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幼児教育における多分野横断的な教育方法の実践とふり返り(CRNアジア子ども学交流プログラム第1回国際会議講演録)

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多分野横断的教育方法の背景と定義

多分野横断的な教育方法は銭学森氏が提唱した教育方法です。銭氏が率いる研究チームは、多分野横断的なアプローチを駆使して、僅か20年で中国初の人工衛星の自主開発に成功しました。また、同じアプローチで人体科学、思考の科学、教育思想を充実させ、各分野におけるイノベーションの実践に応用し、目を見張るような結果を残しました。1978年、銭氏指導の下で国防科学技術大学が設立されました。当大学は、横断的教育方法を生かして、学科、所属部門をまたいだ柔軟な研究体制を構築し、当時世界で最も計算速度が速かったコンピューターの開発に成功し、中国の宇宙開発、高速鉄道及び生物分野の迅速な発展に大きく寄与しました。

多分野横断的な教育方法とはどんなものでしょうか?なぜ、このような教育方法を普及させる必要があるのでしょう?多分野横断的な教育観(Concept of large-span teaching)とは、学科、専門領域、所属部門間の壁を取り除き、最大限にチームワークを生かし連携する考え方です。横断する領域が広ければ広いほど、インスピレーションを引き出し、洞察を与え、革新的発想につながるアイデアが多く生まれるはずです。

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多分野横断的な教育方法をどのように生かすべきか?

中国の「3~6才児童の学習と発達ガイドライン」によると、「教育方法論」に示されている教師の役割には、主に2つの側面があります。1つは教科融合(Discipline integration)であり、もう1つは多角的な連携(Multiangle relation)です。例えば、清華大学付属幼稚園も教科融合型教育の手法を導入しています。1つのテーマについて健康、言語、科学、社会、アートなど5つの角度から子どもたちに体験してもらうようにしています。一方、南京師範大学は、子どもたちに8つの知能を駆使して物事を理解させ、体験させ、活用させる多重知能統合教育法を開発しました。

欧米諸国では、科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics)を融合させたSTEM教育が提案され、現在主に小中学校に適用されています。

銭学森氏は、「5つや8つの分野の融合では足りない。近代科学技術には11の分野が含まれており、少なくともこの11分野(数学、自然、地理、建築、軍事、システム科学、思想、人体科学、行動科学、社会学、文化芸術)を融合の対象にしなければならない」と指摘しました。

数字の「3」を例にしてみましょう。まず、数学の視点から見れば、数字「3」は数の大きさを示していますが、自然科学の視点ではある物の数量を示しているかもしれません。また、建築科学の視点では恐らく数字の範囲を超え、「3」の形に似ている建物、橋、東屋を意味している可能性もあり、軍事科学の視点では「3」の形に似ている弓を連想させてくれるかもしれません。このように、「3」を単に数字の「3」として捉えるのではなく、子どもたちに自由に想像してもらうことが大切なのです。脳に様々な刺激を与え、異なる視点から得たイメージがつながってこそ、考える力が生まれるはずです。

多重知能の観点であれ、8つの知能の統合であれ、また現代科学と技術の統合であれ、それぞれ異なる領域からの発想だけではなく、多角的な連携を図る必要があります。数字「3」を建築、軍事、文化など異なる角度から想像、理解することができると、「3」は単なる1つの数字ではなく、周りの事や物と何らかのつながりをもっていることに気付くことができます。したがって、知識を直列だけでなく並列に関連付け、知識のネットワークを構築することが何よりも大事です。そうすると、教える側には、様々な角度から物事を捉え、1つの形に固執せず想像力を働かせるよう子どもたちに教える力が求められます。例えば、数字の「3」と「2」はいずれも少ない量を示していますが、例えば手で米を「3」回掴む場合、米の量は決して少なくありません。また、「3」は「2」より大きいと誰もが知っていますが、「3」を「2+1」で代替することもできます。更に、例えば「3」と「2」を人に例えて、2人が「どちらが年上か」を争うことにします。「2」は「俺は2番目で、3番目より前だから、俺が兄貴だ」と主張するのに対して、「3」は「俺は数が大きいから、俺が兄貴だ」と譲りません。人間の脳は、左脳を使って客観的事実を把握する能力だけでなく、右脳を生かして想像力を発揮することもできます。この想像力は往々にして論理的思考よりもっと重要だと思われます。そう考えれば、正に多分野横断的な教育はメリットがあると言えるでしょう。

幼児の学習方法:五感を生かす、マルチアプローチ、多分野

幼児の学びの方法は、主に五感を使って直接感じることです。自分たちの身体を使って様々なことを体験したり、異なる方法を試してみたりするのです。では、幼児教育にはどのように多分野横断的な教育方法を生かすべきでしょうか。まず、五感を生かして直接感じる学び方を見てみましょう。先ほど開一夫先生の講演では、対面式の学習と映像を通じた学習方法の効果の違いについて、対面式のほうが効果があり、映像だけでは期待通りの効果を得難いというお話がありました。その結論について、1つ仮説を立ててみました。例えば対面式だったとしても、もし教える側の体に、子どもが怖がる虎の匂いをつけたら、同じような効果は得られないでしょう。なぜなら、嗅覚が直接脳に作用し、匂いによって不安や恐怖の気持ちが生まれてしまうと、当然期待通りの学習効果は得られないからです。どうして五感にこだわる必要があるのでしょうか。味覚を使えば異なる苦みを感じることができますし、手や体を使っていろいろな動きをすれば様々な触り心地が生まれるかもしれません。また、聴覚を使えば、同じ泣き声でも、恐怖・疲れ・空腹など、泣き声がそれぞれ異なっていることが分かるでしょう。我々が、遊びを通じて子どもたちに身に着けてほしいことは明確です。五感を生かして様々な物事を感じる力を付けさせることで、子どもの知能の発達に良き土台が構築されるのです。

「3~6歳児童の学習と発達ガイドライン」の中に、実際に体験して学ぶ方法が12種類あると盛り込まれています。例えば、スーパーマーケットで「1+2=3」という数式が意味する事を子どもたちに感じてもらうには、観察、分類、交流、測定、予測、推定などの方法を使います。ある日、スーパーマーケットにたくさんのお客さんが来たとしたら、果物の在庫は増えるのか減るのかを考える時、果物と顧客という2つの変数を識別、判断する必要があります。そして顧客が多ければ果物が減っていくと仮定し、検証する必要があります。果物を購入する時の果物の持ち方に関しては、スイカなら両手で抱え、リンゴは片手で持つのが普通です。「抱える」と「手で持つ」とはどういう意味か、体の動きや表情、ことばで子どもたちに示すことができます。また、データの解釈、実験、モデルの構築なども上述した12種類の方法に含まれ、これらは科学研究の重要な方法でもあります。これらの方法を熟知し、子どもたちの成長に合わせて探究スキルの種類を増やし、観察の方法が更に豊富になるよう指導するのが教師の役目です。(図1)

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(図1)

一方、創造力を育てることも大事です。数字の「3」を基に、真似することから始まり、増やしたり減らしたり、拡大したり縮小したり、組み合わせたり分解したり、変異させたり反転させたりして、異なる形、異なる色の12種類の「3」を作り出すことが可能です。例えば、子どもたちに紙飛行機を作ってもらうことにします。先生がまず絵を見せて、子どもたちが真似をします。子どもたちの作品を先生と子どもたちが一緒に鑑賞し、「翼が大きいから遠くへ飛べそうだね」とか「もっとたくさんの人を乗せるにはどうすればいいかな」というように、先生のアドバイスでたくさんの種類の飛行機を作り出すことができるかもしれません。

最後に多分野における体験について考えてみましょう。子どもたちが自らの手でおもちゃのクレーンを作ったとします。例えばダンサーにとっては、どんなクレーンが必要で、何の役に立つでしょうか?ダンサーがクレーンで一番高いところに立てば、観客はそのパフォーマンスが良く見えるでしょう。クレーンはダンサーにとって舞台としての機能を果たします。また、黒ネコ警部(アニメのキャラクター)にとってクレーンは子どもを助けるための道具であり、猿は、梯子代わりに高いところにある桃を採るために使ったり、小鳥なら高いところに安全な巣を作ったりするために使うことができるでしょう。つまり、同じものでも、異なる職業、異なる分野において違う意味をもちうるのです。先生方は子どもたちに、同じ物でも、異なる分野においては異なる役目と意味をもつということを理解してもらうようアドバイスすべきです。

多分野横断的な教育方法の効果

このような教育方法の効果は幾つかの面で現れています。まずは、知のネットワークの構築です。1つのテーマについて、学問間の統合を通じて関連する知識を明確にし、それぞれをリンクさせることが可能になります。銭学森氏は、優れた人材を生み出すには、3つのポイントがあると述べています。1つ目は、博識のみならず、もっている知識につながりをもたせ、知的ネットワークを構築すること。2つ目は、具体的思考と抽象的思考能力をバランスよく育て、新しい考えを促進すること。そして3つ目は、感情面の発達を促すことです。多分野の統合やマルチアプローチの連携を生かし、子どもたちのもつ知識がつながるようになり、一つのことから多くのことを類推する力が伸び、脳が活性化するよう働きかけることが重要です。

また、銭学森氏が提唱した思考科学理論は革命的な理念と言っても過言ではないと思います。これまで、中国では、具体的思考に始まり、それから抽象的考え方につながり最後に新しい考えを生む、というピアジェの理論に基づいて教育が行われてきましたが、銭学森氏は具体的思考と抽象的思考が両足での歩行のように、ともに発達すると主張しています。子どもたちにとって6才までは具体的思考がメインで、6才以降は抽象的な思考能力が重要となってきます。但し、3・4才の子どもでも、具体的思考よりも抽象的思考をすることもあるでしょう。

幼稚園で子どもたちの様子を観察して分かるように、生活の中で2つの思考は正にバランスの取れた発達をしています。というのは、形についての認識と抽象的考え方をそれぞれ右脳と左脳が司っており、脳は左右順番にではなく、同時にバランスよく発達するからです。

多分野横断的な教育方法についての振り返り

教育実践の中で、関連のある物を並べて1対1のつながりを教えることはできても、子どもたちに豊富で面白い知のネットワークを構築させることができない教師もいます。縦横無尽な思考回路をもてるよう指導することができないと、子どもも閃いたりする思考回路がもてません。中国では、大人はよく子どもに「分かった?」と聞きます。子どもが「分かった」と答えるとき、これは思考した結果なのです。子どもに1つの例をあげたら、さらに3つ新しいアイデアを答えてくれるような、自ら思考する力を身に付けさせるにはどうすればいいでしょうか?

第1に、銭学森氏の思考科学理論を活用し、子どもの科学的な思考発達回路を改めて構築し、教育実践に生かすこと。幼児教育の目標は、決して多くの知識を子どもたちに取得させることではありません。知識は単なる入れ物であり、この入れ物と遊びの過程を通じて、子どもたちの柔軟な考える力を育てるのが我々の目標です。

第2に、教師に既成の考え方を変え、より多くのノウハウを蓄積してもらうこと。「多分野横断的な教育システム」をまとめるなど、これまでも様々な取り組みをしています。

第3に、現在、幼稚園で使われている素材・材料が変化に乏しいという問題があります。形や色を変えやすい素材を探していくことで、様々な組み合わせをすることで変化に富んだおもちゃと教具を作成することができるようになります。

最後に、思考発達段階説をめぐる議論に関してお話ししたいと思います。1980年代にピアジェの理論が誕生して以来、多くの研究者が研究を重ね、この理論を更に充実させました。その研究者のうちの1人であるモンテッソーリも、産業革命時代に生きる人々には抽象的思考能力が不可欠であると強調しました。当時求められていた人材に必要なものだったのです。現在3~6才の子どもたちは20年後、人工知能に支配される社会に直面するかもしれません。幼児教育に携わる者として、将来を見通す力や選択する力、自分の考えをもつこと、さらに絶えず変化しつつある思考発達理論に向き合うことが求められています。


※この記事は、CRNアジア子ども学交流プログラム第1回国際会議の講演録です。

筆者プロフィール
guoqiang_ren.jpg 任国強(銭学森教育思想研究会会長)

中国管理科学研究院思考科学研究所副所長、銭学森教育思想研究会会長、中国教育発展戦略学会「第12次五ヶ年計画」課題「銭学森氏の大成知恵教育思想に関する研究と実験」課題グループメンバー、サブ課題「児童学習能力の育成に関する研究と実験」研究チーム責任者。


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