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連載「ドゥーラ ~その役割と実践・北米を中心に~」第1回 「ドゥーラ ~その役割と実践」

要旨:

既存のドゥーラに関する文献を収集・検討した内容を紹介する連載「ドゥーラ」は、これまでにおこなわれてきたドゥーラに関する研究の変遷、ドゥーラの出産に与える効果、ドゥーラをとりまく状況やドゥーラの経験について、10回に分けてまとめるものである。第1回では、ドゥーラの言葉の由来、定義、必要となった背景、ドゥーラの3つの種類、活動内容について述べる。

本原稿は、2005年10月からCRN研究室内で連載予定の「ドゥーラ(仮称)」の第1回目にあたる。この連載では、既存のドゥーラに関する文献を収集・検討した内容を紹介する。具体的には、これまでにおこなわれてきたドゥーラに関する研究の変遷、ドゥーラの出産に与える効果、ドゥーラをとりまく状況やドゥーラの経験について、10回に分けてまとめる予定である。なお、本連載では、チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)所長の小林登先生ほか多くの方にご助言をいただく予定である。

 

 

1. はじめに

ドゥーラとはもともとはギリシア語で「女性を援助する女性、奴隷(women's servant)」を意味し、現在では妊娠、出産、育児を援助する女性のことをいう。分娩監視人、分娩付き添いなどと同義である(クラウスら,1993)。主に陣痛・分娩期の女性とその家族に付き添い、マッサージ、励まし、情報提供などいろいろなかたちでエモーショナルサポート(注1)を提供する。もともと人類学者のDr. Dana Raphaelがこの言葉を周産期ケアの分野に紹介したのをきっかけに、小児科医Dr. KlausやDr. Kennellらによりその効果が世界各地で研究されてきた。ドゥーラに関する研究は、ドゥーラ組織の発達と同様、北米でもまだ新しい分野である。日本では小林登が1977年以来ドゥーラを紹介している(小林, 1977; 1981; 1990; 1992; 2004; Raphael, 1977)。また、竹内と大阪府立助産婦学院教務が、クラウスとケネルによる本、「マザリング・ザ・マザー-ドゥーラの意義と分娩立ち会いを考える-」を翻訳しており、欧米におけるドゥーラの実践活動や初期の研究結果について詳しく説明している(1993)。その他、日本各地でドゥーラのコンセプトをとりいれた活動がされている。著者が調べた範囲では、「ドゥーラ・フレンズ」という妊娠・出産・母乳育児を支援する大分の学習グループや、株式会社ジャパンベビーシッターサービスが産後のサービスをドゥーラサービスと名づけたものなどがある。また、JPE(日本周産期環境研究所)は出産時サポートに関する活動をしており、その一環としてドゥーラサポートを取り入れている。来年2月よりドゥーラ養成講座も開講するという。しかしドゥーラについての日本語での情報はいまだ限られており、研究もほとんどされていないようにみえる。

これまで多くの文化人類学者が注目してきたように、出産は文化に強く影響される現象である。日本とは社会文化的背景の異なる諸外国で発達しつつあるこの新しい職業を、どう日本に取り入れていくべきだろうか。ここで紹介していく情報が、日本の周産期ケアに生かされることを望む。

(注1)ドゥーラサポートをひとことでどう呼ぶかについては、明確な定義がないため難しい。多くの英語論文では psychosocial and physical support(社会心理的・身体的サポート)ということばがよく使われ、1)励ましや情報提供(心理的)、2)付き添い(社会的)、3)医学的なケア(血圧測定や胎児心音聴取など)以外のタッチ、マッサージ、指圧や体位の工夫など(身体的)を指
す。しかしこの3つはばらばらではなく、エモーショナルサポートを中心に、タッチやマッサージ、付き添いという行為が付随してくると考えられる。



2. ドゥーラが必要となった背景

医療システムが整っていない発展途上国の地域ではいまだ自宅分娩が主流であるが、近代に入って、出産は世界中で医療化されてきた。日本では昭和30年代(1950年代半ば)以来急激に出産が医療化され、出産場所は従来の自宅から医療施設へ移り、周産期死亡率や新生児死亡率が激減した。現在では95%以上の分娩が診療所または病院で行われている(母子保健の主なる統計,2002)。出産の医療化により、点滴や会陰切開、帝王切開などの医療処置が増えただけでなく、病院では感染予防や医療処置のしやすさなどの見地から、自宅出産のように自由に家族や友人に囲まれて過ごすことが禁じられることが多くなった。多忙な医師や助産師、産科ナースが1対1でお産に継続的に付き添うことは少なく、産婦は陣痛中に一人で過ごさなければいけなくなった。過剰な医療処置と、エモーショナルサポートの不足が、医療化された出産の弊害であるといえる。

アメリカにおける出産の医療化の波は日本より早く、1800年代に帝王切開、無痛分娩、抗生物質使用などの技術が発達するとともに出産場所は医療施設に移り始め、1920~1930年代以降本格的になり、戦後にほぼ完了した。1940年頃にはまだ約50%の出産が自宅で行われていたが、1955年には95%の出産が病院で行われていたという(Leavitt, 1986)。日本では伝統的な産婆制度は法によって保護されていた歴史があるが、アメリカにおける各地の助産婦(lay midwives)は1760年代の産科医の台頭と同時に衰退し、医療化された出産は完全に医師の管理下で行われるようになった。帝王切開率が高くなり、オキシトシン(子宮収縮剤)投与、無痛分娩などの医療介入が常習化し、人工ミルクの普及によりほとんどの女性が母乳育児をやめてしまった頃から、過剰な医療介入に対する疑問が上がり、自然出産を求める声が高くなった。夫立会い分娩、ラマーズ法、水中出産など出産を乗り切るための新しい方法が紹介された。本格的な助産師制度の普及とともに、1970年代頃からチャイルドバースエドゥケーター(出産準備教育を行う専門家)やラクテーションコンサルタント(母乳育児を指導する専門家)など、自然出産や母乳育児を推進する新しい職業が生まれた。ドゥーラもその流れを汲んで生まれた。現在でもドゥーラに関する法律や州で定めた免許の規定などはなく、DONA (Doulas of North America) International, ICEA (International Childbirth Education Association), ALACE (Association of Labor Assistants and Childbirth Educators), CAPPA(Childbirth and Postpartum Professional Association)などの組織がそれぞれの理念をもち、ドゥーラの養成、認定、活動管理や研究を行っている。分娩ナース、チャイルドバースエドゥケーターなど関連専門職の経験を持つ女性がさらにドゥーラのスキルを身につけることも少なくない。ドゥーラの養成プログラムについては別の機会に紹介する。

夫の付き添う分娩とドゥーラサポートの関係についても触れておきたい。自然出産への回帰とともに、夫が出産に付き添い、分娩に立ち会うことが奨励されるようになった。夫は産婦を励まし、マッサージをするなどのサポートを行う。夫はドゥーラになれるのだろうか?Chapmanによる、分娩に付き添う夫の役割についての調査研究によると、夫は産婦に頼られ誘導する役割 (coach)よりもむしろ、何かあったときに目撃する役割 (witness)や産婦とともに頑張る役割 (teammate)を積極的にひきうけていることが分かった(1992)。夫も産婦と同様に、出産に対してストレスや不安を抱えており心理的に不安定な状態であることが多いので、夫にドゥーラの役割を期待することはできないのでは、と示唆している。ドゥーラは、夫に付き添われた出産の経験をより効果的で満足の高いものにする機能を果たし、夫や家族の付き添いにとってかわるものではないという (Stein, et al., 2004)。


3. ドゥーラの種類

ドゥーラは主に3つに分類される(表1参照)。一番多いのが、プライベートドゥーラと呼ばれる、DONAなどの各ドゥーラ組織の定める規約を満たしてドゥーラになり登録しているドゥーラである。プライベートドゥーラはドゥーラ組織からの紹介、または個人的なネットワークを通じてクライエントと出会い、ドゥーラケアを提供する。働き方、ケアの内容、料金もドゥーラによってまちまちである。

2つ目の種類は、コミュニティベースのドゥーラがある。地域にドゥーラの事務所があり、ドゥーラの養成、雇用、地域に住む妊産婦の紹介など、地域密着型の活動を行う。特にそのコミュニティで改善したい健康問題をあらかじめ特定し、その改善のためにドゥーラのサポートを提供する。ドゥーラサービスの料金、ドゥーラの給与体系などは事務所が決め、分娩場所となる地域の病院との連携や調整も行う。コミュニティとは地縁によるものだけでなく、共通する何かをもつ人々の集まりのこともいう。ゲイやレズビアンの集団もコミュニティであるし、同じ地区に住んでいても、黒人と白人ではコミュニティが違ったりする。コミュニティベースのドゥーラには、ドゥーラ自身とそのクライエントとなる妊産婦が、生活様式や価値観を共有しており、それが互いの信頼関係を促すという長所がある。著者がインターンシップを行っているオフィス、Chicago Health Connection (CHC)は、DONA認定のプライベートドゥーラ養成プログラムを定期的に開催しているだけでなく、コミュニティベースのドゥーラ活動モデルの開拓者であり、全米で35の事務所がこのモデルを使ってコミュニティドゥーラを養成、活動を支援している(Abramson, 2004)。このモデルについての詳細は別の機会に詳しく紹介したい。

最後に、病院ベースのドゥーラがある。病院のサービスの一環としてドゥーラケアが設置されており、ドゥーラは病院のスタッフとして養成され、雇用され、その病院で周産期ケアを受ける女性とその家族にドゥーラケアを行う。慣れない病院という施設でリラックスできない母親と病院スタッフのコミュニケーションを助けることもドゥーラに求められる役割である。その点、病院に所属するドゥーラは医師や助産師をよく知っており、施設にも精通している。1980年代に始まる主に医師によって行われたドゥーラの効果研究はほとんどがこの病院ベースのドゥーラの原型であった(Kennell, et al., 1991; Klaus, et al., 1986; Sosa, et al., 1980)。中国のいくつかの病院ではこのタイプのドゥーラサービスが提供されている(注2)(小林,2004)。

注2:著者が2005年9月にインターネットで検索した限りでは、上海、北京、杭州の病院でドゥーラ(導楽)サービスが提供されていることがわかった。たとえば水中出産が約9万円、ドゥーラサービス約3万円など、裕福な層をターゲットとしたVIPサービスの一環として設定されているようであった。


4. ドゥーラの活動

先にも述べたように、ドゥーラの活動内容はその所属や個人により大きく異なるが、分娩期ドゥーラの場合、母親が妊娠期にドゥーラを探すことが多い。電話訪問や家庭訪問を通じて妊娠期から分娩準備や関係作りを開始することもある。分娩期ドゥーラのケアは入院と同時か、陣痛開始や破水などをきっかけに開始され、児の誕生、または退院後まで継続的または間欠的に付き添う。料金はケアの内容、ドゥーラの経験、クライエントの支払能力に応じて設定される。医療保険は適応されない。

ドゥーラが活動する際には、母親や家族との信頼関係だけでなく、病院の医療スタッフとのチームワークも重要である。しかし、比較的新しく、まだ専門職としての地位を確立していないドゥーラが、分娩期のケアで独自の存在を認められることは難しいのが現状で、いくつかの研究では、医師や助産師からの尊敬や信頼が得られないことが一番の悩みであることも明らかになっている(Adams & Bianchi, 2004; Lantz, 2005)。この話題については別の機会にとりあげたい。

妊娠期、産褥期のドゥーラも発達しつつある。妊娠期では分娩準備が、産褥期では育児・家事、母乳育児の援助が主となる。産後の入院期間が1-3日と短いアメリカで産褥期のサポートはニーズが高い。ヘルパーのように母親の手足となって働くドゥーラもいるし、母親が自立してできるように相談や指導を中心としたケアをするドゥーラもいる (Mallak, 2005)。妊娠期・産褥期のドゥーラサポートに関する実験研究は現在ないため、この連載では出産時のドゥーラサポートについて検討していく。


謝辞

この原稿は小林登先生(東京大学名誉教授・国立小児病院名誉院長・CRN所長)のご指導のもとに作成しました。インターンシップ先の指導者Dr. Susan Altfeldには主にアメリカの情報を提供していただき、台湾からの留学生Ms. Pei Yun Tsaiには中国でのドゥーラサービスについて調べる際にお世話になりました。Dr. Altfeldには、本原稿で取り上げている内容に関してサマリーを頂戴しました。ぜひこちらもご覧ください。(Dr. Altfeldによるサマリーはこちらから

参考文献

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Adams, E.D., Bianchi, A.L. (2004). Can a nurse and a doula exist in the same room? International Journal of Childbirth Education, 19 (4), 12-15.

母子保健の主なる統計.(2002).東京:母子保健事業団.

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各団体のホームページ

DONA International http://www.dona.org/

ICEA http://www.icea.org/

ALACE http://www.alace.org/

CAPPA http://www.cappa.net/



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