本稿は、2019年9月25~27日、インドネシア・ジャカルタで開催されたCRNアジア子ども学研究ネットワーク(CRNA)第3回国際会議にて行われた講演録です。
※肩書は当時のものです
誰も置き去りにしない-子どもの発育不良に対するインドネシアの挑戦
インドネシアの状況に持続可能な開発目標(SDGs)を反映させるため、私の講演のタイトルは「誰も置き去りにしない-子どもの発育不良に対するインドネシアの挑戦」とします。
国際連盟の持続可能な開発目標「ポスト2015年開発アジェンダ」には、本日の講演内容と関係のあるものがあります。
- 飢餓をなくし、一年を通して食料が十分に得られるようにする
- 2歳以下の子どもの発育不良をなくす
- 食料システムを万人に対して持続可能なものにする
- 持続可能な農業を発展させ、小規模農業の生産力と収入を100%増にする
- 農産物の損失と無駄をゼロにする
インドネシアには大きな課題が2つあります。ビタミンA不足とヨード欠乏症は制御できていますが、人々はいまだに栄養不足に直面しています。発育不良は子どもたちの成長と発達に影響を及ぼしています。多くの子どもたちと妊婦は、痩せていて貧血があります。その一方で、栄養過多も問題となっていて、子どもの11%がすでに肥満です。そのため、インドネシアは二重の負荷を抱えていると言えます。また、一般に「見えない飢餓」として知られる微量栄養素欠乏症という、インドネシアの人々が直面している問題については言うまでもありません。

これは2013年と2018年に達成することのできた全国調査の結果です。右の欄には2019年の目標が示されています。まず、妊娠女性の貧血を37.1%から28%に減少させることが目標ですが、2018年時点では約50%弱で、目標を達成できておりません。これが妊婦の死亡率がいまだにとても高い理由であり、死亡件数は10万件に305件と東南アジアで2番目に多くなっています。次のターゲットは低体重児です。2018年は目標(8%)よりも低い数値ですが、それでもまだ6.2%が低体重で生まれています。また、母乳育児の目標は50%ですが、37.3%にとどまっています。5歳以下の子どもの低栄養は17%を目標としていますが、まだ17.7%です。衰弱と低栄養の率は国の目標よりもまだ高い数値です。発育不良もまた、目標よりも高い数値です。さらに、子どもや若者の肥満が増加しているという新しい傾向が出てきました。18歳以上の肥満が21.8%で、目標の15%よりも高い数値です。これがマクロ視点でみた我が国の栄養状況です。
過去15年間、経済成長5%を維持することができた数少ない国の一つとして、私たちは今分岐点に立っています。インドネシア大統領は、G20首脳会議に毎回参加し、他の国々と対等の立場で議論していますが、子どもの成長と発達に関しては遅れをとっています。国の状況を改善させなければ、私たちの将来の繁栄が危ぶまれます。発育不良は幼児期の低栄養と健康不良に起因し、個人と地域そして国家レベルで負の結果をもたらすことは百も承知です。他に選択の余地はありません。インドネシアにおいて、発育不良でとり残される子どもがあってはなりません。

インドネシアの低栄養は隣国のパプアニューギニアやカンボジアほど多くありませんが、ミャンマーはインドネシアよりも状況がよく、フィリピン、タイ、ベトナムはさらに低栄養の出現率が低いです。世界保健機構の地図には、発育不良が30%以上の国は赤で示されていて、インドネシアも赤となっており、アジアの国というよりもアフリカに近いことがわかります。

※CRN編集部注:IFLS (Indonesian Family Life Survey)
発育不良を減らすのに、インドネシアは困難をきわめてきました。インドネシア政府は2007年に本格的な措置をとりました。Riskesdas(基礎保健調査)による発育不良についての全国調査を初めて行ったのです。2007年から2013年までの調査結果は、残念ながら増加を示していました。


州ごとの分布を見てみると、ジャカルタは20%以下となり、発育不良が公衆衛生の課題から外れました。その一方で、51%を超える州や、それ以上の割合を示す県や市もあり、発育不良の広がりについては国の平均や、州の平均を見ても、現状を捉えることはできません。州よりも小さな地区レベルに注目する必要があります。

発育不良はまた、不平等を生み出します。基礎保健調査によると、2007年では高所得世帯においてさえ発育不良の割合は30%で2013年には29%に減ったとはいえ、貧困世帯では41%から48%へと増加が見られました。貧困世帯の方がより大きな影響を受けますが、高所得世帯でも発育不良の子どもが30%にもなります。これは、貧困と教育不足だけでなく、育児の質と子どもの成長と発達の生態的システムが問題です。
私たちが発育不良を危惧する理由は以下の通りです。
- 子どもと妊産婦死亡率がいまだに高い
- 身体的および認知的発達を阻害する
- 2によって経済生産力が減少する
- 成人の健康障害、貧困の世代間連鎖のリスク、または負の影響が永続する
低栄養は発育不良、衰弱(年齢不相応の低体重)や、出生時の低体重、微量栄養素の不足となって現れます。
発育不良の2つの直接的原因は、まず慢性的な食料摂取不足です。つぎに、寄生虫の侵入や感染症に繰りかえし罹ることによって、身体はカロリーを必要としているものの食欲がないために、栄養吸収不足になることです。人々は勝ち目のない2つの戦いに挑んでいるのです。
さらに、その根底にある原因と私たちが考えているのは、以下のものです。
- 不安定な食料保障
- 社会的セーフティネットの欠如
- 食品摂取の多様性の欠如
- 乳幼児に適していない食事
- 保護者の親教育不足
- 女性のエンパワーメント不足
- 若年妊娠/短い出産間隔
- 非衛生的な環境と習慣
- 低質な公衆衛生サービス、また同サービスに対する低い需要
- 低い免疫力
2つの問題に取り組むだけでは不十分で、食料を国内または国外から確保し、必要とする人々に社会的セーフティネットを提供しなければなりません。「食品摂取の多様性の欠如」というのは、多くの保護者と子どもが1歳を過ぎた後にバランスのとれた食事をしていないことを意味します。また「乳幼児に適していない食事」とは、6か月を過ぎた赤ちゃんには、母乳と、インドネシアではMPASIと呼ばれる乳児食(離乳食)との混合である補完食を与えるべきですが、いまだに普及していない状況を指します。「保護者の親教育不足」は、次世代で容易にとり戻せるでしょう。「女性のエンパワーメント不足」は、たとえば貧困を理由に小さい子どもに食料を与えることができないといった、家庭の必要に応じた資源が分配できないことを意味します。妊婦と乳児がとり残されることが多いため、「若年妊娠や短い出産間隔」についても対処すべきです。高校教育の義務化に伴い、女子の婚姻年齢が今は19歳に引き上げられたことで、結婚や妊娠を遅らせることができます。
こういったすべての基本的要因は、社会経済的、政治的、環境的背景にあります。2018年のRiskesdas(基礎保健調査)の新しいデータによると、調査された乳児の20%以上が誕生時の身長が48cm以下であり、また7%近くが2,500グラム以下で生まれています。これがこの年齢グループの発育不良の一番の要因です。
また母乳育児も推進し、その割合を増加させようとしています。2007年から2012年までは38%を目標とした中、10%の上昇をみましたが、そこで留まり、以後上がっていません。
必要な予防接種をすべて受けることは普及してきていますが、すでに病気に罹患している子どもたちには効果がありません。接種率が80%近い州もありますが、アチェ州やパプア州の予防接種率は40%と低く、今後こういった地区で普及させていかなければなりません。
出生時の低体重と発育不良の赤ちゃんを予防するためには、妊娠期間中に十分なカロリーを確実に摂取することから始めなければなりません。多くはいまだに70%以下と不十分です。
2013年、妊婦の鉄不足は37.1%でしたが、2018年には48.9%に上昇し、妊婦の死亡率が高い原因となっています。無料の鉄剤が家庭の80%に配布されていますが、服用率は40%と低く十分ではありません。
家庭内喫煙が増えるなかで、特に子どもの喫煙(若年喫煙)者が増え、発育不良の割合に影響を与えています。
ウァウイ(Uauy)らは発育不良の結果として次をあげています。短期でみると、発育不良は、脳の発達、筋肉や骨の成長、体重と身長、身体組成、代謝プログラミングを阻害します。長期でみると、認知能力と教育水準が低下することで、地域文化、免疫力、運動力、労働力に影響を及ぼし、肥満、糖尿、冠動脈疾患、高血圧、脳卒中、がん、加齢に伴う機能喪失などが起こります。発育不良が重大な影響を及ぼすことは明らかです。
感染症を伴うと、発育不良は子どもたちの死亡率も上昇させます。発育不良の子どもが肺炎に罹患する可能性は平均の6倍です。下痢は6.3倍、はしかは6倍となり、他の感染症も3倍も高くなります。そのため、アスマット州やパプア州のように貧しい州では、子どもたちが栄養不足とはしかや他の感染症の併発により失わなくてもいい命を落としています。
ブラック(Black)らによると、毎年300万人の子どもが栄養関連の症状から亡くなるといいます。栄養不足はまた、胎児発育不良、発育不良、低体重や衰弱、亜鉛不足、ビタミンA欠乏、偏った栄養の母乳による育児なども引き起こします。治療的介入を行うことで、どれだけ多くの命が救えることか想像してみてください。
ブラックらは生殖年齢にある女性と妊娠に焦点を絞り、妊婦、新生児、乳幼児に鉄剤やカルシウム、カロリー、ビタミンAや亜鉛その他のサプリメントを配布することをすすめています。そして、水の供給や衛生面を含めた病気の予防や管理に重点的に取り組み、経過観察をすることです。
インドネシアでこのような介入をするとすれば、いわゆる「栄養に特化した対策」の90%を実施することができますが、残念ながらこれらは発育不良の予防の30%にしかなりません。「栄養に配慮した根本的対策」である、水や衛生、若年妊娠やその他家庭のエンパワーメントといった栄養以外の介入が70%を占めます。
このような介入が90%の普及率で行うことができ、同じ割合で守られれば、5歳以下の子どもの死亡率は15%、下痢症による死亡率は35%、肺炎による死亡率は29%、はしかによる死亡率は39%、発育不良による死亡率は20%、深刻な衰弱による死亡率は61%減らすことができます。
しかし、栄養に焦点をあてるだけでは十分ではなく、栄養に関する目標や行動の根本にある要因に通じた「栄養に配慮した根本的対策」をする必要があります。それは、農業食料保障、幼児の発達、女性のエンパワーメント、学校、保健と家族計画に関するサービス、社会的セーフティネット、母親のメンタルヘルス、子どもの保護、水や衛生といったものです。
社会的セーフティネットについては、インドネシアでは1千万の低所得世帯を経済的に支援しており、posyandu(総合保健サービス所)で妊婦と子どもたちの定期健診を行っています。就学年齢の子どもについては、学校への出席率が80%維持された場合、その保護者に必要な日用品に対して経済的支援が提供されます。
幼児教育だけでなく、幼児期の発達も支援の対象領域です。ECD(幼児期の発達)政策の5つの柱が、健康をはじめとして、栄養、心理社会的刺激、教育、育児、子どもの保護といった面でカバーされています。
女性の教育は母親にとって特に重要です。適切な目標をもち、栄養に特化した課題を活用する視点をもった適切なプログラムで、子どもの栄養を改善する機会を設けています。
最後に、インドネシアが発育不良の問題をどのように克服できるかについて、この講演でも引用している本を紹介します。国際復興開発銀行が出版している"Aiming high: Indonesia's Ambition to Reduce Stunting(目標を高くもって:発育不良を減らすインドネシアの決意)"です。
バングラデシュ、ネパール、ベトナム、ペルー、セネガル、タイ、ブラジルが約10年で成し遂げたように、インドネシアでもできるはずです。ペルーとベトナムの政府、地方地区、農村部などに正式な高官代表者チームを訪問させました。先の大統領選の候補者はみな、発育不良を減らすことを公約しています。10年でできるでしょうか?
私たちの期待どおりに子どもたちが成長していないのはなぜでしょうか? 妨げとなっている要因は、
- 1997年、1998年の金融危機の影響
- 地方分権化の課題。強い中央集権型の政府から、突如として、予算のような権能と権限のすべての責任が地方に移った。今や地方に完全な権限があり、責任ではなく権利として予算が渡されている
- 規則の緩さと実行の失敗も大きな問題
すべてのセクターが協力し合うことが成功への鍵です。
発育不良の減少を加速させる国家戦略
柱1. 国のリーダーシップ、大統領と副大統領が熱心に取り組む
柱2. 大統領やファーストレディー、政府機関やソーシャルメディア推進者が国民の意識を高める運動を多く行う
柱3. 中央と地方政府、地域が栄養の介入を優先する。中央政府、州から村レベルに至るまで、すべてのセクターが参加する。インドネシアにある7万5千の村が戦いの第一弾です。栄養のある食料を確保し、観察を行い、評価をすることも重要です。中央統計局は、年次調査に発育不良の測定を含めており、県や市や地方自治体(514)レベルに細分化することができます。このデータは無料で公開されていて、目標に達したかどうかを見ることができます。
発育不良については、プログラムに20の省が参加し、インドネシア大統領によって協議されています。

図にあるように、こういった部門が、「栄養に特化した課題」と「栄養に配慮した根本的課題」を担当しています。他の省や政府機関はこれらの部門や団体を支援する環境を提供します。結果をもとに計画や予算が作られます。発育不良の年次データが集められ、省庁や州知事、地方の対策への動機づけとなったり、阻害要因となったりします。
県や市そして農村レベルでの実施能力を改善したいと考えています。地域団体、女性団体、農業団体から人材開発の専門団が任命され、人材開発者とよばれるコーディネーターと共に取り組んでいます。コーディネーターは、すべてのセクターのニーズに合うように、名前、住所、家族プロフィールをリストにし、発育不良のデータの重要性を農村の人々が理解する手助けをしています。最初のレベルでは、予算は農村部から配布され、2番目のレベルでは県や市または郡から、3番目のレベルでは州そして次に国から降ります。
Posyanduは地域の総合保健センターで、インドネシア全体に20万ほどあります。スタッフ配置や運営能力、データ活用の改善が求められています。また、職員の能力不足についても対応するべきです。
過去10年間にposyandu(総合保健センター)に参加した子どもたちは、発育不良になる割合が25%低いです。そのため、この介入を続けていきたいと思っています。
地方政府にとっての課題は、計画立案と予算作成であり、地域の情報提供者とこれまで密に連携しながら取り組んできました。県や市、州、首都中心部が団結し、工夫して最良の実践を促し、普及させ、よりよい評価をし、観察することすべてが、この課題への取り組みには重要です。
栄養課題の解決を加速させるプログラムには、インドネシアの民間の慈善団体、大学、開発パートナー、メディア、政府パートナー、市民団体に参加してもらいたいと考えています。2018年の100地区から始め、2019年には介入は160地区まで広がりました。来年は260の地区と自治体に広げ、2023年には514を目標にしています。
2018年から2022年までのインドネシアにおける発育不良予測

何も対処がされない場合の発育不良は青線で示されています。現状の対策のままだと26%ですが、行動を起こすことで22%まで減少することが予測されます。2030年までに発育不良を19%まで減らすことを計画しています。
ご清聴ありがとうございました。
質疑応答
Q1:力強いメッセージにとても感動しました。 よいキャンペーンがあるにも関わらず母親たちの中には反応がない人もおり、鉄分をとっていません。プログラムはよく設計されていますが、母親たちの考え方の変化が求められているのではないかという印象をもちました。鉄不足と、貧血、低栄養は関係しています。鉄不足は貧血になるだけではありません。鉄は赤ちゃんの脳の発達にも重要で、鉄不足の赤ちゃんは健康状態がよくありません。
A1:以前は硫酸鉄の錠剤を用いていましたが、吐き気や便秘を引き起こすことから母親たちは摂取したがりません。錠剤を摂取することの利点を考えるのではなく、不快感のみしか見ないのです。硫酸鉄の錠剤は便の色も変えます。最近ではフマル酸第一鉄を提供しています。この活動は1年しか行っておらず、まだよいものとは言えません。介入ラインがposyandu(総合保健センター)レベルで止まってしまっています。家庭にいる母親を訪問することにまで注意が及んでいません。
コメント:私は小児科医です。プリスクールの先生たちが発育不良の子どもを把握することが望ましいと思います。子どもの出生時の平均身長は50センチで、2歳までに身長は大人の半分になっているべきです。 もっとも懸念されるのは、粉ミルクの値段です。赤ちゃんにミルクを与えるために、上の子どもが放っておかれるかもしれません。地域資源を栄養源として活用して、粉ミルクにそれほど頼らないようにするのがよいのかもしれません。安価な方法として油、卵などを栄養素として足しましょう。
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参照文献
- Badan Pengawasan Keuangan Dan Pembangunan, Buku II RPJMN 2015-2019: Agenda Pembangunan Bidang
http://www.bpkp.go.id/sesma/konten/2254/buku-i-ii-dan-iii-rpjmn-2015-2019.bpkp - Black, R. E, Victora, C G., Walker, S. P., Bhutta, Z. B., Christian, P., Mercedes de Onis, Ezzati, M., Grantham-McGregor, S., Katz, J., Martorell, R., Uauy, R., and the Maternal and Child Nutrition Study Group. (2013). Maternal and Child Undernutrition and Overweight in Low-and Middle-Income Countries: Prevalences and Consequences. Presented at the The Lancet Series on Maternal and Child Nutrition Launch Symposium.
https://www.thelancet.com/pb/assets/raw/Lancet//pdfs/nutrition_2.pdf - Frankenberg and Karoly,1995; Frankenberg and Thomas 2000; NIHRD 2007, 2013; Strauss et al., 2004b, 2009, 2016.
- Sardjunani,Nina. (2014). Scaling Up Nutrition (SUN) Movement In Indonesia.
https://www.slideshare.net/SUN_Movement/sun-movement-in-indonesia-brussels-nutrition-seminar - Uauy, Ricardo & Kain, Juliana & Corvalán, Camila. (2011). How can the Developmental Origins of Health and Disease (DOHaD) hypothesis contribute to improving health in developing countries?. The American journal of clinical nutrition. 94. 1759S-1764S. 10.3945/ajcn.110.000562.
- International Bank for Reconstruction and Development/The World Bank. (2018). Aiming High; Indonesia's Ambition to Reduce Stunting. World Bank Publications, Washington DC.