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父親の育児休業取得について―カナダ・ケベック州の試みから―

要旨:

2015年3月に日本政府が閣議決定した「少子化社会対策大綱」は、男性の育児休業取得率を、現行の約2%から13%に上げることを数値目標として示している。カナダの保育政策は、OECD諸国のなかで必ずしも進んでいないが、これを埋め合わせる仕組みとして、日本の育児休業に相当する「親休業」制度を充実させている。特に、ケベック州においては、「父親休業」制度が整備されており、「親休業」と共に高い取得率である。

Keywords:
カナダ、ケベック州、育児休業、家族政策、雇用保険
1.父親の育児休業

日本政府は、平成22年の育児・介護休業法の改正によって「パパ・ママ育休プラス」制度を開始するなど、男性の育児参加を推進している。しかし、平成24年度統計では、男性の育児休業取得率は1.89%と低い状況である。平成27年3月に閣議決定した「少子化社会対策大綱」は、男性の育児休業取得率を、現行の約2%から13%に上げることを数値目標としている。小論では、男性の育児休業取得率が高いカナダについて、ケベック州の制度を中心に検討する。

カナダ連邦政府雇用保険制度による「親休業」(parental leave)制度では、夫婦であわせて35週間まで親休業給付金を申請できる(同性婚や養子をとった夫婦も含まれる)。この制度については、CRNサイトの「育児休暇を取る父親たち―カナダ在住の6組の夫婦の事例研究」(マレーネ・リッチー氏、2006年)に詳しく紹介されている。同レポートでは、自営業者の妻が保険未加入で権利がないため、会社員の夫が親休業を取得している例が紹介されている(レポートでは「育児休暇」と紹介されているが、ここでは原語に近い「親休業」を使う)。

  
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(写真1、2)大学の保育施設で送り迎えをする父親たち(トロント大学、オンタリオ州)

この連邦政府の雇用保険制度を発展させ、男性の育児参加をさらに高める制度を運用しているのがケベック州である。社会保障においてフランスや北欧をモデルとする同州は、今世紀に入り、子育て支援を強化する家族政策を推進している。2006年には、連邦の制度より給付率が高い「親休業給付」と「父親休業給付」制度を開始した。これによって男性の親休業・父親休業取得が進み、カナダ全体の統計値を上げていると指摘されている。

OECD諸国の育児休業制度を概観すると、二系統に分けることができる。一つは、休業中の職の保障、さらにはその間の給付などを法律や制度によって定める北欧などのタイプである。もう一方は、政府は介入せず、労使間の交渉や契約、家庭や企業の自助努力に任せる英米のタイプである。たとえば、アメリカの連邦法である「家族及び医療休暇法」(Family and Medical Leave Act, FMLA, 1993年)は、12週間の職の継続を保障するのみで給付などの規定はない。カナダも施設型保育事業については自助主義的な歴史を辿ってきたが、近年は、これを補う形で、連邦政府の雇用保険による出産休業・親休業制度を発展させてきた。

2. カナダの親休業制度

カナダの保育・幼児教育行政は州政府の管轄に属する。連邦政府は、州への資金移譲や貧困家庭への給付、また雇用保険による給付を通して子育て支援に間接的に関わってきた。1971年に、出産休業給付制度(Maternity Leave、15週間、給付率は賃金の67~75%)を開始し、1990年から親休業給付制度(Parental Leave、10週間、賃金の60%)を導入した。これらは、「失業保険法」(Unemployment Insurance Act) によるものであったが、1996年に、関係する法律の再編があり、「雇用保険法」(Employment Insurance Act)に名称が改められた。出産や育児が女性の「失業」を意味していた時代から、雇用を保障する時代へと社会が変化したといえよう。

連邦政府は、2001年には親休業の給付期間を延長し、夫婦で合わせて最高35週間まで給与の55%程度を補助する制度を整えた。一方、就労の継続を法的に保護する「休業期間」は、州政府の労働に関する法律で決められている。概ね出産休業は15週(アルバータ州など)~18週(ケベック州など)、親休業は32週~37週である。女性には出産休業があるため、男性が取得できる親休業の期間を長く設定している州が多い。連邦政府による給付は休業前給与の55%までであるが、100%に満たない部分について、一部の雇用者は差額の補てん(top-up)を行なっている。2007年の統計では、新生児を出産した女性の20%が、雇用者より、給付金と給与の差額の全額もしくは一部について補てんを受けている。

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連邦雇用保険のパンフレット(2010年)

図表1は、カナダの人口の多い州における出産・親休業の取得状況である。ケベックは統計項目が他の州と異なっている。これは、2006年より同州が独自の制度をとっているためである。ケベック州の新生児の父のうち、約64%が5週間の父親休業を取得し、また、約20%が11.5週程度の親休業も取得している。

図表1 出産休業・親休業取得者に関する統計(人口の多い4州)(2009年)
オンタリオ ケベック アルバータ ブリティッシュ・
コロンビア
出生数(人) 141,784 88,400 52,937 44,497
出産休業 申請受理(人) 87,930 68,471 27,920 26,170
申請率 62.0% 77.5% 52.7% 58.8%
平均期間 14.6週 17.9週 14.6週 14.7週
父親休業
申請数
申請受理(人) 56,458
申請率 63.9%
平均期間 4.9週
親休業
申請数
申請受理(人) 99,050 29,700 29,040
申請率 69.9% 56.1% 65.3%
平均期間 29.8週 30.8週 29.6週
親休業
申請数
(女性)
申請受理(人) 66,317
申請率 75.0%
平均期間 30.6週
親休業
申請数
(男性)
申請受理(人) 17,492
申請率 19.8%
平均期間 11.5週
出典:Human Resources and Skills Development Canada (2012) より筆者作成
3. ケベック親保険制度の誕生

2006年1月、ケベック州は、連邦政府との交渉の上、州独自の「ケベック親保険制度」(Régime québécois d'assurance parentale, RQAP / Quebec Parental Insurance Plan, QPIP)の運用を開始した。連邦政府の制度と異なり、自営業者も学生も指定された保険料を払えば、この制度に加入できる。被雇用者については、州と雇用者と被雇用者が保険料を分担し、被雇用者の納める保険料は年収の0.45%である。

図表2は、カナダ連邦政府の制度とケベック州の制度とを比較したものである。ケベック親保険の基本プランは、出産休業(Congé de maternité)18週、親休業(Congé parental)32週のうち7週まで休業前所得の70%、8週以降は55%を給付する。特別プランは、職場復帰を早期に行う人向けであり、休業期間を短縮する代わりに、25週間75%まで給付する。この親休業給付期間は、連邦の制度と同じく、夫婦で合算した上での最長の期間である。そして、これとは別に、父親限定の「父親休業」(Congé de paternité)給付制度が5週(特別プランは3週)設けられている。

図表2 連邦雇用保険とケベック親保険の給付率等
連邦雇用保険 ケベック親保険
基本プラン 特別プラン
資格 600時間の勤務実績 2,000ドルの収入
自営業者等の加入 2011年より可 2006年より可
待機期間 2週間(夫婦で合算) なし


出産休業 15週:55% 18週:70% 15週:75%
父親休業 なし 5週:70% 3週:75%
親休業
(夫婦で合算)
35週:55% 7週:70%
25週:55%
25週:75%
合計
(夫婦で合算)
50週 55週 43週
上限額 447ドル/週 894.22ドル/週
出典:McKay et al. (2012), p.210より筆者作成
4. カナダとケベック州の今後

図表3は、カナダ統計局データに基づいて父親の「親休業」制度利用状況について明らかにしたLindseyらの研究によるものである。ケベック州においては、2006年の新制度以降、親休業申請有資格者に占める取得率は上がり、2007年には80%台になっている。平均親休業取得期間は、2005年の13週から7週に減っているが、これは、男性限定の「父親休業」制度(5~3週)が導入されたことと関係している。父親休業と親休業とあわせて、申請資格をもつ父親のうち約8割が、平均12週~10週程度の休業と給付を利用していると推定される。

図表3 親休業給付申請資格をもつ男性の親休業取得率と平均取得期間
2005年 2006年 2007年 2008年
ケベック州 親休業取得率 32% 56% 83% 82%
平均取得期間 13週 7週 7週 7週
ケベック州以外 親休業取得率 13% 11% 11% 12%
平均取得期間 11週 17週 16週 13週
カナダ全体 親休業取得率 18% 23% 31% 33%
平均取得期間 12週 11週 10週 9週
出典:McKay et al. (2012), p.215

ケベック州以外では、男性の親休業取得率は10%強で、あまり変化していない。しかし、カナダ全体では、2005年の18%から2008年の33%へと伸びている。国の人口の約四分の一を占めるケベック州の数値が全体を押し上げていると推定される。連邦政府の雇用保険は、自営業者や学生などが対象にならなかったが、女性団体などが運動を展開し、2011年からは加入できることになった。ケベック州はフランス語を公用語としている。子育て支援の手厚さだけを目的に、英語圏から転職をして移住することは難しい。女性団体やその他の関係者たちは、連邦政府の制度をケベック州のように改善するよう働きかけ、その一部が実現したわけである。

以上のように、高く評価されている制度であるが、政治経済的に厳しい局面に立っている。2014年4月、家族政策を重視していたケベック党は、総選挙で自由党に敗北した。自由党政権は、財政難を理由に、親休業制度を、これまでの12ヶ月から9~10ヶ月に短縮することを検討している。今後の動向が注目されるところである。

日本においても、賃金と育児休業給付金との差額を減らすための努力が行われてきた。雇用保険法第61条の規定では、原則として休業開始前の賃金の40%が支給されるが、平成22年4月より当面の間50%とされている。さらに、平成26年4月1日以降に開始された育児休業からは、取得してから180日目までは、休業開始前の賃金の67%まで支給されることになった。

しかし、差額分を少なくしても、男性の育児休業取得率は簡単には上がらない。日本では、妻より夫の収入が高い傾向があり、男性の育児休業取得がもたらす家計の経済的デメリットは大きい。育児休業給付金には上限額があり、支給率が67%の時の支給単位期間1か月分としての上限額は285,420円(2015年6月)である。一方、上限額を廃止して100%の給付を政府財政に求めることは難しい。また、長期間にわたる有給休暇制度を実施する場合、事業主や職場の負担も重く、取得申請に対する心理的ハードルも高くなる。男性の育児休業取得の促進には、男女の賃金格差の解消、官民一体となっての働き方の見直し、関連する子育て支援策の整備を同時に進めていく必要がある。


    文献
  • Human Resources and Skills Development Canada (2012) Public Investments in Early Childhood Education and Care in Canada.
  • Lindsey, McKay, Marshall, Katherine and Doucet, Andrea (2012) "Fathers and Parental Leave in Canada : Policies and Practices", in Jessica Ball and Kerry Daly (eds.) Father Involvement in Canada : Diversity, Renwewal, and Transformation, UBC Press.
  • 飯島香(2010)「カナダの出産休業制度および育児休業給付制度―日本の子育て支援・育児休業制度のあり方の参考として」『筑波法政』第48号, pp.41-64.
  • 小川誠子(2012)「カナダ・ケベック州における親休業給付制度―その取組と日本への示唆」『教育研究』青山学院大学教育学会紀要, 第56号, pp.79-91.
筆者プロフィール
Noriko_Inuzuka_02.jpg犬塚 典子(元京都大学男女共同参画推進本部特定教授)

慶應義塾大学大学院社会学研究科において博士号(教育学)取得後,東北大学大学院法学研究科COE研究員,九州大学女性研究者キャリア開発センター特任准教授,京都大学男女共同参画推進本部特定教授等を歴任。主要著書『アメリカ連邦政府による大学生経済支援政策』(2006年)。


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