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【教育学者の父親子育て日記】 第20回 娘の成長と子育ての楽しみ

要旨:

妻が一週間ほどの海外出張に出かけました。その間、母親の不在をそれほど寂しがることもなく、テキパキと保育園へ行く準備を整える娘の姿に着実な成長を感じていたところ、思いもかけないことが起こります。妻が娘に残したメッセージ・カードが、娘の寂しさの導火線に火を点けてしまったようです。カードに書かれた文章に感情移入できるようになったという意味で、娘の成長を感じながらも、あまりの泣きっぷりに少々辟易とする父親なのでした。とはいえ、こうした日常の一コマ一コマが、子育ての楽しみなのだと実感しています。
妻のいない一週間

9月26日(月)午前7時45分
「ママ、お仕事で遠くに行っているんだよね!」

週末から一週間ほど、妻が海外出張に出かけました。出発の直前には、「ママ、行かないで~」と妻にしがみついて泣きじゃくっていた娘ですが、ママは行ってしまったのだということが分かると、ようやく諦めました。結局、近所に住む妻の両親と遊んだりしながら、週末を無事に過ごしたのです。

月曜日になると、保育園です。2人だけの朝でバタバタするかと思いましたが、普段は朝寝坊の娘なのに今朝は自分から起き出して、私の握ったおにぎりをパクパクと頬張ってくれます。そして、冒頭のセリフを言いながら、保育園に出かける準備を整えていきます。

「しっかりしてきたな」と、娘の成長ぶりに感動しながら、私も自分の身支度を整えていきます。これで今朝は順調に保育園へ行けると喜びながら、「さあ、そろそろ出かけるか!」と娘に声をかけたときのことです。

私よりも先に出発の準備を終えた娘が、本棚の上に置かれていたメッセージ・カードに気づきました。妻が出かける間際に、娘に宛てたメッセージを残していったのです。

『さみしいおもいをさせて、ごめんね。パパのいうことをよくきいて、いいこでいてね。おみやげ、かってきます。』

カードには、そう書かれていました。実は、私も今朝になるまで気づかなかったのですが、そっと妻が置いていった優しいメッセージです。それを、娘が声に出して読みました。

「良かったねー。ママが、君のために残していってくれたんだね」と、娘に声をかけた途端のことです。

「ママに会いたくなっちゃったよ~」

大粒の涙を流しながら、娘が「会いたいよ~」を連呼し出しました。ここまで順調だっただけに、驚きの展開です。娘の寂しさの導火線に火が点いてしまったようです。まさか、妻もこんなことになるとは、予想だにしていなかったと思います。そこへ、娘と私だけでちゃんと保育園に行く準備ができているのだろうかと心配してくれた義父が、やって来ました。

「どうしたんだい? 大丈夫か。泣かない、泣かない」と言いながら、義父が娘をあやしてくれるのですが、娘は聞く耳をもちません。とにかく、義父と2人で泣きじゃくる娘をなだめて、何とか自転車のチャイルド・シートに座らせ、保育園へ連れていきました。

何だかドッと疲れの出た一週間の始まりでしたが、これはまだママを恋しがる娘の序曲に過ぎませんでした。

その日の晩のことです。それまでテレビを見たり、おもちゃで遊んだりしていた娘が、いきなり本棚へ駆けて行って、妻からのスイートなメッセージ・カードを手に取り、声に出して読み上げます。そして、必ず「うえ~ん、ママに会いたいよ~」といって泣きじゃくるのです。それまで笑顔いっぱいで、元気に遊んでいたのに、一瞬のうちに豹変します。最初のうちは、そんな娘の姿が不憫に思え、優しく抱きしめたりしていたのですが、2日目、3日目と続いてくると、さすがにこちらも参ってきてしまいました。そこで4日目(木曜日)の晩になると、娘の目に触れないようにメッセージ・カードを戸棚に隠してしまいました。

すると、最初のうちはカードを探していたようなのですが、そのうち探すこともしなくなり、いつの間にか「ママに会いたいよ~」と泣きじゃくることもなくなりました。何だか、私はキツネにつままれたような気分でしたが、とにかく娘が大泣きしなくなり、ホッとしたのです。

このとき不思議に思ったのが、娘は戸棚に飾ってある写真で妻の顔を見ても、とくに泣くわけではないのに、なぜかあのメッセージ・カードを読むと、涙が抑えられなくなってしまうことです。おそらく、メッセージを声に出して読むことで、自分のなかの感情が昂ってしまうのでしょう。

このような娘の様子をみていると、文字が読めるようになっただけでなく、書かれていることから想像力を広がらせて、そこに感情移入ができるようになったのであり、ずいぶんと成長したのだなと実感します。この日記の第1回(「初めてのお泊り?」)でも妻の出張について書きましたが、そのころと比べて現在の方が、妻の不在を寂しく感じるようです。しかし、それはむしろ娘が成長して、母親がいないという状況をより深く理解していることの表れなのだろうと思います。また、文章に対して感情移入できるようになったということは、これも以前(第17回「好きこそものの上手なれ」)書いたように、毎晩、寝る前に何冊の絵本を読み聞かせるかということで娘と駆け引きをしていますが、そういった読み聞かせの効果がこんなところにも表れているのかもしれません。


子育てを楽しむ

ちなみに、ベネッセの教育研究開発センターが幼稚園児・保育園児をもつ保護者を対象に実施してきた「子育て生活基本調査」(第3回・幼児版http://benesse.jp/berd/center/open/report/kosodate/2008_youji/hon/index.html)によると、絵本の読み聞かせをはじめとして、子どもと一緒に遊んだり、家事を手伝わせたり、家族みんなで食事をしたりといった、子どもと一緒の活動を行っている母親ほど、子育てを楽しいと感じるとのことです。

たとえば、「ほとんど毎日」絵本や本の読み聞かせをする母親(789名)の31.2%が子育てを「とても楽しい」、64.5%が「まあ楽しい」、3.4%が「あまり楽しくない」と回答しています。それに対して、絵本や本の読み聞かせを「月に1~3日」しか行わない母親(432名)のなかで子育てを「とても楽しい」と回答した人は18.1%、「まあ楽しい」が68.3%、「あまり楽しくない」が11.1%でした。さらに、読み聞かせをすることが「ほとんどない」という母親(309名)のうち、子育てを「とても楽しい」と回答した人は14.9%、「まあ楽しい」が68.3%、「あまり楽しくない」が13.6%でした。このように、子育てをとても楽しいと感じるかどうかという点に関して、読み聞かせを頻繁にする層とほとんどしない層との間に、大きな違いがあることが分かります。

こうした調査結果について報告書では、「母親は、日常の子どもとの生活や何かを一緒にするなかで育児の楽しさを実感しているようである」と解説していますが、これは父親にもあてはまることだと思います。それと同時に、そもそも読み聞かせなどを通して子どもと一緒に遊んだり、家事を手伝わせたりといったことを実践するには、ある程度、時間のゆとりや心の余裕が必要ではないかと思います。そういった余裕をなかなかもつことができず、日々の営みに忙殺されていると、子育ての楽しさを実感することが難しいのかもしれません。自らを振り返っても、非常に仕事が忙しい時期などは、どうしてもそのしわ寄せが子どもと過ごす時間の減少に繋がったり、ゆとりをもった態度で子どもに接することができず、ちょっとしたことでもついついガミガミと叱ってしまったりしているように思います。その意味では、生活のなかで忙しさに追われつつも、心の余裕を失ってはいけないなと、改めて反省しています。

また、子育てを楽しむためには、日々の生活のなかで起こる些細な出来事を楽しむことが大切なのだとも思います。つい先日のことですが、思いがけず午後のかなり早い時間帯に帰宅することができました。そこで、たまにはまだ外が明るいうちに保育園へ迎えに行って、娘を喜ばせてあげようと思ったのです。普段は午後6時~7時ごろのお迎えになってしまうのですが、その日は午後4時になるかならないかという時間でした。快調に自転車を飛ばして、保育園の前までやって来たときのことです。

「ピッ、ピー!」

いきなり甲高い笛の音が鳴り響きました。何事かと思い、自転車を止めると、後ろから自転車に乗ったお巡りさんがやって来ます。

「ちょっと自転車の登録を確認させてください」

どうやら、自転車泥棒ではないかと疑われたようです。確かに、平日の昼下がりに、ジーンズとジャンパーといった姿でいわゆる「ママチャリ」(後部座席に子ども用シート付)にまたがって疾走する中年手前の男は、ちょっと怪しいかもしれません。お巡りさんが無線で自転車の登録番号を確認しているのですが、電波の調子が悪いらしく、手間取っています。すると、今度は私たちの頭上から、かわいらしい声が聞こえてきました。

「パパ―!」
「サヤカちゃんのパパ―!」
「お巡りさん、コンニチワー!」

娘を筆頭に、保育園の子どもたちが2階の窓から私たちを見下ろして、次々に大声で呼びかけてきます。そして、子どもたちの隣では、保育士の先生が苦笑しながらこちらを見ています。さすがにお巡りさんも、私が単に子どもの迎えに来たのだと察したらしく、「すみません、すぐに終わりますので・・・」と言いながら、懸命に交信をしています。しかし、電波は無情にも届きづらいらしく、「ガガー、ピー」などという音の合間に、先方からの声が何とか聞こえるような状態です。そうかといって、いったん始めた登録確認の作業を中途半端に終わらせることもできず、20代半ばとおぼしきお巡りさんは、立ち位置を変えながら何とか交信を続けています。5分ほども悪戦苦闘した結果、ようやく登録を確認してもらうことができ、「申し訳ありませんでしたー」という言葉と共に、私は解放されました。

とんだ災難でしたが、保育園のチビッ子たちにとっては一大イベントだったらしく、お巡りさんに捕まった(ように見えた)父親をもったわが娘は、他の子たちに対して何だか誇らしげです。私がほうほうのていで保育園の2階へ上がっていくと、「サヤカのパパは、お巡りさんに捕まったよ!」と、自慢そうに話しています。「それって、あんまり自慢にならないのだけれども・・・」と、複雑な気分で娘を見守る私なのでした。

それでも、こういったハプニングが起こるたびに、私は何だか愉快に感じるのです。自転車泥棒に間違われる父親とそれを自慢する娘。また、妻からのスイートなメッセージ・カードを読み上げてはボロボロ涙をこぼしたかと思うと、カードを隠してしまえばケロッと元気になってしまう娘の姿。ひとつひとつの出来事は、日常の些細なことに過ぎないのですが、それらを楽しむことで豊かな気持ちになれる。それが、子育ての醍醐味ではないでしょうか。
筆者プロフィール
lab_06_27_1.jpg 北村 友人(上智大学総合人間科学部 准教授)

カリフォルニア大学ロサンゼルス校教育学大学院修了。博士(教育学)。 慶應義塾大学文学部教育学専攻卒業。 現在、上智大学総合人間科学部教育学科 准教授。
共編書に「The Political Economy of Educational Reforms and Capacity Development in Southeast Asia」(Springer、2009年)や「揺れる世界の学力マップ」(明石書店、2009年)等。
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