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【日本】遊びによって21世紀型スキルを育む優れた実践を、継続・発展させるために(第5回ECEC研究会講演録⑤)

河邉 貴子(聖心女子大学教授)

2016年1月15日掲載
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【イングランドの実践から得た気づき】
日本でも包括的家族支援としてのECEC改革を

私は、日本のECECについてお話しします。

まず、椨先生(イングランド)、金先生(韓国)、松浦先生(オランダ)、水野先生(スウェーデン)の講演を私なりに振り返り、日本との共通点や相違点、日本への示唆を考えてみたいと思います。私は子どもの生活や遊びの充実について研究しているので、先生方が紹介・提案されたECECの制度や保育者の養成などについて、子どもの立場に身を置いて聴いていました。

イングランドについては、椨先生もおっしゃっていたように、政府が本気になれば、制度を短期間で大きく変えられることを実感しました。頼もしく感じる半面、「万が一、民意による歯止めが利かなくなったとしたら......」と考えると恐ろしさも覚えます。それはともかく、イングランドが行った包括的家族支援としてのECEC改革は、日本のECECのこれからを考えるうえでとても参考になるでしょう。

また、就学準備教育の早期化の弊害も、日本としては他人事ではありません。というのは、まだ鉛筆が持てないほど幼い頃から読み書きを学び、学習意欲が低下する子どもは、日本でも見られるからです。これについては、日本の保育者やECEC研究者は以前から警鐘を鳴らしていますが、国民的な議論が行われるように、もっと広く、強く訴えて世論の関心を高めていきたいと思います。

【韓国の実践から得た気づき】
理想と現実とのギャップをいかに埋めるかが今後の課題

韓国のECECの現状は、日本のECECと非常に近いと感じます。両国ともに、国のガイドラインとしては、子どもの生活を重視し、幼児期にふさわしい生活を大切にすることを謳っています。恐らく、そのことの重要性も、ほとんどの保育者が認めるはずです。しかし、掲げられた理念は、ECECの現場で必ずしも十全に展開されているとはいえないと思います。いわば、理想と現実とのギャップがあるわけです。それをいかに埋めていくかが、日韓両国の共通課題の1つだと、私は考えます。

私が以前見学した、韓国・ソウルの幼稚園では、オール・イングリッシュで教育活動が行われていました。就学前に英語教育を行ってほしいという保護者の声に応じた結果でしょうが、果たして本当に子どもにとって幸福なことなのか、私には疑問があります。英語教育は、程度の差はあっても、恐らく東アジア全域の園で多く行われているはずです。もちろん、日本も例外ではありません。

【オランダの実践から得た気づき】
目指すべき幸福の方向性についての議論を

オランダについては、国民の市民性の高さに感銘を受けました。市民性の高低は、ECECの充実を考える時に避けられない論点でしょう。

また、幸福とは何かということも、考えさせられました。ECECが「就学準備型」でありながら、オランダの子どもが高い幸福感を得られるのはなぜでしょうか。それは、子どもの生活が総じて幸福だからではないかと感じました。保護者が自分を幸福だと思っているかどうかによって、子どもの幸福感は大きく左右されます。多くの保護者が自分の生活に幸福を見いだしているからこそ、幸福だと思う子どもが多いのではないでしょうか。

一方、日本は世界屈指の経済的繁栄を誇りながらも、約20分に1人が自殺しています。つまり、物質的には豊かだけれど、必ずしも多くの大人が幸福であるとはいえないと思います。そこで、「生活が総じて幸福だ」と日本の子どもも思えるように、国全体で幸福の形というものを共有しなければならないでしょう。幸福とは何かを定義することは難しいでしょうが、自分たちが目指すべき幸福の方向性、理想の幸福感について、私たち国民がしっかり話し合う必要があるのではないでしょうか。

【スウェーデンの実践から得た気づき】
子どもにも保育者にも良い環境の整備が求められる

スウェーデンについては、子育てを支える成熟した社会の在り方が、強く印象に残りました。そうした社会は、子どもにも保育者にも過ごしやすい環境が整えられています。つまり、子どもにとって良い保育環境が、働き手にとって良い職場環境にもなっているということです。

一方、日本の多くの保育者は、長時間労働や休みの取りにくさなどが以前から指摘されているように、素晴らしい職場環境で働いているとは言えないでしょう。保育者は、子どもの日々の変化を最も身近で見取り、成長に寄り添う存在です。保育者が疲弊するような環境では、どのようなECECを実現しようとするにせよ、理想は実現できないと思います。そのため、子どもにとって良い環境に加え、保育者にとって良い環境をも包括的に追究していく必要があると思われます。

【日本のECECの長所】
遊びを通して子どもを育てるという伝統

日本のECECについて見ていきましょう。

日本のECECの現場では、保育者1人が同時に見る子どもの数は3歳以上の場合全国平均25人ほどではないかと思います。大人数ですから、1人ひとりの子どもが別々のことをしていては、保育者の目がしっかり届かなくなることがあるかもしれません。そこで役立つのが、子どもが小さな集団をつくって遊ぶという、日本のECECの文化です。

日本のECECは、子どもが集団をつくって落ち着いて遊べる空間を整え、集団での遊びに向いたテーマを生み出しながら、遊びを通して総合的にねらいを達成する活動に、100年以上前から力を入れています。

子どもは遊びを通して、自分を取り巻く世界と自分との関係に意味を見いだします。言い換えれば、子どもは遊びによって、対象や対象とのかかわり方、対象とかかわる自分自身について学べるわけです。これは、批判的思考力や問題解決力、コミュニケーション能力といった21世紀型スキルを育成することに直結します。つまり、日本のECECは世界最先端の実践を以前から積み重ねているのです。恐らく、スウェーデンのECECも日本と同じ方向を向いているのではないかと思われます。

さらに、保育者は子どもの気持ちに寄り添い、子どもがしたいと思っていること、子どもに必要なことを考え、保育・幼児教育の長期的な計画を立てています。これも、日本のECECが世界に誇る伝統的実践であると言えるでしょう。

【日本のECECの課題と今後】
子どもの認知的・非認知的能力の両方を伸ばすために

今お話しした日本のECECの長所は、もちろん国のガイドラインでも重視されています。ところが、近年はガイドラインが有名無実の存在になりかねない事態になっています。例えば、子どもの認知的な力を伸ばすことばかりに注力する園が増えた結果、自分のやりたいことに耳をすますという経験をせず、大人の言うことを聞かなければならないということだけを学習して小学校に上がる子どもが増えているのです。

認知能力の育成に特化した早期教育の背景には、「子どもは大人が教えなければ育たない」という教育観、子ども観があります。しかし、日本の子どもは遊びを通して自ら気づき、学んできました。もちろん、そこには保育者や保護者のかかわりが大きな役割を果たしたでしょうが、子どもは自ら育つ力を備えていると、私は考えます。

一方、ただ遊んでさえいれば子どもは育つという情緒主義的な教育観、子ども観も根強くあります。これにも、私は疑問を感じます。というのは、子どもの考えをガイドする、子どもに気づきを促すように声を掛ける、子どもが学びを深められるような環境をつくるといった大人の働き掛けがあったほうが、子どもは伸びるからです。

認定こども園ができた今、「保育・教育」という表現をよく目にするようになりました。また、幼保連携型認定こども園教育要領・保育要領には、「保育」と「教育」の関係についての概念整理についてなされてはおらず、ただ法律上の説明しか書かれていません。保育と教育の概念が曖昧なまま、新しい制度が根づきつつあると感じます。このままでは、保育とはただ預かって生活すること、教育とは集めて何かを教えることという、誤った理解に基づいた実践が以前よりもっと広く行われることになりかねません。例えば、登園時刻である朝10時までは、早めに登園した子どもが自由に遊び、10時以後は保育者が子ども全員を集めて「教育」を始めるという園が、一部で既に見られます。

日本のECECは、子どもが生活の自立を学びつつ、認知的な能力も非認知的な能力もともに伸ばす、世界的にも非常に優れた取り組みを行ってきました。先ほどお話ししたように、私たちが先輩から受け継いだ活動は、21世紀の今も古びないどころか、グローバル社会にこそ求められる力を総合的に育めるのです。ただ、それを実践する園は少なくなりつつありますから、今のうちに対策を考えなければ、やがて伝統はただ理念だけ残り、現実に対する力を失った画餅と化してしまうでしょう。

ここから盛り返していくためには、他国の実践を参照し学ぶ一方、地域社会や家庭との関係を強化し、保育内容の見直しと充実、保育者の資質向上について絶えず考察を重ねていく必要があると考えています。



※この原稿は、第5回ECEC研究会「世界の保育と日本の保育②~4カ国との比較から日本の保育の良さを探る~」の講演録です。

編集協力:(有)ペンダコ

筆者プロフィール
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河邉 貴子(かわべ たかこ)
聖心女子大学文学部教育学科教授。東京学芸大大学院教育学研究科修士課程修了。東京都公立幼稚園において12年間教諭として保育に携わった後、都立教育研究所(現東京都教職員研修センター)幼児教育研究部指導主事などを経て、現職。主な研究テーマは、保育記録の在り方や遊び援助論。日本保育学会理事、「幼稚園における道徳性の芽生えを培うための事例集」作成協力者などを歴任。主な著書に『保育記録の機能と役割~保育構想につながる「保育マップ型記録」の提言』(聖公会出版)など。

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