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【不安障害】第1回 子どもの不安障害

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2011年3月11日に東北地方を襲った地震と津波による大災害が去ってすでに3年が経過しましたが、未だに地震を経験したり、津波の画像を見るだけで、その当時の恐ろしい記憶がありありと思い浮かび、冷や汗が出たり、動悸を感じたりする心理的な反応が残っている子どもや大人がいます。このような心理的反応には「外傷後ストレス症候群(PTSD)」という名前がついていることは、ご存知の方も多いと思います。

この外傷後ストレス症候群は、精神病理学的には「不安障害」という障害の一つとして分類されています。ストレスの多い現代、多くの大人が不安障害に苦しんでいますが、子どもも例外ではありません。不安障害には、上記の外傷後ストレス症候群だけでなく、パニック障害、強迫性障害、特異的不安障害など様々な類型があり、その全貌を理解するのは容易ではありません。

本稿では数回に分けて、子どもの不安障害の概念と個々の類型について分かりやすく解説します。

今回は不安障害の概念についてのお話です。

不安を感じる脳内の仕組み

脳には様々な働きがあることは誰でも知っています。手足を動かす「運動」、見たり聞いたり味わったりする「感覚」、さらに「記憶」や、他人の気持ちを理解する「社会性」など、すべて脳の働きによります。ここにあげた脳の働きには一つ共通点があります。それはその脳内の担当部位が、大脳の皮質にあることです。大脳皮質は、脳の表面のせいぜい5ミリ前後の薄い皮のような部分で、ここに多数の神経細胞が集まっています。脳の内部は、皮質の神経細胞から出た細長い神経繊維が大部分を占めています。

では不安を感じる脳の部位はどこにあるのでしょうか。大脳皮質をくまなく調べても、不安を司る部分は見当たりません。なぜなら、不安を感じる脳の部位は、大部分が神経繊維で占められている脳の内部に、神経細胞が島状に集まった「扁桃体」とよばれる部分であることが分かっています。

大脳皮質にその中枢がある働き(運動、感覚、記憶)は、私たちが自分の意思で働きかけることができます。手足を動かしたり、目をこらして目標物を見たり、昔のことを思い出したりするのは、そうした働きかけによるものです。しかし、大脳表面の皮質ではない扁桃体には、私たちは働きかけることができません。私たちの意志が及ばない部位に不安の中枢はあるのです。

不安は生存に不可欠

意志が及ばないということは、不安の中枢は私たちの意志とは独立して働いているということになります。

不安の中枢も私たちの意志によって働きかけることができれば便利なような気がします。次回以降に述べますが、有名な「高所恐怖症」も不安障害の一つです。もし、不安に対して私たちの意志で働きかけることができれば、高い所に上っても理性的に「決して落ちることはないから、安全である」と働きかければ、不安は解消することができます。しかし高所恐怖症の人は、どんなに理性で安全であると分かっていても、不安は解消されないのです。これも不安を感じる中枢が、理性の座である大脳皮質から独立しているからです。

なぜそんな不便なことになったのでしょうか。それは、不安の中枢である扁桃体が、私たちの意識が理性的判断を下すより先に、不安の原因である「危険」を察知して、素早く逃避や反撃などの行動を起こさせる働きを持っているからです。

例えば山道を歩いていて足下に蛇のようなものが急に現れたとします。私たちは、びっくりしてとっさに後方に飛び退きます。同時にぞっとして恐怖のあまり鳥肌が立ち、心臓がドキドキします。しかし、飛び退いた直後に、目の前の蛇のようなものは、蛇ではなく木の枝であることに気がつくのです。この木の枝であることに「気づく」のは私たちの意識(理性)の働きです。このように扁桃体は、私たちの意識が「理性的」に判断を下すより早く、とりあえず飛び退いて危険(の可能性)から身を守る行動を起こさせるのです。心拍が早くなるのも、鳥肌がたつのも、扁桃体が私たちの意志とは別途に自律神経の中枢に送った危険信号によって引き起こされる現象です。

このように不安の中枢は、私たちの意識とは別途に私たちを危険から守る仕組みでもあるのです。そして、この仕組みがうまく働かなくなるのが不安障害なのです。

次回から、不安障害の個々の類型について解説します。

筆者プロフィール
report_sakakihara_youichi.jpg榊原 洋一 (CRN所長、お茶の水女子大学大学院教授)

医学博士。CRN所長、お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめての育児百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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