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ワークショップの意義と課題 - 教育工学からのアプローチ -

上田 信行 (同志社女子大学 教授)

2005年8月26日掲載

要旨:

筆者のワークショップとの最初の出会いは、大学院でのユニークな授業だった。それは、徹底的なInstructional Design(ID)の手法を使って大成功をおさめた典型的なプロダクトであるセサミストリートの制作過程を吟味しつつ、これからのこども向けテレビ番組のデザインの方法を学ぶものであり、教育工学的アプローチそのものが有効だと証明する最もパワフルな見本であった。番組の開発モデルはIDであるが、カリキュラムデザイン、制作、構成的な評価、すべてがワークショップを通して作業が進んでいたというところに、教育工学がワークショップにどうアプローチできるかという今回のテーマを考える上での一つの材料になるだろう。

<図>今回、ワークショップの意義と課題というテーマをいただいた時、私がワークショップをどんなきっかけで始めたかを振り返ってみるいい機会だと思ってシンポジウムに参加させていただくことにしました。このレジュメを書くに当たっていろいろと考えてみますと、そのルーツが30年前にさかのぼるということに気がついて私自身も驚いています。このシンポジウムに参加してくださっている人の中にはまだ生まれていない方もいらっしゃると思いますが、私が「こどもとテレビ」ということに関心を持ってアメリカで学んでいた頃のことです。その時の大学院でのユニークな授業がワークショップとの最初の出会いでした。TV Practicumという授業で、当時、教育とテレビ界で大旋風をおこしていたセサミストリートの制作過程を吟味しつつ、これからのこども向けテレビ番組のデザインの方法を学ぶものでした。この授業は金曜日の夕方から始まり月曜日のお昼に終わるという実験的な試みで、それが隔週で一学期間つづくというものです。ものすごくハードだけれど楽しいものでした。当初の授業計画はカリキュラム的に他の授業時間とバッティングさせないための配慮だったと思うのですが、結果としては、この集中的なワークショップ型の授業が成功したのだと思います(30年も前なのにその時の授業風景が今も鮮明に残っていることがいかにすごかったかを物語っています)。しかも、その全てがビデオでドキュメントされていて(おそらく全て文字化されていたのではないかと推測されます)、授業のリフレクションに使っていたのでしょう。この授業自体に、財団からお金がでていて、講師陣も豪華な顔ぶれでした。

 

セサミストリートは、3つの専門家集団のコラボレーションによって制作されています。コンテンツの専門家集団(発達心理学者、幼児教育の専門家、絵本作家など)、プロダクションの専門家集団(こども向けテレビプロデューサ)、リサーチの専門家集団(パイロット番組改善のためのフォーマティヴ・リサーチの専門家)の3チームです。それぞれの専門家集団のチーフ・アーキテクトが一人ずつ講師をつとめ(3人のチーム・ティーチング)、授業には毎回アメリカ中から研究者やアーティストを招待するという贅沢な授業です。一日の授業は3つのフェーズから構成されていて、朝は、ゲストスピーカーの作品をみてレクチャーを受けるというセッション。午後は、学生たち(教育学部の大学院生30名ぐらい)が5,6名のチームになって与えられたテーマ(その時は、ヴィジュアル・シンキング)を実現するための「TV番組の企画書を作成する」という作業にあてられます(もちろん、そのときのゲストや先生方もいっしょになって作業をすすめる)。夜は、ゲストを囲んでパーティが開かれるという、私にとっては信じられないような授業でした。それが、金曜日から月曜日まで毎日つづくという刺激的な授業デザインになっていたのです。今、この地点でこの授業を振り返ってみますと、私がそれ以後実践してきたワークショップの多くの要素がこの授業の中に埋め込まれていたことに気がつきました。学生たちが新しい番組企画を生み出すというクリエイティブな作業をコアにして、ゲストによる先端の情報提供と作品群の批評、パーティでのゲストやセサミの制作者たちとのインフォーマルな会話や出会いがうまくブレンドされた授業デザインだったのです。この授業の魅力は、学生たちに提供者側が既に知っていることを伝えるというものではなく、大学院という制作現場を離れたところで、授業の全ての参加者が「こどもとテレビ」をどうデザインするかという大きなゴールに向かって協同作業をするというところにあります。授業は、創造的に立ち現れてくる「まだ見ぬゴール」を探し出す楽しさに夢中になれる場になっていました。授業デザイナーの意図としては、授業の目標を明細化してシステマティックに何かを教えようとしていたのではなく、プロフェッショナルな人々と学生が出会い、作業を共にすることによって何か新しいアイディアが生まれてくる学習環境を実現しようとしていたと思われます。


 
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みなさんがよくご存知のようにセサミストリートは、徹底的なInstructional Design(ID)の手法を使って大成功をおさめた典型的なプロダクトで、教育工学的アプローチそのものが有効だと証明する最もパワフルな見本でした。その設計モデルもCTW(Children's Television Workshop)モデルと呼ばれ、計画、実施、評価、改善という教育工学の研究者にとってはこれほどの美しいモデルはないくらい完璧なものでした。しかし、ニューヨークのセサミのスタジオでの制作風景は、出演者やプロデューサたちが集まりわいわい言いながら、まさに番組づくりというワークショップを行っていたのです。セサミの集団が、チルドレンズ・テレビジョン・ワークショップと呼ばれていたのもうなずけます。番組の開発モデルはIDだけれども、カリキュラムデザインも、制作も、構成的な評価も、ワークショップを通して作業が進んでいたというところに、教育工学がワークショップにどうアプローチできるかという今回のテーマを考える上での一つの材料になるのではないかと思い、この文章を書きました。

--追記---
この文章は、2005年6月18日に東京工業大学で行われた日本教育工学会が主催する2005年度の6月シンポジウムにて発表された内容を転載したものです。

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