座長:朱 家雄[中国](華東師範大学名誉教授)
発表者:薛 燁[アメリカ](メンフィス大学准教授)、上垣内 伸子[日本](十文字女子大学教授)、クリスティン・チェン[シンガポール](シンガポール幼児教育者学会代表)
朱 これから、3つの分科会の座長の方々に、それぞれの分科会で議論されたこと、重要なポイントについて、みなさんに共有していただきます。その後で、総括をしていきたいと思います。
では、まずは薛先生から、よろしくお願いいたします。
分科会①:新しい時代のメディアと子ども(薛 燁)
薛 分科会①では、デジタル・メディアや人工知能(AI)がさまざまな教育環境において、どのように影響を及ぼすのか、議論しました。
発表者の先生方3人は、いずれも子どもたちの学びや社会性の向上におけるデジタル・メディアやAIの活用に肯定的な考えをもち、技術の発展、進歩やその活用が教育の分野でも無限大の可能性を秘めているという前向きな考えを示しました。もちろん、新しい時代には課題や不安要素もありますが、それ以上に未知の世界に希望を感じていることが伝わってきました。この先、デジタル・メディアに、教育学や心理学を始めとする様々な分野の研究者、実践者、保護者がどのようにかかわり、子どもの成長、発達、学びに結びつけていくのかという点で、多くの示唆がありました。
質疑応答では、「ロボットは子どもに温かな対応ができるか」「ロボットは子どもの感情を認知できるか」などといった興味深い質問に対し、東京大学の開一夫教授は、今後の研究によっては可能性があると答えました。
デジタル・メディアを園の教育にどう活用するかも、会場の皆さんの関心が高かったテーマです。それに対して、愛知淑徳大学の佐藤朝美准教授やNHKエデュケーショナルの坂上浩子取締役は、具体的な動画やアプリを提示し、これからの幼児教育の方向性を示しました。また、親子の学びを促すのに、現場でどうメディアを活用すべきか、参加者との間で意見交換も活発に行われました。
分科会②:遊びを科学する(上垣内 伸子)
上垣内 分科会②では、遊びを異なるアプローチで捉え直しました。台湾の台北教育大学の張世宗教授の発表では、自分の手で作り出す遊びが世代を超えた楽しさを生み出すという話が特に印象に残りました。張教授は「温故知新」ではなく「温故創新」の考え方が大切だと示しました。
マレーシアのスルタン・イドリス教育大学(UPSI)国立子ども発達研究所(NCDRC)のソピア・ヤシン所長は、はじめに脳科学の観点から、子どもは遊びや本当に楽しいと思うことを通して脳を発達させていくと強調。さらに子どもの発想をもとにカリキュラムを作成したところ、保育者の想定を超えて遊びが発展した園事例を紹介しました。
続いて、十文字学園女子大学の星三和子名誉教授の提案に基づき、アジア各国の遊びの特性や共通性についての意見交換を行いました。「遊び自体に教育的な価値があり、遊び自体の価値は揺るがない」「大人自身が遊び心をもつことが欠かせない」など、重要な意見が多く飛び交いました。議論を通じて、子どもたちに社会情動的スキルを育むために子どもと大人の双方に遊び心を育てること、また遊びを通して子どもたちの人生を豊かにしていくことの大切さを改めて確認しました。
分科会③:特別なニーズをもつ子どもたちへの支援を考える(クリスティン・チェン)
チェン 分科会③では、特別なニーズをもつ子どもの支援のあり方を語り合いました。マレーシアの陳小児・家族専門クリニックの陳宝珍医師は、「特別なニーズ」を要する子どもは先天的な要因のみならず、虐待などの幼児期の体験が影響するケースがあることを指摘しました。
フィリピンのデ・ラ・サール大学のテルマ・ミンゴア助教授は、フィリピンでは特別なニーズに応えるには準備不足のケースも多いことを説明。その中でも、大学側は教員養成に力を入れ、「ソーシャル・ストーリー」を使用した療育など適切なサポートをすることで、特別なニーズをもつ子どもたちの社会情動的スキルを高めることができると述べました。
太陽の子保育園の大庭正宏園長は、日本の保育園における特別支援教育の歴史と現状を説明。障害の有無にかかわらずすべての子どもにとってメリットがある「インクルーシブ保育」を紹介し、そのためには基礎的な環境整備と合理的な配慮が必要だと語りました。
ある意味では、子どもは全員が特別なニーズをもちます。子どもに心から語りかけられれば、一人ひとりのニーズに応えられると考えています。
多様な見解を持ち寄り、話し合う中で、子どもへの理解を深める(朱 家雄)
朱 3つの分科会をまとめるという大役を仰せつかりましたので、それぞれについて私見を述べたいと思います。
「新しい時代のメディアと子ども」と題された分科会①では、発表者全員が、子どもがメディアを活用することを前向きに捉えていました。特に、開先生が示した、「技術がさらに進歩すれば、子どもの感情を認知したり、温かな対応をすることができる日がくるかもしれない」という予測は、強く印象に残っています。また、中国では、保育士や幼稚園教諭、教員といった子どもとかかわる職業の人たちの中に、新しいメディアに対して保守的な態度をとる人が目立ちます。おそらく、他の国・地域においても、そうした人は少なくないのではないでしょうか。何事であれ、建設的な意見であれば歓迎すべきですが、変化を拒否するためだけの主張を続けていても、前進はありません。科学技術の急速な発展を背景に、メディアは目まぐるしく進化しています。未来の保育・教育を充実させていくためには、新しいメディアの活用を検討することは不可欠だと私は考えています。
分科会②のテーマは、「遊びを科学する」です。周知の通り、遊びと子どもの発達の間には密接な関係があります。そのため、遊びについては以前から繰り返し議論されてきましたが、論点は尽きません。私も多くの議論に加わってきましたが、遊びの本来の姿はどのようなものなのか、子どもにとっての純粋な遊びとは何なのか、未だに分からないところが少なくありません。星先生が提示された大人主導/子ども主導、遊びを教育の手段とする/遊びそのものに教育的価値があると考える、という2つの軸において、どこが最もバランスが取れているポイントなのか、私たちも模索しています。これは社会・文化・政治的な要素に加え、個人の素質、時代や環境によっても変わってくるでしょう。それほど奥の深いテーマですから、遊びについて分かった気になるのは禁物です。子どもの本当のニーズは何かをよく観察し、大人がかかわるとすればどのようにすべきなのか、しっかり検討しなければならないでしょう。
分科会③では、「特別なニーズをもつ子どもたちへの支援を考える」という、非常に大きな、そして、重要なテーマを設定しました。「特別なニーズ」の意味を根源的に問い直したり、保育における特別支援について今後の展望を描いたりと、有意義な試みがなされたと感じています。そうした中で、発表者が異口同音に強調していたのは、子ども一人ひとりに寄り添い、必要な支援を考えるという保育の基本の重要性です。例えば、日本の大庭先生は、保育所における特別支援を取り上げ、インクルーシブ教育を一部の子どものための「特別な保育」からすべての子どもたちを対象にした「普通の保育」へと転換するために、基礎的環境整備と合理的配慮の必要性を述べていました。また、会場には特別なニーズをもつ子どもの保護者も多くいらっしゃいました。会場と発表者との質疑応答が活発に行われたことで、議論がさらに深まったと思います。
いずれの分科会のテーマも、様々な角度からのアプローチが可能なものであり、答えが無数に存在します。研究や実践を前進させるためには、一人ひとりの見解を持ち寄り、話し合っていくことが重要です。保育士や教員の先生方や私たち研究者は、子どものニーズを把握し、それに応えようと努めています。大人が子どものニーズを正確につかむのは簡単ではありませんが、今回のような議論の場は、新しい認識を生み、子どもへの理解を深める絶好の機会になると考えています。
※この記事は、CRNアジア子ども学研究ネットワーク第2回国際会議の講演録です。