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児童の創造的思考力を育むワークショップの開発

要旨:

21世紀型教育への期待が高まるなか、本研究は児童の創造的な思考力を育むワークショップを開発した。本ワークショップでは、「相手の児童を笑わせる遊びをつくる」体験を繰り返すことを通じて、創造的な思考力のうち、特に「実験する力」と「楽観する力」の習得を促進するもので、実際のワークショップの実施を通じてその効果と課題を確認した。

Keyword: 21世紀型教育,創造的な思考力,実験する力,楽観する力,プロトタイプマインド
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はじめに

慶應義塾大学経済学部・武山政直研究会の学生研究チームは、CRN(Child Research Net)との共同研究として、21世紀型教育のための新たなメソッド開発に取り組んだ。21世紀の社会では、かつてにも増してイノベーションが重視されているが、ここで言うイノベーションとは、技術革新だけを指すのではなく、事業として、あるいは社会的に意義のある変革をもたらすあらゆることを指す。ハーバード教育大学院チェンジ・リーダーシップ・グループ創設者のトニー・ワグナーは、著作『未来のイノベーターはどう育つのか』の中で、今後の社会でイノベーターに求められる能力として、「専門的な知識」、「創造的な思考力」、「モチベーション(主体性)」の3つを挙げている。本研究では、この中で、新たな教育方法の開発が必要と考えられる「創造的な思考力」に注目し、その内容については、世界的なデザインコンサルティングファーム IDEO社が提示するデザイン思考の考え方を参考に、「共感力」、「統合的な思考力」、「実験する力」、「楽観する力」、「コラボレーション力」の5つの能力として捉えることとした。そして、これらの能力を育む新たな学習方法の可能性を、特に小学生を対象に検討することとした。

本研究の手続きとして、サービスデザインの手法を応用したワークショップを複数回実施し、各ワークショップの評価に基づいて、発展的にその手法開発を行った。

第1回目のワークショップ

初めのワークショップは、NPO法人アフタースクールとの協力により小学生児童30名に対して実施したが、その内容は「創造的な思考力」と「主体性」を体験的に学ばせるものとなった。1チームに小学生5人が参加し、各チームに対して1名の大学生がファシリテーターとして加わり、進行をサポートした。ワークショップに参加した児童は、「周りを困らせるいたずらっ子にどんなゲームを創れば良い子にできるか?」という課題のもと、「誰かのために話し合い、創り、試す」という一連の流れを体験した(図1)。その結果、先に述べた創造的な思考の5つの能力の習得に関して、以下の知見が得られた。

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図1 ワークショップの流れ
けんすけ君=架空のいたずらっ子という設定。なおしたほうがいいところ、どんな子になってほしいかを考え、それを実現するためにはどんなゲームが有効か、ステップを追って考えていく。


①「共感力」
ある児童はいたずらっ子について深い理解を示し、課題意識をもってワークショップに臨んでいたのに対し、別の児童はそのような共感を抱くことが困難であった。学年が上の児童の方が下級生の児童よりも他者理解が進んでいたことから、「共感力」は児童の発達段階によって異なる可能性がある。

②「統合的な思考力」
ゲーム制作の段階では、児童はアイデアを次々と出し、具体化することができた。一方、物事を抽象化し、論理的に考えることは困難であった。集中力が途切れてしまう児童も多く見られた。

③「実験する力」
実際に何度もアイデアを試し、改善を行ったチームと、そのような試行錯誤を経ずにゲームを完成させたチームで、遊びづくりの成果に差が生じた。試行錯誤を繰り返したチームの方が児童間の意見交換が活発となり、最終的に良いゲームが出来上がった。

④「楽観する力」
ゲームという児童に身近なものが題材であったことから、児童は楽しんでワークショップに取り組むことができ、また自らのアイデアがファシリテーターによって上手く遊びづくりに反映されるという体験が、児童の「楽観的」に課題解決へ取り組む姿勢を促進した。

⑤「コラボレーション力」
上級生は他のチームメイトの意見に耳を傾け、理解する努力を行っていたが、下級生は自分の意見の主張に終始する傾向が見られた。

これらの結果から、創造的な思考の5つの全ての能力を、本ワークショップであらゆる児童に体感させることは困難であるものの、「実験する力」と「楽観する力」を養うワークショップ設計には大きな可能性があり、更なる方法開発の余地があると考えた。

第2回目のワークショップ

第1回のワークショップをふまえ、第2回のワークショップでは、そのねらいを、「実験する力」と「楽観する力」の養成に絞り、それらの能力を特に「プロトタイプマインド」と呼んで、その能力育成のためのワークショップを設計し、実施した。参加者は少人数に限定し、小学1年生、2年生3年生それぞれ1名ずつ、全3名の児童が参加することとなった。3名の児童を2人と1人に分け、それぞれのチームに2人の大学生がファシリテーターとして加わった。「相手を笑わせる遊びをつくる」というテーマのもと、各チームの児童たちは、相手チームの児童の行動や感情を考えながら、自分たちの創意工夫で新しい遊びを考案し、実際に相手チームの児童たちにそれで遊んでもらい、笑いの程度を確認し、感想をもらうこととした。その結果をもとに、遊びを改善し、再び試すというステップを繰り返し体験した。その際、ジャーニーマップと呼ばれる、体験を視覚的に表現するマップの作成を通して、自分たちの遊びが改善されていくプロセスを実感した(図2)。このワークショップを合計2回行った。

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図2 ジャーニーマップによる遊びの改良

事後インタビュー

その1ヶ月後、児童と両親へのインタビューを通して、ワークショップの感想や、その後の生活への影響について確認した。

インタビューの結果からは、「子どもが自分で何か作る時、今までよりも積極的に人に見せて、改善点を聞くようになった」、「今まで大人の期待に応えようとしていた子だったが、ワークショップで行った内容には答えがなかったので、自由な発想ができて楽しそうだった」、「子どもが長い文章を書く時、今まではなんとなく書いていたのでダラーッとした文章になっていた。しかしワークショップ後、それぞれのシーンを分解して、個別で考え改善できるようになり、文章を書くのが格段にうまくなった」、「物事を順序立てて考えられるようになった」、「子どもたちがワークショップを楽しんでいたのがよかった。勉強しているという印象は全然なく、遊びと学びがとても両立できていると感じた」といった意見が得られた。

考察とまとめ

これらの評価を通じて、自ら創ったものを相手に見せて改善を繰り返す体験は、児童の"実験する力"を伸ばすきっかけとなり得ると考えられる。また、正解のない課題に対して自由な発想で取り組む体験も、新たなことへ挑戦する積極性を育む可能性がある。また、遊びをそのステップに分けてジャーニーマップを描くことが、ものごとをその要素に分解して、順序立てて考えるという手続き的な思考力を伸ばす機会にもなり得ることがわかった。その一方で、"楽観する力"に関しては、児童たちの性格に関わる部分が大きいという印象を受けた。

本研究では、これらのワークショップから得られた知見をまとめ、小学生児童のプロトタイプマインド育成のためのワークブックと、本研究の活動記録をまとめたWEBサイトを作成し、さらに21世紀型の児童教育をテーマとするオンラインコミュニティを設置した(図3)。ワークブックは、上記に述べたワークショップを誰もが開催できることを期待して、そのステップをわかりやすく記載した。オンラインコミュニティでは、facebookグループを設け、21世紀型の児童教育の可能性や課題についての意見投稿を促している。Webサイトには、本研究の目的からワークショップの開催まで、様々な資料をまとめて公開している。これらの情報共有によって、21世紀型教育へのさらなる関心や研究開発が広まることを期待したい。

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図3 プロトタイプマインドのWebサイト
http://kegeducation.webcrow.jp


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実験する力と楽観する力を育むデザインラーニングの可能性(慶應義塾大学 経済学部教授 武山政直)

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