今回の日記の前編が掲載されてから少し時間が経ってしまいましたが、その間に未曽有の大震災とそれに伴う非常に大きな災害が生じ、いまだに多くの方々が大変な思いをされていることと、心を痛めております。第15回の日記で書かせていただきましたが、私にできることは本当に何もありませんが、自分たちの生き方や社会のあり方について、改めてきちんと向き合っていきたいと思っております。こういったことから、第14回の続きである「論理力を鍛えるには」の後編を、今回お届けいたします。
タイと日本の関係
さて、第14回(前編)でご紹介した、タイでの日本語スピーチコンテストの発表を聞いていると、多くの学生たちが農家の出身であり、家の手伝いやアルバイトなどをしながら大学に通い、一生懸命日本語を勉強している様子が伝わってきました。私は、タイ語の知識はほとんど持ちあわせていないのですが、おそらく日本語とは異なる面もいろいろとあるのではないかと想像しています。しかし、学生さんたちのスピーチの多くが、自然な日本語を使っていたことに、感銘を受けました。(日本語の先生方による事前の添削が入っていたのかもしれませんが、それにしても多くの学生が自然な日本語を巧みに操る様子には、驚かされました。)
驚いたということでは、同性愛者であったり、女装・男装の愛好者であるといった個々人の嗜好性に対して極めて寛容なタイの社会文化的な土壌を反映して、数名の学生は自分が同性愛者であることをスピーチでカミングアウトするといった場面がみられたのには少々びっくりしました。これも、タイらしさの表れかもしれません。聴衆の反応をみても、そうしたスピーチを自然に受け容れている様子でした。
また、日本にとって、タイをはじめとする東南アジア諸国との関係を緊密なものにすることは、政治的にも、経済的にも重要な意味をもつことは言うまでもありません。そういった関係を築くための交流はさまざまなレベルで行われており、今回のチェンマイでのスピーチコンテストも、タイ人の元日本留学生たちの会やチェンマイの日本人会、民間企業などが協力し合って、開催されました。
たとえば、チェンマイの郊外には大きな工業団地が建設されており、日系企業も数多く進出しています。そのため、若い人たちの間で、日本語を勉強して将来の就職へ結び付けたいという希望が強いようです。ただ単に職業機会を得ようというためだけではなく、むしろ身近なところから日本語に関心をもつ人たちが多いとも聞きました。
現在、タイでは日本食が完全に市民権を得ており、非常に多くの日本食レストランで、タイ人の家族や恋人、友達などが連れだって食事をする光景が、ありふれたものになっています。特筆すべきは、かつてのタイにおける大衆的な日本食レストランというと、辛いタイ料理が好きな人たちの嗜好に合わせて、やたらと香辛料を使った日本食(日本人にとっては、日本食とは捉えがたい料理)が多かったのですが、現在の多くの日本食レストランでは、日本と変わらない味のメニューをバラエティ豊かに提供していることです。また、多くの国と同様、若者たちの間では日本の漫画やアニメが大人気です。たとえば、バンコクにある最先端のショッピング・モールのなかには、タイ語に翻訳された日本の漫画専門の書店まであります。
さらに、タイの王室と日本の皇室が親密な関係を築き上げていることに象徴されるように、歴史的にも両国の間でさまざまなレベルでの交流が長年にわたって深められてきました。その起源をたどると、16世紀末から17世紀にかけて行われた朱印船貿易では、多くの日本人が東南アジアに渡り、とくにタイのアユタヤには非常に大きな日本人町が作られて、山田長政が活躍したことなどは、広く知られている通りです。
こうした日本とタイの交流を象徴する教育機関が、2007年に開校した泰日工業大学(http://www.tni.ac.th/web/jp/)です。タイのバンコクにあるこの大学は、日本の大学で学位を取得したタイ人の元留学生たちを中心に、「日本型ものづくり大学」をタイにつくろうということで設立されました。また、2008年にはチェンマイ大学に日本研究センター(http://cmujpsc.blogspot.com/)が設立され、バンコク以外の都市でも日本研究が広がっている様子がうかがえます。今回のスピーチコンテストも、そうした状況を反映して、大盛況でした。(バンコクのチュラロンコン大学やタマサート大学などでは以前から日本研究が盛んに行われていましたが、地方都市の大学にも日本研究や日本語教育が広まってきています。)
前述のように日本とタイの関係はとても深いのですが、同時に現在のタイでは、日本のみならず韓国や中国の企業や政府関係機関も積極的に進出しており、日本の存在感が相対的に低下してきているように見受けられます。そのため、日本の大学や企業、政府関係機関は、泰日工業大学やチェンマイ大学のような教育機関との関係も、これからさらに大切にしていかなければならないと強く感じています。
留学生との交流を通して
1月末から2月初旬にかけて、フィリピン、カンボジア、タイへの出張が続きました。これらの出張は、私が勤務する上智大学と国際機関(ユネスコやアジア開発銀行)との間の連携を深めることや、各国の大学(チェンマイ大学やカンボジアの王立プノンペン大学)との関係強化を目指すことが目的でしたが、もうひとつ大切な業務がありました。それは、各国の高校を訪れて、日本への留学を希望する優秀な高校生たちに、上智大学への進学を勧めるというものです。
今回、チェンマイやプノンペンの高校を訪問し、先生方とお話をするなかで、日本でのさらなる留学生受け入れへの期待とともに、最も優秀な学生たちの多くがいまだに欧米(とくに英語圏)への留学を志望する状況と、中国や韓国の大学が東南アジアの学生たちを積極的に獲得しようと乗り出してきている勢いを、改めて強く実感しました。とくに、中国や韓国が非常に積極的に支援や交流に乗り出してきているなか、日本がこれまで築き上げてきたネットワークの優位性も、やはり揺らいでいると言わざるを得ません。
こうした状況のなか、日本がアジアにより多くの友人をつくるとともに、日本人学生たちがアジアのなかでの自分たちの役割などを見つめなおしたりするうえで、やはりアジアからの留学生を積極的に受け容れることは重要だと思います。そして、多くの国の学生たちと交流を深めるためにも、しっかりとした論理力を身につけ、堂々と議論し合える若者たちが日本に増えていくことを願っています。
娘がもう少し大きくなったら、一緒に東南アジアの友人たちのところを訪れ、この地域のダイナミックな様子を肌で感じてもらいたいなと考えています。親バカですが、そのときこそ、きっと娘の「論理力」が大いに活かされるのではないかなと期待しています。