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基調講演②:インクルーシブ教育を通して高める子どものウェル・ビーイング(CRNアジア子ども学研究ネットワーク第3回国際会議講演録)

テルマ・ミンゴア(デ・ラ・サール大学教育学部教育リーダーシップ経営学科助教授)

2020年7月 3日掲載
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本稿は、2019年9月25~27日、インドネシア・ジャカルタで開催されたCRNアジア子ども学研究ネットワーク(CRNA)第3回国際会議にて行われた講演録です。

※肩書は当時のものです

個人の生涯にわたるウェル・ビーイング
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本日はインクルーシブ教育を通してウェル・ビーイングを高めることについてお話しいたします。
この中で普通教育の教員または特別支援教育の教員はどれくらいいらっしゃいますか?

「個人の生涯にわたるウェル・ビーイングは、健全な態度と行動に基づいた責任ある活動によって実現される」と言われています。これはいったい何を意味するのでしょうか? どのように実現されるのでしょうか? 健全な態度と行動とはいったい何なのでしょうか? 何かが起きるまで待つのではなく、支援を必要としている人たちに対して自分たちに何ができるかに気づき、理解し、考えることが大切です。9か月前、私自身に起きたことをお話ししたいと思います。学校からの帰り道、うっかり左の膝を捻挫しました。とても痛く、それからの数か月の間にさまざまな治療を受けたり、膝に包帯を巻いたり、杖を使わなければならず、いつかまた普通に歩けるようになるのだろうかと考え始めました。公共の建物には障害者を補助するためにスロープをつけることが、法律で定められています。まさか自分にとって必要になるとは思っていなかったものが、突然なくてはならないものになりました。それでも、不便さの中におもしろいこともありました。学生たちは「足音でメイ先生が来るのがわかる」と言ったりしました。また、私のように足を引きずって歩く年配の女性を見かけ、「私と彼女とでまるで2羽のペンギンのようだ」と思いました。まったく見ず知らずの人が助けを申し出てくれることもあり、困っている人を目にすることで、人の良心が引き出されるのだと気づきました。誰かを助けると、助けた人の気分がよくなるのです。

本日の議論はウェル・ビーイングについてであり、それをどのように高めることができるのか、また、それがインクルーシブ教育とどのように関わっているのかについてです。インクルーシブ教育は特別な支援を必要とする学習者のウェル・ビーイングをどのように高めているのでしょうか? 学習者にとっての利点とは、また普通学級の児童・生徒やスタッフ、教員にとってのメリットは何でしょうか? 言い換えれば、この状況ですべての人のウェル・ビーイングがどのように育まれるのでしょうか? ユネスコは「インクルーシブ教育」について、良質の教育へのアクセスを阻む障壁を特定し、それを克服する方法を探すことだと定義しています。これは、一般的な教育環境で多様性を支持し、多様な学習者に応じるシステムです(UNESCO, 2009年)。肌の色、言語、人種、宗教、社会経済的地位、能力の違いのある人々、障害をもった人々、あるいは障害者と呼ばれる人々、特別な支援を必要とする子どもたちや学習者が、通常教育の中で学習できるよう、インクルーシブ教育へ向けた努力が世界中でなされています。この違いには、身体的な違い(視覚障害、聴覚障害、脳性麻痺、慢性疾患や整形外科的異常)や、神経発達および感覚処理の違い(例えば自閉症)、認知および学習の差(学習障害、知的障害、ギフテッドやタレンテッドと呼ばれる突出した才能をもった子どもたち)、発話とコミュニケーションの問題、社会情緒性と行動の問題などが含まれます。政策立案者は、インクルーシブ教育を機能させることに、なぜ問題が出ているのかを理解しなくてはなりません。その問題とは、いじめや差別、施設の不足、教育者の研修不足、またそれによって引き起こされる教育者のストレスでした。完全にインクルーシブ教育にするべきか、それとも部分的にインクルーシブ教育にするべきか、または子どもたちが元気に育つことのできるもっとも制限のない環境(Leatherman, 2007; Rogers, 1993; winter, 1999)にすべきかという問題が上がってきました。国によって、財政、法律、行政の法規制が異なるので、一般化することはできません。とはいえ、私たちの状況に見合っているかどうかを判断するのに、成功事例を見る価値はあります。フィリピンの2010年国勢調査によると、1,000人に1人、または人口の1.57%が障害をもっているといいます。フィリピンの公立学校では549万人、つまり13%の子どもたちが特別な支援を必要としています。そのうち420万人が障害をもっていて、127万人がギフテッドの子どもたちです。中国では8,000万人、つまり人口の6%にさまざまな障害があります(China Disabled Persons' Federation 2019年)。2018年のデータによると、マレーシアでは2,458人の子どもたちが特別支援学校に在籍していて、6万2,226人(すべての年齢)の特別支援を要する学習者が統合プログラムに所属しています。

日本では20万2,307人、すべての教育段階の児童・生徒数全体の1.864%が特別支援教育を受けています(JSEPA 2007年)。アメリカでは、5歳から15歳の子どもの約6.2%(2,800万人)に障害があり(アメリカ合衆国国勢調査局 2007年)、16歳から64歳までの人口の20%が身体的、精神的または情緒的問題を抱えているといいます。それぞれの国で、特別な支援を必要とする学習者、児童・生徒数の1.5%から6%にインクルーシブ教育を提供する話をしていることになります。

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誰もがインクルーシブ教育からメリットを得ると言うことができます。そして、普通学級の児童・生徒が特別なニーズのある児童・生徒と一緒に学ぶことで、チャレンジすることへの感受性が強まり、共感や思いやりが高まり、リーダーシップスキルが向上したという研究もあります。万人のための教育へのコミットメントを再確認する政策であるサラマンカ声明(1994年)や、ユネスコの万人のための教育(EFA)の目標、フィリピンの障害者のための大憲章(RA 7277 1992年)、ミレニアム開発目標(2000年)、持続可能な開発目標(2015年)、万人のための教育(EFA)のための個別障害者教育法(IDEA 1975年)などの規制があり、それはまた、「特別支援教育を受ける子どもたちはもっとも制限の少ない環境で学ぶべきである」(LRE)と言っています。フィリピンでは2018年に多要素評価ツール(MFAT)が導入されました。これは、(a) 認知スキル、(b)コミュニケーション力、(c) 社会情動的スキル、(d)精神運動機能、(e)生活習慣といった5つの学習領域をカバーします。さらに、障害では、対人行動の難しさ、適応困難、知識応用の難しさ、難聴、可動困難、記憶障害、視覚障害、コミュニケーション障害といった8種類が認識されています。しかしながら、学校でのインクルーシブ教育の成功を決定づけるのには、家庭と学校との良好な関係性や、普通学級と特別支援の教員の連携といった要素があります。特別な支援が必要な児童・生徒一人ひとりに見合った効果的な教育計画は、配慮や修正や目標を具体化したものでなくてはなりません。またそれらを統合して提供し、教員とスタッフのトレーニングを続けていく必要があります。こういった要素を導入するにはさまざまな方法があります。また、インクルーシブ教育が特別支援教育を必要とする学習者にとって良いものであるかどうかを考慮する必要があります。インクルーシブ教育は私たちにとって良いことなのでしょうか? あるいは、もっとも制限の少ない環境で教育するという選択肢を残しておくべきなのでしょうか?

インクルーシブ教育の中におけるウェル・ビーイング

情動面のウェル・ビーイングは、挫折を乗り越えるのに必要なポジティブ思考の使い方と関わってきます。特別なニーズがある人のウェル・ビーイングを高める手助けをすることで、あなた自身の社会的な、そして精神的なウェル・ビーイングが育まれることになります。また、やさしさ、思いやり、公平さ、正義感といった文化を育てることで、職場や社会のウェル・ビーイングを作り出す必要があります。そうすることで私たちは自分たちより大きな集団の一部であることを感じることができます。インクルーシブ教育は、異なった能力の子どもたちが学び、遊び、ともに成長する機会を与えてくれるのです。ただし、インクルーシブ教育は普通教育の学校に子どもたちをただ入れるだけではなく、その環境で子どもたちが活発に活動に参加することを意味します。ウェル・ビーイングを育むことは、学校でもできるのです。

インクルーシブ教育を通じて一人一人の生涯にわたるウェル・ビーイングを高める

子どもたちの関係性(Relationships)と権利(Rights)の公平性を保つために、学校には確固たる社会支援制度を備える責任(Responsibility)があります。これらが教育の新たな3つのRです。特別なニーズのある学習者の可能性を全面的に伸ばし、社会へ効果的に参加するために、インクルーシブ教育を通じて教育を行うことで、彼らの権利を考慮しなければなりません。政策立案者が効果的な政策や法律を作成するためには、できる限りインクルーシブ教育の現場にいる人たち、つまり教員や保護者、事務局職員や児童・生徒の声に耳を傾け、彼らの体験を理解する必要があります。

私たち自身のさまざまなウェル・ビーイングについては、心身の健康、呼吸、黙想、栄養、運動や睡眠にフォーカスしたり、自分の中の感覚を感じ取ったり、積極的に傾聴したり、他人を同じ人間として見たり、他人に親切にすることで、育むことができます。自分とは違う人々、障害のある人や、肌の色、人種、言葉、宗教あるいは社会経済的地位の異なる人々に対し、思いやりのある行動を分け隔てなくとることで、自分自身のウェル・ビーイングが育まれるのです。

インクルーシブ教育界の中であなたはどこに存在していますか? どのように支援することができますか? 他人の手助けをすることで自分自身を手助けすることになるのです。
今の状況であなたに何ができますか? 何ができるのかは実際にやってみるまでわからないものです。

質疑応答

Q1:私は教員として特別支援を必要とする子どもたちをサポートしています。学習が困難であったり、発話の遅れている児童が多いため、アドバイスをお願いします。保護者は普通学級へ入れたいと思っています。言語療法で言語の発達を刺激することで進歩が見られる子どもたちがいます。一方で、同じ発話の遅れであっても進歩がない子どもたちもいます。
攻撃的で指示を聞かず、クラスメートの邪魔をする子どももいます。子どもたちが言葉を完全に理解できないがゆえ苦情を受けることがあるのでアドバイスをお願いします。

A1:すべてを自分たちで解決することはできませんので、ぜひ専門家と話し合い、協力しあえたらいいと思います。学校に資金があること、あるいは大学と協同したりすることで、学校が子どもたちを支援できることを願います。
保護者は事情を理解し、多くを期待し過ぎることなく、校長、療法士、大学から支援を得て、共に取り組むべきです。

Q2:インドネシアでインクルーシブ教育を行いたいと考えています。10年前、政府は地方自治体の各教育レベルにインクルーシブ教育の学校を一校設けることを義務付けました。しかし、教員や補助教員の準備をしたり、普通学級の教員とインクルーシブ教育の教員とを結びつけるようなプログラムがありません。
どこに焦点を絞ったらいいのでしょうか? 現存する教員なのか、それとも専任の補助教員一人を育成することにお金をかけるべきなのでしょうか?

A2:通常クラスの教員も巻き込んで、両方ができたら素晴らしいです。とはいえ、教員のプログラムがないのであれば、現存する普通学級の教員の評価等に関する研修プログラムを作成すべきです。特別支援クラスと普通学級の教員が、お互いに助け合って取り組む時間を与えてあげてください。
教員の研修を行うときには、校長も含む事務局職員の研修も行わなくてはなりません。

座長:医師と教育者との間での連携を強化し、保護者とコミュニケーションをとっていく必要があるかもしれません。私たち医師は、理解しにくい医療用語や科学用語を使うかもしれません。一方、教室内で起こっていることについて、医師は理解しにくいことがあります。医師と教員が協力する必要があります。

A2:連携の重要性に賛同します。特別支援の教員や通常クラスの教員、療法士、医師、それから保護者とも協力することを忘れてはなりません。

Q3:私は東京で保育園を5園ほど経営しています。幼児教育におけるインクルーシブ教育の大切さはわかっています。事務員も含め、インクルーシブ教育の重要性を理解はしているのですが、実践するのは難しいです。教員をサポートする努力はしていますが、時にどうにもしようがないことがあります。特別支援を要する子どもたちを含めたインクルーシブ教育を実践するのに、教員に向けてのキーワードやアイディアがあったら教えてください。

A3:校長にインクルーシブ教育を導入するように教員が働きかけるのはよいことだと思います。教員がインクルーシブ教育のトレーニングを受ければ、特別なニーズのある子どもたちを学級に受け入れることができます。まずはそこから始めてみてください。一つの教室に大人数を入れないようにしてください。一度に一人か二人入れてみて、教員に自信をつけさせてください。教員と保護者をトレーニングしサポートしてください。保護者とも一緒に取り組まなくてはなりません。教員は保護者や療法士と共に取り組むことに対して柔軟であるべきです。

Q4:プレ・キンダーガーテンでは、この子どもは通常とは様子が異なるなと感じたとき、我々の観察記録に基づいて、専門家に診てもらうよう推薦状を保護者に書きます。保護者が特別支援クラスに子どもを入れることに賛同しない場合、教室内での子どもの扱いが困難になります。診断と治療を受けた後に、何をすべきでしょうか?
この子どもの成長を助けるために学校として何ができるでしょうか?

A4:保護者に話をするのは難しいです。保護者の身になって考えてみてください。どんな風に感じるでしょうか? 侮辱されたと思うかもしれません。私は自分の経験からどんな風に感じるかをよく知っています。6人いる私の子どもの中で、1人が2年生のときに留年しました。そう伝えられたとき、私はなぜですか?と尋ねました。そのために特別支援教育について学ばなければならなかったのです。知りたかったからです。重要なのは、自分の子どもが特別支援を必要とすることを知ったとき、保護者の受け入れる苦悩の度合いがさまざまであるということです。怒ってはいけません。教員は忍耐強く説明し、思いやりをもってください。子どもが必要とする物事すべてに保護者の承諾が必要になるのですから。

筆者プロフィール
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フィリピン・デ・ラ・サール大学教育学部教育リーダーシップ経営学科助教授。 1981年、フィリピン大学教養学部で理学士、1996年同大学教育学部生物教育科で修士を取得。2006年、フィリピン大学教育学部で特別支援教育で博士号を取得。 専門分野は、特別支援教育、ギフテッド教育、幼児教育。現在、フィリピン生物教諭協会(BIOTA)、フィリピン科学発展協会(PhilAAS)、フィリピンギフテッド協会(PAG)、全米大学優等生協会、環太平洋乳幼児教育学会(PECERA)会員。

※肩書は発表当時のものです

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