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研究室

【アメリカ】 ペリー幼児教育計画-50歳時の追跡調査への準備

若林 巴子(米国ハイスコープ教育財団 幼児教育評価研究センター長)

2014年7月11日掲載
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はじめに

米国では、近年になく、質の高い就学前教育への関心が高まっている。オバマ大統領は2013年・14年と、一般教書演説の中で、就学前の4歳児すべてが幼児教育を受けられるようにしようという計画を提案した。1960年代からハイスコープ教育財団(HighScope Educational Research Foundation) *1が行っているペリー幼児教育計画等の研究プロジェクトが、この傾向に多大な影響を与えたのは間違いないだろう。

ペリー幼児教育計画とは

ペリー幼児教育計画は、「質の高い幼児教育」により、本来ならば学業不振に陥る危険性がある子どもたちの人生をより良くすることができることを実証した貴重なプロジェクトである。具体的には、ランダム化比較試験(Randomized Control Trial)にて、貧困の家庭に育つアフリカ系アメリカ人の子どもたちを実験群と対照群にランダムに振り分け、幼児教育の介入を行った。実験群の子どもたちは、週に5日午前中は幼稚園に通い、週に2日午後は先生が家庭を訪問し、学校と家庭での子どもたちの様子、子どもたちの発達の促進について話し合った。その結果、5歳時では就学準備、14歳時点では学校の出席と成績、19歳時点では高校の卒業率、そして、27歳と40歳時点では収入や犯罪率や持ち家などで、実験群の方が対照群よりもが優れた結果をだすことがわかった。ペリー幼児教育計画の提案者であり、研究者でもあったデビッド・ワイカートは「質の高い幼児教育を受けることは、子どもの人生を豊かにする極めて効果的な方法である」と語っている *2

幼児・児童期の成果
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成人してからの成果
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子どもたちの人生が良くなることにより、後に起こりうる社会問題(犯罪)の対応に使われる費用の減少、また成人してからの収入が増えることによる税金収入の増加など、プログラムの費用1ドルあたり7.16ドルのリターンがあるという費用便益分析(Cost-benefit analysis)の結果が出ている。この分析はノーベル賞受賞者でシカゴ大学の経済学者のジェームズ・ヘックマンが検証している。

50歳時における追跡調査

昨年には、米国立高齢化研究所 (National Institute of Aging) の助成金にて、ペリー幼児教育計画の50歳時の追跡調査の準備が始まった。ハイスコープ教育研究財団の元研究部長であり、昨年社長を退いたラリー・シュワインハート博士と、上記のヘックマン博士、及びランド研究所(RAND Corporation)のジェームズ・スミス博士が率いる研究チームによる調査である。シュワインハート氏は、ペリー幼児教育計画の追跡調査の枠組みを築いた研究者で、1975年より38年間、プロジェクトに携わってきたペリー幼児教育計画の主任研究者である。

50歳時の追跡調査は、40歳時の調査指標(教育・収入・犯罪・雇用)にくわえ、健康面のデータも新しく収集する。中年期の健康測定データ(血圧、身長や体重、毛髪、血液・尿検査等)を集めると同時に、児童・青年期の病気や怪我などについても聞き取り調査をする。健康問題は、社会的な要因があると言われているが、アメリカは日本以上に、それが顕著だと思われる。今年から始まったオバマケア(Obamacare)以前は、非常に貧しいあるいは高齢な一部の人を除いては、政府による国民保険制度がなかった。そのため、社会的・経済的地位、特に、雇用状況などが、医療を受ける機会の有無を大きく左右してきた。予防的ケアはもとより、医療を受けることもままならない状況で暮らしてきた貧困家庭の子どもたちも多い。ペリー幼児教育に参加した子どもたちの人生の好転が、医療へのアクセスを可能にし、中年期の健康面で良好な結果をもたらしたかを検証するのが、50歳時の追跡調査の目的の一つである。

健康指標の他、気力、意志力(Grit)の測定もペンシルバニア大学のアンジェラ・ダックワース博士の指導のもとに行う。ダックワース博士は、恵まれない状況に育った児童・青年が後に成功するか否かは、その児童・青年の環境にくわえ、現状から抜け出ようとする本人達の気力と意志の度合いにもかかっているという研究結果をだしている *3。Gritを測定することにより、ペリー幼児教育計画への参加が、問題解決能力・目的指向・モチベーションなど成功につながるGritの向上に役立ったかを検証する。また、より正確な費用便益(Cost-Benefit)の評価基準を確立するため、特に退職後に備えた投資など、細かい資金投資状況の情報を聞き取り調査で収集する。

50歳時の追跡調査により、質の高い就学前教育は長期的効果として、中年期の健康を促進することができるのか。健康面とともに、財政面でも、定年後の生活をより豊かにすることができるのか。新たな効果が数年後にわかる。


  • *1 1970年に設立されたハイスコープ教育財団は、政府や助成財団からの資金で、幼児教育分野の研究やその成果の普及を行っている。ペリー幼児教育計画の追跡以外にも、ミシガン州政府の学業不振に陥る危険性のある4歳児のための就学前教育の評価研究や、デトロイト市の貧困地域での幼児教育の品質向上計画の評価を手がけている。
  • *2 日本語訳は、加藤泰彦・平松芳樹(1987)ワイカート・レポートの概要とその意義―幼児教育カリキュラムの追跡比較研究(I)中国短期大学紀要18号、35ページより、引用。
  • *3 Duckwork, A.L., Perterson, C., Matthews, M.D., Kelly, D.R. (2007). Grit: Perseverance and passion for long-term goals. Journal of Personality and Social Psychology, 92, 1087-1101.

筆者プロフィール

TomokoW.jpg 若林 巴子(Tomoko Wakabayashi)

上智大学を卒業後、タフツ大学で修士号(Child Study)、ハーバード大学教育大学院にて修士および博士号(Human Development and Psychology)を取得。現在は、ミシガン州のGreat Start Readiness Program(学業不振に陥る可能性のある4才児のための幼児教育)の評価研究の主任研究員であり、また、US Department of Educationの助成金にて、ハイスコープの幼児算数カリキュラムの評価研究、Parents as TeachersのInnovative Approaches to Literacyの評価研究も率いる。デトロイトの最も貧困な地域に住む家族や子供達に質の高い幼児教育を取り入れる数々のプロジェクトにも主任研究員として参加している。
サンノゼ州立大学教育学部幼児・青年発達学科で非常勤講師、スタンフォード大学乳幼児研究センター博士研究コーディネイター、NPO法人Parents as Teachersで研究次長を歴任した後、ハイスコープ財団に入団。
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