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第1回「放射線と子ども~正しく恐れるための知恵を学ぶ~」研究会:講演1「放射線による健康被害のとらえ方」③

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放射線の害は蓄積しない

要するに、これは放射線の害は蓄積されるのかという問題に収れんしていきます。つまり、「短時間で高線量を浴びてしまう」というのが高線量率で、これは、はなから赤信号(危険)です。だけれども、福島とか高自然放射線地域というのは、低線量率で長い年月かかって初めて高線量になるので、その間の放射線の害が蓄積されなければ、赤信号ではないと考えられます。要するに、放射線の害が蓄積されるのか蓄積されないのかが、ひとつ大きなポイントになってきます。
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その話をするためには、放射線が生物に有毒なのはなぜかというところまで立ち戻る必要があります。放射線がDNAを損傷するところです。DNAというのは、4通りの核酸残基(アデニン、グアシン、シトシン、チミン)という「文字」が数珠のように並んで遺伝情報を伝えるわけですが(つまり4進法)、放射線はDNAを切ってしまう作用があります。これが、放射線が生物に害を及ぼすときの大もとであるとお考えください。

これに対して、生物のほうも心得たもので、ちゃんと直します。1個の細胞で、もし染色体が1カ所切れるというような事件が起こりましても、数時間あればDNAをつなぎ合わせてしまう。実は、完全にはもとには戻らず、多少傷跡は残るのですが、基本的に直してしまいます。したがって、放射線によるDNAの損傷というのは蓄積しないというのが基本的な考え方です。放射線量が蓄積されて中線量や高線量になっても、放射線の与える害は蓄積されず、大丈夫だということになってまいります。

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直してしまうのだったら放射線なんか怖くないということになるのですが、「高線量率・高線量」の場合には別の問題が出てきます。これは、同時に何カ所も切れてしまうというトラブルが生じるのです。1カ所だといいのですが、例えば2カ所切れてしまったときには、つなぎ目が4つになって、正しくつながる可能性は案外低くなってしまいます。これを修復エラーと呼んでいますが、修復エラーが起きたときに、DNAの一部が入れ替わる染色体転座という、ちょっと困ったことが起きることがあります。白血病や小児の甲状腺がん、特にチェルノブイリの小児の甲状腺がんというのは、ほぼ100%染色体転座を起こしていますから、同じときに複数の場所で切れて、つなぎ合わせに失敗するということをやってしまっているのがわかります。

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こういうことが起こるものですから、「高線量率・高線量」というのはやはり具合が悪い。同じ細胞の中で同時にDNAが何カ所も切れて、どれとどれをつなぐのかわからなくなって、適当につないでしまう。そうするとエラーが起きるわけです。実はそれでも、多くの場合、エラーが起きても問題はないのですが、時にカバーできないことがありまして、そのときに、白血病や小児の甲状腺がんにつながるということがわかっています。

それに対して、福島や高自然放射線地域の「低線量率」の放射線というのは、基本的にはひとつの細胞内で、1度に1カ所しかDNAを切らないと考えています。したがって、つなぎ間違いと言った大きなエラーを起こしませんので、私どもは「低線量率・中高線量」というのは、決して危険な赤信号とは考えていません。


放射線リスクコミュニケーターを養成する

それでは最後に、広島大学のリーディング大学院の宣伝をさせていただきます。これはリスクコミュニケーションへの対応です。マスコミに、もう少しきちんとした仕事をやってもらえないものかと、この1年間、何度思ったかわかりません。科学的根拠のない間違いだらけの記事(わたしはいつも、極端に出来の悪い学生のレポートに例えます)を散々に書き散らかした一部マスコミのせいで国民の不安が増幅されるわけで、大変なマイナスからスタートする形で、リスクコミュニケーションをやらなくてはならない。しかし、研究者がリスクコミュニケーションをやれるかというと、研究者の数は本当に少ないですし、そもそも本業で忙しいということもあって、なかなかやれません。そこで、私どもは、専業の放射線リスクコミュニケーターが必要なのではないかと考え、養成を始めたのです。

「リーディング大学院」という名前がついているのですが、去年の秋ごろ、広島大学に発足いたしまして、今年の秋に第1期生が入学いたします。幸いなことに文科省の支援をいただきまして、7年間でおよそ30億円というような結構な額をいただきました。どういうシステムの大学院かといいますと、学部卒で、修士・博士の一貫コース6年というのが基本になっています。6年制の薬学部や医学部を卒業した方のための編入コースは設けていますが、基本としては学部後の6年間が基本コースです。授業料は免除しますし、生活費の支援も月10万円程度出します。それから、広島まで来ていただくということで、無料の宿舎も用意しております。

3つのコースがございまして、1つは医学・医療、放射線生物学という、いかにも放射線らしいことなのですが、もう1つのコースは環境保全や食品安全です。さらに、心理、地域社会、復興、コミュニケーション論などのコースもつくっています。決して理系の人ばかりではなくて、むしろ文系の方を大歓迎しております。コミュニケーションをはかるには、放射線のことをよく知っている専門家ならばいいというものではなく、むしろ話を聞く側に近い人が、知識をしっかりと持っていて、トレーニングを受けて、コミュニケーションをするというのが、大切な気がします。WHO(世界保健機構)やIAEA(国際原子力機関)などの国際機関での海外研修を必修にしておりますので、英語をちょっと頑張っていただく必要があるのですが、もしご興味のありそうな方が身近におられましたら、ぜひ広島大学のホームページをごらんになってください。

広島大学HP:http://www.hiroshima-u.ac.jp/lp/

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講演2に続く→
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【第1回「放射線と子ども~正しく恐れるための知恵を学ぶ~」研究会】
1.研究会の4つの方針
2.講演1「放射線による健康被害のとらえ方」(稲葉 俊哉氏)①  
3.講演2「放射性物質の乳製品への影響」(眞鍋 昇氏)①  
4.コメンテーターからの発言
5.フリーディスカッション①   
筆者プロフィール
稲葉俊哉先生稲葉 俊哉 (広島大学原爆放射線医科学研究所 副所長)

医学博士。広島大学原爆放射線医科学研究所副所長。東京大学医学部卒。埼玉県立小児医療センター、St. Jude Children‘s Research Hospital、自治医科大学講師などを経て、2001年広島大学原爆放射能医学研究所教授。2009年から現職。専門は血液学(白血病発症メカニズム、小児血液学)、分子生物学、放射線生物学。
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