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シンポジウム「新しい周産期支援モデル:ドゥーラ」

要旨:

日本子ども虐待防止学会三重大会の特別企画「妊娠期から始める母と子のきずなづくり」、及び兵庫県甲南女子大学の特別企画「これから生まれてくる子どもと母親へのサポート」にて開催された、国内初のドゥーラについてのシンポジウム。媒体として用いられた、アフリカ系アメリカ人のある女性(コミュニティベース・ドゥーラ)が10代の母親たちを情熱的に支援する様子を描いたドキュメンタリー「ドゥーラ物語」を、当時イリノイ大学シカゴ校に学んでいた岸利江子氏による補足情報とともに説明し、日本におけるドゥーラサポート導入の必要性・可能性について問題提起する。


シンポジウム「新しい周産期支援モデル:ドゥーラ ~映画「ドゥーラ物語:若年妊娠の支援」より~」

2007年12月、日本子ども虐待防止学会三重大会の特別企画「妊娠期から始める母と子のきずなづくり」、及び兵庫県甲南女子大学の特別企画「これから生まれてくる子どもと母親へのサポート」で、ドゥーラについての国内初のシンポジウムが開催されました。これらのイベントでは、アフリカ系アメリカ人のある女性(コミュニティベース・ドゥーラ)が10代の母親たちを情熱的に支援する様子を描いたドキュメンタリー「ドゥーラ物語」が媒体として用いられました。映画の中のドゥーラや当モデルの開発者がシカゴから来日し、日本の小児科医・産科医・助産師をまじえたパネルディスカッションもおこなわれました。
日本では、産科医や助産師の不足など、周産期医療の見直しが注目されています。映画の中のアメリカの状況は日本とは異なる部分も多くありましたが、日本におけるドゥーラサポート導入の可能性について皆で考える機会になりました。ここでは各講演の内容と会場アンケートの集計結果をご報告していきます。


座長:友田尋子(甲南女子大学教授)、長江美代子(滋賀県立大学教授)
パネラー:レイチェル・アブランソン(シカゴ・ヘルス・コネクション所長)、ロリーサ・ワイジンガー(ドゥーラ)、小林登(東京大学名誉教授、国立小児病院名誉院長)、荒掘憲二(伊東市民病院院長、社団法人家族計画協会『思春期保健セミナー』、思春期学会研修担当常任理事)、岸利江子(イリノイ大学シカゴ校在籍)

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「妊娠期から始める母と子のきずなづくり 『ドゥーラ物語』より」

岸利江子(イリノイ大学シカゴ校)

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これから映画を観ていただく前に、ドゥーラについての情報を補足したいと思います。

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ドゥーラという言葉は、人類学者Dana Raphael博士によって1970年代にアメリカで紹介されました。ギリシア語でWomen's servant、「他の女性を援助する経験ある女性」を意味します。妊娠中から産後を支援するという役割は、昔から世界中で存在しますが、アメリカを初め特に北米では、新しい非専門職の職業として近年発達してきました。現在、北米で1万人から1万2千人のドゥーラがいて、アメリカの全体の出産の約5%がドゥーラにつきそわれていると言われています。多くのドゥーラは専用のトレーニングや認定を受けています。映画でもご覧いただくように、ドゥーラがおこなうサポートにはいろいろありますが、ドゥーラは医療処置はしないということは共通しています。

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現在、日本のお産は98%が医療施設でおこなわれています。女性は妊娠すると、定期的に「診察」を受け、超音波や血液などの「検査」をし、必要な場合は「薬」を処方されたり、「手術」や「処置」を受けたりします。また、妊娠・出産が異常にならないように指導もうけます。これらの言葉から、出産が医療化されている実態が分かります。ただ、ここで強調したいことは、医療自体は決して悪くないということです。医療の発達とそのシステムのおかげで、日本は皆が平等に、世界で一番安全なお産ができる国になりました。皆にとって、お産が、赤ちゃんが元気に生まれて当たり前と思われている国は、世界でもほとんどありません。現在の日本の安全レベルを保つことはとても大切なことです。そして、医療に携わる人々を評価し支えていくことは、社会の重要な役割です。

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医療は安全なお産のためにとても大切ですが、限界もあります。まず、医療は病気を治し、人命を救うことはできても、良い親を作ることはその役割ではありません。妊娠・出産は本来は病気ではありません。良い親になるには、お手本や手助けが必要です。医療が必要でないレベルでも、ちょっとした気がかりや質問に対処してくれる人も必要です。医療はこのような役割は優先できません。つまり、高度な医療技術だけでは、親になる女性の、自信や、安心感や、希望を与えることはできません。

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ここで虐待についてみてみると、日本で、子どもが死に至る虐待の4割は0歳で起こっているそうです。0歳児は特にか弱いので、些細な虐待も死に直結しやすいこともあるかもしれません。しかし、産婦人科病棟で働いていると、産後に入院中のお母さんたちは、皆、いい母親になろうと精一杯がんばっていて、虐待をする母親になるとはとても想像できません。しかし、24時間サポートのある入院生活を終えて家庭に戻ると、ごく普通の母親が、良い親になるどころか、命にかかわる虐待をしてしまうのは、母親を取りまく産後の育児支援が十分でないのではと思えてしまいます。虐待は、いったん起こると親にも子にも深い傷を残します。生まれた後だけでなく、赤ちゃんが生まれる前から、虐待を予防することはとても大事です。

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産科医療についてもう一つの限界が話題になっています。産科医、助産師、看護師の不足です。医療の優先順位は命を守ることです。人手が足りず忙しいと、一番に省かれるのは医療以外の部分、すぐには生命にかかわらない部分です。具体的には、ちょっとした相談や、ひとりひとりの状況に合わせた指導、ただ一緒にいて時間をかけて見守る、などのケアは、生命にかかわらないので、忙しいと真っ先に省かれてしまうのが現状です。その結果、医療者とのコミュニケーション不足が生じ、誠意がみられないという印象をうけて訴訟が増加することもあるでしょう。本来、医療者は人々の生命を守ろうと必死で働いています。それなのに頑張りが報われなかったり、はては訴えられたりすると、燃え尽きてしまいます。そして人手不足の悪循環になります。一方、現在日本では合計特殊出生率は1.34くらいといわれていますが、お産をした女性にとっても、一生で1度か2度しかないお産の体験が後味の悪いものになってしまいます。

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そのような問題はアメリカでも起こり、ドゥーラという職業がうまれました。ドゥーラの具体的な仕事の内容は映画の中でご覧ください。このようにいろいろあります。スライドもご参照ください。

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ドゥーラの仕事は一見、目に見えません。付き添う、励ますなど、誰にでもできそうなことばかりです。しかし、これは「あるにこしたもの」ではなく、「なくてはいけないもの」です。この数十年間、世界中で、多くの研究によってその効果が注目されてきました。最近では日本でも、青森や神戸の看護大学でドゥーラの研究が始まっているようです。

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ドゥーラ効果の研究結果について、文献検討の権威、コクランライブラリーによる最新のメタアナリシスの結果を紹介します。ドゥーラのサポートを受けた女性では、受けなかった女性に比べて、このような効果があることが分かりました。

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他にも、このような効果があることがわかっています。これらの結果は、多くは無作為化臨床実験などのすぐれた研究デザインを使った研究によって発表されています。効果の大小はありますが、ドゥーラのサポートが女性や赤ちゃんにとって害になるという研究結果はありません。この、「副作用がない」ということはとても大事なことだと思います。

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どんな場合にドゥーラの効果が高まるのでしょうか。研究によると、継続的に付き添うこと、つまり、いたりいなかったりではなく、産婦にずっと付き添うことが一番大切だといわれています。また、ドゥーラが、妊産婦と共有する条件が多いほど、信頼関係を作りやすいので、効果が高いといわれています。理想は夫、家族、親戚、近所の経験豊富な女性など、もともと信頼関係ができている人々がドゥーラになるのが一番です。しかし、そのような自然な社会的サポートが受けられない女性もいます。家族の支援がない女性、シングルマザー、貧困、若年妊婦などです。恵まれた女性だけでなく、「すべての」女性に、誰かがそのようなサポートを提供できるようなシステムが必要です。今回来日したMs. Abramson(Chicago Health Connection所長)が開発したコミュニティベース・ドゥーラのモデルは、このような理念のもと、社会的に恵まれない女性を対象にドゥーラサービスを無償で提供するためのプログラムです。

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これは、Zhangらによるメタアナリシスの結果です。社会的に不利な立場にある女性の場合には、先ほどのコクランの研究(裕福な中流階級の女性を多く含む)と比べてより効果が高かったことがわかります。


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しかし、実際には映画のような、貧困区やティーンの女性を対象にしたドゥーラサービスは例外的です。北米で広まっているドゥーラは、裕福で安定した家庭があり教育レベルの高い女性が「より自然で快適なお産をしたい」と希望する場合に、自営業のドゥーラを見つけて雇います。最近ではドゥーラの費用も保険でカバーされることもあるそうですが、通常は$50~$1,800を自費で支払います。このようなドゥーラのサービスはもちろん社会的な需要がありますが、このタイプだけだと、裕福な女性はますます快適に健康になり、お金のない女性はますますつらく不健康になってしまうのが問題です。日本でも格差の問題は広がってきています。経済格差が健康の格差を導かないように対策を考えるのは、私たち専門職のつとめだと思います。

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これまで、周産期のドゥーラサポートについてばかりお話しましたが、他の分野でもこのようなサポートの大切さが提案されています。例えば、集中治療室に入院している患者にドゥーラをつきそわせるプログラムについての研究があります。医療化や人とのつながりの希薄化によって生じた問題に対処するための一つの案として、ドゥーラサポートは役に立つのではと思います。日本では高齢化が進んでいますが、孤独な老人のため、他にも、精神病棟の患者、病気と闘う子どもとその家族、刑務所の女性など、ドゥーラサポートの知恵を人々の健康問題へ応用する方法は無限だと思います。

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今回のドゥーラの映画や先生方のお話をもとに、以下のことについて考えていただければ幸いです。(1)あなたやあなたの家族が妊娠・出産を経て親になっていく時期、このようなケアをしてくれる人がいますか?(2)妊娠・出産以外でも、専門職に頼るだけでなく、地域の人々自身が健康問題について自ら学び、助け合うことを支援するプログラムにはどんなものがありますか?(これはアメリカではコミュニティ・ヘルス・ワーカーとよばれます)(3)日本とアメリカの社会文化的背景は異なりますが、現在の社会の状況を考えた時、今の時点でドゥーラという新しい職業を日本やあなたの地域に取り入れることは必要だと思いますか?
ご清聴ありがとうございました。それでは映画をお楽しみください。

次回はアルパート監督からのメッセージビデオを掲載します。

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