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赤ちゃんとことば

麦谷 綾子(NTT コミュニケーション科学基礎研究所主任研究員)

2014年11月21日掲載

私たちはありとあらゆることがらをことばによって表現し、それを互いに伝え合い、共感し合うことができます。でも、生まれたての赤ちゃんたちは泣くことでしか自分の気持ちを表現できません。そんな赤ちゃんたちが、豊かなことばの世界を獲得する最初の一歩はどのように始まるのでしょうか?

ことばの獲得のはじまり

1歳のお誕生日を迎え、赤ちゃんが初めて意味のある単語を話し始めると、ようやくことばの学習のスタートラインに立ったように思えるものです。しかし、実はことばの獲得そのものはお母さんのおなかにいるときからすでに始まっています。妊娠7か月ごろになると、おなかの中の赤ちゃんはお母さんの腹壁や羊水ごしに外部の音を聞いて、体の動きで反応するようになることが確かめられています[1]。おなかの中ではお母さんの食べ物を消化する音や心臓の鼓動が常に聞こえるため、意外とうるさい環境にあります。それでも生まれたての赤ちゃんは、おなかの中で聞いていたお母さんの声[2]、お母さんが読んでくれた文章[3]、CDで聴いた音楽[4]、そしてお母さんや周囲の人が話す母語[5]の特徴を覚えています。このことは、ことばや音の学習が、おなかの中にいるときからすでに始まっていることを示しています。

赤ちゃんたちの泣き声に、おなかの中での学習の成果が現れていることも報告されています。フランス人とドイツ人の新生児の泣き声の高さと強さを分析すると、ドイツ人の赤ちゃんの泣き声は高さが下降していくパターンが優勢なのに対し、フランス人の赤ちゃんの泣き声には上昇していくパターンが多く出現しました[6]。こうした音の高さの変化パターンの違いは、それぞれの赤ちゃんの母語特有のリズム特徴に一致しているのです。

さらに、赤ちゃんはことばの学習に有利な性質を備えて生まれてきます。赤ちゃんに対して、私たちは誰に教えられたわけでもないのに、抑揚をしっかりとつけた、ゆっくりとした高い声での、まるで歌うような話し方をします。この特有の話し方は専門的には「対乳児音声」と呼ばれ、赤ちゃんは対乳児音声そのものにも、また、対乳児音声の話し手に対しても注目します[7,8]。対乳児音声は、母音ははっきりと、文は短く区切って発声されるという特徴があり、赤ちゃんは対乳児音声に注目することで効果的にことばの学習を進めている可能性が考えられます。また、日本語では、「わんわん」「ぶーぶー」「くっく」のような、赤ちゃんに対してだけ使われることばが数多く存在します。こうしたことばは「育児語」と呼ばれ、「ん」、「っ」、「ー」を含む音の繰り返しによる独特のリズムをもつ、という特徴があります。この独特のリズム構造もやはり赤ちゃんの注意をひき、ことばの学習に効果的に働くことが確かめられています[9,10]。つまり、赤ちゃんは自分への特別な語りかけに注意を向けるアンテナを備え、その特徴を上手に使ってことばを獲得していると考えられるのです。

音声知覚の発達

まだ幼い赤ちゃんには、世界の言語に登場するさまざまの音を聞き分ける能力があることが知られています。成長に伴い、自分の環境にあることば、つまり母語を聞く経験が増すにつれて、赤ちゃんの音声知覚は、次第に母語を学習するのに最も効率がよいように変化していきます。

例えば、日本語では英語のように/r/と/l/の音を区別しません。その結果、日本語を母語とする私たちには、"rice(お米)"も"lice(しらみ)"もともに"ライス"という同じ音声に聞こえてしまいます。しかし、私たち日本語話者は最初から/r/と/l/の区別ができなかったわけではないのです。実は、日本語を母語とする赤ちゃんが生後半年ごろまでの間は/r/と/l/を区別できること、ところが生後1年近くたつとこの聞き分けが難しくなることが科学的な実験により確かめられています[11]。最初は特定の言語の影響を受けず、母語にない音の違いも聞き取っていた赤ちゃんが、発達の過程で日本語の音声をたくさん聞く経験を得ることによって、「/r/と/l/を区別する」という日本語の学習には不必要なことはしなくなるのです。

大人になってから英語の聞き取りで苦労するたびに、「私も赤ちゃんのころは聞き分けができたはずなのになあ...。」なんて残念に思います。しかし、外国語音声への感受性が低下するということは、裏を返せば日本語の学習に都合が良いように知覚が整えられる大切な発達過程でもあるのです。実際、外国語の聞き分け能力の高い、言い換えれば自分の母語へのチューニングが遅れている赤ちゃんは、母語の獲得が遅れがちになることが報告されています[12]。また、外国に移住したり外国語の訓練を受けることで、聞き分けが難しい音を聞き取れるようになることもあります。したがって、外国語音声への感受性を完全に失うわけではありません。

音声から単語へ

音声知覚が母語にチューニングされる時期と前後して、赤ちゃんは語りかけ音声の中から単語を切り出せるようになること、そのときにさまざまな手がかりを単語の目印として使うことがわかっています。例えば英語を母語とする赤ちゃんは、単語の中のどこの部分が強く発音されるのかを手がかりのひとつとしています[13]。英語の2音節単語の多くは最初の音が強く、次の音は弱いという強弱のアクセントパターンをもちます。英語を母語とする生後7ヶ月半の赤ちゃんに、"The doctor saw you the other day."という語りかけを聞かせると、強弱のパターンをもつ"DOCtor"を単語として切り出すことができます。一方でこの時期の赤ちゃんは、"guiTAR"のような後ろにアクセントがある単語はうまく切り出しできません。そのため、"Your guitar is in the studio."という語りかけを聞くと、アクセントのある部分(TAR)と後続する動詞"is"と合わせた"TAR is"という強弱のパターンを、単語として切り出してしまいます。"guiTAR"のような弱強パターンの切り出しができるようになるのは、生後10ヶ月半になるころです。

一方、日本語を母語とする赤ちゃんは、日本語に特有の音声特徴を単語切り出しの手がかりとしていることも明らかになってきました。そのような音声特徴のひとつに、上述した育児語があげられます。生後9ヶ月以降の赤ちゃんは、「わんわん」「ぶーぶー」のように真ん中に「ん」、「っ」、「ー」をはさむリズムパターン、すなわち育児語のリズムパターンを単語として切り出すのです。さらに育児語以外にも、生後7ヶ月以降の赤ちゃんなら名詞の接尾語「~ちゃん(例:さっちゃん)」を、生後9ヶ月以降の赤ちゃんなら接頭語「お~(例:お洋服)」を単語切り出しの手がかりとできることが報告されています[10]

こうした生後1年の間に起こる音声知覚・単語切り出し能力の成熟を背景に、赤ちゃんは最初の誕生日を迎えるころに初めての意味のある単語を発し、その後、加速度的にことばを獲得していくのです。


  • *1 Hepper, P. G., & Shahidullah, B. S. (1994). Development of fetal hearing. Archives of Disease in Childhood, 71, F81-87.
  • *2 DeCasper, A. J., & Fifer, W. P. (1980). Of human bonding: Newborns prefer their mothers' voices, Science, 208(4448), 1174-1176.
  • *3 Partanen, E, Kujala, T, Tervaniemi, M., & Huotilainen, M. (2013). Prenatal music exposure induces long-term neural effects. PLoS ONE 8(10): e78946. doi:10.1371/journal.pone. 0078946.
  • *4 DeCasper, A. J., & Spence, M. J. (1986). Prenatal maternal speech influences newborns' perception of speech sounds, Infant Behavior and Development, 9, 133-150.
  • *5 Moon, C., Cooper, R. P., & Fifer, W. P. (1993). Two-day-olds prefer their native language, Infant Behavior and Development, 16(4), 495-500.
  • *6 Mampe, B., Friederici, A., Christophe, A. & Wermke, K. (2009). Newborns' cry melody is shaped by their native language, Current Biology, 19, 1994-1997.
  • *7 Cooper, R. P. & Aslin, R. N. (1990). Preference for infant-directed speech in the first month after birth, Child Development, 61, 1584-1595.
  • *8 Schachner, A., & Hannon, E. E. (2010). Infant-directed speech drives social preferences in 5-month-old infants, Developmental Psychology, 47(1), 19-25.
  • *9 林安紀子・近藤公久・馬塚れい子 (2001). 乳児における語のリズム構造への反応, 電 子情報通信学会技術報告, 101, 25-31.
  • *10 林安紀子・馬塚れい子 (2010). 生後5〜13ヵ月齢児の音声知覚発達に関する研究 ‐語の切り出し能力の発達について‐, 聴覚研究会資料, 40(6), 525-530.
  • *11 Kuhl, P. K., Stevens, E., Hayashi, A., Deguchi, T., Kiritani, S., & Iverson, P. (2006). Infants show a facilitation effect for native language phonetic perception between 6 and 12 months, Developmental Science, 9, F13-F21.
  • *12 Kuhl, P. K., Conboy, B. T., Padden, D., Nelson, T. & Pruitt, J. (2005). Early speech perception and later language development: Implications for the "critical period.", Language Learning and Development, 1, 237-264.
  • *13 Jusczyk, P. W., Houston, D. M., & Newsome, M. (1999). The beginnings of word segmentation in English-learning infants, Cognitive Psychology, 39(3), 159-207.
筆者プロフィール
麦谷 綾子(むぎたに・りょうこ)

NTT コミュニケーション科学基礎研究所主任研究員。東京大学教育学部を卒業後、同大学大学院医学系研究科修士課程および同大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門分野は音声言語発達。子どもたちが環境にある音声の特徴をどのように学習していくかについて「赤ちゃん実験」を用いた実証的な検討を行っている。研究のかたわら、保育者・養育者に向けた講演も積極的に行っている。
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