東日本大震災で被害が甚大であった大槌町は、岩手県中部・三陸海岸沿いに位置し、人口1万5,277人、世帯数5,674世帯で高齢化の進んだ(老年人口割合30.8%)、年々人口が減少しつつある町です(平成22年国勢調査、平成17年国勢調査)。今回の津波の浸水範囲は海岸線から最大2km、住民の10%以上の方が命を失ったと推定されています。そのため、住民の現住所、健康状態、生活状態の把握ができず、どのような支援が必要かすら見定めることができませんでした。
そこで、大槌町の元保健師である鈴木るり子氏が仲介役となり、町の依頼を受けた全国保健師教育機関協議会の呼びかけで、全国から保健師等ら141名(延べ560名)が駆けつけ、ボランティアで4月23日から5月8日まで住民の全戸訪問をしました。訪問の目的は、大槌町住民の健康状態や生活状態を把握して、必要な支援につなげることや、津波で流された住民基本台帳を復旧することでした。本稿では、今回の訪問で出会った子どもや家族について述べると共に、子どもに焦点をあてた被災地で必要な支援について考えたいと思います。
今回訪問した中で、家族から「子どもたちは、昼間は元気に友だちと遊んだりしていて一見変わらない様子なのですが、夜になったり、サイレンを聞いたりすると、泣いたり、おびえたりすることがある。子どもの言葉遣いが荒くなったり、攻撃的な態度になるので困っている」という相談がありました。また、母親を亡くした親戚の子どもを預かっている家族では、「自分の子どもが親戚の子どもに気を使い、自分自身の不安な気持ちを言えなくなっているようで心配だ。どう接していったらいいのか分からない」という訴えがありました。
私たちは、家族に対応方法やケアを伝えたり、心のケアのためのパンフレットを渡したり、必要な場合は専門的な相談に結びつけましたが、この背景には親自身の問題もあることが推測されました。例えば、親からは、被害にあった家の片づけ・生活の調整で奔走しなくてはならないこと、暮らしや医療に関わる町の状況が日々変わり、情報を得ることにすら困難があること、経済的にも大変苦しいことなどが話されました。血圧の上昇、ストレスの増強、家族や仕事を失ったことで途方にくれ、飲酒量が増加したなどの相談もありました。
これらのように今回の訪問で、子どもは、体験は様々でも、それぞれに傷ついていることが分かりました。また、親は子どものSOSを察知してはいましたが、親にも余裕がなく、子どもへのケアにまでは手がまわっていないということでした。言い換えれば、社会からの支援が必要だということです。今後は、引き続き子どもの心の状態を注意してみていく、と同時に、子どもに関わる親・保育所や学校の先生たちご自身の心身の健康を回復させるための支援も必要です。また、子どもの心のケア方法を伝えていくこと、安心した生活をつくるための社会福祉、更に、行政からのタイムリーで十分な情報提供も急がなくてはなりません。
現在の大槌町では地震や津波により、大人たちも深く傷ついています。社会としては、役場、町の中心部が津波にさらわれ、学校や保育所は閉鎖され、行政のトップである町長も亡くなってしまいました。そのため、子どもの心の状態を支える大人や社会の機能全体が低下していました。このような状況下では、外部からの親身で長期的かつ計画的な支援が不可欠だと考えられます。
一方、私たちの家庭訪問の間、大槌町の多くの住民から大槌町福祉課の保健師さんについて、「○○さんはどうしていますか?」と尋ねられました。このように町の保健師と住民のつながりの強い地域です。このつながりの強さは、町の再生につなげていくことができると、一戸一戸の家庭を訪問し、ひとりひとりにお会いして健康や生活の状態をうかがいながら思いました。家族と地域、そして子どもたちが本来の力を回復するまでには長い道のりがあると思います。しかし、今回の訪問は子ども自身、子どもを支える家族、そして町への支援であり、子どもを支える仕組みの回復の第一歩であったと思います。町の再生を心から願っています。