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感染しても無症状(不顕性感染)の人の割合は?

榊原 洋一(CRN所長、お茶の水女子大学名誉教授、
ベネッセ教育総合研究所常任顧問)

2020年4月17日掲載
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新型コロナウイルスによる肺炎で有名人が命を落としたり、多くの人が重症となって人工呼吸器に繋がれているニュースを見て、私たちの不安はますます強くなってきています。 本コーナーで以前に触れたように、子どもは、比較的軽く済むことがわかってきました(乳児は重症化した例の報告があります)が、私たち大人は、高齢者でなく20代でも重症化することがあります。しかし同時に、感染を起こしても一部の人は全く症状が出ない、いわゆる不顕性感染があることも知られています。

では、大人が感染した場合、どのくらいの割合の人が全く症状の出ないままに治ってしまう不顕性感染なのでしょうか。大人の不顕性感染について知ることは、子どもたちの感染予防の参考にもなるかもしれません。

新型コロナウイルス対策には、国によって相違があり、それが大きな国際的な議論を呼び起こしています。日本に対する国内外からの目下の批判は、PCR検査数が少ない、ということですが、かつては日本に寄港したクルーズ船内での感染に対する、日本の対応策も批判の的でした。ところが、このクルーズ船で集められた多数の船客の行動様式や、症状、そしてPCR検査の結果の正確な記録が、今となっては極めて貴重な公衆衛生学上の資料として、世界中の研究者から注目されています。

その一つが、感染した人のどのくらいの割合が、不顕性感染になるのかという疑問への答えです。

不顕性感染を起こしている人は、PCR検査で陽性であっても、症状がありません。でもそれだけでは、その人が不顕性感染者であるとは言えません。現在は症状がなくとも、数日から1、2週間後に症状が出てくる潜伏期である可能性も高いのです。不顕性感染は、PCR検査で陽性であったにもかかわらず、潜伏期の2週間以上経っても症状が出ないことを確認して初めて分かるのです。

不顕性感染は症状がありませんから、無症状の人にPCR検査をして見つけるか、あるいは新型コロナウイルスに対する抗体を調べる血液検査をしなくてはわかりません。さらに、症状がない人の中にどのくらいの割合で不顕性感染者がいるかは、新型コロナウイルス感染が終息(例えば潜伏期より長い日数など一定期間に渡って症状の出てきた新規の患者さんやPCR検査陽性者が出ない状態)した地域で、大勢の症状の出なかった人を調べなければ分かりません。

例えばある地域(国)で、新型コロナウイルス感染が終息したとします。その地域(国)の住人は、新型コロナウイルス感染に関して、以下のどれかに分類されます。

  1. 亡くなった人
  2. 発熱や咳、肺炎などの症状があったが治った人(有症状感染者)
  3. 全く症状の出ないまま治ってしまった人(不顕性感染者)
  4. 未感染者

1と2はすぐにわかりますが、3と4は終息後にPCR検査を行っても見分けがつきません。両者とも、終息後であればPCR検査では陰性だからです。見分けるためには、終息前から定期的に全員にPCR検査を行うか、あるいは抗体検査をするしかありません。不顕性感染でも抗体価は高くなっているのです。症状のない人に片っぱしからPCR検査をすべきだ、という意見の背景には、不顕性感染者や潜伏期の患者さんを見つけて隔離するということ以外に、こうした感染の情報を知りたいという思惑があります。ただし、そのためには、地域(国)の全員かあるいは多数の無作為に抽出した人にPCR検査をするしか方法がありません。さらに現在のところ新型コロナウイルス感染が終息した国や地域はありませんから、不顕性感染率は現時点では知ることができないのです。今アメリカで無作為に選んだ無症状の人の抗体検査をする計画がありますが、それは不顕性感染率を求めるためです。

ところが、唯一、不顕性感染率を知ることのできる場所があったのです。それが、横浜港に停泊していたクルーズ船だったのです。

クルーズ船内の船客には、ほぼ全員に対して複数回PCR検査が行われています。もちろん発熱や肺炎などの臨床症状も細かく記録されています。そして、新たな感染者が出ないことを確認して、船客の下船が許可されていますので、船内での新型コロナウイルス感染は終息しているのです。こうした記録の重要さに気づいた研究者グループが、データを解析して不顕性感染率を割り出すことに成功したのです。

調査方法の詳細は省略しますが、クルーズ船乗員3,711名に対して、3,063回PCR検査が行われ、634名に陽性反応が出ました。そして陽性反応が出た人のうち、検疫期間が終了した2月21日までに、306名の人に発熱や咳あるいは肺炎などの症状が出ましたが、6回の中間集計時に症状がなかった人の総和は320人でした。この320人は、不顕性感染で最後まで症状がなかったグループと、その後症状が出てきたグループの合わさったものです。潜伏期間などから、この中で本当に不顕性感染であった人を推計すると113人になり、PCR検査で陽性であった人の17.9%に充たることが分かりました。クルーズ船乗客は60代から70代の人が多かったので、この結果を特定の地域や国に直接当てはめることはできませんし、国や地域によって新型コロナウイルス感染の広がりに関係する諸条件は違います。とはいうものの、世界で初めて地域や国における新型コロナウイルス感染症のおおよその不顕性感染率を知ることができたのです。

この不顕性感染率は、今後の新型コロナウイルス感染対策に極めて有用なデータです。例えば、ある地域や国で、10,000人の人に新型コロナウイルス感染の症状が見られたとすると、実際に感染を起こした人は12,195人(10,000÷(1.00-0.179))位いることになります。新型コロナウイルス感染者は、報告されている患者数の数倍以上いるという意見を述べている人もいますが、それは憶測に基づく科学性のない値です。

この調査ではもう一つ重要な事実がわかりました。検疫が始まったのは2月5日ですが、感染した人の発症時期から推測すると、大部分の人の感染時期は検疫開始前であることも明らかになりました。検疫後の船内の感染防止体制が不備であるという、一部の感染症専門家からの非難は当たらなかったのです。

クルーズ船内での新型コロナウイルス感染症の蔓延は、12人の船客が亡くなられるという大変不幸な出来事でしたが、今後のパンデミックへの対応に有用な、貴重なデータも提供してくれていたのです。


【参考文献】
Mizumoto Kenji, Kagaya Katsushi, Zarebski Alexander, Chowell Gerardo. Estimating the asymptomatic proportion of coronavirus disease 2019 (COVID-19) cases on board the Diamond Princess cruise ship, Yokohama, Japan, 2020. Euro Surveill. 2020;25(10):pii=2000180.
https://www.eurosurveillance.org/content/10.2807/1560-7917.ES.2020.25.10.2000180    
筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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