取得。国立教育政策研究所の研究協力員を経て、大妻女子大学大学院の博士後期課程満期退学。平成19年から保育者の養成に従事。著書に、「保育内容の基礎と演習」(共著)、「保育方法の基礎」(共著)、「保育方法の探求」(共著)、「保育内容 環境」(共著)や「新人保育者による省察の意味とその変容を支える支援の在り方」「日本における新人保育者の育成に関する最近の動向」など。

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