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【教育学者の父親子育て日記】 第19回 娘の言葉と親子の関係

要旨:

娘が自立心を育み、自らの意思をハッキリともつようになってくるとともに、父に対して聞き捨てならない言葉を投げかける場面も増えてきました。そんな娘の言葉に翻弄される父親ですが、ときおり娘が発する優しい言葉で、すべて帳消しになってしまいます。娘の言葉遣いが変わっていく様を見ていると、成長の各段階において適切な言葉の使い方や親子関係のあり方があるのだなと改めて実感します。このことは、「赤ちゃん言葉」に関する実証的な研究でも裏づけられているようです。
父を翻弄する娘の言葉

9月12日(月)午前7時45分
「パパ、大嫌い!」

何ともショッキングな言葉です。朝寝坊の娘を起こすために、無理やり布団から抱き上げたのですが、目をしっかりと閉じたまま手足をバタバタさせたわが娘は、私の腕のなかで大泣きしています。そして、「パパ、大嫌い!」のセリフを連呼すると、「ママがいいー!」と叫ぶのです。

どうにもこうにも仕方のなくなった私は、力のない声で妻に助けを求めます。娘の朝ごはんの支度をしていた妻が台所からやって来て、「どうしたのー?」と言いながら私の腕から逃れた娘を抱きかかえると、つい数秒前まで大声で泣き喚いていた娘が、あっという間に静かになります。
母親の偉大さを感じるとともに、父親の無力さとやるせなさを感じる瞬間です・・・

最近、娘は意思が非常にハッキリしてきて、大いにその成長ぶりを感じさせてくれるのですが、それと同時に聞き捨てならないセリフを吐くようになってきました。まだ寝ていたい娘を無理やり起こすときだけでなく、歯磨きを嫌がる娘に「歯を磨きなさい」と厳しい声で言ったり、テレビのアニメ番組をいくつも見たがる娘に「今日はもう充分見たのだからこれでおしまい」と申し渡してテレビのスイッチを切ったり、食事中に好き嫌いをしておかずを残す娘に対して「ご飯を全部食べない子には、おやつを食べる資格がないんだからね」と宣言して、食後のデザートを禁止したりするたびに、「パパ、大嫌い!」と言われるのです。

このセリフを聞くたびに、妻と私は「人のことを『嫌い』なんて言うものじゃありません。自分が人から『嫌い』と言われたら、嫌でしょ」と言って娘をいさめるのですが、へそを曲げた娘にとって私たちの言葉は馬耳東風のようです。

さらに、娘にどれだけ嫌がられようとも、とにかく歯磨きや食事をさせようとすると、「パパ、要らない!」とダメ押しのセリフが飛び出てきます。そして、私の言うことにはそれ以上、耳を傾けようとしません。それでも私は、とにかく娘が言われたことをやり終えるまで、他のことはやらせないようにしようとします。それに対して娘の方は、とにかく言われたことは無視して、隙をうかがっては何か別のことをしようとするのです。こうなると、もう我慢比べです。とにかくどちらかが諦めるまで、父と娘のにらみ合いは続くのです。

こんな光景が、わが家ではしばしば繰り広げられています。そのたびに、わが娘の頑固さに頭を抱えているのですが、こうした娘の態度も、その原因をよくよく考えてみると、必ずしも娘だけが悪いわけではないように思えます。

先日、いつものように父と娘のせめぎ合いが始まると、娘がポツリと言いました。「パパ、怒りんぼさんだよ・・・」そう言われてみると、このごろ仕事が忙しくなり、心の余裕を失いがちな私は、どうも必要以上に口調が厳しくなり、すぐに娘を叱ったり、小言を言ったりしていることに気が付きました。いろいろと娘に対して言ったことも、後から振り返ってみると、どうしてあんなことにこだわってうるさく言ったのだろうか、と思うようなことがしばしばあります。余裕のない父親のせいで、娘もきっといろいろなことを我慢しているのだろうなと想像しています。そして、その我慢が積み重なり過ぎると、頑なな態度や反抗的な行動をとることで、心のバランスをとろうとしているように思えます。

私は40歳を目前にして、仕事が充実してくるとともに、量もどんどん増えてきています。また、今年の4月から妻がフルタイムで働き出したため、公私ともに時間に追われるような生活が続いて、そのしわよせが娘にも向かっているのかなと思います。ただ、働く両親の姿を見て育つことには意味があると思いますので、妻と力を合わせて、そして娘にも協力してもらいながら、私たちなりの共働き家庭を築いていきたいと考えています。

ところで、冷たい言葉を投げかけられる割合は、妻よりも私の方が圧倒的に多いように感じているのですが、ときたま妻に厳しく叱られたりすると、「パパがいいー」とか「パパ、抱っこー」と言って、私に甘えてきます。そして、極めつけに、こちらが気恥ずかしくなるほどのストレートな言葉を投げかけてきます。

「パパ、大好き!」
そう言って、満面の笑顔でやって来て、ギュッと抱きつかれると、いつもは「大嫌い」であるとか「要らない」と言われていることも、すっかり忘れてしまう甘い父親なのです。


赤ちゃん言葉の効用

そんなこんなで娘の言葉に翻弄されている父親ですが、そんな父と娘のせめぎ合いが起こる前には、いまから思い起こすと心穏やかな「蜜月」の時代があったのです。生まれてしばらくすると、親の投げかけた言葉に娘が反応するようになりました。そして、私が覚えている限りでは2歳頃までは、「ワンワン」(犬のことですね)などの赤ちゃん言葉を使って娘に話しかけると、キャッキャッと喜んで娘がそれらの言葉を真似したりして、父と娘の間には何とも平和な時間が流れていました。(と言っても、そのころは娘のおむつを外そうという時期で、家でも外出先でもお漏らしの後始末などに追われ、戦場のような慌ただしさの毎日でした。それに比べると、娘も自立してきて、いまは別の意味で平和な時間を過ごしています。)

それが、いつの頃からでしょうか、いわゆる「赤ちゃん言葉」を使わなくなったのは。いつだったか、「ほら、ブーブーが走ってるよ」と娘に話しかけたところ、「あれは、車だよ」と軽くいなされ、訂正された記憶があります。娘が3歳になるかならないかくらいのことだったと思うのですが、その辺りから次第に、私も娘も赤ちゃん言葉を使わなくなりました。

ところで、脳を育てるということに主眼を置いた育児書のなかで、赤ちゃん言葉ではなく最初から大人と同じ言葉を使うようにと指導するものがありますが、それに対して理化学研究所の馬塚れい子博士(言語発達研究チームリーダー)が次のように指摘しています。

「赤ちゃん言葉は耳につきやすく、語彙獲得の助走になる。(それなのに幼いときから大人と同じ言葉を話せというのは)大きくなれば2本足で歩くからハイハイさせるな、というようなものです」(朝日新聞、2011年8月25日朝刊)[引用内の括弧は、引用者による補足]。

この指摘は、ストンと私の胸に落ちました。確かに、何を隠そう私自身も、娘が生まれる前は最初から大人の言葉で育てることを考えていた時期がありました。幼いころから「お父さま」「お母さま」と呼ばせるなどと、半ば冗談、半ば本気で言っていたのですが、娘が生まれたらそんなことはまるで忘れて、いまではすっかり「ママ」と「パパ」が定着しています。

当たり前のことですが、子どもの成長のステージに応じて親子の間にも相応しい関係のあり方があるのではないかと、日々、娘と接するなかで感じています。最初は、赤ちゃん言葉を交えながら親子の間のコミュニケーションを深める時期がありますが、その後、少しずつ子どもが成長してくるにしたがって、さまざまな単語や言い回しをすごい勢いで吸収し、それに伴いどんどん自立心が芽生えてくることを実感します。「大嫌い」や「要らない」などと言われて少し傷つくときもありますが、それ以上に生意気になっていく娘を頼もしい思いで見ている自分がいます。無理に大人の尺度に子どもを当てはめようとするのではなく、子どもの自然な成長に応じて、そのときそのときに適した親子関係を築いていくことができればと考えています。

なお、もともと馬塚博士が率いる研究チームでは、乳幼児たちが周囲の大人たちが語りかける言葉に対してどのように興味を抱き、やがて言語を獲得していくのかということを研究しているそうです。(研究内容の詳細については、理化学研究所言語発達研究チームのホームページ[http://www.brain.riken.jp/labs/langdev/index.html]を参照ください。)

最近、仕事に疲れた私が、晩酌のワインを傾けていると、妻の口調を真似した娘が「ユウトくん、飲みすぎだよ!」と注意をしてきます。まだ4歳なのに、何だか高校生ぐらいの娘に注意されているような気分で、思わず「ごめんなさい・・・」と謝ってしまいます。

いまはふざけて「ユウトくん」などと私の名前を呼んでいる娘ですが、「パパ」がいつしか「お父さん」に変わり、そのうち思春期になると「・・・」と無言の関係になってしまうのでしょうか。いやいや、そんなことはあるわけないと自分に言い聞かせつつ、むしろ「パパー」と甘えられて、ついつい娘の欲しいものなどを買ってしまう甘い父親になりそうで、いまから心配をしているやっぱり甘い父親です・・・。
筆者プロフィール
lab_06_27_1.jpg 北村 友人(上智大学総合人間科学部 准教授)

カリフォルニア大学ロサンゼルス校教育学大学院修了。博士(教育学)。 慶應義塾大学文学部教育学専攻卒業。 現在、上智大学総合人間科学部教育学科 准教授。
共編書に「The Political Economy of Educational Reforms and Capacity Development in Southeast Asia」(Springer、2009年)や「揺れる世界の学力マップ」(明石書店、2009年)等。
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