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過渡期のネット文化時代におけるネットジェネレーション

河村智洋 (チャイルド・リサーチ・ネット 外部研究員)

2009年1月 9日掲載

要旨:

子どもたちが将来、大人になったときに、インターネットの技術やコミュニケーションを駆使しなければならないことは目に見えている。そのため、できるだけ子どものうちからネットコミュニケーションに親しみ、慣れていくことが必要ではないだろうか。子どもが安心して使えるインターネットをどう構築していくかが、今後の課題となるであろう。子どもたちが、ネットに対してどのような意識を持っているのか、どのような利用の仕方をするのかをつぶさに観察し、子どもたちに本当に必要なネット感覚を洗い出す必要がある。そして、それらを元に子どもが安心して使える場作りをインターネットの中で行うことが、急務になっていると思われる。
はじめに

ここ数年、インターネットの世界の変化は、急速に勢いを増している。
家庭や会社では、ブロードバンド接続のインターネットが当たり前となり、携帯電話での高速データ通信&パケット定額、同一キャリアでの通話し放題なども、若い人の間では常識となりつつある。


このような変化の中で、ネットジェネレーション世代の子ども達の周辺に何が起きつつあるのだろうか。

Web2.0という言葉が、新しいインターネット、特にコミュニケーションサービス分野で使われるようになり、インターネットでのコミュニケーションは激変している。そして、それらのサービスがケータイと融合し、一日24時間、いつでも、どこでも、それもテキストだけでなく、写真や画像、音声、映像などをふんだんに使った形の新しいコミュニケーションが生まれ、まるで中毒状態とでもいえるような状況を作り出している。

同時期に、ネットジェネレーション世代の子どものネットへの進出が重なり、現在、多少の混乱をもたらしていることは否定できないだろう。


インターネットサービスの変化

すでにネットでのトピックは、ハードウェアや通信回線の速度から、ネットサービスへと移っている。もちろん、ハードウェアの高速化、大容量化、そして通信回線の高速化は今後も進んでいくことは間違いないが、それ以上に、その条件の上で行われているサービス自体の変化が、大きくクローズアップされている。

中でも最大の変化は、これまでのポータルタイプのサイトを中心とした、見るだけのインターネットから、Web2.0と呼ばれる参加するインターネットへの移行である。

その代表的なサイトとしてYouTube、ニコ動、モバゲー、前略プロフ、mixiなどがあげられるだろう。そして、これらのサービスは、今の子どもたちにも大きな影響を与えている。これらの新しいサービスはコミュニケーションを前提とする。CGM(Consumer Generated Media)と呼ばれるように、ユーザーが参加することによって、はじめて成り立つサービスだからだ。

一般人が誰でも、新聞、ラジオ、テレビのようにテキスト、写真、音声、映像を発信できるようになった。と言ってしまえば簡単だが、これまでは大企業が管理していた、その種のメディアが我々の所に転がってきたときに、さて、我々はどういう対応をすればいいのか、まだ、はっきりとした結論が出ていない状態と言えるだろう。

まず最初に出てくるのが個人情報や肖像権などの問題である。テキストは、誰が書いたものなのか、写真や映像は誰が撮って、誰が写っているのか、そういった問題が大企業の管理を離れて、誰でもがネットを使って発信できるものの中に入ってきているのだ。

そして、それらの権利の問題がある。これは誰が作ったものなのか、特に、元の映像や写真、音楽をオリジナルで加工して新しい作品にするサービスなども出てきて、誰がその作品の権利を有するのか、もとの作品の権利はどう保証していくのかなどの問題が出てきている。

さらに、リスクの問題もある。情報を発信することにリスクが伴うことをどれだけの人が理解しているのか。これまでは、パソコンから自分の個人情報が漏れることなどがネットワークのリスクといわれていたが、コミュニケーション型のサービスを使っているうちに、知らず知らずのうちに個人情報が漏れている。また、複数の情報を組み合わせると個人情報となりうるといった問題が生じ始めている。

このような、新しいサービスによる問題は、子どもたちも無縁ではなく、むしろ、その担い手として非常に大きくかかわっているのである。

例えば、個人情報の問題では、個人が気軽にSNS等にアップした顔の写った写真やプリクラ、動画などが、まったく別の人として、出会い系の業者に利用されるという被害が相次いでいる。また、悪意はなくても無断で拝借した映像を加工した物が、ものすごく人気が出てしまい、元の著作者から訴えられるなど、権利関係のトラブルも後をたたない。そして、自分は個人情報は隠しているつもりでも、SNS等で入っている卒業した学校のコミュニティや生まれ年などから、個人が特定されてしまいストーカーの被害に遭うなど、これまでには考えられなかったようなリスクがネットの中に生じつつある。


新しいサービスに対する規制


そして、このような新しいサービスに対しての規制が議論されている。例えば、「出会い系サイト規制法」つまり正式名称「インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律」の厳罰化や、携帯電話での「有害サイト」のアクセスを制限するフィルタリングサービスの未成年者原則加入など、現状では、ある程度の規制はやむを得ない状態だと言えるだろう。

これら新しいコミュニケーション型サービスは、ある種の熱中状態、まるで中毒のような症状をもたらす。元来、ヒトのコミュニケーションに対する欲望は強く、次から次へとコミュニケーションを求めるようになり、そのうち時間も忘れて熱中するようになる。それらを24時間いつでも個人で使える携帯電話がサポートしている。

そしてバーチャルなコミュニケーションは、しだいにリアルのコミュニケーションを求める傾向がある。深いコミュニケーションになればなるほど、実際に会いたいと思うようになるのは、ある種、自然な思いであろう。ただ、そのような想いにつけ込んで、悪いことをしようとする人が少なからず存在する。また、意図的ではなくとも、そのような関係がリアルの人間関係に悪影響をもたらすことも、まれではない。そして、危険があることを知識としてわかっていても、巧みに攻撃してくる人たちにだまされることも起こりうる。

特に、そういった魔の手が子どもたちに及ぶのを回避するために、さまざまな規制がもうけられようとしているのは、当然のことであろう。


子ども達にメディア感覚をどう教えていくか


しかし、ただ単純に規制すればいいという議論には落とし穴があるのではないかと思える。
子どもたちが将来、大人になったときに、インターネットの技術やコミュニケーションを駆使しなければならないことは目に見えている。それらを使いこなせるかどうかは、将来大きな影響を持つであろう。大人になるまでに、ある程度のメディア感覚のようなものを育てておく必要があるのではないか。インターネットのコミュニケーションから隔離されハウス栽培で育てられた子どもは、将来インターネットを使うようになった時にどうすればいいのであろうか。大人になってからでもインターネットを使うのは、遅くないという議論があることも確かであるが、これまでの「子どもとメディア研究室」の調査などからもわかるように、子どものインターネットに対する能力は、非常に優れている。この点からも、できるだけ子どものうちからネットコミュニケーションに親しみ、それに慣れていくことも必要ではないだろうか。


対応がどこまで可能なのか


では、子どもが安心して使えるインターネットをどう構築していくかが、今後の課題となるであろう。インターネットサービスは、商業的なものがバックグラウンドにあるために、子どものように、消費、生産の少ない世代への対応は、おろそかになりがちである。それならば使えなくしてしまえという方向で進んでいるが、やはり子どもたちは、使いたいと思っている。

そこで、子どもたちが、ネットに対して、どのような意識を持っているのか、また、どのような利用の仕方をするのかをつぶさに観察し、子どもたちに本当に必要なネット感覚というものを洗い出さなければならないのではないだろうか。そして、それらを元に子どもが安心して使える場作りをインターネットの中で行うことが、急務になっていると思われる。

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