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【教育学者の父親子育て日記】 第21回 わが家の待機児童問題

要旨:

昨年の暮れに、それまでの認証保育所から認可保育所に移ることとなり、わが家の待機児童問題がようやく解決しました。認証保育所では、3歳児クラスになってから同年齢の友達が減ってしまったために、保育園に行くことを嫌がるような日々が続いていました。先生方や祖父母のサポートで何とか通園していましたが、娘本人も私たち親も、精神的にかなり厳しい状況に追い込まれていました。しかし、認可保育所に登園するようになり、多くの友達に囲まれるなか、また楽しく通園することができるようになったのです。こうした経験を通して、待機児童問題が抱える教育学的な課題に気づくことができました。

新年明けましておめでとうございます。昨年は、3月11日の大震災、原発事故、夏の台風被害など、本当に大変なことが次々と起こり、多くの方がいまだに心や体の痛みを抱えていらっしゃる状況です。今年は、できるだけ多くの人が笑顔で過ごせる年になることを、心からお祈りしています。

娘の葛藤

12月12日(月)午前8時45分 「行ってきます!」 娘が、元気な声で妻に言い、私がこぐ自転車の子ども用シートにまたがって、保育園へと向かいます。12月の朝の空気はキリッとした冷たさを張りめぐらせていますが、機嫌よく鼻歌などを歌っている娘を背中に感じながら、私は「良かった、良かった」と心のなかで繰り返すのです。

こうした朝の一コマは、ごくごく当たり前の光景に思えるかもしれません。しかし、わが家では夏前から数カ月間にわたり、娘を保育園に連れていくことが大変な仕事になっていたのです。毎朝のように、「保育園に行きたくない!」と大声を出し、体を震わせながら大泣きする娘を無理やり自転車に座らせ、とにかくなだめすかしながら保育園まで連れていく、といったことを繰り返していました。そして、保育園に着いてからも、娘を置いて立ち去ろうとする妻や私にしがみつき、「ママと一緒にいたいー」、「パパ行かないでー」と涙を流して訴える娘を、とにかく振り切って仕事場へ向かうという日々が続いていたのです。そんな状態でしたから、娘を置いて保育園から出るときには、もうすでに一日の仕事が終わったような気分でした。

なぜ、そのような「登園拒否」をするようになったかといいますと、昨年の4月に新しい年度を迎えたとき、同い年の友達の多くが認可保育所に移ってしまい、娘ともう一人の女の子だけが当時通っていた認証保育所に残ったためです。とても仲の良かった同年齢の友達がほとんどいなくなってしまったことは、娘にとって大きなショックでした。

娘が通っていた認証保育所は東京都中央区にあったのですが、昨年度、中央区が待機児童解消のために認可保育所の充実を積極的に進めたため、全体の定員数が増加したようです。また、最近の幼稚園が延長保育を実施しているといったこともあり、認可保育園から幼稚園に移る子たちも出てきたために、「年少組」(3歳児クラス)の定員に空きが生まれたという要因も多少あったようです。こうしたなか、娘の級友たちの多くが認可保育所に移っていきました。

このように待機児童問題が少しでも改善していくことは喜ばしいことなのですが、認証保育所に残った娘の立場からすると、「お友達がいなくなって、保育園が楽しくない」という思いを抱かざるを得なくなってしまったようです。とくに、娘の通っていた認証保育所では、すべての園児のなかで4歳の娘が一番年上になってしまったため、周りは年齢の低い子たちばかりという状況でした。これが、「保育園に行きたくない!」という気持ちの原因だったのです。

そうした状況でも、保育園のなかでは、娘なりに自分の位置や立場というものを一生懸命考えたようです。先生方からは、「お散歩のときに小さい子の手を引いてあげたり、おもちゃの取り合いになったときに小さい子が使えるように配慮してあげたり、お姉さんとしてがんばっていますよ」というお言葉をいただくことが増えました。また、先生方も、娘のことを心にかけてくださり、もう一人の3歳児クラスの女の子と一緒に、年齢に見合った活動をいろいろと取り入れてくださったので、何とか騙し騙しといった感じで、娘を保育園に通わせていました。それでも、毎朝嫌がる娘をなだめすかして、何とか保育園に連れて行くという日々は、親としても、そしてもちろん当事者である娘にとっても、精神的にかなり限界に達していました。


待機児童問題の解決

そんななか、昨年の暮れも押し迫った11月末です。わが家に朗報が届きました。近所の認可保育所に空きがでたというのです。早速、事務手続きを進め、娘を連れて、園長先生と担任の先生にお会いし、12月からの入園が実現しました。これで、ようやくわが家の待機児童問題が解決しました。思い起こすと、この日記の第3回で東京への引っ越しに備えて東京都の江東区役所で保育園の手続きをしたときから、ちょうど2年が経ちました。

新しい保育園に移った娘は、当初はさすがに緊張しながらの登園でしたが、少しずつ友達ができていくなかで、楽しそうに保育園の様子を話してくれるようになりました。今度の保育園では、同い年の子たちも大勢いますし、娘よりも年長の子たちもたくさんいます。そういった子たちと遊ぶなかで、順調に保育園に慣れていっています。また、認証保育所にはなかった園庭があるため、さまざまな遊具を使っての外遊びの機会も大幅に増えました。

何と言っても、毎朝のように泣いていた娘が、いまでは笑って登園する姿が、親にとっては本当に嬉しいものです。とくに、親の仕事の都合で娘を保育園に預けてきたという少々後ろめたい気持ちがどこかにあったので、娘の涙をみると心がキリキリと痛む思いでした。しかし、楽しそうに保育園に入っていく娘の姿をみると、そういった後ろ向きな考え方ではなく、多くの子たちと集団生活を送ることによって娘の社会性が確実に育まれているのだと、前向きに捉えることができるようになりました。

こういった経験を通して、現在、政府やマスメディアなどで交わされている待機児童問題に関する議論のなかで、非常に重要な視点が抜け落ちていることに気づきました。それは、待機児童問題によって引き起こされる、教育学的な問題です。つまり、待機児童問題は、親の就労に関する問題であるとともに、子どもにとって豊かな時間を送ることが妨げられるという問題でもある、という当たり前のことが忘れられているように思います。同世代の子たちと一緒に遊ぶことは、子どもの成長にとって非常に大切な意味をもっているはずです。いわゆる待機児童として認証保育所に預けられている子たち、そして、そもそも認証保育所にも入れない子どもたちのなかには、そういった経験を十分にすることができない可能性があります。現在、保育所と幼稚園を一元化するのか、あるいは保育所、幼稚園、認定子ども園の三元化で行くのか、議論が積み重ねられているところです。どのような形になるとしても、日々の生活のなかで子どもが豊かな時間を過ごすことを可能にすることを最も大切にして欲しいと願っています。(幼保連携の詳細については、文部科学省・厚生労働省の幼保連携推進室のホームページをご参照ください。)

とにもかくにも、わが家の待機児童問題がようやく解決しました。これまで細やかなお心遣いをいただき、娘を優しく見守り続けてくださった認証保育所の先生方に、心から感謝しています。また、娘を温かく迎えてくださった認定保育所の先生方のお蔭で、スムーズに新しい保育園での生活に入っていくことができました。さらに、おじいちゃん、おばあちゃんによる日々のサポートや、出張の多い私が家を留守にする度に一人で奮闘してきた妻の忍耐がなければ、ここまでやって来られなかったと思います。そして何よりも、娘本人の頑張りを褒めてあげたいです。何かと至らない点の多い父親ですが、周りの多くの方々に支えられながら、子育てと向き合っている日々です。


新年の願いごと

そんなこんなで、わが家も穏やかな新年を迎えることができました。新しい年を迎えると、やはりこの一年をどのように過ごそうかといろいろ考えます。家族3人で今年の抱負を話し合ったところ、妻は仕事の充実をさらに図りつつ、家族で過ごす時間も大切にして、公私のバランスがとれた生活を送りたいとのことでした。私は、最近めっきりと体力が落ちてきたことを感じるため、今年は定期的に運動をして、健康に過ごすことを目標として掲げました。そして、娘ですが、「今年は何をしたい?」と聞いてみると、「遊びたい!」というシンプルかつ明快な答えでした。そうですね、娘にとっての大切な「仕事」は遊ぶことですから、今年も大いに遊んで、楽しく過ごして欲しいものです。そして、毎日笑顔で保育園に通い続けることができるよう、私たちも娘を見守っていきたいと思います。
筆者プロフィール
lab_06_27_1.jpg 北村 友人(上智大学総合人間科学部 准教授)

カリフォルニア大学ロサンゼルス校教育学大学院修了。博士(教育学)。 慶應義塾大学文学部教育学専攻卒業。 現在、上智大学総合人間科学部教育学科 准教授。
共編書に「The Political Economy of Educational Reforms and Capacity Development in Southeast Asia」(Springer、2009年)や「揺れる世界の学力マップ」(明石書店、2009年)等。
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