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基調講演②:ホリスティックで統合的な幼児教育を提唱する:インドネシアの場合(CRNアジア子ども学研究ネットワーク第2回国際会議講演録)

ファスリ・ジャラル(ジャカルタ国立大学教授)

2018年6月29日掲載
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農村部、都市部ともに保護者への支援が急務

インドネシアは世界第4位の人口を擁し、0~6歳の子どもの数は約3,400万人に上ります。幼児教育の政策においてもこの大きな数字を常に念頭に置く必要があり、すべての子どもの発達をよりよいものにし、最大のポテンシャルを発揮できるよう、新たな目標を設定して戦略的な方向性を打ち出しています。

インドネシアは過去15年間、年間5%以上の経済成長を遂げてきました。しかし、慢性的な栄養不良や衛生状態は依然として問題となっており、乳児や妊産婦の死亡率を引き下げることが大きな課題です。ここに、インドネシアという国の発展における1つのアイロニーがあります。

家庭における育児の改善も課題です。人口の50%が居住する農村部では、学習環境や学習教材の提供を進めるとともに、より前向きで温かい養育環境を整えていく必要があります。他方、都市化にともない、核家族化や共働き世帯の増加が進み、保護者への適切な支援が必要とされている地域もあります。特に、妊婦や0~2歳の子どものいる家庭への支援が求められている状況です。

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各省庁、機関が連携して、統合的な幼児教育を提供

こうした問題をベースとして、政府は子どもたちのために何ができるかを検討し、ホリスティックな、統合的な幼児教育の提供を目指してきました。様々な省庁や機関が相互に関連する体系的、統合的なシステムを構築し、「保健」「栄養」「教育」「発育」「(暴力や虐待、育児放棄からの)保護」の5つの要素をカバーし、子どもたちが年齢に応じた適切な成長を遂げられるように支えています。0~2歳は家庭や地域の統合保健サービス、3~4歳はプレイグループ、5~6歳は幼稚園を中心として取り組んでいます。

政策の方向性としては、それぞれの年齢層に応じた対応に加え、幼児教育サービスの品質の改善、分野横断的な調整・協力・パートナーシップ、さらに制度・法律の強化などが挙げられます。これらの施策に全省庁が関わり、官民一体となって多角的に実行されています。そのため、各省庁・機関による緊密な調整に加え、すべての関係機関の対応を可能にする法的基盤の整備も進めています。

一方、保護者や保育者の能力を強化するとともに、平等に実行可能な幼児教育の提供も重視しています。その一環として、これまで実行されてきた宗教的・文化的な価値観の内面化、整理を進めています。インドネシアには600を超えるエスニック集団があり、公用語1言語のほか、1,000以上の言語が使用されているためです。

さらに幼児教育サービスに取り組もうとしている地域も多いので、それをサポートするよう民間企業に呼びかけ、関係機関が積極的に参加、連携を取るように促しています。

依然として残る、幼児教育サービスへのアクセス格差

インドネシアにおいて幼稚園は植民地時代から存在しましたが、それはエリートのみが通い得る教育施設であり、ごくわずかな人しかアクセスできないコミュニティの中で運営されている状況でした。時代は下り、2003年には幼児教育のガイドラインが制定され、教育法が幼児教育を包含し、統合的な幼児教育に注力するようになりました。こうして現在では幼児教育が注目され、より多くの子どもたちが幼児教育を享受できるようになりつつあります。しかし、どのような社会的背景をもっているかによる幼児教育の格差は、依然として残ります。

2007年には、最高階級出身の4歳児は33%が幼児教育を受けられましたが、最低階級の子どもはわずか8%に留まりました。また、都市部では21%が幼児教育にアクセスできましたが、農村部ではその半分ほどでした。これだけの格差が幼児教育の現場で生じていたのです。

こうした状況に鑑み、2009年より4年間、世界銀行とともに農村部における教育の拡大に向けてプロジェクトを立ち上げ、コホート調査を実施しました。3,000の農村において、それぞれ2か所のセンターを整備するにあたり、200時間の研修を終えたその農村部出身の教員を、各センターに2人ずつ配置しました。教員には地域に留まってもらい、地域社会に対して幼児教育の重要性について働きかけてもらい、保護者や地域リーダーからボランティアを集め、どこにセンターを置き、誰がセンターを統率するかなど、コミュニティの中で選定してもらいました。

コホート調査では、開始時に1歳の低年齢群と4歳の高年齢群に分けて評価しました。インドネシアの1~4歳児の60%は、本を読んだり、親から読み聞かせをされたりした経験がないことが明らかになりました。自宅に本がない家庭も50%に上ります。一方でその代わりに、50%の子どもは、ほぼ毎日、音楽、歌、踊りといった文化的な活動を行っていることも分かりました。

4年の経過後、2つのコホートを対象として、地域社会が幼児教育に関与することの影響について評価を行いました。評価はいくつかの指標に基づいて実施しました。地域社会の介入が就園率に及ぼす影響を見ると、3,000の農村において幼児教育へのアクセスは最大15%の向上が見られました。就園期間も以前に比べて長くなりました。(図1)

定性的な評価も実施しました。ECERS-R *1のスコアを見ると、インドネシアの農村部は、比較的良い結果となり、地域社会の関与により貧困地域であっても状況を改善できることが分かりました。

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図1

社会情動的スキルの育成には地域の関与が重要

続いて、子どもの発達への影響について、EDI *2、SDQ *3、さらにDCCS Task *4で調査しました。各領域における改善効果を見てみると、1歳時に調査を開始した群は健康面が大きく改善、社会的コンピテンスにおいてはそれほど変わらず、言語やコミュニケーション能力の発達において良好な結果が見られました。

一方、4歳時に調査を開始した群を分析すると、情動面に差が見られ、特に貧困家庭や親の教育が十分ではないと考えられる家庭において、伸び率が高かったのです。この結果から、サポートの対象を絞ることの大切さ、コミュニティサポートの重要性、さらに「地域の知恵(local genius)」を用いて養育をきちんと行うことの大切さが分かります。幼児教育を受けた場合と受けていない場合を比較すると、全体としては大きな違いはありませんでした。ところが、貧困家庭の子どもに目を向けると、幼児教育プログラムへの参加の前後で、社会情動的スキルは大きく変化しました。就園しない子どもと比較すると、その差はさらに大きくなります。

こうした対応を4年間継続すると、貧困家庭の子どもたちのギャップは解消されていきました。このことから、できるだけ早く幼児教育に参加することの大切さが読み取れます。

将来的にインドネシアでは都市化がさらに進行していきます。新たに都市部に流入する層は貧困家庭が非常に多い傾向がありますから、こうしたデータを参考にして、今後、都市部の貧困家庭への対応も重要な課題として取り組んでいきます。

社会情動的スキルは認知スキルにも大きな影響

次に、幼児教育を受けた子どもの認知スキルがどう変化するか、6,000人を対象に調べた結果をご説明しましょう。幼児教育プログラムへの参加により認知スキルには大きな差が生じ、特に小学校レベルにおいて非常に大きな影響をもつことが分かりました。

インドネシアでは、どの時期から幼児教育サービスを受けさせるかも課題となっています。例えば、小学校に入学前、3~4歳時にプレイグループをスタートした群と5~6歳時にスタートした群では、3~4歳時にスタートした群のほうが小学校でのテスト成績は良かったのですが、それでも平均値よりは低い結果でした。それに比べ、5~6歳で幼稚園に入り、その後入学した群は平均値よりもスコアが高くなりました。さらに3~4歳でプレイグループ、5~6歳で幼稚園、その後、小学校に入るコースは、最も数値が高くなりました。こうした結果から、いつ始めるか、また、どのような順序で始めるかも非常に大きな意味をもつと分かります。

以上、あらためて結論を言うと、幼児教育の介入は、農村部、特に貧困で教育環境が不十分な家庭において大きな影響を及ぼすことが明らかになりました。早期に適切な幼児教育を受けることは、ウェル・ビーイングや言語ならびに認知能力に大きな影響を与えることが明らかになっています。また、より高い年齢層になると、情動的な成熟度、社会的能力、言語・認知能力の向上にもつながっていきます。

【質疑応答】
持続可能性を必須条件としてプログラムを設計

質問者① 本を読んでいない家庭の比率が非常に高いとありましたが、この状況をどう改善していくのでしょうか。
ファスリ・ジャラル 特に農村部の家庭に本がないのは、本が高価であることが理由の1つです。そこで、毎月17日に郵便局に本を寄贈、投函すると、農村部の郵便局に古本や新聞が無料で配達されるプロジェクトが始まりました。同時に10億ルピアの補助金を各村に提供し、一部を農村部の図書館の書籍購入に充てています。また地域によっては移動図書館を運用しており、定期的に新しい本を入手できる試みを進めています。特に読み聞かせの本を配布することで、PISA調査の読解力の向上につながることも期待しています。

質問者② 国内では1,000の言語が話されており、国語は1つということですが、その状況は本を配布する上で課題でしょうか。また、海外からの寄付を受け入れますか。
ファスリ・ジャラル 発展した地域では家庭で方言を使っていても国語を話せますが、インドネシア東部など地元の言語で教育を受ける地域もあります。地元の言語は、コミュニケーションやカルチャー、自信のために重要ですが、インドネシアの国語の導入も考える必要があります。教育言語を地元の言語から国語へ移行するのが遅れると、学習意欲が削がれますから、できる限り早く、小学校低学年時点では移行されている必要があると考えています。また、外国からの寄付は何語の本でも歓迎します。本は常に刺激となり、モチベーションや夢にもつながると思うからです。

質問者③ デジタルブック、電子書籍の入手の可能性はいかがでしょう。農村部においては、携帯電話などを持っている方が多いと思いますが、デジタルブックを導入できないのでしょうか。
ファスリ・ジャラル 国の図書館がデジタルで情報や書籍を配信しています。それにパソコンや携帯電話などでアクセスすることができます。インドネシアの特徴でもあるのですが、人口よりも携帯電話の普及数のほうが多いのです。農村部でも携帯電話をもっている人が多いので、情報をユーザーフレンドリーな形で配信していく方法、コンテンツを開発し、情報の設計もしていくことなど、今後の課題と捉えています。

質問者④ サステナビリティについて質問します。当初は世界銀行から資金の拠出がありましたが、今後、農村部の幼児教育センターをどう継続していくのでしょうか。地域社会では、貧困者に対してどのようにサポートを継続すると良いのでしょうか。
ファスリ・ジャラル とても重要な質問をいただきました。確かに、世界銀行の拠出終了後の移行が上手くいかず、持続可能性に影響したケースもありました。プログラムを設計した当時、私は幼児教育局の局長として持続可能性を必須条件としました。それぞれの地域で、当初は決まった予算しかない中で、いくらを建設費に充てるか、幼児教育施設としての最低基準をクリアするためにいくら使うかを考えます。初めの2年は、こちらの資金から2人の教員への謝礼の出し方を示し、その後は各地域で、お米などの現物支給から金銭の謝礼まで、様々な方法で対応していっています。つまり、すべての農村でプログラムが本格稼働した後は、各地域で予算を捻出して維持することを求めています。

質問者⑤ それぞれの子どもが自ら発達できるようにすることが大事ですが、そこには地域的、経済的な格差が存在します。そうした状況への対応は日本においても非常に深刻な課題です。この問題については、今後もますます議論が求められるでしょう。現在、日本政府は真剣に幼児教育を無償化しようとしています。また、低所得の家庭の子どもをサポートする方法を考えています。私立高校の授業料への支援も検討しています。このように日本の政府は徐々に真剣に検討を始めています。

質問者⑥  農村部で本を触ったことがない子どもがいるとありましたが、彼らは文化的な刺激を受けており、それにより向社会性が高いというお話でしたね。この状況を、都市部で新しくできる幼児教育センターの子どもたちに対して、どのように最大限利用していけると思いますか?特に文化的な観点から社会情動的スキルを育てるには、どう活用できますか。もう1つ、特別支援を要する子どもや障がい者へのアプローチもお聞かせください。
ファスリ・ジャラル インドネシアには、守り、育まなければならない伝統文化(「地域の知恵」)があり、それは授業に取り込み、先生にも理解をしてほしいものです。近代化を追いかけ、「地域の知恵」を忘れてしまうことがあります。今は、このことが学部生に教えられており、「地域の知恵」、様々な遊びや活動の情報を集め、未来の教員にそれらを伝えています。また保護者や地域の方々にもこうした「地域の知恵」をどんどん実践してもらえるよう、働きかけています。それでも厳しい状況にあるのは、共働きなどで地域の繋がりが薄れているからで、更に介入が必要です。育児グループなど様々な媒体、自分の地域の媒体を使い、「地域の知恵」を実践していかなければなりません。特別なニーズのある子どもへのサポートとしては、小学校の段階から「インクルーシブ・スクール」を取り入れ、支援のための教員を用意するなどの取り組みがあります。しかし、まだまだ幼児教育分野においては大きなギャップがあるのが実情です。そこで、シンガポールのプログラムを参考にした、パイロットプロジェクトを実行中です。できるだけ早期に子どものニーズに気付き、教員や心理士、療法士、保護者、コミュニティが協力してサポートを始めて、小学校入学の段階までに準備を整えるプログラムです。

多くのご質問やご提案をいただき、どうもありがとうございました。


  • *1 Early Childhood Environment Rating Scale -Revised
  • *2 Early Development Instrument
  • *3 Strength and Difficulties Questionnaire
  • *4 Dimensional Change Card Sort Task

※この記事は、CRNアジア子ども学研究ネットワーク第2回国際会議の講演録です。

筆者プロフィール

Fasli_Jalal.jpg ファスリ・ジャラル

元インドネシア国家教育省副大臣として活躍したほか、政府内の重要ポストを複数経験。2009~2015年、アンダラス大学で臨床栄養学の教授を務め、現在はジャカルタ国立大学幼児教育博士課程で教鞭をとる他、インドネシア大学公衆衛生学部で博士課程の教授、指導教官も務める。また世界銀行、WHO、UNICEFやアジア開発銀行などNGOの顧問でもある。
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