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アクションカードを用いた地域一体型の救護システムの構築について

要旨:

愛媛県西宇和郡伊方町の管内におけるAED設置箇所を再認識したところ、一部の保育施設にAEDの設置がないことが判明しました。これらの保育施設は消防署から遠距離であるため、どう対応するかが重要です。有事の際にスムーズな対応ができるよう、アクションカードを用いた地域一体型の救護システムを構築することにしました。
本稿ではその詳細をご報告します。この取り組みが、少しでも子どもたちの命を守ることにつながれば幸いです。

キーワード:

アクションカード、AED、保育所、地域一体、救護システム
はじめに

愛媛県西宇和郡伊方町は、四国最西端に位置し、瀬戸内海と宇和海を隔てる日本一長い半島です。この地域の特徴は細長い半島に集落が点在しているため、消防署からの距離が遠く、救急隊が到着するまで時間を要します。そこでAED(自動体外式除細動器)のない保育所で事故が発生した場合、人と物(AED)が集まる地域一体型の救護システムを構築、更に限られた人と物で対応できるようアクションカードを用いました。本稿ではその取り組みを紹介します。

本救護システム構築までの経緯及び取り組み

第1段階「AED未設置を確認」

八幡浜地区施設事務組合消防本部がWEB上で公開しているAED(自動体外式除細動器)マップと当地域の他組織等が公開しているAEDマップの照合作業中、管内の一部の保育所にAEDが未設置であることが判明しました。また、AEDを設置するには、AED本体や維持管理が高額となることから、予算確保が厳しい環境にあることも想像できました。園児の命を守るためにはAED設置が重要ですが、この状況をふまえ、何か良い方法がないか検討している際に、出雲救命講習改善委員会の「緊急時に他の施設職員がその施設の建物に設置してあるAEDを保育所に携行する体制」の取り組みに着目し、「救護システム」として取り入れることに決めました。この委員会の体制を取り入れようとした経緯には、当地域の保育所は、AEDを設置している小学校や役場施設など公的機関が隣接しているケースが多く、協力を得やすい環境が整っていたことがあります。


第2段階「周辺施設への協力依頼」

上記の救護システムを、管内にてAEDが未設置の保育所に取り入れるにあたり、まず初めに救護システムのモデルケース作りに着手しました。モデルケースとなる保育所は、救急車の現場到着に10分以上を要する保育所の中から、愛媛県西宇和郡伊方町の三崎保育所を選定しました。そして、伊方町役場三崎支所、三崎小学校、三崎中学校の3施設に協力を呼び掛けました。結果、三崎保育所を含め全施設から快諾を得て、救護システムの構築を進めました。(写真1:位置関係写真参照)

lab_09_16_01.jpg三崎保育所と協力施設の位置関係(写真1)

出雲救命講習改善委員会の救護システム体制では、協力施設は1施設でしたが、当消防本部は3施設に協力を依頼しました。その理由は、当消防本部の三崎地区を管轄する救急隊が出場していた場合、応援救急隊が三崎保育所に到着するには最低でも30分の時間を要します。その間、質の高い胸骨圧迫(心臓マッサージ)を維持するには多くの人員確保が必要であることを考慮したためです。


第3段階「アクションカードを作成」(図1参照)

次に、三崎保育所職員の救急に関する知識と技術レベルを確認するため、保育士の皆さん向けの応急手当講習会を計画しました。日程調整中、保育士の皆さんから、園児の心肺停止時の行動、具体的には「実技のこと」、「倒れた園児以外の園児への対応」、「連絡場所」など様々な不安について意見が寄せられました。そこで、出雲救命講習改善委員会が行っている緊急時の確認事項や動作を明記したアクションカードを紹介、趣旨を説明するために、三崎保育所の状況に応じたアクションカードを作成しました。アクションカードには何をする必要があるか指示が記入されており、誰がリーダーになってもカードを渡すだけで役割分担できるようになっています。

lab_09_16_02.png
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注1)「責任者」とは所長や主任で、リーダーシップをとる者を指す。
注2)「手当の責任者」とは心肺蘇生法を評価する者を指す。


第4段階「応急手当講習会を実施」

その後、三崎保育所の保育士向けに応急手当講習会を実施しました。講習会の中で、まず保育士の皆さんに実地で応急手当を試してもらったところ、小児や成人に対する胸骨圧迫については、慣れた手つきで高いレベルの手技でした。また、AEDの使用方法についても正しく理解しており、概ね良好でした。反対に、食べ物や異物が喉につまった際の異物除去や乳児を対象とした二指による胸骨圧迫、口鼻を塞いで行う人工呼吸は、実経験はなく、また、講習会での実技経験も少ないため、不慣れな手つきとなっていました。次に心肺停止時にどのような活動が必要かについて、アクションカードを基に、消防本部の方で説明を行いました。この説明の中で「アクションカードは保育士の皆さんの手で作り上げていくもので、私たちはお手伝いをするだけです」ということを強く伝えました。すると、園外での対応に関する心配事や、季節によって職員の人数が違うため、最低人員時の活動に不安があるなど、多くの問題点や不安な気持ちに関する多数の発言が飛び出しました。このときの意見を取り入れながらアクションカードや救護システムに改良を加えました。

応急手当講習会の最後にアクションカードに対する印象を聞くと、「活動内容に抜けがなく理解しやすい」「保育所の規模に合っている。リーダー(所長)として指示しやすい」など、好評価を得ました。


第5段階「検証訓練実施」

救護システムがきちんと機能するかどうか、アクションカードがうまく活用できるかどうかを検証するための訓練を、下記日程・内容で実施しました。

              
訓練日時令和元年9月19日(木)14時から15時まで
参加者伊方町立三崎保育所 8名伊方町役場三崎支所 1名
伊方町立三崎小学校 1名伊方町立三崎中学校 1名
八幡浜地区消防署職員 6名合計17名
訓練内容訓練内容及び結果は図2のとおりです。
※伊方町役場三崎支所のみ、訓練の日時や内容を告知しないブラインドで訓練を実施しました。

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訓練後の参加者の声

・アクションカードについての意見(保育士より)

「アクションカードの文字を少なくして、シンプルなものにしたい。」
「所長が動き回ることなく、同じ位置でアクションカードに従い指示をくれたので、安心感があった。」
「職員室での対応カード(注3)は、人数が少ないので不要であると感じました。」

・活動についての保育士からの意見

「自分が行った行動を必ずリーダー(所長)に報告すること、そして、周囲の人にも何をしているかアピールすることで、誰が何をしているか全員が把握でき、チームプレーができると感じました。」
「別室で他の子どもを見ながら傷病者の処置を行うには、保育所職員の人数が足りないと感じました。また、役場や学校からの応援者がいることはとても心強く、安心感がありました。」

・活動についての他機関の職員からの意見

「中学校としても積極的に協力していきたい。今日は訓練で参加者は一人ですが、有事には一人と言わず、手が空いている職員をもっと連れて行きます。」
「医師に連絡し組織を強化することも考えたらいいと思います。」

(注3)「職員室での対応カード」は訓練後に不要であると判断したため、図1には含まれていない。


検証訓練を実施した結果、判明した主な課題と対策

課題1

・保育所の事故では、事故現場から園児たちを別室に移動させて管理する必要があります。児童と違い、園児たちは突発的な行動をとるため、傷病者以外の園児にも傷病者と同等の管理が必要となり、管理には多くの人員が必要です。
・保育士の勤務体制は、行事、季節によって人員の増減が激しいため、最少人員時の体制作りが必要です。併せて保育所長・主任などの管理職不在時に円滑な救護活動を行うための体制作りも必要となります。

対策

・協力施設からの協力者増員と併せて協力施設自体も増やします。具体的には、医療機関に協力施設としての依頼を行う予定です(直近医療機関までは約600m)。
・緊急時には、調理担当の職員も救護システムの一員として活動する体制とします(全員体制で臨む)。
・「良きリーダーとは、良いお手本となる人」という言葉のとおり、保育所長・主任が率先して応急手当訓練を行うことで、他の職員も自然にリーダーとしての動きが身につくものと考えます。私たち消防署員は、その保育所の所長・主任をサポートする必要があります。サポートの中身として、アクションカードの中身の改善や訓練の場を設定するなど、今以上に三崎保育所と協力施設との関係性を強化していきます。

課題2

・通報担当者が119番通報後にAEDを手配したために、2分15秒もの時間を要しました。通報体制の確立及び全体の時間短縮が必要です。

対策

・今後は、通報担当者とリーダーで役割分担を行います。すなわちリーダー(所長、所長不在時は主任。その場に両者が不在の場合は上席者を指す)がアクションカードを配布後にAED搬送の通報を行い、通報担当者は119番通報のみ行う体制とします。また、最少人員の場合には、通信指令員(消防署内で119番通報を受け、出動の差配を行う担当者)が伊方町役場三崎支所及び医療機関に連絡をする体制にしたいと考えており、三崎保育所と協議を進めています。

今後の展望

その後、財政等厳しい中、伊方町長をはじめ担当部署の方々のご尽力で、伊方町は全保育所にAEDを設置する運びとなりました。そのため、本救護システムは不要になるのかという疑問が生じますが、そうではありません。遠隔地の救命に重要なことは、多くの人を集め、質の高い心肺蘇生(CPR)を継続し、救急隊に繋ぐことですので、本救護システムの特徴である、人の集まる体制は継続すべきだと考えています。また、設置されたAEDとアクションカードを有効活用するため、年1回の救命入門コース(90分)を基本として、避難訓練や地震訓練の機会をとらえた、短時間の応急手当講習会を、当消防本部では今後も数多く計画したいと考えています。3時間の応急手当講習会が有効だと思いますが、保育士の皆さんは多忙で、長時間の講習は困難であることに加え、記憶は短期間で薄れていきます。現場の保育士の記憶に留めるには、短時間の講習会であっても数をこなすことの方が大事であるという判断から、短時間講習を数多く計画したいと思います。

おわりに

本救護システム運用訓練について、NHK及び地元ケーブルテレビ局で放送後、学校などを含めた各施設から多くの問い合わせをいただきました。そこから、住民の救命に対する関心や危機感がひしひしと伝わってきました。訓練終了後、保育所職員との会話の中で「訓練のおかげで子どもたちの命を守る自信がついた」といった言葉を耳にし、保育所職員の心の変化を感じました。当消防本部は、そうした声に耳を傾け、サポートし、管内全体に本救護システムを広げていきたいと思います。そして、本救護システムを拡大・強化していくことが、救命率・社会復帰率の向上、ひいては、救急事案に限らず各種災害にも対応できる「本当の意味での地域一体化」の強化、地域力の向上や安心して暮らせる街づくりにつながるものと考えます。

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