アスペルガー症候群の子どもたちの第一特徴は、他人の気持ちや場の雰囲気を読み取ることが苦手なことです。
私たちが他人の気持ちを知るには、どのような方法を使っているでしょうか。最初に思いつくのは言葉による気持ちの伝達です。「私はあなたのことが好きです」「あなたに腹を立てています」「あなたの態度が気に入りません」といった言語による伝達は、正確に自分の気持ちを相手に伝えることができます。アスペルガー症候群の人は、こうした直接的な言語による意思の理解は間違いなく適切に行うことができます。
では、他人の気持ちを知るのに支障はないではないか、と思われるかもしれません。しかしそうではないのです。私たちは、他人が気持ちを言葉で言い表すよりずっと敏速に、相手の気持ちを感知しています。それは他人の表情や声色によってです。にこにこしながら「あなたの態度が気に入りません」ということはまずありません。その態度が気に入らないと感じた途端に、私たちの気持ちは表情に現れます。むっつりした表情や、苦虫をかみつぶしたような表情は、隠そうと思っていても多くの場合、正直に現れてしまうのです。私たちは赤ちゃんの時から、他人の顔や表情に関心を持っています。いわば本能のようなものです。そして本能に従って、飽きることなく自分の周りの人の表情とそれに伴う言葉や行動を観察することによって、表情の持つ意味を自然に身につけてゆきます。
ところがアスペルガー症候群の人は、生まれつき他人の表情への関心が薄いのです。その結果、他人の表情が意味することを学習できません。こうしたアスペルガー症候群の人の心理的特性は、ニつの方法で確認されています。一つは、アスペルガー症候群の人が自らそのように告白しているのです。「私には他人の表情が読めない」と、直接書いているアスペルガー症候群の作家の方がおられます。私たちにとっては自明な、笑い顔や泣き顔の区別がつけられないと書いている人もいます。もう一つの方法とは、脳画像検査です。人の顔の表情を理解する中枢は側頭葉にあるといわれていますが、アスペルガー症候群の人に、さまざまな表情の顔の写真を見せても、その部分の活動が不十分にしか起こらないことが複数の脳科学研究者によって証明されています。
私たちは、社会的な場では複数の他人のさまざまな顔の表情やしぐさをみて、ほぼ一瞬にしてその人々の間にある気持ちを推察しています。街角で泣いている女性と、その女性に向き合っている男性のひきつった顔を見れば、内容は別としてその2人の間に感情的な葛藤があることがすぐに分かります。
私は仕事柄、子どもを診察して発達障害の診断名を保護者に告げなくてはならないことが多々ありますが、私の説明に対する保護者の顔つきを見ただけで、納得できていないことに気がつくことがあります。そんな場合は、さらに説明を加えて、顔つきが「分かりました」となるまでつづけることがあります。この間、保護者は一言も発していなくてもです。
読者のみなさんも、日常生活のさまざまな場所で、他人の表情やしぐさからその人の気持ちを推察する経験をしているはずです。しかし、こうした当たり前の「気持ちを読む」ことが苦手なのがアスペルガー症候群の第一の特徴なのです。表情やちょっとしたしぐさ、あるいは目配せなどから、気持ちを察することができないのです。
イギリスの有名な女流作家であるジェーン・オースティンの名作「高慢と偏見」をテレビ映画化したもの(BBC)の中に、主人公(エリザベス)の、人間関係に疎い(空気が読めない)妹が、母親の目配せの意味が理解できないシーンがあります。姉にプロポーズに来た男性の前で、姉と男性を二人だけにしようと母親が妹に目配せをするのですが、妹は「お母さん、目がどうかしたの?」と応えてしまうのです。映画では思わず笑ってしまうシーンですが、妹本人にとっては決して笑うことのできない状態です。
こうした他人の気持ちや、その組み合わせによって醸し出される「場の雰囲気」の理解が生まれつき苦手であり、その結果としてその場に「社会的に」ふさわしくない行動をとってしまうのです。周りの人からは、「この人は何を考えているのか分からない」と誤解されてしまいますが、当の本人は「どう行動してよいか分からず」困っているのです。
次回アスペルガー症候群その3では、アスペルガー症候群の第二の特徴である「こだわり」について述べたいと思います。