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クラウド時代の子ども達

河村智洋 (チャイルド・リサーチ・ネット 外部研究員)

2009年10月16日掲載

要旨:

『クラウド』とは、これまでパソコンの中でやっていたことの多くが、ネットを通じて、インターネットの向こう側にあるサーバー上で行うことができることである。つまり雲(クラウド:Cloud)の上で作業を行えるというのが『クラウド』である。子どものバーチャルとリアルを区別しない傾向は、『クラウド』によって可能となった拡張現実により加速し、強くなってきている。そのため、子ども達にネットという世界をどのように教えていくかということは、これから最も必要とされる教育、社会を含めた課題となるのではないだろうか。子ども達と大人が世代を越えてコミュニケーションをとる形をネットの中でも新しく作っていく必要があるだろう。

クラウド時代の到来


ITという分野は、驚くほど急速な変化を遂げてきた。
一般家庭においてもパソコン(パーソナルコンピュータ)の普及にはじまり、インターネットの普及、そして、そのブロードバンド化、少し遅れて携帯電話の普及、ケータイメール、携帯用WEB、データ通信の開始、ケータイのブロードバンド化・・・
さすがにハード系は、そろそろ行き着いたかなと思っていたが、最近では、ネットブックやスマートフォンという新しい機器が出てきて、また、新たな大きな変化を見せている。



そして、今年(2009年)の終わりには、マイクロソフト社のウィンドウズ7の発売が控えているが、GoogleもOSを無料で提供することを発表、これまでのリナックス陣営の動きやiPhoneで人気のアップル社のマッキントッシュの動きなど、OSというパソコンの基幹システムをめぐっての大きな攻防戦が始まる予感である。

それぞれの思惑は様々であろうが、最終的にパソコンを始めとするIT全体が、今後どのようになっていくか、その動向が非常に楽しみでもある。

また、最近の大きな変化の中で、特筆すべき一番のキーワードは、『クラウド』であろう。その最先端を走っているのは、現在のところGoogleだと思われるが、簡単に『クラウド』を説明すると、これまでパソコンの中でやっていたことの多くが、ネットを通じて、インターネットの向こう側にあるサーバー上で行うことができる、つまり雲(クラウド:Cloud)の上で作業を行えるというのが『クラウド』である。

例えば、これまでパソコン上のメールソフトで管理していた電子メールがWebメールになり、ネットにつながればどこからでも管理できるようになったのと同じように、スケジュールがネット上で管理され、文書や表計算、プレゼンテーション資料はもとより、写真や動画などのデータも容量を気にしないでネット上でストックでき、世界中の人に公開したり、特定の人達と共有したりと様々な作業がネット上で、それもブラウザ経由でできてしまうようになってきているのである。

もちろん、パソコンや専用コンピュータを使わなければ、やりにくい作業というのは、残っているが、一般的にパソコンでやっていたメールのやりとり、文書の作成などは、『クラウド』でやれるようになったし、むしろその方が便利になってきているのだ。

『クラウド』で作業すれば、データを自分の端末に持つ必要がない。バックアップを含めて、『クラウド』の側でやってくれる。もちろん、それが完全に安全とはいえないが、自分のパソコン上で管理するよりは、数段上の高度なシステムで守られるのである。というのもインターネットの先にあるサーバーは、幾重にも張り巡らせたファイヤーウォールというセキュリティ・システムで守られており、そう簡単に破ることは出来ない。それがGoogleやマイクロソフトなどのメジャー企業のものならなおさらである。もちろんサービスによって、預ける情報は選択する必要はあるだろうが、これまでの多くの情報漏洩がローカルパソコンからの人為的なミス、もしくは悪意によってなされていることを考えると、総合的に見れば、クラウドのほうが安全だと思われる。

また、データが雲の上、つまりインターネットのサーバー上にあるので、どこからでもアクセスできる。ネットが繋がって、ブラウザの利用できるところであれば、自宅のパソコン、会社のパソコン、持ち歩いているネットブック、友達のパソコン、ネットカフェのパソコン、どのパソコンからアクセスしても、自分の作業データの最新のものにアクセスできるし、編集できる。まだ十分とまでは言えないが、ブラウザを持つ携帯電話やスマートフォンからでも、それこそ、いつでもどこでもアクセスすることが可能である。

この変化はしばらく止まらないであろう。マイクロソフト社でさえ、自社の稼ぎ頭、オフィスシリーズの次期バージョンでは、ベース部分はネットで無料で提供するということを発表したばかりである。


クラウドの中の子ども達

その大きな変化『クラウド』は、子ども達にどのような影響を与えるであろうか。

その前に、子ども達の中でのハードウェアの変化を見ていきたい。以前のIT機器はコストが高かったということがあり、それが子ども達のIT利用に対するひとつの障壁になっていたのは確かである。しかし、iPhoneなどのスマートフォン、ネットブックなど、子どもたちでも手の届くツールがたくさん出てきた。また、それらの高機能なIT機器をネットで利用しても、これまでの携帯電話の維持費と、それほど変わらないようになってきた。このような状況の変化により、子ども達が、新しいIT機器を手軽に利用できるようになってきている。街の子ども達を見ても、iPhoneを持つ中高生が急速に増えているのがわかる。


ケータイ世代からクラウド世代へ

パソコンからITに触れ始めたPC世代に対し、現在の子ども達は、ケータイ世代であると一時期大きく騒がれたが、あくまでも、その当時の子ども達のコミュニケーションは携帯電話の中で完結しているものであった。

テンキーでものすごく速く文字を打つ様子や、一日に、大人では考えられないような数のメールをやりとりする姿などが話題になったが、今回、新しく出てきた『クラウド』を使いこなす世代は、また、このケータイ世代とも大きく異なるようだ。

ひとつには、パソコンとスマートフォン、ケータイなどをすべて使いこなしている、というより区別していないように思われることである。それも『クラウド』の影響によるものであろう。

次に、非常に高機能なアプリケーションを使いこなすことがあげられる。ケータイ世代は、ケータイという機能の限定された枠組みの中で、高度にコミュニケーションを発達させてきたが、クラウド世代は、パソコンやスマートフォンなど、ケータイとは比べものにならないほど高機能でオープンなプラットフォームの中で、それらを使いこなしているのである。


クラウド世代における「リアル」と「バーチャル」

さらに、クラウド世代の大きな特徴としてもうひとつ挙げられるのは、リアルな世界と深く結びついていることだ。もちろんケータイ世代もリアルと結びついていたが、あくまでも携帯電話という中で、短いテキストと写真をベースとしたコミュニケーションにおける現実世界だった。

しかし、クラウド世代になって、マシンが高機能化したおかげで、綺麗な動画が扱える上に、見ている画面もずっと大きくなって、扱える情報量も質、量ともに格段の進歩をとげている。本格的なAR(Augmented Reality、拡張現実感)の世界が実現しつつあると言える。拡張現実とは、現実環境の中ににコンピュータを用いて情報を付け加え、提示する技術、また、情報を付加提示された環境そのものを示すもので、バーチャルな物体を電子情報として合成提示することを特徴としている。これまで、この技術を利用するには、非常に大きな設備が必要で、研究室の中だけでの実験だったが、iPhoneなどの手軽なデバイスにカメラ、GPS(位置情報)、方位計測、傾きセンサーなどが搭載されることによって簡単に一般的なソフトとして実現が可能になった。先日、iPhone でのサービスが開始された「セカイカメラ」などは、この技術を利用した先駆けとなるようなソフトウェアで、多くの人が利用し始めている。それによって、実はいつもとかわらずに見える街の風景も、こうした技術を通してみると、いろいろな人からのコメントやさまざまな情報が見えるまったく新しい風景となっている。そして、こうした技術に真っ先に飛びつくのも子ども達である。

これまでにも子どもは、バーチャルとリアルを区別しないという傾向があることは指摘してきたが、その傾向は、『クラウド』よって可能となったこの拡張現実により加速し、ずっと強くなってきているのである。

Googleストリートビューや位置情報を付加したシステムを使いこなすことによって、これまでにない高度なAR環境が整いつつあるが、子ども達は、自然に自分の生活の中に取り入れて使い始めている。


「リアル」だった子どもたちは

子どもとメディア研究室で、10年以上にわたって子ども達のネット活動を見てきたが、子ども達のネットでの行動は、そもそも「リアル」中心だったように思う。

それはポケベルのころまでさかのぼれるだろう。大人たちがホームページを閲覧することでインターネットを知り、その仕組みに驚いたり、電子メールでのコミュニケーションでは、どういう文章を書けばいいのだろうか、などと試行錯誤している時、外での非常連絡用に大人のために作られたポケベルを使って、公衆電話から数字でメッセージを送り、ものすごい頻度でコミュニケーションをし始めたのは子ども達だった。

それが簡単な文字を送れるようになり、PHSや携帯電話で直接メールが送れるようになり、顔文字から絵文字が発達した。子ども達のコミュニケーションが大きな牽引役であったと言えると思うが、その世界はそもそも「リアル」だったという感じがする。

そしてブログやプロフの使い方も大人が考えていたものとは、全く違っていた。大人が一生懸命、一日一回更新をしている一方で、子ども達は、あらゆる場所でその時に思ったこと、感じたことを写真や短いメッセージで、一日に何回も投稿するということを始めた。
今、世界中で流行しているTwitter(ツイッター)のようなものだ。

そのように考えると子ども達のコミュニケーションに大人のコミュニケーションがやっと追いついてきていると言えるのではないか。

子ども達は、既存のシステムを使って、全然違った新しいコミュニケーションを生み出してきたが、大人は、それをもとにした用意されたコミュニケーションツールの中で、初めて適応できるのである。

実は、この差は、非常に大きいのではないだろうか。後から大人達が子ども達を追いかけているとすると、子ども達のネットコミュニケーションのほうが先を行っているのだ。そして、現在、子ども達が持つ機器の差が大人とほとんど変わらなくなってきた。そうした最新機器を本格的に使いこなす、未来の使い方は、子ども達から発生するだろう。そう考えると子ども達の新しいコミュニケーションは、今後のネットコミュニケーションを考える上での大きなヒントになる。

一方で、子ども達は、我々大人にとって未知の新しいトラブルと直面する危険も考えられる。例えば、今、ネットを使って行われている新しい「いじめ」がある。ネットコミュニケーションを通じて、いじめられる感覚というのは、実は我々大人には、想像できないことなのである。そういった中で、子どもの自殺などの悲惨なできごとが発生している事実を大人は、もっとしっかり受け止めなければならない。

こうした現象を、きちんと見据え、子ども達の目線でネットをとらえていくことが、必要であろう。つまり、子ども達の新しいネットコミュニケーションを温かく見守りながら、子ども達と対等にネットについて話をできるための知識を大人も持たなければならない。


Twitter(ツイッター)

先ほど、子ども達のコミュニケーションが大人に波及してきた例としてTwitter(ツイッター)をあげた。今、世界中で流行し始めているが、どういったものなのか簡単に紹介したい。


~引用~

  
Twitter(ツイッター)は、「いまなにしてる?」(What are you doing?)という質問に答え、短いテキストを投稿するだけのサービスで、「ミニブログ」と説明されることもある。

投稿は「つぶやき」(Tweet)と呼ばれ、文字数は140字に限られるが、その分気軽に素早く投稿できるのが特徴。ブログやSNS日記のように、各記事にタイトルを付ける必要もなく、思ったことをそのまま書ける。

ユーザー同士が"ゆるく"つながるSNS的な側面も持っている。ほかのユーザーのつぶやきを聞ける「フォロー」機能を使えば、友人のつぶやきをリアルタイムに受け取って状況を知ったり、自分のつぶやきをほかのユーザーに発信し、交流できる。

米国でバラク・オバマ大統領やミュージシャンのブリトニー・スピアーズさんなど有名人が活用したり、CNNなど大手メディアが利用をスタート。大統領や有名芸能人の生々しい日常をリアルタイムに知ったり、最前線のニュースを受け取れるメディアとして存在感が高まり、ユーザー数が拡大していった。

社会的な影響力も注目され始めた。今年1月にニューヨークのハドソン川で起きた旅客機不時着事故では、目撃者による現場写真がTwitter経由で公開され、アクセスが集中。投稿は報道機関が事故を伝える前だったことから、Twitterの即時性が武器になる例として話題になった。6月のイラン大統領選をめぐる混乱では、改革派が情報発信ツールとして利用。米国を中心とした海外のTwitterユーザーや報道機関にアピールし、支持者を集めた。

今更聞けないTwitterの常識
ITmedia Newsの2009年7月の記事より引用


~引用終わり~

ただ、日本におけるTwitter(ツイッター)の利用者は、まだ多いとは言えないことも確かである。ネットレイティングスの調査による2009年6月の日本国内のユニークユーザー数は、Twitter(ツイッター)で約80万人。同じ月のビデオリサーチインタラクティブ調べで、家庭のパソコンからのアクセスだけでもmixiで462万人、ニコニコ動画で545万人のユニークユーザー数があるのと比べると、まだまだ少ないと言える。

ただ急速にユーザー数が増えていることは確かである。しかし、現在のところまだネット関連の仕事をしている20代から40代での流行で留まっており、その流行が他の世代、特に子どもに向かうかどうかは、まだ不透明である。

また、アメリカの調査では、子ども達は、あまりツイッターを使わないという報告もあり、子どもたちの置かれているIT環境の差も若干あると思われるが、同様の傾向は、実は日本でもあるのかもしれない。

子ども達にとっては、前述したように、Twitter(ツイッター)は、既にやっていたことであり、わざわざ新しい仕組みをつかってまでやる必要のないものなのだろうか。それとも、iPhoneなどを通じて、今後、大きな流行になるのか、興味のあるところである。


『クラウド』とグローバル化

『クラウド』によって、子ども達が直面するであろう問題のひとつにグローバル化があるだろう。日本の携帯電話は、開発当初から日本独自の技術を多用し、国内の閉じた世界の中で発展してきた。その特殊な生態系になぞられてガラパゴスと揶揄される所以であるが、言わば鎖国的な日本のケータイ環境の中でコミュニケーションを行ってきた子ども達がクラウド化によって、いきなり国際標準の中に放り込まれるのである。外国のソフトウェアやアプリケーションに触れる機会が増えることは言うまでもない。

インターネットはボーダレスであり、これまでも簡単に海外のサイトにアクセスすることはできていた。しかし、どうしても言語の違い、言葉の壁があったことは確かだ。特に多くの子ども達にとって、この言葉の壁は、かなり大きかったはずだ。今でも、それ自体は根本的には変わらないのだが、アプリケーションの世界では、少し変わってきているように思う。

特にスマートフォンなどの世界では、利用するためのインターフェイスはだいたい似通っている。そのため、言語が違っていても、なんとなく使えてしまう。また、多くのアプリケーションで、英語が採用されており、ある程度の簡単な単語は覚えてしまう。さらに、インターフェイスは英語でも、中に書き込む文書は日本語で書けるものがほとんどだ。もちろん写真には言語は関係ないし、GPS情報等も世界共通で扱え、日本の地図に自動的にリンクされる。その上、たくさんのアプリケーションが無料や非常に安い価格で提供されている。こうした状況下で子ども達が海外のアプリケーションやソフトウェアに触れる機会は急速に増えることが予想される。

もちろん、日本にいながら海外の言語や文化に触れられる機会が増えるという意味で、良い面もあるが、一方で、日本でのルールが通用しない場面が出てくるのも確かだ。例えば、日本では、子どもの出会い系サイトの利用が厳しく制限されているが、海外、特に欧米では、日本の匿名文化に対して、欧米の実名文化というネット文化の違いもあって、人と人がネットを通じて出会うためのシステムが積極的に利用されていたりする。また、簡単に位置情報付きで写真やメッセージを公開できるシステムもたくさんあり、その多くが日本でも利用できるのだ。そういうものに子ども達が接したときに、日本の法律の規制だけではおさえきれないことも考えられる。

一方で、日本でも話題になっている未成年のポルノの問題など、日本の対応が国際的に見て著しく後手にまわっている場合もある。もちろん、こういった問題は、インターネットが普及しはじめた時から存在していたが、これから本格的に子ども達を含めて問題が出てくる可能性が高い。子どもを性的被害から守るために、これからどうやって対応していくか議論が必要であろう。


子ども達の適応能力をどう生かすか

実際、子ども達の適応能力は高い。『クラウド』に対しても、我々大人が想像する以上の速さで適応するに違いない。その傾向はすでに現れていて、mixi、モバゲータウン、前略プロフィール、ブログ、2ちゃんねる、ニコニコ動画...など、様々なところで子ども達とネット上で接する機会が増えてきた。子ども達の側から考えても、ネットで大人と接する機会は、想像以上に増えているに違いない。その中で、子ども達にメッセージを送ってみると気軽に返事が返ってくる。しばらくメッセージのやりとりが続くということも少なくない。

実は、これまで大人は、これほど簡単に子ども達とやりとりすることは難しかった。ひとつには、子どもは携帯電話の世界の中にとどまっていて、大人のいるパソコンのネットの世界とは、微妙に境界線があった。しかし、これまで述べてきたように『クラウド』によって境界線がなくなりつつある。

また、子ども達にも大人に対する警戒感、ネットに対する警戒感があったように思う。しかし、最近は、お互いにネットコミュニケーションに慣れてきたこと、ネットの中のシステムに適応してきているのか、そのような警戒感が、薄れてきている。

別に、それ自体は一概に悪いことではなく、ひとつの流れの中での出来事なのであろうが、好奇心旺盛な子ども達と、何かしらの不純な動機をもって子ども達に近づく大人が出会うという可能性は、以前よりは、かなり高くなってきていると思われる。

もちろん子ども達の活動できるネット空間を規制するという方向もあるとは思うが、一方で、先ほど述べたようなグローバル化やボーダレス化によって規制しきれない部分がどうしても出てくることは確かである。

リアルの社会の中でも、子ども達は少しずつ世界を広げながら、環境に適応し、成長していく。それと同様なことがネットの中でも行われなければならないだろう。

子ども達にネットという世界をどのように教えていくかということは、これからの最も必要とされる大きな教育、社会を含めた課題になってくるのではないだろうか。

子ども達と大人が世代を越えてコミュニケーションをとる形をネットの中でも新しく作っていく必要があることは確かであろう。

今後、子どもとメディア研究室では、子ども達のネットコミュニケーションの今をとらえ、複雑になっている子ども達のコミュニケーションのあり方を適切に受け止めることによって、新しいコミュニケーションの方向性を提案できればと思っている。

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