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【実録・フィンランドでの子育て】 第14回 フィンランドのインクルーシブ教育(2)

要旨:

この連載では、教育・福祉先進国と言われ、国民の幸福度が高いことでも知られるフィンランドにおいて、日本人夫婦が経験した妊娠・出産・子育ての過程をお伝えしていきます。フィンランドに暮らすって本当に幸せなの? そんな皆さんの疑問に、実際の経験を踏まえてお答えします。第14回の今回は、2010年にフィンランドで導入された三段階支援について、インクルーシブ教育の観点からご報告します。

キーワード:

フィンランド、三段階支援、インクルーシブ教育、特別支援、教育、福祉

<本稿について>
※CRN編集部より:インクルーシブな社会を目指すために、今年度は世界各国の子育て現場の事例を収集しています。日本で展開するインクルーシブ教育の現場の課題解決にヒントになればと願っています。
本コーナーでは、フィンランドカナダBC州ノルウェードイツNZ、インドなどの園や学校現場の取り組みをご紹介します。

第12回のフィンランドのインクルーシブ教育(1)の記事では、フィンランドのインクルーシブ教育の根底にある考え方と大まかな歴史、インクルーシブ教育の対象は誰なのかについてお伝えしました。そこでも書いたように、インクルーシブ教育への考え方や進め方は、その国の宗教的な価値観や歴史、文化、経済的背景などに大きな影響を受けるため、その国のインクルーシブ教育を理解するためには、様々な角度から見ていく必要があります。フィンランドの場合、1970年代に行われた教育改革によって、各学校にクラス担任をもたない特別支援に特化した教員(以下、特別支援教員と表記)が常駐するようになり、2010年には三段階支援というシステムが導入されました。今回は、その三段階支援とはどういうものなのかについてお伝えします。

三段階支援が導入されるまでの流れ

特別支援教育の枠組みでは、三段階支援が導入される以前の1997年の教育基本法の改訂により大きな変化がありました。これまで福祉領域の管轄に置かれ、分離教育しか受けることができなかった重度の障害をもつ児童生徒も、通常学校で教育を受けることができるようになったのです。これにより、教育領域において特別支援を必要とする子どもの数は2000年代に急増しました。この流れを受けて、大きな自治体10カ所の教育関係者たちが集まって、この増加に伴う教育現場における混乱や懸念、学校における許容範囲などについて意見を表明し、2006年に報告書にまとめました。この報告を受けて、当時の教育省は長期的な特別支援を発展させるための戦略を考える運営委員会を立ち上げ、2007年には特別支援に関わる教育基本法改訂の初期案が出されました。同時に2007年から2010年の間に、教育省から支援を受けた自治体の様々なプロジェクトが、独自の特別支援教育に関する戦略を立て、早期介入や特別支援に関する教員研修を行い、その結果を教育省に報告しました。こうした自治体から上げられた実践報告結果をもとに、改訂教育基本法の最終案が国会で承認されたのが2010年でした。この改訂の目玉が三段階支援の導入であり、この多段階的支援は、アメリカ合衆国ですでに実践されていたRTI(教育的介入への反応:Response-to-Intervention)をモデルにしたものでした。

以前、フィンランド人研究者とこの流れについて議論をしていた際に、「フィンランドではこのように自治体の教育関係者の声が教育省を動かし、さらには法律の改定と新しい教育システムの導入にまで導いた。このようにボトムアップで教育制度を変えていくことができたことは誇りに思っている」と語っていたのを印象深く覚えています。人口554万人という小さな国だからこそ、現場の声に耳を傾けながら迅速に教育改革を行うことができるのではないかと思います。

三段階支援の内容

三段階支援の大きな目的は、より早期の発見・介入を行い、学習や学校生活につまずきを感じる全ての子どもに支援を提供できるようにすることです。支援の第一段階は「一般支援(general support)」と言われ、全ての子どもが対象になります。支援の必要性が感じられた時点で、すぐに開始されます。その内容としては、補習授業や特別支援教員による授業中のサポートや取り出し授業(通称パートタイム特別支援)などが含まれます。この支援は一時的なものと考えられ、特別な書類を作成する必要はなく、どのような支援を受けたかを統計的に報告する必要もありません。

支援の第二段階は「強化支援(intensified support)」と言われ、一時的な支援では十分でないと考えられた場合に提供されます。まず、担任や特別支援教員、保護者などによる教育的アセスメントが行われ、ある領域(例えば算数や国語など)に特化した学習計画(learning plan)を立てることになります。この学習計画は数週間から数ヶ月の短期的な期間を目標に立てられ、その期間が来たら今一度アセスメントを行い、このまま強化支援を継続するのか、止めるのか、それとも更なる支援が必要なのかを話し合うことになります。

第三段階は「特別支援(special support)」と言われ、強化支援では十分でないと考えられた場合に提供されます。この段階では、広範なアセスメントに基づく教育的書面の作成と、学校長を含むリーダーシップチームからの承認が必要になります。この段階では、より詳細な個別教育計画(Individualized Education Plan: IEP)が立てられ、それに沿って支援を行うことになります。特別支援学級に在籍するためには、この特別支援を受ける承認を受けている必要があります。


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注: Finnish National Board of Education (2016)を参考に著者が作成


2018年の統計では、この強化支援を受ける子どもの数は全体の10.6%、特別支援を受ける子どもの数は全体の8.1%と報告されています。さらに、第12回の記事で紹介したパートタイム特別支援は全ての段階で受けることができ、そのパートタイム特別支援を受ける子どもの数は全体の22%と言われています。また、特別支援を受ける子どもたちのうち、完全な分離教育(特別支援学級または特別支援学校でのみ授業を受ける)を受ける子どもの数は35.5%で、それ以外の子どもたちは過ごす時間の差はあれ、何らかの形で通常学級に在籍しています。

三段階支援の課題

早期発見・早期介入という目標を達成するためには、このモデルはとても有効なように思えますが、様々な課題も指摘されています。例えば、この三段階支援の導入により、教員の仕事がさらに増えたという声や、軽度のケースにも介入することで、本当に特別支援を必要とする子どもが見過ごされるリスクがある、という指摘もあります。加えて、新しく導入された第二段階については、いつ強化支援を子どもが受けるべきかは明確に法律で定められておらず、学校ごとにその実践が任されているという現状があります。第二段階に限らず、各段階でどのようなサポートを提供するべきかという明確なガイドラインはなく、地域や各学校によって実践はまちまちであるというのが実情のようです。

これは、フィンランドの学校システムそのものの特徴とも関連していると考えられます。フィンランドでは、学校や教員の自律性(autonomy)を非常に重んじるため、そもそも教育実践自体がその地域や学校によって異なります。教師や学校が信頼されているという部分では長所とも言えますが、明確なガイドラインがなく、各学校で良い実践(あるいは失敗例)があったとしても、それを学校間で蓄積したり共有したりする術がない、というのも課題の一つです。各地域や学校の実践を集約し、学校同士で共有したり、教材などを互いに使えるようにする機関が必要であると指摘されています。

保護者としてみる三段階支援

現在のところ、私の子どもは強化支援または特別支援を受けていないため、実際どのようなプロセスでそれらが提供されるのかを体験してはいません。しかし、毎学期始めに行われる保護者会では、必ず娘のクラスを担当する特別支援教員の先生の紹介があり、どのような関わりをしていくのかという説明と、何か相談したいことがあればいつでも連絡してください、というアナウンスがあります。さらに、娘の話を聞いていると、友達の中には、その先生から週何回か個別の指導(すなわちパートタイム特別支援)を受けているお子さんもいるようです。だからと言って、娘やクラスメイトがそのことを特別に感じている様子もありません。日本では、特別支援を受けると聞くと「障害がある」というレッテルを貼られる、と感じる保護者の方も少なくないように思いますが、こちらでは、必要な支援は受けた方がいいし、受けたからといってその子が特別なわけではない、という雰囲気があるように感じます。子どもにとっても親にとっても支援を受けるハードルが低いのは、支援を受けるのに医療機関等からの診断が必要ない、というところも大きく関わっているのではないかと思います。



参考文献

  • Björn, P. M., Aro, M. T., Koponen, T. K., Fuchs, L. S., & Fuchs, D. H. (2016). The many faces of special education within RTI frameworks in the United States and Finland. Learning Disability Quarterly, 39(1), 58-66.
  • Eklund, G., Sundqvist, C., Lindell, M., & Toppinen, H. (2021). A study of Finnish primary school teachers' experiences of their role and competences by implementing the three-tiered support. European Journal of Special Needs Education, 36(5), 729-742.
  • Finnish National Board of Education. (2016). National Core Curriculum for Basic Education 2014. Helsinki, Finland: Finnish National Board of Education.
  • Pesonen, H., Itkonen, T., Jahnukainen, M., Kontu, E., Kokko, T., Ojala, T., & Pirttimaa, R. (2015). The implementation of new special education legislation in Finland. Educational Policy, 29(1), 162-178.
  • Yada, A. (2020). Different processes towards inclusion: A cross-cultural investigation of teachers' self-efficacy in Japan and Finland. JYU dissertations.
    https://jyx.jyu.fi/bitstream/handle/123456789/67827/978-951-39-8073-3_vaitos_2020_02_28.pdf?sequence=1


筆者プロフィール
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矢田 明恵(やだ・あきえ)

フィンランド・ユヴァスキュラ大学博士課程修了。Ph.D. (Education)、公認心理師、臨床心理士。現在、ユヴァスキュラ大学およびトゥルク大学Centre of Excellence for Learning Dynamics and Intervention Research (InterLearn) ポスドク研究員、東洋大学国際共生社会研究センター客員研究員。
青山学院大学博士前期課程修了後、臨床心理士として療育センター、小児精神科クリニック、小学校等にて6年間勤務。主に、特別な支援を要する子どもとその保護者および先生のカウンセリングやコンサルテーションを行ってきた。
特別な支援を要する子もそうでない子も共に同じ場で学ぶ「インクルーシブ教育」に関心を持ち、夫と共に2013年にフィンランドに渡航。インクルーシブ教育についての研究を続ける。フィンランドでの出産・育児経験から、フィンランドのネウボラや幼児教育、社会福祉制度にも関心をもち、幅広く研究を行っている。
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