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抗体検査の意味 

榊原 洋一(CRN所長、お茶の水女子大学名誉教授、
ベネッセ教育総合研究所常任顧問)

2020年5月15日掲載

最近、世界各地から住民の新型コロナウイルスへの抗体検査の結果が報道され、実際に新型コロナウイルス感染症に罹った(PCR陽性)患者数の数十倍の数の住民が、新型コロナウイルスに対する抗体をもっている可能性があることが話題になっています。以前本コーナーで、PCR検査で陽性でも症状がない不顕性感染率は、陽性患者さんの17.8%であるという、横浜港に停泊していたクルーズ船の船客を対象とした調査結果についてご報告しましたが、多くの読者の皆さんはこれらの結果の間の齟齬に首を傾げておられると思います。

今回は、抗体検査とPCR検査の違いについてご説明し、こうした数字の上での矛盾をどう考えるか説明いたします。

まずPCR検査は体内にウイルス(抗原)が現在存在しているかどうか、という検査です。感染があるかどうかを知る、最も直接的な方法です。

一方、抗体検査は、その人の体内に新型コロナウイルス(抗原)に対する抗体ができているか(正しくは、抗体価が上昇しているか)知る検査です。これは、現在ではなく、過去に新型コロナウイルスがその人の体内に入ったかどうかを知る検査です。抗体価が上昇している人の体内では、新型コロナウイルスは急激に減少しているか、すでに存在していません。

抗体価が上昇するには、体内に新型コロナウイルスが侵入した時期から2週間程度時間がかかります。

たとえば米国カリフォルニア州・サンタクララ郡での抗体検査では、抗体価が上がっていた人が2~4%いたと報告されています。これは新型コロナウイルス感染がサンタクララ郡で始まってから、2~4%の人に感染が起こったということになります。サンタクララ郡の人口は192万人とありますから、4~8万人の人が過去に感染を起こしていたことになります。これはサンタクララ郡の現時点(2020年4月末)の感染者約2,000人の20~40倍に相当します。この場合の新型コロナウイルス感染とは、症状のある感染者と症状のなかった(つまり不顕性感染)の両者のことです。サンタクララ郡の調査では、無症状のボランティアに検査が行われたので、対象者は皆症状のなかった不顕性感染であると考えたくなります。

新型コロナウイルス感染を起こした人は、無症状から重症肺炎、そして死亡まで、症状に大きな幅がありますが、ごく軽症の人はたとえば、少し喉が痛かっただけ、あるいは微熱があった、あるいは味覚嗅覚異常があっただけという程度です。前述の抗体検査を受けた「無症状」のボランティアの中には、こうした人が相当数含まれている可能性が高いのです。こういう人は、発熱が4日以上続いたり、呼吸困難になったりするという典型的な有症状患者ではありませんし、もちろん全く症状のない不顕性感染者でもありません。ちなみに横浜港に停泊していたクルーズ船での調査では、微細な症状についても有症状者として分類されています。

抗体価が上昇するためには2週間以上かかりますから、まだ新型コロナウイルスの爆発的感染が起こっていなかった時であれば、ちょっと喉が痛い、微熱がある、味覚異常などの微症状の人は、医療機関にもかかっておらず、感染者としてカウントされていなかった、あるいは医療機関でも普通の風邪と診断されていたのではないかと推測され、当然PCR検査も受けていません。

このように現時点での感染者(PCR陽性)の17.8%が不顕性感染であることと、これまでに新型コロナウイルスにかかった人(不顕性感染者+微症状患者)が2%いることは、微症状であったために医療機関にかかっていない人が多数いれば、必ずしも矛盾してはいないのです。とはいえ、こうした説明だけでは納得いかない方も多いと思います。実は抗体検査そのものにも以下に説明するような問題点があるのです。

最近のニュースでは、ニューヨーク州では抗体陽性者がもっと高く、14%だったと伝えています。これも不顕性感染と症状が軽微だった人が、症状のある患者さんの何十倍もいたことになります。抗体をもっている人の数が一定の値(60%)となると、その地域は集団免疫を獲得したとされ、流行はそれ以上広がらなくなりますので、これらの報道が正しければ、新型コロナウイルス感染症の終焉が見えてきたことになり歓迎すべきことです。

しかし、ウイルスや免疫学の研究者の中からは、こうした抗体検査の結果に対して多くの疑義が出されています。世界で最も権威ある科学雑誌の論評では、サンタクララ郡やその他の地域で行われた抗体検査の結果が科学的信頼性に欠けると批判しています。

一つはサンプリングの方法です。サンタクララ郡の抗体検査では、SNSで検査希望者を募って検査しています。その結果、無作為抽出ではなく、自分自身が感染しているのではないかと疑って応募した人の比率が高かった可能性があることが指摘されています。

サンプリング以上に問題があるとされているのが、抗体検査法そのものです。検査法が新型コロナウイルスだけに反応する率のことをその検査法の「特異性」と呼びますが、通常の抗体検査法では、特異性は99%位あるのに対して、今回の抗体検査では90%程度の特異性しかない検査キットを使ったために、他のウイルス(たとえば風邪を起こす旧型のコロナウイルス)への過去の感染を新型コロナウイルスの感染と判定してしまったのではないか、という批判です。

これまでに様々なウイルスの抗体検査法を開発し販売しているアメリカの大手製薬会社が、これまでに使用されている複数の新型コロナウイルス抗体検査法は当てにならないと異例のプレス発表を行ったのも、そうした背景があるからです。

こうした問題も近いうちに決着がつくと思いますが、私たちは数字に迷うよりも、まずは手洗いや不要不急の外出を避けることを励行して、新型コロナウイルスにかからないようにすることが肝要です。

筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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