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人生のための教育(CRNアジア子ども学交流プログラム第1回国際会議講演録)

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脳の発達は生涯のプロジェクト

脳の発達は、生涯にわたって続くプロセス。新生児の脳の大きさは大人の4分の1ほどですが、3歳時点では大人の大きさの80%、5歳時点では90%になります。一生に必要なニューロンのすべてが、出生時にはすでに脳内に存在しています。神経回路の形成は、新生児の時点では25%かもしれませんが、1歳時点では75%、3歳時点では90%にもなります。ここで皆さんに思い出していただきたいのは、赤ちゃんは、胎児の時点ですでにお母さんの声が聞こえているということです。お母さんが悲しんだり、泣いたり、喜んだりすることは、子宮内の赤ちゃんの脳の神経回路にどのように影響を与えるのでしょうか。

はじめに、赤ちゃんの脳発達の「敏感期」についてお話ししたいと思います。これは「window of opportunity(機会の窓)」と呼ばれることもあります。この時期の子どもの脳は、とりわけ急速に発達し、少ない努力でより良い成果となる学びを可能にします。例えば、私は5歳の時に英語のスクールに通い、ネイティブ話者のように流暢に話すことができるようになりましたが、9歳の時に読み方を習い始めた中国語は、いつも苦労した科目のひとつでした。30歳の時には日本語を習い始めましたが、いまだに上手く話すことはできません。言語習得には、「敏感期」というものが確かに存在するのです。

幼児教育に関わる先生方には、難聴や斜視の子どもに気付き、そういった子どもたちに検査を受けさせることに真剣に取り組んでいただきたいと思っています。斜視の子どもは、6か月より前に眼科医の診断を受けることが望ましいのです。そうでなければ、視力や奥行き知覚の発達が将来的に不完全なままとなってしまいます。

脳の2つ目の発達段階を「臨界期」と言います。言語習得は、脳の左右どちらからも影響を受けます。言語は、個人個人の言葉のインプットによって決まります。言語習得のためには、右脳と左脳が一緒に機能する必要があります。もし7歳までに言葉を教わらなかった場合、その子どもの言語発達(発音、流暢さ、文法)には深刻な影響があるでしょう。学びのペースは思春期にかけてだんだんゆっくりになっていき、臨界期は12歳時点で終わります。ですので、もし12歳以降に言語を習い始めたとすると、ネイティブ並みの流暢さを望む場合は、その絶好の機会をすでに逃してしまったと言えるかもしれません。子どもが言語を学ぶとき、まずは母語を定着させ、それから第二言語を学ぶということになります。第二言語を教わる時期が十分に早ければ、脳内で言語のスイッチングが容易にできるようになるでしょう。母語であっても英語であっても、違う2つの言語間を、自然かつ簡単に行き来できるようになります。ですから、私は子どもたちにはできるだけ早く、第二言語の学習を始めさせることができればと思っています。12歳を過ぎてからの学習は、大きな挑戦を強いられ、なかなか難しいことが多くなってしまいますから。

次に、強調しておきたいのは、スクリーニングする際に注意したい因子、それはつまり子どもにとって「有害な環境」、「悪い環境」です。子どもたちの中には、劣悪な環境下にいる子もいます。例えば片親であることによるものや、ネグレクトや虐待といったケースもあります。エピジェネティクスの考えにもとづけば、子ども期の経験は、その子どもの能力に影響を及ぼすだけでなく、特定の遺伝子の発現やその抑制を決定づけるかもしれません。例えば、3歳に満たない子どもが深刻なトラウマで苦しんだ場合、いくつかの遺伝子の通常とは異なる発現によって、その子どもの発達に悪影響を及ぼすかもしれないのです。ですから、幼少期の経験はとても重要です。生涯にわたる学びや行動に継続的な影響を及ぼすだけでなく、健康面にも多大な影響があります。例として、私の外来患者で、クリニックで泣いていた74歳のうつ状態の女性についてお話ししましょう。彼女は自分の人生を取り戻したいと言いました。両親は、戦争の影響で、愛情がないままとても若くして結婚したそうです。小さいころ、彼女はごみ箱から拾われてきたと言われ、学校では「お前の父親は役立たずだ」と言われたり、よく体罰を受けたりしたそうです。その後、彼女は良い教師になったものの、子どもの頃の酷い経験により、精神面や、夫婦の問題、そして慢性的な健康問題に苦しめられ続けていました。彼女は、人生を取り戻したい、と言いました。

「悪い環境」には、中毒・依存症などとして知られる、違法な薬物の使用も含まれます。世界では15歳~64歳の20人に1人、つまり2億3,000万人がこういった薬物を使用しているとされています。多くの人が、薬物を使用したり、また喫煙をしたりしています。実際、このような人々は良い社会教育を受けておらず、「社会的無教養」に悩まされるグループに属していると言えます。未成年の妊娠に目を向けてみると、1年間に1,600万人の15歳~19歳の女性が妊娠をしており、世界全体の出産の11%を占めています。離婚率については、ベルギーがもっとも高く、すべての結婚の71%、アメリカでは53%、ヨーロッパ全体では55%になります。自殺率は過去45年間で60%も増加し、日本は世界で17位、韓国は2位です。これこそが「社会(スキル)的無教養」によるものだと、私は考えています。「食物的無教養」についてもお話ししておきましょう。ここにいる皆さんは、特に肥満ということもなく、大変健康的だと思いますが、マレーシアにおいては状況が違います。中国系の方々のBMIは悪い数値ではありませんが、全体としては、40歳時点で25%が肥満であると言われています。これは食習慣や生活スタイルに十分な注意を払っていないことによるものです。ある子どもが4歳までの時点で肥満である場合、その子どもは大人になっても肥満であるリスクが非常に高くなります。幼児教育に関わる先生方は、子ども期の肥満を避けるために、健康的な食習慣や生活スタイルを子どもたちに教え込むべきなのです。

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教育--脳機能の一生

アリストテレスは、教育の目的は健全な心と健全な体を保証することだと述べました。そういう意味で、私たちは体と心の健康を考慮する必要があります。

まず、音楽のトレーニングと運動についてお話しさせてください。音楽のトレーニングは、脳の発達を促し、さまざまな感覚にも影響を与えます。7歳までに何らかの楽器を習った子どもは、神経回路の接続が増えることにより、脳の発達を促すことができるのです。また、音楽は私たちをリラックスさせたり、気分を良くしたりする効果があるため、アルツハイマーや認知症、鬱の治療にも使われます。音楽はすばらしい癒しの力をもっているのです。子どもたちには、できるだけ早く音楽教育に触れてほしいと思っています。

同様に、日頃の運動もとても大切です。定期的に運動ができるよう、水泳やランニング、武道やサッカーなど、小さいうちから子どもが好きなスポーツを見つけてあげることが必要です。また、それは7歳までに始めることが望ましいでしょう。怠惰なティーンエイジャーになってしまってからでは、いくらもっと体を動かしてほしくても、ほとんどの場合「いやだ」と言うでしょう。ですから、幼児教育に関わる先生方は、生涯続く運動の選択肢として、子どもたちを日常的に運動させるべきなのです。

加えて、ソーシャル・メディアが子どもたちに及ぼす影響についても無視できません。今日、たくさんの子どもたちがテレビを長い時間見すぎています。実験モデルでは、過度な刺激にさらされたラットには、多動や異常な危険行為が見られました。もちろん、人間とラットは違いますが、子どもが長い時間テレビの前に座っていることや、度を超えたソーシャル・メディアへの接触による悪い影響は、少なからずあるでしょう。テレビを見るときは、大人がそばにいて、子どもに説明をしたり、コミュニケーションをとったりする必要があります。

もし私が教育相だったら、感情、音楽、サバイバル・スキル、水泳、応急処置、性や恋愛関係についての教育などを含むちょっと変わったタイプの教育を提供するように勧めます。先生方は単に子どもたちの学業成績に応じて彼らを評価するのではなく、子どもたちのもって生まれた才能のすべての面をくまなく探るべきでしょう。アインシュタインが天才だったということは誰もが知っています。しかし、彼が6歳の時、先生は彼のことを頭が悪いと言ったのです。彼の脳の反応はとても遅く、社交的でもなく、いつもぼんやり空想にふけっている、と。その先生は、アインシュタインの両親に学校をやめさせるように言い、それ以来アインシュタインは家で勉強をするようになりましたが、そこで今の私たちが知る天才が生まれたのです。電球を発明したエジソンが子どもの時、先生は彼を頭が悪く、新しいことを学ぶことは到底できないと言いました。また、イギリスのチャーチル元首相は、学校で先生に「怠けすぎだ」と言われては、よく罰を受けていました。トム・クルーズはディスレクシア(読み書き障害)をもった子どもでした。

実際、このような多くのケースでは、子どもたちには何の問題もなかったのです。大人たちが彼らを手助けする正しい方法を見つけられるかどうかがカギなのです。先生方は、自分が子どもたちやその環境、家族のことや過去にその子に何があったかなどを理解できているかどうか、考える必要があります。子どもに「どうかしちゃったの?」と聞く代わりに、思いやりをもって「何があったの?」と聞くべきなのです。この考え方はとても重要です!

先生方は、子どもたちに「頭が悪い」「怠けている」「成功しそうにない」などとレッテルを貼ってはなりません。後々子どもたちが、それが間違っていたことを証明した時、先生は恥をかくことになるかもしれません。むしろ、ネグレクトや虐待、害のある環境による長期にわたる影響を早期介入によって絶つために、全ての子どもたちをよく知る必要があるのです。危険にさらされている子どもは、片親の子ども、望まない妊娠で生まれた子ども、ドラッグや社会問題が身近にある子どもも含みます。

ですので、私は医学生たちに「良い医者になるために最も大切なことは、どれくらいの知識があるかということではなくて、どれくらい患者さんを思いやることができるかだ」といつも話しています。専門的な知識はもちろん大切ですが、もっと大切なことは、患者さん自身が医師を信頼することができるか、「先生は自分を気にかけてくれている」と思えるかどうかなのです。たとえ世界に名高い学校を卒業したとしても、子どものことを思いやることができないとしたら、何の意味もありません。心の底から思いやれば、子どもたち、とくに幼児たちはその思いを感じ取ります。先生方は、子どもたちの心の状態を深く理解し、本当の声に耳をかたむけ、最大限に子どもの発達を促す必要があるのです。


※この記事は、CRNアジア子ども学交流プログラム第1回国際会議の講演録です。

筆者プロフィール
TanPohTin.jpg陳 宝珍(陳小児・家族専門クリニック 小児科医)

小児科医、公衆衛生専門家、学びを手伝うことに情熱を傾ける。 1995年、マレーシア・サラワク大学にて、問題解決アプローチをとる医学シラバスなど、幅広い教育段階の養成コースの設計および導入に携わる。 マラヤ大学を卒業後、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院にて、開発途上国における地域衛生の分野で理学修士、公衆衛生修士号を1981年に取得。

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