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【実録・フィンランドでの子育て】 第16回 フィンランドのインクルーシブ教育(4)

要旨:

この連載では、教育・福祉先進国と言われ、国民の幸福度が高いことでも知られるフィンランドにおいて、日本人夫婦が経験した妊娠・出産・子育ての過程をお伝えしていきます。フィンランドに暮らすって本当に幸せなの? そんな皆さんの疑問に、実際の経験を踏まえてお答えします。第16回の今回は、フィンランドの公立小学校にある特別支援学級の様子についてご報告します。

キーワード:

フィンランド、インクルーシブ教育、特別支援学級、教育、福祉

<本稿について>
※CRN編集部より:インクルーシブな社会を目指すために、今年度は世界各国の子育て現場の事例を収集しています。日本で展開するインクルーシブ教育の現場の課題解決にヒントになればと願っています。
本コーナーでは、フィンランドカナダBC州ノルウェードイツNZ、インドなどの園や学校現場の取り組みをご紹介します。

第15回の記事で、インクルーシブ教育推進の流れを受けて、フィンランドでは特別支援学校の数を減らしつつあると述べました。その流れに対応して、個別の対応が必要な児童生徒を受け入れる特別支援学級が地域の学校に設置されています。私はコロナ禍前の2017年に数日間、自分が住むユヴァスキュラ市の公立小学校にある特別支援学級で実習をしたことがあります。少し前の情報になりますが、特別支援学級の活動の様子や、実習を通して感じたことについてお伝えします。

学校と特別支援学級の基本情報

私が実習に訪れた学校は、1年生から6年生が在籍する、日本でいう小学校で、各学年3クラスずつという、ユヴァスキュラ市では一般的な大きさの学校です。当時その学校には、特別支援の資格をもつ教員が6人常勤で働いており、うち2人はクラス担任をもたずに学校全体の特別支援に対応する先生でした。他4人はそれぞれ小グループの特別クラスの担任を受けもっており、大まかに学年で1〜3年生のクラス、4〜6年生のクラスという風に分けられていました。その4クラスの中でも、個別の指導が必要だけれども、従来の学習指導要領に則ってカリキュラムが組まれているクラス(2クラス)と個別のカリキュラムで授業を行なっているクラス(2クラス)に分かれていました。私は、個別のカリキュラムで授業を行う4〜6年生のクラスに配属になりました。このクラスの児童は、すべての子どもが三段階支援(第14回記事参照)の中の「特別支援(Special support)」を受けており、個別の支援計画(Individual Educational Plan: IEP)のもとにそれぞれ独自のカリキュラムが組まれていました。クラス体制は、おおよそ6、7人の児童に対し、クラス担任が1人と支援員が3人、常に居るような形でした。クラス担任の特別支援教員が、全員の子どものIEPを立てる責任があり、子どもや保護者、支援員や他の専門家の意見を聞いて計画を立てているとのことでした。

児童の中には、その地域に住んで歩いて登校している児童もいましたが、タクシーを使って遠方から来ている児童もいました。フィンランドは、基本は学区制で、自宅から一番近い学校に通いますが、人口に対して非常に国土の広い国ですので、一番近くの学校でも歩いて通えない場合や、事情があって遠方の学校に通う場合には、通学のタクシー代が公費で賄われます。フィンランドはできるだけ地域の学校に特別支援学級を配置して、個別の支援が必要な子どもも地域の学校に通えるようにすることを目標としていますが、まだ全ての学校に特別支援学級があるわけではなく、遠方の学校に通わざるを得ない子どももいる、と当時のクラス担任の先生は話してくれました。

特別支援学級が使う教室と1日の流れ

このクラスは、メインで授業を行う教室の他に、つい立てが立てられソファーが設置されたくつろげるスペース、工作を行う小さな部屋、パソコンが数台置いてあるパソコンルームの4つのスペースに分けられていました。児童の中には、一人で落ち着く時間が必要な子や、その日のコンディションによってザワザワした音に敏感になってしまう子がいたので、そうした子が一人で作業に集中したり、気持ちを落ち着けたりできるよう、十分なスペースが設けられている印象を受けました。

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教室の様子

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くつろぎスペース

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パソコンルーム

一日の流れは、日本の特別支援学校や特別支援学級でも見られるように、視覚的なスケジュール表が掲示されています。朝の活動を一緒に行い、その後は、各々のカリキュラムに合わせて個別や小グループで活動する、という流れでした。このクラスの子どもたちのうちの半分は、週に3回通常学級のクラスに行って、一緒に受けられる授業を受けているとのことでした。残りの半分は、全ての時間を特別支援学級で過ごしていました。フィンランドでも、インクルーシブ教育を推進する流れですが、かといってその子が学ぶ環境が整っていない状態でのフルインクルージョンには慎重な姿勢を感じました。

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スケジュール表

印象に残っている出来事(個人の特定を防ぐため、細かな内容は変更してあります)

ひとつ、非常に印象に残っている出来事があります。実習期間中、一人の児童が通常学級の授業に参加するのに付き添うことになりました。その子(Aくんとします)は、学習能力にバラツキがあり、国語や英語は個別のカリキュラムが必要ですが、算数は実年齢より3学年下の内容をナショナルコアカリキュラムに沿って学習している、というお子さんでした。Aくんは3学年下のクラスに入っていくと、自分の席に座りました。小学生で3学年下の子どもたちですから、体格の差はかなり目立ちます。しかし、周りの子どもたちも特に気にする様子もなく、「やぁ、Aくん」と挨拶をして、授業が始まりました。授業が始まると、Aくんは分かるところは手を挙げたり、時には隣の子どもに分からないところを聞いたりしながら、特に付き添いの私の力を借りることもなく、授業に参加していました。私はこの授業を見ながら、なるほどと膝を打ったのを覚えています。日本では、少なくとも私が心理士として働いていた当初は、特別支援学級の子が交流級に行くというと、必ず自分の年齢に合った学年のクラスに行くことが多く、自分の学年の学習内容では難しいがために、特に教科の授業に関しては交流にいくのが難しいというのを見ていたからです。しかし、学年という枠に囚われず、その子の能力に合った学年に交流に行くようにすれば、日本でももっと交流の機会は増えるのではないか、と考えた出来事でした。

一方で、これまでも書いてきたように、インクルーシブ教育を考えるにあたっては、文化的・社会的背景も考慮しなければなりません。フィンランドはもともと、人間関係がフラットで、年齢による上下関係という考え方があまりない、という文化的な特徴があります。ですから、子どもたちも先生のことを下の名前で呼びますし、子ども同士も年上年下関係なく、名前で呼び合って仲良く遊ぶ姿が見られます。こうした文化の下だからこそ、体格が一回りも二回りも大きいAくんが通常クラスに来ても、当たり前のように受け入れられる素地ができているのだと思います。日本のように、年齢による上下関係を重んじ、学年という枠組みが強い学校文化では、このような対応をするのは難しいのかもしれないとも思いました。このように、他国の取り組みをそのまま輸入することはできませんが、考え方を取り入れて、日本にあった形にカスタマイズしていく柔軟性が必要と感じています。

実習を通して感じたこと

以前、カナダ人の友人がフィンランドの学校を見て、「フィンランドはフルインクルージョンじゃなくてガッカリした」と話をしていたことがあります。確かに私が実習に行ったクラスにも、全く通常学級に行かずに、100%分離教育を受けている児童が何人かいました。とはいえ、通常学校の中に特別支援学級があることで、ランチルームは一緒に使いますし、行事なども一緒に行います。毎日同じ生活空間にいる中で、お互いに少しずつ知り合う機会ができているのではないかと思います。フィンランドは、フルインクルージョンが最終的な目標の形だけれども、その子がきちんと学べる環境が通常学級に整わないのであれば、無理にインクルーシブにしない、という考えです。個人の成長を大切にするという方向性は、日本も同じだと思いますので、お互いの国の取り組みから学び合える点があるのではないかと考えています。

筆者プロフィール
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矢田 明恵(やだ・あきえ)

フィンランド・ユヴァスキュラ大学博士課程修了。Ph.D. (Education)、公認心理師、臨床心理士。現在、ユヴァスキュラ大学およびトゥルク大学Centre of Excellence for Learning Dynamics and Intervention Research (InterLearn) ポスドク研究員、東洋大学国際共生社会研究センター客員研究員。
青山学院大学博士前期課程修了後、臨床心理士として療育センター、小児精神科クリニック、小学校等にて6年間勤務。主に、特別な支援を要する子どもとその保護者および先生のカウンセリングやコンサルテーションを行ってきた。
特別な支援を要する子もそうでない子も共に同じ場で学ぶ「インクルーシブ教育」に関心を持ち、夫と共に2013年にフィンランドに渡航。インクルーシブ教育についての研究を続ける。フィンランドでの出産・育児経験から、フィンランドのネウボラや幼児教育、社会福祉制度にも関心をもち、幅広く研究を行っている。
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