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【マレーシア】 マレーシアの幼児教育-日本の幼児教育との比較のために-

要旨:

途上国では、途上国独自の文脈で幼児教育が重要視されている。本文で取り上げるマレーシアでは、小学校への就学率を100%達成するために、幼児教育が整備・拡充されている。また、グローバル社会の人材育成という側面から、マレー語や英語による早期教育の役割も果たしている。本文では、マレーシアにおいて幼児教育制度が導入された背景やその全体像を示す。 さらに、日本とも共通する幼児教育に係る論点を挙げつつ、日本とマレーシアの幼児教育を比較する可能性を示す。日本と比較する上で重要と思われる視点は、たとえば、幼児教育の無償化と低所得者層への救済策、初等教育との円滑な接続、多様性に配慮した幼児教育という視点である。

Keywords;
UPE, Universal Primary Education, マレーシア, 初等教育, 多文化, 女性, 幼児教育, 教員, 鴨川 明子
中文 English

 

なぜ、今、幼児教育か?-初等教育を完全普及するために-

多くの途上国において、幼児教育や乳幼児のケアが注目されるようになっている。その最大の要因は、UPEの達成にある。UPEとは、初等教育の普遍化や完全普及(UPE: Universal Primary Education)と訳される、国際教育開発分野で用いられる用語である。

1990年代以降、国際機関、援助機関、各国政府の様々な取り組みにもかかわらず、初等教育を完全に普及するには至らなかった。それゆえ、幼児期からより多くの子どもを学校に行くよう「癖づける」ことによって、初等教育の就学率を上げること、つまり、幼児教育と初等教育(国際開発の文脈では基礎教育という)を円滑に接続するというねらいの下に、幼児教育への注目は集まった。

2020年までに先進国の仲間入りを目指すマレーシアにおいては、1990年代後半から2000年代初頭にかけて幼児教育が注目されるようになった。言うまでもなく、UPEの文脈によるところが大きい。1990年代後半には既に、1970年代以降の女性の社会進出を背景とする1984年保育所法(Child Care Center Act 1984(308Act)の制定により、子どもの保育環境は既に整えられ始めていた。しかしながら、普遍化しつつある初等教育段階に比して、就学前教育は十分に普及してこなかった。

以下では、マレーシアにおける幼児教育の全体像を示すことによって、非先進国としての幼児教育の特徴や、日本の問題との共通点と相違点を明らかにしたい。


就学前教育制度と多様性に配慮したカリキュラム

マレーシアの特徴の1つは、マレー人、華人(中国系)、インド系、少数民族という、実に多様なエスニック集団が生活している点にある。マレーシアでは、そうした特徴を反映して、多様なエスニック集団に配慮した教育制度が組まれている。グローバル社会での高度な人材育成という目標ともあいまって、就学前教育は実施されている。

マレーシアにおける就学前教育は、初等教育段階の準備教育として位置づけられている。それゆえ、初等教育段階のカリキュラムと連携を図りながら、国民統合に向けた幼児教育カリキュラムが実施される。たとえば、早期の英語教育の重要性が強調されながらも、国家言語としてのマレー語のコミュニケーション能力の育成にも力点が置かれる。その一方で非マレー人が用いるマレー語以外の言語への配慮も見られる。加えて、イスラーム的価値と他の道徳的価値の実践も重点分野の一つに挙げられている。このように、国民統合と経済開発を推進していく上で有用な人材を早期に育成するという2つの目標の下に、マレーシアの就学前教育カリキュラムは構成されている[杉本2005、手嶋2006]。

さらに、就学前教育は、1996年教育法の下で初めて、国民教育制度に位置づけられた。就学前教育制度は、同時期に導入された義務教育制度とセットになり、相対的に貧しく、小学校に行くことができない、あるいは行くことができてもなかなか定着しない、エスニックマイノリティを中心とする貧困家庭・低所得者層への救済策として機能することとなった。

どこを選ぶ?-多様な就学前教育機関-

日本では、幼保一元化が言われるようになって久しい。マレーシアでも、幼児教育や保育を提供する機関の種類は多い。主な設置運営母体として、(ⅰ)教育省、(ⅱ)国家統合・社会開発省の国家統合局、(ⅲ)農村開発省のコミュニティ開発局(KEMAS)などの政府機関に加えて、(ⅳ)各州の宗教局、(ⅴ)イスラーム青年同盟(ABIM)などのイスラーム団体、(ⅵ)私立・民間機関がそれぞれに幼児教育や保育サービスを提供している。

設置運営母体別の就学前教育機関(保育所を除く)は、政府機関や各州宗教省など国公立の設置運営母体による機関数が多い。その反面、私立・民間の設置運営母体による機関への就園者の割合は高い。2005年現在、当該年齢人口(5歳以上)553,600人に対して、教育省管轄の機関における就園者数は92,303人であり、その就園率は全体の16.7%である[Ministry of Education Malaysia 2005, p.27]。

教育省による就学前教育クラス-幼児教育の無償化-

各々の就学前教育機関には、どのような特徴があるか。筆者は、2007年に、教育省管轄の初等学校において、就学前教育を提供するクラスを見学する機会を得た。首都クアラ・ルンプール郊外にある、とある就学前教育のクラスでは、「25人のクラスに1人の教員、アシスタント、教育実習の学生2名(3ヶ月程)のスタッフが運営にあたっている」。また、「授業は8時から11時30分まで実施されており、主に、簡単なグループ活動を行っている」とのことである(2007年7月26日インタビュー)。

教育省が管轄・運営する就学前教育クラスには、6歳かそれより少し上の年齢の子どもが通っている。多種多様な就学前教育機関の内、教育省管轄の就学前教育クラスでは、給食などがすべて無料である。そのため、希望する親は少なくないが、親の収入に応じて選ばれた子どもが通うこととなる(教員の感覚では、一ヶ月1,000リンギット以下の収入)。教育省の就学前教育クラスに通うことができなかった場合には、上述したKEMASや私立の幼稚園を選ぶこととなる。あるいは、最初から、私立の幼稚園を希望する親も多い。

教員養成と教員の質という課題

途上国の教員養成に課題は多い。マレーシアも例外ではなく、就学前教育段階の教員の高い質を保つことは難しい。マレーシアにおける就学前教育の教員数は、21,000人(1999)から28,000人(2004)へと急激に増加している。それゆえ、マレーシアでは、教員1人当たりの園児数は27人(1999)から21人(2004)へと減少している [UNESCO 2007, p.304]。

マレーシアでは、幼稚園の教員の資格要件を明確に規定していない。それゆえ、幼稚園の教員は、初等教育から中等後教育機関の卒業者までと多種多様な教育歴を有している。「就学前教育クラスの教員の中で学士号取得者は珍しい」という、上述した就学前教育クラスの教員の言葉からも、その問題の深刻さはうかがい知れよう。さらに、就学前教育段階では、女性教員の占める割合がほぼ100%を占めている。

国公立機関・私立機関共に、設置運営母体別に幼稚園の教員を養成している。同じ国公立の機関であっても、機関の設置運営母体によって教員養成のあり方は異なっている。たとえば、マレーシアの大学や教員養成カレッジにおいて、主に4種類の教員養成コースないしはプログラムが提供される。ただし、現実には、就学前教育機関の教員は、就学前教育分野のディプロマや学士の取得者とは限らない。また、設置運営母体別に、様々な教員養成プログラムや現職教員研修が提供されているが、それらを統一するためにはさらなる時間を要すると考えられる。

マレーシアと日本の幼児教育の比較へ向けて

近年世界各国で幼児教育や乳幼児ケアに注目が集まる中で、マレーシアでも就学前教育が整備・拡充されるようになった。マレーシアの幼児教育の事例は、今後の日本の幼児教育を考える際にも、役に立つ視点を提供すると言える。以下に、日本と比較する上で重要と思われる視点を3点挙げる。

第1に、マレーシアでは幼児教育の無償化を、就学前教育制度の初期段階から実施している点である。日本でも議論されている点であり、先行して導入しているマレーシアの事例は示唆に富む。第2に、日本とは異なる文脈ではあるものの、義務教育との円滑な接続が企図されている点である。基礎教育との接続という途上国特有の文脈のみならず、日本でも議論されている義務教育との円滑な接続への先行事例となる可能性を有する。第3に、マレーシアでは、エスニック集団の多様性に配慮して、国語であるマレー語を重視する一方、英語による早期教育を実施し、グローバル社会の人材育成に対応しようとしている点である。これらの点を中心に、日本とマレーシアの幼児教育を比較しながら、共通点と相違点をより詳細に明らかにしたい。

参考文献(アルファベット順)
鴨川明子(2007)「マレーシアにおける幼児教育」『幼児教育分野におけるアジアの途上国の実態調査とネットワーク形成』平成16-18年度 科学研究費補助金基盤研究(B)(研究代表者内田伸子)(課題番号16402039), pp.9-23.
Ministry of Education Malaysia (2005), Malaysian Educational Statistics 2005.
Rohaty Mohd Majzub(2003),Pendidikan Prasekolah: Cabaran Kualiti, Penerbit Universiti Kebangsaan Malaysia.
杉本均(2005)「第8章 就学前教育のグローバル化対応と教員養成システム」『マレーシアにおける国際教育関係―教育へのグローバル・インパクト―』東信堂.
手嶋將博(2006)「第6章 マレーシア――マレー語による統合と英語による国際化を目指す幼児教育」池田 充裕・山田 千明編著『アジアの就学前教育―幼児教育の制度・カリキュラム・実践』明石書店.
UNESCO(2006), Malaysia Early Childhood Care and Education(ECCE)Programmes.
UNESCO(2007), EFA Global Monitoring Report 2007.




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筆者プロフィール
鴨川 明子 (早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 助教)

愛媛県生まれ。博士(教育学)早稲田大学教育・総合科学学術院助手、日本学術振興会特別研究員(京都大学)を経て、2008年より現職。専門分野は比較教育学。主に、東南アジアの教育を研究している。
マレーシアの教育を10数年研究する過程で、マラヤ大学へ留学。高校生のキャリア形成に関するフィールドワークをもとに、『マレーシア青年期女性の進路形成』(2008年、東信堂)をまとめる。近年は、マレーシアの幼児教育と義務教育制度・政策、東南アジアの国際高等教育ネットワークと留学生移動、留学生のキャリア形成に関する研究を行う。
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