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【実録・フィンランドでの子育て】 第15回 フィンランドのインクルーシブ教育(3)

要旨:

この連載では、教育・福祉先進国と言われ、国民の幸福度が高いことでも知られるフィンランドにおいて、日本人夫婦が経験した妊娠・出産・子育ての過程をお伝えしていきます。フィンランドに暮らすって本当に幸せなの? そんな皆さんの疑問に、実際の経験を踏まえてお答えします。第15回の今回は、フィンランドで特別な目的を持って設置されている特別支援センター(学校)ヴァルテリについてご報告します。

キーワード:

フィンランド、インクルーシブ教育、特別支援学校、特別支援センター、教育、福祉

<本稿について>
※CRN編集部より:インクルーシブな社会を目指すために、今年度は世界各国の子育て現場の事例を収集しています。日本で展開するインクルーシブ教育の現場の課題解決にヒントになればと願っています。
本コーナーでは、フィンランドカナダBC州ノルウェードイツNZ、インドなどの園や学校現場の取り組みをご紹介します。

1997年のサラマンカ宣言以降、フィンランドもインクルーシブ教育推進の流れに乗り、特別支援学校の数を徐々に減らしつつあります。そんな中で、国立の特別支援センター(学校)は閉鎖されずに残っています。それは、学校としての機能だけでなく、地域をサポートする支援センターとしての役割を担うためです。今回は、フィンランドで多様な役割を担う特別支援センター(学校)ヴァルテリ(Valteri)についてご報告します。

特別支援センター(学校)ヴァルテリ

フィンランドには、全国の6つの地点に国立の特別支援センター(学校)ヴァルテリが設置されています。これらのセンターは、フィンランド教育庁(Finnish National Agency for Education)の管理下で運営され、特別な使命をもって設立されました。これらのセンターには学校と特別支援センターが統合されており、同じ建物の中にあります。学校には毎日子どもたちが通ってきて、その教育を行いますが、もう一つの主要な目的は地域の学校に対するコンサルテーションや教員が特別な支援を実践できるようトレーニングを提供することです。自治体、学校、児童生徒、およびその家族からの要請があれば、支援を提供し、実際にはフィンランド全体の自治体の70%がヴァルテリを利用しているそうです。ヴァルテリには、教員、心理士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士など、550名以上の専門家が所属しており、そのうちの約3分の1がヴァルテリ内の学校に通ってくる子どもたちの教育に従事しています。残りのスタッフは地域学校のコンサルテーションなどの任務に従事しています。ヴァルテリは、幼児期から義務教育終了後の子どもたちという幅広い年齢層に向けた支援を提供し、現在は約2,500人の子どもを支援しており、そのうちヴァルテリの学校に日常的に通学する子どもは約13%(310人ほど)だそうです。すなわち、それ以外の子どもたちは、地域の学校に通いながらヴァルテリの支援を受けていることになります。

ヴァルテリの支援内容

ヴァルテリでの支援プロセスは、まず自治体、学校、児童生徒、またはその家族からメールでの要請を受けて、カウンセリング訪問から始まります。カウンセリング訪問では、子どもや学校の状況を観察し、自治体に訪れて話を聞くなどして問題を評価します。必要に応じて、カウンセリング訪問だけで終了することもあります。その後、アセスメントに基づいて、長期的なサポートが必要と判断された場合、通常は1週間から6週間のサポート期間が設定されます。このサポート期間の介入は多岐にわたり、子ども個人やその家族にアプローチすることもあり、教員や学校長、学校全体のコンサルテーション、教員へのトレーニング、場合によっては教育委員会への介入も行われます。子どもは、自分の在籍する学校でサポートを受けることもありますが、必要に応じてヴァルテリに来て専門家の支援を受けることもあります。サポート期間が終了すると、支援の結果を評価し、必要に応じて追加のサポートが提供されます。サポートを受けるための費用は、子どもやその保護者が負担する必要はなく、国または自治体から支払われます。

ヴァルテリ・オネルヴァ校

筆者が住むユヴァスキュラには、6つのヴァルテリのうちの一つ、オネルヴァ校があり、インクルーシブ教育に興味がある筆者は度々訪れています。ここはもともとユヴァスキュラ市に存在した国立の視覚障害学校と聴覚障害学校が2013年に統合し、2015年に新しく建物を建て替え、オネルヴァ校として再オープンしたものです。広大な敷地に建設された校舎は、約2千9百万ユーロ(日本円にして約46億円)をかけて建てられ、非常に斬新なデザイン性に富んでいます。

report_09_478_01.png 学校の外観

建設に際しては、学校のスタッフだけでなく、子どもたちの意見も積極的に取り入れ、様々なニーズに対応した設計が行われたそうです。例えば、聴覚過敏の子どもたちに対応して、ホールのカーテンには音を吸収する素材が使用され、ランチルームのテーブルの裏にも音を吸収する素材が設置されていました。さらに、視覚障害をもつ子どもたちが理解しやすいように、各階ごとに特定の色が壁に塗られていたり、自分の位置を把握できるように、場所の位置を知らせる音がスピーカーから流れていました。 校内には、教室だけでなく、理学療法・作業療法のためのプレイルーム、プール、木工室、図工室、音楽室など、様々な部屋が備えられています。

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プレイルーム
 
サイレントルーム

さらに特筆すべきは、宿泊施設が併設されていることです。フィンランドは人口550万人と少ないですが、国土は日本と同じくらいと言われています。この広範な地域に住む子どもたちを6つのヴァルテリでサポートする必要があります。一部の子どもたちは遠方から支援を受けに来るため、宿泊施設が併設されています。また、義務教育を終えた子どもが自立生活を始めるための訓練を受けるため、または家族が休息を取るために子どもを預けることもあります。宿泊施設を利用するための費用も子どもと保護者が負担する必要はなく、公的な資金から支払われます。

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宿泊施設各部屋への廊下
 
学校内の各階にあるキッチン

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宿泊施設リビング

このように見ていくと、ヴァルテリセンターの支援体制は非常に充実しているように見えますが、様々な課題も存在します。例えば、近年、フィンランドでは不登校の子どもたちの数が急増しており、ヴァルテリセンターとしてこの問題にどう対処するかが大きな課題とされています。その背後には、インターネットの普及(ゲームへの依存など)、家庭の貧困化、コロナ禍の影響、インクルーシブ教育の推進に伴うリソース不足などの課題など、様々な要因があると考えられており、これまでの障害種別に応じた対応ではなく、個人の複雑な状況を配慮した対処が求められています。

ヴァルテリセンターを訪問して保護者視点で感じること

ヴァルテリセンターを日本人研究者の方々と一緒に訪問したりすると、皆さん口をそろえ「私も利用してみたい」とおっしゃいます。オシャレなデザインのカフェに理学療法・作業療法で使われる温水プールやサウナ、ジム、プレイルームなど、宿泊施設もとてもきれいで清潔でリラックスした空間が意識されて作られています。プールやジム、サウナなどの設備は働く職員ももちろん利用することができ、職員のウェルビーイングも考慮されています。

report_09_478_08.png   report_09_478_09.png
温水プール
 
ジム

広い校庭には数々の楽しい遊具が設置されていて、それらは地域の人たちも公園として利用できます。筆者の子どもも「ヴァルテリ公園」と呼んで、そこに遊びに行くのが大好きです。保護者として自分の子どもがヴァルテリの支援を受けると考えた時に、子どもが自ら「行ってみたい」「楽しそう」と思える場所であるということは保護者としても大きな安心だろうと思います。さらに、聴覚障害や視覚障害を支援するための機器も、最新のものが提供できるように、そうした機器の会社と常にやり取りするスタッフも常駐しています。

report_09_478_10.png 学習支援機器

上述したように、これらの機器や設備を利用するのに保護者が費用を負担する必要もありません。一切の費用を負担する必要がないということは、翻って、「この子の成長は国、自治体、地域、学校が一緒に考えていくから、家族だけで抱え込まなくていいよ」というメッセージを含んでいるように感じます。もちろん、個人レベルで見ていくと、支援がうまく行っていないケースも度々耳にしますし、保護者の不満はフィンランドでも存在します。一方で、すべての責任が家族、とくに保護者の負担になりがちな日本の現状を見ていると、フィンランドから学べるところも多いのではと感じています。



参考文献

  • Palmu, I. (2022). Valteri centre for learning and consulting [PowerPoint slides]. Lecture at Valteri Onerva centre.
  • VALTERI. (n.d.). Support for learning and school attendance.
    https://www.valteri.fi/en/

筆者プロフィール
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矢田 明恵(やだ・あきえ)

フィンランド・ユヴァスキュラ大学博士課程修了。Ph.D. (Education)、公認心理師、臨床心理士。現在、ユヴァスキュラ大学およびトゥルク大学Centre of Excellence for Learning Dynamics and Intervention Research (InterLearn) ポスドク研究員、東洋大学国際共生社会研究センター客員研究員。
青山学院大学博士前期課程修了後、臨床心理士として療育センター、小児精神科クリニック、小学校等にて6年間勤務。主に、特別な支援を要する子どもとその保護者および先生のカウンセリングやコンサルテーションを行ってきた。
特別な支援を要する子もそうでない子も共に同じ場で学ぶ「インクルーシブ教育」に関心を持ち、夫と共に2013年にフィンランドに渡航。インクルーシブ教育についての研究を続ける。フィンランドでの出産・育児経験から、フィンランドのネウボラや幼児教育、社会福祉制度にも関心をもち、幅広く研究を行っている。
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