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【実録・フィンランドでの子育て】 第13回 フィンランドの子育て環境

要旨:

この連載では、教育・福祉先進国と言われ、国民の幸福度が高いことでも知られるフィンランドにおいて、日本人夫婦が経験した妊娠・出産・子育ての過程をお伝えしていきます。フィンランドに暮らすって本当に幸せなの? そんな皆さんの疑問に、実際の経験を踏まえてお答えします。第13回の今回は、フィンランドにおけるキッズスペースやオムツ替えスペースなどの子育て環境について、ご報告します。また、フィンランドにはない日本の良さについても報告します。

キーワード:

フィンランド、幸福度、福祉、子育て、キッズスペース

2023年3月20日に国際的な研究組織「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク」(SDSN)による「世界幸福度報告(The World Happiness Report)」が発表され、フィンランドは6年連続で幸福度ランキング1位を獲得しました。このランキングは、GDP、社会的支援、健康度、自由度、寛容さ、腐敗の程度*などの項目について集められた情報をもとにつけられています。フィンランド人は、そこまで自分たちを幸福とは感じていないという意見も時々耳にしますが、外国人としてフィンランドに暮らしてみて、特に子育てをしていると、「ありがたいな」「子育てしやすいな」と感じることが度々あります。第6回記事で、出産に関わる手当ての手厚さを書きましたが、今回はそうした経済的な部分ではなく、身近な子育て環境がどのようになっているのかについて、お伝えしていきます。

色々なところにあるキッズスペース

フィンランドで出産し、子ども連れで様々なところに出かけるようになって驚いたのは、キッズスペースやキッズルームが行く先々で設置されていることです。私たちの住むユヴァスキュラの近辺で言うと、大きなスーパーマーケット、デパート、レストラン、サービスエリアなど、滑り台やボールプールのある規模の大きいものから、ちょっとしたおままごとスペースのある規模の小さいものまで、至るところにキッズスペースがあります。こうしたキッズスペースの使用はもちろん無料です。場所によっては、遊具だけでなくテーブルやお皿、電子レンジが備え付けのところもあり、そこで離乳食やミルクを温めてあげることができるようになっています。

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デパートの一角にあるキッズスペース

中でも、私がフィンランドに移住して一番驚いたのは、フィンランド鉄道(VR)のインターシティと呼ばれる長距離列車の中に滑り台や遊具のあるキッズスペースが設置されていることです。この列車は、首都ヘルシンキやタンペレ、トゥルクなどの地方都市をつなぐもので、私たちが住むユヴァスキュラからも各都市へ列車が出ています。日本で言うと、新幹線の中にそれなりの大きさのキッズスペースがあるようなもので、最初に見たときは感激しました。子連れ旅行で一番苦労するのは、移動中の過ごし方です。絵本やおもちゃを持ち歩くにしても限界があるし、ずっとタブレットに頼るのも気が引けるし...。そういう中で、移動しながら子どもたちが喜んで遊んで過ごせるスペースがあるのは本当にありがたいことです。さらに、この長距離列車にはレストラン車もついているので、子どもたちが飽きてきたらレストラン車に移動して、軽食を食べたりして過ごすことも可能です。また、4歳未満の幼児は保護者の膝に座るのであれば乗車料はかかりませんが、乗車券を確認にくる車掌さんは全ての子どもに「子ども乗車券」をくれます。こうしたサービスのおかげで、我が家の子どもたちは長距離列車での旅行が大好きになりました。フィンランドに子連れで旅行に来られる方で、地方都市にも足を運びたい方には、インターシティでの旅行がおすすめです。

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長距離列車のキッズスペース
 
大学にもオムツ替えスペース

乳幼児を連れてお出かけしている場合、どこでオムツを替えるかが親の頭を悩ませる大きな問題の一つだと思います。フィンランドでは、通常どの建物にも必ず一つはオムツ替えスペースのある多目的トイレが設置されています。私はフィンランドで出産し、フィンランドでしか子育てをしたことがなかったので、海外旅行をしたり、日本に一時帰国したりして初めて、「オムツ替えの場所を探すのって大変なんだ」と実感しました。

特に大きな違いを感じるのは大学の施設です。私は研究職という仕事柄、日本に帰って子どもを連れて他の研究者の方に会いに日本の大学に行く機会が時々あるのですが、オムツ替えの設備がある大学はこれまで見たことがありません。一方、私の所属するユヴァスキュラ大学やトゥルク大学では、大学の建物に必ず一つはオムツ替え台のついたトイレがあります。これはそもそも、「大学」というものの位置付けや考え方が両国で異なることも大きく影響しているかもしれません。フィンランドでは、一度働いてから大学に入って学び直しをしたり、高校を卒業してやりたいことが見つかるまで、ギャップイヤー(義務教育を終了後、進学あるいは就職をする前に、留学やインターンシップ、ボランティアなどの社会的活動をして自分が進みたいキャリアを考える期間)を過ごしてから大学に入ったりするのが一般的です。そのため、学生の平均年齢も高く、中には子どもがいる人も少なくありません。子どもを連れて授業を受けている姿なども時々目にします。また、大学は地域に開放されたもの、というイメージがあり、大学のカフェやレストランは一般の人も多く利用していますし、家族や地域の人に向けたイベントが大学の中で催されていることも度々あります。こうした、授業に子どもを連れてきても文句を言われない「寛容さ」や地域の人が思い思いに出入りできる「自由さ」がフィンランドの幸福度ランキングを1位にしている一つの要因かもしれない、と暮らしていて感じています。

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ユヴァスキュラ大学の多目的トイレ
フィンランドであったらいいなと感じる場所

上述の内容を見て、フィンランドはなんて子育てしやすい国なんだろう、と感じられた方も多いかもしれません。確かに、ネウボラでの検診や出産育児手当、残業のない職場環境など、子育てしやすいと感じられる場面は多くあります。一方で、「日本にはあるけど、フィンランドになく、あればいいのにな」と感じる場所もあります。それは「児童館」あるいは「子育て支援センターの子育て広場」のような場所です。フィンランドには、子育て中のお父さんお母さんが、その日の気分でフラッと遊びに行けるような公共施設がありません。ネウボラは個人面談をメインとしていて、予約なしに行くことは通常できません。教会や自治体が運営する「子育てサークル」のような活動はありますが、毎週何曜日の何時からという風に決まっていて、予定が合わない場合も多いです。子どもと自分のタイミングで、ちょっとどこかに出かけたいなという時に行く場所がなく、特に真冬で公園でも長くは遊べない時期は苦労しました。また、日本の児童館や子育て広場には、保育士さんのような相談できる人が常駐していることも多く、わざわざネウボラに電話して聞くほどではないけど、ちょっと子どものことで聞いてみたい、と思った時に相談できるのはとても良いシステムだと思います。このように、それぞれの国で、それぞれの国に合った形で福祉サービスが提供され、お互いの良い取り組みから学びながら、さらに発展させて行くことができれば良いのではと考えています。


* 腐敗認識指数(Corruption Perceptions Index, CPI):NGOトランスペアレンシー・インターナショナルは、世界各国の汚職の度合いを示す指数ランキングを毎年発表している。


参考文献

Yle. (2023). Finland named world's happiest country for 6th year running.
https://yle.fi/a/74-20023112

筆者プロフィール
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矢田 明恵(やだ・あきえ)

フィンランド・ユヴァスキュラ大学博士課程修了。Ph.D. (Education)、公認心理師、臨床心理士。現在、ユヴァスキュラ大学およびトゥルク大学Centre of Excellence for Learning Dynamics and Intervention Research (InterLearn) ポスドク研究員、東洋大学国際共生社会研究センター客員研究員。
青山学院大学博士前期課程修了後、臨床心理士として療育センター、小児精神科クリニック、小学校等にて6年間勤務。主に、特別な支援を要する子どもとその保護者および先生のカウンセリングやコンサルテーションを行ってきた。
特別な支援を要する子もそうでない子も共に同じ場で学ぶ「インクルーシブ教育」に関心を持ち、夫と共に2013年にフィンランドに渡航。インクルーシブ教育についての研究を続ける。フィンランドでの出産・育児経験から、フィンランドのネウボラや幼児教育、社会福祉制度にも関心をもち、幅広く研究を行っている。
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