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【教育学者の父親子育て日記】 第17回 好きこそものの上手なれ

要旨:

毎晩、絵本の読み聞かせをしないと、娘は寝ようとしません。知育に効能があると信じ、眠気と戦いながら、何冊もの絵本を読んで聞かせています。しかし、実は絵本の読み聞かせの効能は、知育面よりも情動面での発達に対して大きな役割を果たすと知って驚きました。「心の脳」の素直な欲求に沿って、娘が自分の好きな絵本を選んだり、読み聞かせを聴いたりすることこそ、読書の楽しみの原点であると思い出しました。絵本の読み聞かせだけでなく、スポーツや芸術活動などの習いごとにしても、「好き」と思えることをさせてあげることが大切だなと改めて感じています。
絵本の読み聞かせと「心の脳」

7月20日(水)午後9時00分
「どれにしようかな・・・ これと、これと、これ!」
そういって娘が絵本をもってきました。娘は、毎晩、寝る前に必ず絵本を読みたがります。そこで、基本的に3冊までと決めて読み聞かせをしているのですが、たいてい3冊では終わりません。「もっと読んで!」と言って、次から次へと絵本をもってきます。ところが、読み聞かせをしているうちに親の方が眠くなってしまうことが、しばしばです。できることなら3冊で終わりにしたいのが本音なのですが・・・

最近、「おまけ」という言葉を覚えた娘です。3冊を読み終わった後に、「おまけね。もう1冊だけ読んで」と言われると、こちらも無下に断るわけにもいかなくなり、「それじゃ、これが最後だからね。これを読んだら寝るよ」と娘に念押しをすると、「うん」と力強く頷きます。親としても、基本的に娘が絵本を好きであることは嬉しいので、彼女の希望に応えてあげたいのですが。いかんせん眠くて仕方ありません。それでも、絵本を読むことは、きっと娘の知的な発達に役立つのだからと自分に言い聞かせ、今日も絵本を読み聞かせているのです。

それにしても辛いのが、娘にはお気に入りの絵本が何冊かあり、「おまけ」のときにもってくるのが決まってそれらのなかの1冊なのです。それらの絵本は、私も娘もストーリーを空(そら)で言えるぐらい覚えてしまっており、こちらとしては少々飽きているのが現実です。「どうして娘は飽きもせず、同じ絵本ばかり読みたがるのだろうか?」、「もっといろいろなお話を読めば良いのに」、「それなら私も興味をもって読めるのにな・・・」等々、私はいつも疑問に思っているのでした。

ところが先日、そんな思いを抱いていたところ、絵本について特集した新聞記事を読んで知ったのですが、絵本の効能は必ずしも知育面にあるわけではないという実験結果があるそうです。(『朝日新聞グローブ』通巻67号、2011年7月17日発行) 絵本を読み聞かせると、話を聞く力や想像力が育てられ、子どもの知育の発達に役立つと多くの人が漠然と思い込んでいるのですが、実はそうでもないようです。

東京医科歯科大学の泰羅雅登教授が行った実験によると、もし知育の面で効能があるのならば、ものごとを記憶したり、学習したり、コミュニケーションをとったりする際に反応する脳の「前頭連合野」という部分が、絵本の読み聞かせに対して反応するはずだという仮説を立てたそうですが、それがあっさりと覆されたそうです。幼稚園生(年長組)や小学生(低学年)に絵本の読み聞かせをして脳の血のめぐりを調べたのですが、この前頭連合野はまったく反応をしなかったようです。

それに対して、読み聞かせの際に反応したのは脳の「大脳辺縁系」と呼ばれる個所で、ここは「快・不快」「好き・嫌い」などの理性ではコントロールできない心の素直な反応(すなわち感情や情動)を決めている部分だそうです。つまり、子どもたちは絵本を読み聞かせてもらっているときに、言葉の字面を追っているのではなく、そこで豊かな感情(「嬉しい」「楽しい」「悲しい」「怖い」など)を体験しているのですね。だから、ストーリーを最初から最後まですっかり覚えてしまっているような絵本でも、飽きもせず何度も読みたがるのです。この記事に引用されていた泰羅教授の言葉ですが、「絵本を読んでもらうことは子どもにとって楽しい体験で、何度でも体験したいと思う。それはまさに、大脳辺縁系が反応している表れだ」ということです。

初めて、娘が同じ絵本を何度も読みたがる理由が腑に落ちました。こういった現象に関して、読み聞かせは「心の脳」に働きかけているのだと、泰羅教授は表現しています。この実験結果を最初に公表したときは、教育心理や発達心理の研究者たちから「データが間違っているのではないか」といった疑問も呈されたようですが、確かに絵本の読み聞かせは子どもの知育に効能があると思い込んできた人たちにとっては、衝撃の結果だったと思います(私自身は心理学者ではありませんが、やはり絵本の読み聞かせの知的効能を信じていたので、びっくりしました)。ただ、この実験結果は、絵本の読み聞かせが子どもの情動面での発達にとって非常に重要な役割を果たしていることを証明したのであり、とても意義深い研究だと思います。

この泰羅教授の研究がさらに興味深いのは、読み聞かせをしているお母さんたちの脳も調べたことです。お母さんたちに絵本を一人で音読してもらったときには「前頭前野」(先述の「前頭連合野」の別称)に変化がみられなかったのに対して、子どもに向かって読み聞かせをしてもらうと血流が増加したとのことです。これは、お母さんたちは読み聞かせをする際に、子どもの表情や動作などをみて、相手のことを考えながら本を読むため、積極的にコミュニケーションをしようと前頭前野が強く働いていることを意味するそうです(これらの研究成果については、泰羅教授の著作『読み聞かせは心の脳に届く』(くもん出版 2009年)や、昨年東京都庁で行われた同教授の講演 http://www.chijihon.metro.tokyo.jp/katsuji/pdf/lecture04.pdf などを参照ください)。

そういったことを知ると、読み聞かせをしていてもすぐに眠くなってしまい、子どもの様子をみるよりも自分の眠気に負けてしまっている私の前頭前野は、あまり活発に反応していないのかもしれないと疑い出してしまいました。この前頭前野は、脳のなかでも記憶や学習と深く関連したとても大切な機能をもっているようですが、そこが不活発だとすると何だか複雑な気分です・・・

絵本の読み聞かせは、子どもが「楽しい」とか「ドキドキする」といった感情や情動の面で、貴重な経験を積み上げていくことのできる大切な営みであることがわかりました。その意味では、やはり子どもが読みたがる本を読んであげることが、何よりなのでしょう。しかし、大人の目でみても面白い本がある一方で、どうして子どもはこの本が好きなのだろうと、正直首をかしげざるを得ないような本もあります。しかし、これは私たち大人が、理屈で絵本の価値や面白さを判断しようとしているからであるような気がします。もっと、私たち大人も「心の脳」を刺激して、絵本と素直に向き合うことが大切なのでしょう。最近は、大人も絵本を楽しみましょうということで、大人向けの絵本コーナーを設ける本屋さんもあるぐらいですから。

しかし、絵本の読み聞かせだけでなく、本を読むという行為のあり方についてわが身を振り返ると、どうも目的をもった読書にしばられてしまっているように思えます。つまり、娘を寝かしつけるために絵本を読むといった態度や、仕事で役に立ちそうだから本を読むといった姿勢は、読書そのものを楽しむというよりは、「必要だから」とか「役に立つから」といった理由を優先した結果なのでしょう。

そういった読書習慣が染みついてしまった身からみると、「心の脳」の素直な欲求に沿って絵本を選んだり、読み聞かせを聴いたりすることこそ、読書の楽しみの原点であると痛切に感じます。「役に立つ」から読むのではなく、「楽しい」から読むという姿勢こそが、本と真正面から向き合ううえで求められていると思います。

そして、そのことは他のさまざまな活動に関しても言えることでしょう。子どもの好奇心は、無限大です。子どもが好きだと感じることを思い切りさせてみること、興味をひかれるものと向き合う時間を存分に与えてあげること、そういったことを娘にはしてあげたいと思っているのですが、ついつい日常生活の忙しさのなかで、「そんなことをしていないで、さっさと○○しなさい」といったセリフを娘に投げてしまっている自分に気づきます。

そんな普段の姿勢を反省し、もう少しゆったりとした気持ちで娘と接したいなとつくづく思います。以前にこの日記、第10回「『模範的な親』への道険し?」でも書いたことですが、時間に追われる毎日のなかで心の余裕を失ってしまっている場面が多々あります。親の思う通りにならないのが子どもなのだと頭ではわかっているのですが、何かに夢中になってなかなか食卓につこうとしなかったり、お風呂に入ろうとしなかったり、布団に横になろうとしない娘に対して、頭ごなしに言うことを聞かせようとガミガミ叱りつける自分の姿を振り返り、反省しきりです。


親のやらせたいことと娘のやりたいこと

先日、女子サッカーの日本代表チームが、ワールドカップで男女通じて初めての優勝を成し遂げました。多くの人が、眠気も忘れて、テレビの前で興奮したことと思います。私と妻も、興奮と感動に包まれ、素晴らしい試合をみせてくれた選手たちへ感謝の気持ちを抱きました。

高校生のころに交換留学で一年間アメリカに滞在したのですが、そのときにアメリカの女子高生たちがサッカーに夢中になっている姿をみて、驚いた記憶があります。サッカーは男子のスポーツという先入観をもっていたのですが、アメリカで生活しているとサッカーはバスケットボールやバレーボールと並んで、女子に人気のあるチーム競技であることを知りました。小学校に上がるか上がらないかといった年頃の子どもたちが、芝生のグラウンドで男女入り混じってボールを追いかけている光景もよく目にしました。

そんなこともあり、娘にはサッカーをやらせたいなと以前から思っていたのですが、どうも娘はあまり興味をもっていなさそうです。ボール遊びをしていても、足で蹴るよりも手で投げる方が好きみたいです。「ほら蹴ってごらん!」と無理やりボールを蹴らせようとしても、すぐに手で持って投げてしまいます。今回のワールドカップ優勝で娘にサッカーをやらせたいという思いがさらに高まっている私ですが、「好きでもないことを無理やりやらせても仕方ないでしょ」と妻にたしなめられています。ワールドカップで優勝した女子サッカーの選手たちも、収入面などで苦しい生活を強いられているなか、サッカーが大好きだという純粋な思いで競技を続け、あれだけの偉業を成し遂げたのですから、好きでもないことを無理やり押し付けても娘がかわいそうですよね。

確かに、思い返してみると、私は幼いころにやらされた水泳やピアノといった習いごとが、どれも嫌で嫌でたまりませんでした。それは、自分自身がやりたいと言って始めたことではなく、親が良かれと思ってやらせてくれたことでした。もちろん、子どもが何かをするときに、最初からそれが好きかどうかということはわからないので、ある程度は親がやらせるということも必要なのかもしれません。実際、私はそのおかげで泳ぐことが最終的には好きになり、高校時代には水球というスポーツをしたりしました。しかし、小学生のころにスイミング・スクールに通ったり、ピアノの先生に教わったりしていたときは、いかにしてそれらをやめるかということばかり考えていました。

そんな経験をした私なのですから、娘が好きなことは何なのだろうか、興味をもっていることは何かなといったことをよく見極めて、娘が「やってみたい」という思いをもっていることを確認したうえで、スポーツでも芸術活動でも何でも良いのですが、何か習いごとをやらせるようにしたいなと考えています。ただし、共働き家庭の難しさですが、送り迎えなどが果たしてうまくできるのかと、いまから心配したりもしています。

いずれにしても、娘の「心の脳」が素直に反応するような手助けを、絵本の読み聞かせであれ、スポーツや芸術活動であれ、親として少しでもしてあげることができればと思っています。何よりも、「好きこそものの上手なれ」と言いますから、何かひとつで良いので娘が自分の好きなものをみつけて、それに夢中になってくれれば良いなと願っています。
筆者プロフィール
カリフォルニア大学ロサンゼルス校教育学大学院修了。博士(教育学)。
慶應義塾大学文学部教育学専攻卒業。
現在、上智大学 総合人間科学部教育学科 准教授。

共編書に「The Political Economy of Educational Reforms and Capacity Development in Southeast Asia」(Springer、2009年)や「揺れる世界の学力マップ」(明石書店、2009年)等。
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