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【スウェーデン子育て記】 第31回 子どもたちが抱える問題

スウェーデンにおける子育て環境といえば、保育園への待機児童がいないこと、両親とも育児休暇が取りやすいことなど、各メディアを通じて時折情報が日本に伝えられています。その報道の多くは、スウェーデンではいかに良い環境の中で子育てが行われているかということに注目している様子です。具体的には、子どもが生まれると父親も母親も長期で育児休暇がもらえることや、その育児休暇日数(両親合わせて480日間)は、子どもが8歳になるまでに消化すればよいので、小学校2年生くらいまで育児休暇がもらえることなど。共稼ぎが基本となっているスウェーデンの家庭は、両親が働きながら子育てがしやすい理想的な環境です。

私自身も二人の子どもをスウェーデンで育てており、共稼ぎで仕事をしながら子どもたちを小学校へ通わせています。確かにスウェーデンの子育て環境は私たち親にとっては最高です。この環境でなければ、果たして今の仕事ができていただろうかと疑問に思います。しかし改めてこの国の育児環境と子どもたちとの関係を考えてみると、当たり前のことですが、この育児環境の良さが子どもたち側の生活環境に直結しているわけではないということがわかります。親にとっては、自分の仕事と育児を両立しながら子育てができる良い環境ですが、そのおかげで子どもも小学校へ入ってから問題なく学生生活が送れる、ということではありません。学校生活を始めた子どもたちは、常に新しいことを学び、新しい経験をし、そして新しい友達をつくるといった環境にいます。大人に比べて日々の変化が激しい生活だと思います。子どもの中には、その変化にうまくついていけない子もいることでしょう。特にケアが必要な場合もあると思いますが、近年のスウェーデンの子どもたちの生活面や心のケアについては、必ずしも良い結果が出ているということではないようです。

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子どもたちの悩みとは

スウェーデンには、主に小学校、中学校、そして高校に通う年齢の子どもたちを対象に心のケアを行うBRIS (Barnens Rätt i Samhället)(資料1)という非政府組織があります。この組織には、電話やインターネットを通して子どもやその周りの大人たちから多くの悩み相談が寄せられており、BRISは数年ごとにそれをまとめてレポートにしています。2019年3月には、2016年から2018年までのまとめが発表されました(資料2)。

BRISのレポートによれば、2016年から2018年の3年間にBRISに寄せられた子ども(7歳から18歳までの就学児)に関する悩みの相談件数は約7万7500件。この相談件数は毎年増加しています。相談を寄せる子どもの約8割は女子。男子は女子の7分の1ほどで少数ですが、この性別は自己申告なので、性別を明かしたくないと明記する子や、無回答の子どもも一定数います。したがって正確な男女比はわかりません。この調査によれば、13歳から15歳までの女子からのコンタクトが一番多く、その内容は様々なようです。一番多いのが不安感などの精神的な悩み、そして家族間のトラブル、嫌がらせや暴力、学校での問題、友人間のトラブルなどと続きます。精神的な悩みにもいろいろありますが、例えば自分に自信がもてず自己嫌悪に陥る場合や、それが原因で拒食症になるケースも多く見られるとのこと。医療的な対処がすぐに必要な場合、そのケアが施されるそうですが、BRISレポートでは何よりも子どもたちとの対話の重要性を強調しています。

また、家族間のトラブルも子どもたちの大きな悩みの一つになっており、これは特に学校でのトラブルにも関わることとして重視されています。家族間の問題の例として、子どもが母親とのコミュニケーションがうまく取れないと悩んでいることが挙げられています。子どもは、母親が自分の置かれている状況を理解してくれないと悩んでおり、母親にとっての「良い子」になろうと努力しているのに認められないと訴えています。日本でも普通にありそうな悩みですが、これはスウェーデンでも同様のようです。家庭の中に、じっくり話を聞いてくれる大人がいない、というのが主な原因とされていますが、これは1980年からの調査でも明らかにされているようです。とくに、母親とのコミュニケーションがうまく取れ、なんでも話せる関係にいることが子どもの精神的な安定には最も重要とのこと。仕事や家事などの忙しさを理由につい怠りがちなことですが、私も母親の一人として、改めて子どもの話を聞く時間を大切にしようと思いました。

今回の最新のレポートのまとめとして、とくに懸念されている点は以下の3点です。

  1. 暴力を伴ういじめなどの増加。2016年から2018年にかけて、いじめや嫌がらせなどに関する相談が31%増加している。
  2. 精神的な悩みに関する相談件数は、2016年から2018年の3年間で2万8000件。自殺願望や自己嫌悪を感じると訴える件数が急激に増加している。早急な対応が必要である。
  3. スウェーデン各地にある、BRIS以外の悩み相談窓口への相談件数が増えている。地域によっては、直接立ち寄って悩みを相談できる場所が少ないところもあり、スウェーデン国内で大きな地域差ができている。子どもの身近にサポートを提供してくれる場所をつくることが必要とされている。

子育て環境が充実していると言われるスウェーデンですが、子どもの成長にともなって、大人も子どもの生活環境の変化に合わせた理解を深める努力が必要なようです。

スウェーデンは日本に比べると、個人主義の意識が高い社会のように感じます。個人の意見をしっかりもつことが重要であるとされており、それ自体は大変に良いことだと思いますが、それがまだ十代の子どもたちの生活にも当てはまるかというと、私は疑問に思ってしまいます。成人前の子どもたちには、自分の意見だけで判断する前に、相談できる相手が時には必要でしょう。これからティーンエイジャーになる娘をもつ親として、「聞く耳」をもつことの大切さを改めて認識しました。


資料1: https://www.bris.se
資料2: https://www.bris.se/globalassets/om-bris/bris-rapport-2019/bris_arsrapport2018_2019_1.pdf

筆者プロフィール
下鳥 美鈴

東海大学文学部北欧文学科卒業。ストックホルム大学で修士課程を終え、ウメオ大学(スウェーデン)で博士課程を修了。言語学博士。
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